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夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・9■



他国の人間ならばともかく、リスティアで、しかも政治を担う人間が、なぜ総司令官を狙わなくてはならないのかがわからない。
俊とジョーの顔には、困惑が浮かんでいる。
政治面を読み逃さない二人には、逆に、不思議さが先立つのだろう。
亮は、いつも通りの感情のうかがえない顔つきで静かに口を開く。
「ヒトツは、総司令官一人に権力が一極集中しているという危険性を、『Aqua』の人間に気付かせることです」
「なるほど?」
これは、すんなりと理解出来る。
リスティア総司令官は、リスティア軍を総帥する立場とはいえ、その軍事力を総動員すれば『Aqua』全土を戦争に巻き込めるだけの力を持っている。
『Aqua』の中枢のほとんどを有する国であるが故に、その点では他国とは一線を画しているわけだ。
その総司令官が、実質的にリスティア警察を統括しているだけでなく、政治的な発言力も大きい。それだけではなく、現総司令官である天宮健太郎は、『Aqua』最大の財閥の総帥でもあるのだ。
「たった一人が、事実上『Aqua』を動かしていると言っても過言ではないと、気付かせようというわけか」
本気で『Aqua』とリスティアの安定を望むならば、それは危険きわまりない事実なのだ。
言われてみて思い当たるあたり、健太郎が本当に無理なく己の手に権力集中を進めてきたのだとわかる。
こうして健太郎を排除してみなくては、誰もがたった一人が『Aqua』を握っているという事実に気付かないくらいに。
しかも、健太郎のマヌケすれすれのコメントのせいで、そちらに気をとられて、ほとんどの人間は、結局は気付いてはいまい。
それは、理解出来るとして。
「でも、じゃ、健さんはどうして『遊撃隊』を抹消したんだ?」
「もうヒトツってこと?」
麗花が首を傾げる。
亮は、ヒトツは、と注釈付で『総司令官への権力一極集中』を上げた。
「佐々木氏の、もうヒトツの目的って、なんなんだ?」
「『Labyrinth』」
「『Labyrinth』って……俺らのことか?」
俊が、怪訝そうに尋ねる。あっさりと亮は頷いてみせる。
「『緋闇石』、『アーマノイド反乱』、『プリラード親善大使護衛』、『武器密輸組織検挙』、『アファルイオ王室暗殺事件』、『モトン王国密輸事件』、『トスハ軍空港立てこもり』、『ルシュテット皇太子廃立』、『Le ciel noir裏切り者探索』、『法医連続殺人事件』」
細い指を折りながら、数え上げていく。
「情報収集能力を駆使できると自負する人間なら、『Labyrinth』が関わったとして知るコトが出来るでしょう」
「Le ciel noirの手伝いまでか?」
忍が、軽く目を見開く。
「黒木氏は、父がなにを思って『Labyrinth』の名を広めているのかは、よくわかっていますから」
「なるほど、どこの国もわかってはいるわけだ」
俊が軽く眉を寄せる。
「リスティアは、親父が総司令官になってから、危険なくらいに権力一極集中されてるってな」
なぜ危険な状況が現実にならないかは、忍にも簡単に理解出来る。
「その麾下には旧文明産物さえ、押さえ込んでしまう特殊部隊がいるってわけか」
「どこの国の特殊部隊も、そうそうは手を出せないってわけね」
後を引き取って、麗花が、にやり、と笑う。
忍が、どこか皮肉な笑みを浮かべる。
「裏を返せば、国内の人間にとっては『Labyrinth』を手に入れれば」
「リスティアどころか、『Aqua』が思うまま、か」
ジョーが、ぼそり、としめる。
もちろん、あくまで世間サマ向けの『Labyrinth』のイメージの話だ。
「でも、その『Labyrinth』は少人数部隊で参謀部麾下にはなく、総司令官直属であることまでしかわかりません」
にこり、と亮は微笑む。
「それ以上踏み込もうと思ったら、情報を押さえ込んでいる総司令官を排除するしかありません」
「でも、『Labyrinth』を手に入れて、どうしようっていうのかしら?」
須于が、首を傾げる。俊も頷く。
「だよな、世界征服なんつーのは、どだい無理ってもんだし」
世界征服という響きがおかしかったのか、亮の顔の笑みが、少々大きくなる。
「推測は出来ますが、そればかりは当人の口から聞かないとわかりませんね」
