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夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・10■



政治家だというわりには、こじんまりとした佐々木晃の実家へと、ニセ『Labyrinth』が吸い込まれていく。
迎え出たのは秘書の奥村綾乃で、麗花扮する情報屋の話を、ひとまずは信じたようだ。
六人の視点からの映像は、忍たちには酔いそうなくらいにくるくると切り替わる。
「これって、ホントに俺らの動き?」
俊は、映像を必死に追いつつ、首を傾げる。
「動きは、かなり正確にインプットしたつもりですが」
亮からの返事は、控えめだが自信ありそうだ。
「人間は、一点集中していることは少ないですよ、普段は」
「そりゃそうか」
本来の自分の視点よりも、少々高めの視界でありながら、自分の目配りと同じ動きをしているとカメラの映像を見ながら、俊は苦笑する。
「へぇ、案外、『第3遊撃隊』してるんだな」
それを聞いた須于が、くすり、と笑う。
「俊の注意力は、一、二番を争うと思うけれど」
「へ?」
「あれだけでかいバイクに、弾ヒトツ掠らせたことないじゃないか」
忍も、口元に笑みを浮かべている。
「え、あ、まぁ、そうか」
どうやら、目配りに自覚がなかったのは当人のみらしいと気付いたのか、気恥ずかしそうに俊は口をつぐむ。
忍の動きをトレースしているカメラは、大きく視点がぶれることはあまりない。
「へぇ、ジョーよりも忍の方がお侍だねぇ」
と、麗花。ジョーが、侍を出されて苦笑しながらも、まともに返す。
「俺よりは、気配に敏感だ」
「気配に聡いのは亮だろ」
「マネキンの実力以上の能力は出ませんけれどね」
亮は、六人の動きに破綻が出来ないよう、細かくチェックしつつ、きちんと六人の視点映像にも目を配っているようだ。
自分の動きをトレースしているはずのマネキンの動きは、お気に召してはいないらしい。
「亮よりも鈍いって?」
麗花が言い、忍がにやり、とする。
「そりゃ、無理だろ」
そうこうしているうちに、カメラには佐々木晃の顔が映る。どうやら、会見の場として設定された部屋まで通されたらしい。
椅子が用意されている部屋なのに、立って待っているというあたり、いかにも『Labyrinth』を熱心に待っていたのだといわんばかりである。
しかも、その期待を押し付けていくような行動は無く、ただ、彼らを見て、にこり、と人好きのする笑みを浮かべてみせる。
「やるじゃん」
呟いてから、片耳にかけられるイヤホンから細く伸びているマイクを軽く調整して、麗花が口を開く。
「コンバンハ、お目にかかれて光栄ですってところかしら?」
佐々木の前では、須于の姿をした彼女の口から、その言葉が出ているわけだが。しかも、ジョー並に微かな肩をすくめる動作とともに。
浮かべた笑みを少々大きくして、佐々木も口を開く。
『ぜひ、お会いしたいと思っておりました』
言いながら、席を勧める。
遠慮なく、ニセ『Labyrinth』は椅子へと腰を下ろしていく。
それを見届けてから、佐々木は、再度口を開く。
『さて、あまり時間も無いことですし、堅苦しい挨拶は抜きにさせていただけると幸いですが』
その言葉の間に、六人の顔を一人一人と見つめていく。視線は、けして威圧していないが、目の力とでもいうのだろうか、どこか惹かれるモノを持っている。
「危ない危ない」
くすりと笑って言ってのけてから、忍がマイクのスイッチを入れる。
「その点は同意しますね」
軽く頷いて、他の五人も姿は俊の意見に同意したらしい。その間に、綾乃が六人の前に、お茶を置いていく。
まったく、邪魔にならない動作は、さすが秘書といったところだろう。須于の動きをトレースしているマネキンの麗花が、かすかに頭を下げたようだ。
