[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・2■



男三人は、ぎょっとして亮を見る。
大概のことは知っているとは思っていたが。
「そのあだ名まで知ってるわけ?」
イタズラっぽい笑みを浮かべて、亮は肩をすくめてみせる。
「それを知らなかったら、知っていることにはならないと思いますけれど?」
「そりゃそうだな」
可笑しそうに笑ったのは、忍。言葉に詰まったらしい俊とジョーも、顔を見合わせて苦笑する。
「そこまで持ち上げられたら、やるしかないだろうな」
「やる気だったんだろう」
「まぁな、そのテの情報はアソコが早いから」
それに須于も、アソコ、とやらに現れるつもりでいる。
「アソコって、どこよ?」
いままで、珍しく大人しく口をつぐんでいた麗花が、ぼそり、と言う。
「二人して、ブレーキオイルの偽物がどこで売ってるとか、誰が裏でさばいてるって知ってたりとかしてるよねぇ?」
吉祥寺の一件の時のことを言っているのだ。
あの時も、さらりと誤魔化されている。
さすがに、俊も今回は誤魔化す気はないらしい。
「スクールにうまく馴染めないタイプの連中の組織みたいのがあるんだよ」
「暴走族とかってわけじゃないんだ?」
うまくつかめずに、麗花が首を傾げる。
「いや、ま、最初はそれに近かったかな?」
「まぁな、気にいらねぇと思ったら、関係ない連中に手出しするし」
タバコに火をつけながら、ジョーが頷く。
おそらく、金髪碧眼が目立つので手出しをされたに違いない。俊も頷く。
「そうそう、バイク飛ばしてたりとか、自分らのプライド刺激されたりするとさ」
くすり、と忍が笑う。
「で、締め返してやったら、いたく尊敬されたってわけか」
知ってるくせに、という目つきで、俊が忍を見る。
「そ、でも暴れられるくらいなら、うまく組織すりゃ使った方が得だしな」
「女の方は、元々ヤロウに手出しされないよう、組織立ってたけど」
「というわけで、バイク得意な連中のグループと、腕っ節やらに自信ある連中と、女の子のグループってのがあるわけ」
「ははーん、そういうことだったわけね」
スコーピオンとスティンガーというのは、そういう連中の頭の通り名というわけだ。
「血の気多いヤツばっかだからな、ケンカは四六時中だったし」
「誰かが話しつけなきゃならない」
それぞれがトップだったから、俊とジョーははなから知り合いだったわけだ。
「お互い、その点に関してはスタンス同じだったからやりやすかったけど」
苦笑気味に、顔を見合す。
「グループは、三つなわけ?」
「そ」
「どっちがどっち?」
麗花が、尋ねる。
「蠍さんがこっち、針さんがこっち」
忍が、さっさと俊、ジョーの順で指差してみせる。蠍=スコーピオン、針=スティンガーということ。
その溜まり場に、須于は顔を出すと告げたわけだ。無論、須于は元々そんなところには出入りしていない。
麗花は、安全かどうか以外のほうで、心配になったようだ。
「そういうとこってさ、新参者には厳しくない?」
「その点は心配ないだろ、スキルあるから」
バイクなど機械系に強いから受け入れられるだろうというわけだ。
須于が決めたことだし、止められないとなったら精一杯の守るしかないと切り替えたらしい。
「案外、一匹狼状態で動けるからイイかもよ」
「まぁな」
ジョーも、切り替えたらしい。顔つきがいつもよりも少々、迫力あるものに変わる。
「スプリッツァーに先に会っといた方がいいだろう」
「さてな、上さんがどうでるか」
俊が首を傾げる。
「ホワイトレディーだっけ?」
俊との付き合いが長いだけあって、忍も一通りは知っているらしい。麗花が首を傾げる。
「どゆこと?」
「もヒトツのグループは、実質顔出すリーダーの上ってのがいるらしいんだよ」
「へぇ、二人とも見たこと無いんだ?」
「まぁな」
「早い方がいいだろうな」
す、とジョーも立ち上がる。
その手合いの情報は、流れ始めるのが早いと知っている。俊も、にやりと笑って立ち上がる。
「だな、じゃ、俺らも行くわ」
「モスコーミュール知ってるな?つなぐならアソコだから」
「ああ」
忍には、場所の名だけでわかったようだ。
麗花が軽く手を振る。
「気をつけてね」
「姫サマもな」
あえて俊は彼女の本来の身分の方で呼んで、手を振り返す。ジョーも、にやり、と笑う。
二人の姿が消えてから、麗花はくるり、と亮の方へと向き直る。
「大丈夫かな、そのホワイトレディーとかいうお嬢さんは?」
「大丈夫でしょう、ここで騒いだところで得なことはなにもないと判断する力くらいはあるでしょうから」
どこか不思議な笑みを浮かべて答える。
「それに、あの二人がいるか」
肩をすくめてから、にこり、と笑う。
「さて、わらわはいかがいたそうぞ?」