そこまで言われれば、ちぐはぐな組み合わせのマネキンをなにに使うつもりかは、理解出来る。
「あれで、釣り上げようってわけか」
「そういうことです」
微笑んだまま、頷いてみせる。が、俊は不思議そうだ。
「でも、わざわざ旧文明産物使う必要、あるわけ?」
「微妙に自分と違う者を演じるのは、案外難しいですよ」
「演じる?」
演じる、などと言われると、少々引いてしまう俊だ。皆に『大根』の称号をいただいている身の上だし、自覚もある。
「あくまで、ホンモノの『Labyrinth』との接触は避けなくてはなりません」
「だけど、誘い出さなくてはならない、か」
「そう、ニセモノに誘われてもらわなくては」
亮の笑みが、軍師なものへと変わる。
「もちろん、佐々木氏にはホンモノと信じていただいた上で、です」
にこり、と忍たちは笑い返す。
「なるほど、能力は完璧に『Labyrinth』、でもニセモノってわけか」
「そういうことです」
「で、どうやって仕掛ける気だ?」
半分は予測がついているのだろう。ジョーの口元にも、笑みが浮かんでいる。
「そうですね、スコーピオンたちの顔はわれていますし、ここは麗花にお願いしましょうか」
「まーかせて」
にっこり、と麗花は微笑む。



夜のニュースで、天宮健太郎が総司令官として、明後日には復帰すると発表された。
隼人のイライラは、つのるばかりだ。
一度はバイク勝負に勝ったものの、リーダーだというスコーピオンと名乗る男が現れて、あっさりと鼻であしらわれてしまった。
せっかく、スゴ腕だという技術屋のスプモーニに調整してもらったというのに、肝心のスコーピオンの姿が見えない。
しかも、スコーピオン配下の連中もスティンガー配下の連中も、二人が一度姿を現したとなったら、ぴたり、と統制をとったかのように、挑発に乗らなくなった。
こぼれ聞いたところでは、リーダーの口ききなしに勝負すると、裏通りにはいられなくなるのだという。
その点は、ここ数日、なぜか姿を現さないスプリッツアーの下も同じことだ。
挑発に乗ってもらわねば、目的が果たせない。
しかも、イライラする原因はもうヒトツある。
夕方頃、スプリッツアーの上だといわれているホワイトレディーの名代とやらが姿を現したとかで、大騒ぎになっていたが、隼人がモスコーミュールに駆けつけた頃には姿が消えていた。
時間がないのに、必要なモノはなにもない。
このままでは、間に合わなくなる。イライラと、足を軽く地面へと打ちつける。
「イライラ絶頂って感じだねぇ」
明らかにバカにした口調で、しかも自分のことを言われているとわかる。が、必死で己を押さえて、じろり、と横目で睨みつける。
なんにせよ、浮き足立ったら相手の思うツボだということは、よくわかっている。
「なんの用だよ」
「そんな言い方、しちゃっていいのかなぁ?」
相手は街灯を背にしているので、顔も表情もわからない。ただ、口調のおかげで、笑っている、と確信出来る。
「バカにされるのは趣味じゃない」
「お互いにね」
言ってのけた後、相手は少々、口調を改める。
「ココでこうやって話し掛けられるって意味、わかってるよね?」
「勝負か、情報か」
「で?」
相手の声で、女だろうということはわかっている。それに、周囲にバイクもなにもないし、張り詰めた空気もない。
勝負を仕掛けてきたわけではない、という判断はついている。
ただ、情報となると、勝負よりも注意が必要だ。
「……なに、持ってきた」
「持ってきて売るっていうんだから、決まってる」
くすり、と相手は笑う。
「君の欲しい情報だよ」
「俺の欲しい情報が、わかるっていうのかよ?」
ここで下手に乗せられて、自分がなんの情報を欲しがっているのか口にするのは愚の骨頂。落ち着いて鼻であしらうに限る。
売り込んでくる連中の、九割はロクでもないと決まっている。
ただ、最初からダメと決めてかかってもいけない。もしかしたら、残り一割である可能性が、ないわけではないのだから。
「わかるよ、ハデにやってんじゃない?『Labyrinth』を探してるでしょ」
一瞬、大きく口を開こうとして、かろうじて隼人は踏みとどまる。
総司令部にちょっかいを出せ、という条件は口にした。だが、『Labyrinth』を探しているということは、裏通りでは一度も口にはしていない。
それを、相手はあっさりと言ってのけた上、ハデにやってる、とまで言う。
自分の行動に、どこか落ち度はあっただろうか?
返事の代わりに、急いで振り返る。
相手は、沈黙を肯定と取ったらしい。
「あたしさ、つなげるんだけどなぁ」
「つなぐ?」
出来る限り、平坦な口調で尋ね返す。相手が口にしたのは、まさに自分が探していたモノそのもの、だったからだ。
「そうだよ、『Labyrinth』と会わせたげるって言ってるの」
「はぁん?」
完全にバカにしてのけた声に、相手は軽く姿勢を直したようだ。
「信じてないね?」
「どうやって信じろと?」
隼人も、肩をすくめてみせる。
「ああ、そう、ホンモノかニセモノかの見分けもつかないんだ、亨くんには」
素で、びくり、とする。
裏通りで、本名を名乗るバカはいない。特に、自分の正体がバレることの影響を知っている隼人は、普段の格好とはまったく服装を変えているだけではなく、夜にしか現れないようにして、相手にはっきりと姿が見られることのないように気をつけていた。
もちろん、隼人というのは裏通り用につけた名だ。
なのに、相手は、自分の本名を呼んでのけた。
相手は、微かな動きをも見逃さなかったようだ。
「ね、奥村亨くん、国家議員、佐々木晃氏秘書、奥村綾乃の異母弟」
口にしていなかった本当の目的を察し、己の正体をも見破っている。相手がタダモノではないことは、はっきりと理解出来る。
ここ数日、裏通りに出入りしているが、ここまで切れる人間は、いなかった。
もしかしたら、一割、の方かもしれない。
「俺の正体知ってるってのが、ホンモノの証拠だと?」
「さて、どうとるかはアンタの自由だけどね、少なくとも『Labyrinth』の連中は、興味持ってる」
「興味?」
「そう、いまをときめく佐々木晃氏が、なんの用で自分たちにつなぎたがってるのかってね」
相手は、というよりも、『Labyrinth』は、正確に自分たちがなにをしたいのかを掴んでいる。
世評どおりの切れ者たちならば、そのくらいの情報収集はやってのけるに違いない。
その上で、興味を持っている、と相手は言う。
佐々木晃という人間が、リスティアにとってインパクトの強い人間であることも、事実だ。
信じて、いいだろう。
そう、判断する。
「で、つなぐ方法は?」
返事の代わりに、相手は手を差し出してみせる。
「?」
眉を上げると、相手はイライラとしたように、差し出した手を振ってみせる。
「あのね、ガキの使いに来たわけじゃないんだけど?」
あまりの鋭い発言に失念していたが、相手は情報屋なのだ。それなりのモノがなければ肝心の情報は『売らない』というわけだ。
「あ、ああ」
奥村亨は、ポケットを探りながら尋ねる。
「で?」
「はした金だったら、このまま帰るよ」
自分で値をつけろ、ということらしい。しかも、自分の思った額に達してなければ、そのまま帰る気だ。
「わかってる、ほら」
取り出した、この取り引きの為に用意した財布を、まま投げ渡す。
中身を確認した相手は、軽く口笛を吹いた。
「さーすが、わかってるじゃん」
言ってから、顔をこちらへと向ける。
相変わらず、街灯を後ろにした相手の表情は見えないまま、告げられる。
「今晩二十三時に、学生のグループが佐々木氏の政治的な意見を伺いに自宅にお邪魔するよ」
二十三時、と聞いて、思わず時計を確認する。
あと、そう時間は無い。
「合い言葉を用意して」
「……『一人は危険』」
亨の言葉に、相手は微かに笑ったようだ。
「わかった、じゃ、そういうことで」
話は終わった、とばかりに、相手の姿は消えてしまう。
身の軽さに、少々驚いた視線を投げていた亨も、慌ててバイクへとまたがる。
早く、姉に連絡をつけなくてはならない。



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