綾乃の弟で、裏通りで情報収集にあたっていた亨の姿はない。
この部屋にいるのは、佐々木晃と秘書の奥村綾乃、そしてニセ『Labyrinth』の六人だけだ。
「ご用件を、伺いましょうか」
亮が、さらり、と言ってのける。
忍の口からの亮の声は、違和感なく響いているはずだ。
なんにしろ、佐々木たちにとっては、目前の『Labyrinth』が作りモノと思えるだけの材料はない。不思議な連中だとは思っても、こういうモノだと理解するのだろう。
佐々木は、す、と真顔に戻ると、国会で鋭い質問を浴びせる時と、まったく同じ声で言ってのける。
『いまの総司令官の現状を、どう捉えているのか、意見を聞きたいのだが』
忍たちは、誰からとも無く、顔を見合わせる。
亮は、佐々木は、総司令官一人に権力が集中していることを危険視している、と言った。
もちろん佐々木は、そのことに『Labyrinth』にも気付かせようと思っているのだろう。
でも、亮は、その考え事態が間違っている、とは言わなかった。
健太郎が個人的な感情で権力を握るような人間ではないことも、知っている。
先ほど、亮が指折り数えてみせ、自分たちが関わった事件は、フタツに分類出来る。
ヒトツは、旧文明産物『緋闇石』の暴走に関わるモノ。
そして、もうヒトツは。
「ああ、そうか……そういうことか」
ぽつり、とマイクを切った忍が呟く。なぜ、佐々木が総司令官が権力を把握することに危険を覚えたのか、思い当たったのだ。
「国内だけじゃなくて、大国を全て押さえ込んだんだな」
それぞれの国が抱える事件を、さらりと解決することで、相手国の上層部への信頼を取り付けてきていたのだ。
トドメに、裏世界を把握しているLe ciel noirまで。
保有する兵力で圧倒しているだけでなく、実質、押さえ込める状況なのだ。
おそらく、国内を把握しているだけならば、そこまで危険とは思わなかったろう。
健太郎と亮が目指しているのは、間違いなく『Aqua』の把握だ。
しかも、『Labyrinth』を『切り札』として使って。
亮は、まだ、気付かれるのは早い、と言った。
それがどういう意味かは、忍たちがイチバンよく知っている。
なら、そのスタンスで切り返すべきだろう。
にこり、と俊が笑みを浮かべる。
「おやおや、俺たちの仕事っぷり、弾劾されてるかな」
もちろん、佐々木の目前ではジョーになるわけだが。
亮が微妙な笑みを浮かべて、モニターへと向き直る。
が、口を開く様子は無い。忍たちが、正確に気付いているのならば、自分が多弁を労する必要はないと思っているのだろう。
それに、一人が話しすぎると、誰が頭脳を担っているのか特定されてしまう。
「必要以外のこと、してないつもりですけれども」
にこり、と須于も笑みをこめた口調で返す。
佐々木も、全く動じていない笑みを浮かべて、切り返してくる。
『では、リスティアのみならず、『Aqua』全土を黙らせる必要があるほどのことを、してのけようとしている、というわけだろうか?』
「その議論に時間を費やすよりは、貴方の目的を伺いたいですね」
忍が、佐々木の落ち着いた口調ながら、内面に熱いモノがこもってきていると知りつつ、さらりとかわす。
六人の様子から、さぐりを入れるように会話を進めるよりは、単刀直入に言った方が早いと判断したようだ。
リスティア国民、特に女性に人気の高い笑顔で、さらり、と言う。
『旧文明産物管理状況、というより、現在、どのような旧文明産物が残っているのかという正確な情報が欲しい』
亮の口元に浮かんでいた微妙な笑みが、軍師な笑みへと変じる。
佐々木がなにを望んでいるのか、掴んだのだろう。
どうする?と、目線で忍が問う。
亮は、会話を続けて欲しいと手振りで示す。
「なんの為に?」
マイクのこちら側ではジョーが、向こう側では麗花が、ぼそり、と尋ねる。
『旧文明産物管理という役目が、リスティア総司令官という立場を特殊なモノにしすぎている。これを抹消することが出来れば、総司令官の権力集中は避けられるはずだ』
実にストレートな正論だ。
『旧文明時代に逆戻りしない為にも、権力集中は避けなくてはならない』
「天宮健太郎が、それを目指していると?」
俊の言う『それ』とは、旧文明時代のような一部の人間の独裁で星が支配される状態のことだ。
『そうじゃない、むしろ、彼は古今にない逸材と言うべきだ』
はっきりと健太郎の人物を認める発言をして、さらに続ける。
『だが、このまま次に継承されていけば、その可能性は否定出来ない。賢い人間が総司令官であるうちに、権力を分散させておくべきなんだ』
「なぜ、それを本人に言わないんです?」
亮が、静かに口を開く。
微かな逡巡が、佐々木の口元によぎったのを、六人は見逃さない。
『今現在、権力集中につとめている人間に、ストレートに言っても通じないだろう』
「だから、私らを味方に?」
佐々木の前で、須于が尋ねる。こちら側では、麗花が佐々木の反応をうかがうように見つめている。
『そう、君たちは最も天宮総司令官に信頼されており、そして、最高の実力を持っているからね』
にこり、と余裕を取り戻した笑みを、佐々木は浮かべる。
『天宮総司令官は、相当な切れ者だ。自分の能力を冷静かつ正確に掴んでいる人間だからこそ、こちらも万全な体制を持って、説得に当たらなくてはならないんだ』
まっすぐに、目前の六人を見つめてくる。
カメラを通して、射抜くような視線が、圧迫するように迫っている。
『ぜひとも、君たちの協力が必要だ』
「ずいぶんと買われたもんだな」
忍が軽く言ってのけ、俊へと視線をやる。
あちらでは、俊が口を開いてジョーへと視線をやっているわけだ。
「権力集中しすぎって点は、納得は出来るな」
「完全協力するかどうかは、情報を得てから、でどう?」
と、亮を通して須于が言う。
「いいんじゃない?どうせなら」
ちら、と亮が書いて見せたメモを見ながら、麗花がよどみなく言ってのける。
「総司令官室で、一緒に覗いてみるってのはどうよ?」
「悪くない」
と、ジョー。向こうでは、麗花が頷いているだろう。
佐々木の前では、忍が軽く腕時計を確認しているはずだ。そして、こちらでは亮が口を開く。
「二時間後に、総司令部で、ということにしましょう」
話は終わった、とばかりに六人は一斉に立ち上がる。
「情報を把握して、それから、先は決めさせてもらうよ」
佐々木の前でジョーが、こちらで俊が反論を封じる。
慎重に構える六人を、いまはこれ以上説得するのは無理と判断したのだろう。佐々木は、頷いてみせる。
『わかった、では、二時間後に』
綾乃に送られて、無事、ニセ『Labyirnth』が外へと出たのを見届けてから、忍はマイクを切る。
「さてと?」
モニターを全て切り、こちらへと振り返った亮は、にこり、と軍師な笑みで答える。
「もちろん、僕たちも総司令部に向いますよ、お迎えしなくてはなりませんからね」
「今度は、直接会うんだな?」
俊が、にやり、と笑う。
麗花も、ぱん、と手を打ってみせる。
「そうこなくちゃ!」
「得物も、しっかりと用意してくださいね」
言われて、須于に、先ほどまでとは別種の明るい笑みが浮かぶ。
「それじゃ……」
亮は、笑みを大きくして、人差し指を唇へとあててみせる。
「まだ、ですよ」
忍たちは、顔を見合わせて、それから、にやり、と笑う。
「じゃ、俺ら、不法侵入?」
「ですね」
思わず六人は、顔を見合わせて、それから噴き出す。



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