姫サマと呼ばれた意味を、悟らぬほど鈍くは無い。それに、国家トップ不在という非常事態の場数は嫌でも踏んでいる。
「こちらは、犯人を抑えることに集中します」
「雪華への伝言は?」
さすが、そういうことの飲み込みは早い。犯人探し以外の情報操作を頼め、と言っているのだ。
普段はまったく使ってはいないが、リスティア総司令部を経由しなくても雪華と連絡をつける方法を麗花は持っているわけだ。
「まだ、早すぎる、と」
と、さらりとメモに連絡先を書いて渡す。
「こちらで端末が必要なら、広人のところへ行ってください」
「了解、んじゃねん」
「ああ、じゃな」
にっこりと笑って、麗花も背を向ける。
皆、いなくなってから、忍は亮へと向き直る。
「早すぎるって、どういう意味だ?」
「リスティアの命運、ひいては『Aqua』の命運を握っているのが、たった一人の人間だという危険性に、皆が気付くのが、です」
あっさりと言ってのける。
健太郎の務めるリスティア総司令官は、軍隊の実権だけではなく、警視総監としての役割もある。それに、政治への影響力も強い。
「総司令官とう立場が、こんな権力を握ったのは初代以来でしょう」
実のところ、最初からそんな強力な権力を持っていたわけではない。
崩壊戦争後の混乱を収めるために辣腕をふるった初代総司令官は、相当な権力を行使していたらしいが、その後の総司令官は基本的には名誉職だ。
それを、アスクレス事件やハイバの惨劇といった政治家、警察それぞれの失態をうまく利用して、時間をかけて実質支配者となるべく掌握してきたわけだ。
その上、『Aqua』最大の財閥総帥でもある。
経済的にも、喉首を押さえているわけだ。
うまくコトが運んでいるから気付かぬだけで、独裁しているといっても過言ではない状態になっている。
その、天宮健太郎が数日とはいえ、欠ける。
切り回しを失敗すれば、リスティアだけではなく、『Aqua』が混乱する。
「じゃあ、犯人の狙いは……」
「その危険性にリスティア国民のみならず、世界中の人間に気付かせること、確実にそれも含まれています」
「………」
忍は、無言で亮を見つめる。
健太郎も亮も、一個人が権力掌握する危険性を知っていながらソレを進めてきた。
『緋闇石』と対抗する為に。
そして、一年以内に来る、『緋闇石』以上のなにかの為に。
だから、まだ、地位を揺るがせられるのは迷惑千万というわけだ。
「それと、遊撃隊抹消の関連は?」
「なんにしろ、こういう事態の時には、まっさきに遊撃隊を抹消することにしてありましたから」
薄い笑みが浮かぶ。
「それこそ、すさまじい権限を持っていますので」
「悪用しようと思えば、いくらでも、か」
「そういうことです」
健太郎は、その利用を間違いはしないが、代行を務める他人がそうだとは限らない。
それに、総司令官直下に特殊部隊があるという事実以外の情報が流さないことによって、コトに当たった後の効果が大きくなっていることもある。
だからこそ、己のケガの治療を後回しにしてまで、遊撃隊抹消をやってのけたのだ。
「それで?」
「二十四時間以内に、犯人を指摘しますよ」
にこり、と微笑む。
逆に、忍の表情は渋くなる。
「通算、であるべきだと思うけど?」
「実質もそうあるべきです、相手は情報戦をしかけてくるはずですから」
情報を制すれば、買ったも同然。
だからこそ、亮は自分と同等の能力を持つ雪華に連絡を取ってくれと麗花に言ったのだから。
それは、忍にもわかってはいる。
「だけど、それで亮が躰壊してりゃ意味がない」
「その前にケリをつける為のスタートダッシュだと言ってるんです」
言われてしまうと、返す言葉が無い。
口をつぐんでしまった忍に、亮は微かな笑みを向ける。
「倒れるような真似は、しません」
「そうしてくれ」
静かな声。
自分のことに対する意識が、ほぼないと言っていい亮のことを、忍だけではなく皆が心配している。
必要と判断すれば、命を捨てることさえあっさりとやってのけると知っているから。
「約束を、忘れるなよ?」
頷いてみせてから、亮も、端末を閉じて立ち上がる。
「さて、ここを閉じましょうか」
「ああ」
ここは遊撃隊の為の場所だ。遊撃隊が存在しないのなら、ココも存在しないはずなのだから。
軽く荷物をまとめる為に、二階へと向いながら振り返った忍は、もういつもの顔つきだ。
「さて、俺は先ずはどうしようか?」
にこり、と亮の方も、軍師な笑みを浮かべる。
「そうですね、お使いをお願いしてもいいですか?」
「お使い?構わないけど、どこにだ?」
亮の笑顔は、イタズラっぽいものへと変わる。
「それは、ここを出てからのお楽しみです」
「もったいぶってるな?」
「きっと、お気に召すと思うんですけど」
にやり、と忍も笑う。
「そりゃ楽しみだ」



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □