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夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・3■



カフェで、須于の相向かいに座った香奈は、にこり、というよりは、にやり、という表現がぴったりの笑顔を浮かべる。
「なるほど、お互い得意なとこで動こうってわけか」
さすがに、飲み込みが早い。
須于が、直に手を下した犯人を捜して欲しいという亮からの依頼を告げただけで、この台詞である。
先に仲文経由でデータを受け取ってきたのを、手渡す。
受け取ったメモリーカードをポケットに収めながら、ひとつ、頷いてみせる。
「総司令官が素振りをみせなかったせいもあるだろうけど、SPにも気付かせずに近付けるのを手の内に持ってるってのは、そうそういない。すぐにケリつけられると思う」
やはり、亮が踏んだ通り、香奈は捜査を短縮できるだけの知識を持っているようだ。
「ウチの連中も、ただケリつくの待ってるだけじゃ腕が泣くしね」
口元の笑みが、大きくなる。
須于も、にこり、と笑う。
「じゃ、そういうことでいいのね」
「そちらの軍師が言うコトには、従っとくのが得策だからな」
イタズラっぽい表情で肩をすくめてみせる。
香奈も、亮の頭脳を認めているらしい。完膚なきまでにやられたので、当然といえば当然だが、それをしこりにはしないのが彼女らしいところだ。
須于も、笑みを大きくする。
す、と香奈は席を立つ。
「久しぶりのところ悪いとは思うけど、速度がコトを制するってのもあるんでね」
コトが起こってすぐに亮が動き出していることをわかっていて言っているらしい。くすり、と、思わず笑う。
自分も席を立ちながら、須于が尋ねる。
「連絡は……」
にやり、と今度こそ、いままでで最も大きな笑みを、香奈は浮かべる。
「必要とあれば、そちらから情報を拾いにくるだろう?」
「それもそうね」
亮にセキュリティなどないも同然だから。
「あんまりな無茶はするんじゃないよ」
「そっちこそ」
顔を見合わせて、どちらからともなく笑ってしまう。
ここに弥生がいたら、頬を膨らませて言うに違いない。二人とも、心配ばっかさせないでよね、と。
「お互い、気をつける」
「と、いうところで手を打っとこう」
軽く手を振り合って、互いの方向へと歩き出す。



携帯を手にした麗花は、のんびりとした口調で事情と亮からの伝言を告げる。
「まだ、早すぎるって」
雪華は、すぐには返事を返さない。
少々、考えているようだ。
『まだ、早すぎる、と言ったの?』
「うん、そうだけど?」
軽く首を傾げる。
『そう、わかった、今から……』
その一言で、雪華にはなにをすればいいのかわかったようだ。今から、の後に続く言葉を聞く前に、付け加える。
「それでね、場所はこちらに用意します、とな」
『リスティアに?』
少々驚いた声が返ってくる。それはそうだろう、雪華に頼むならば各国に情報が漏れるのを押さえる仕事だと察しがつくし、それならばアファルイオ首都、レパナでもこと足りるはずなのだから。
だが、そういう指示をしたということは、なんらかの意味があるのだろう。
そんなことを思っていると、雪華からの返事が返ってくる。
『じゃあ、行くよ』
アファルイオ特殊部隊を率いている割には、腰の軽い発言ではある。慎重な雪華にしては、珍しい。
「来てくれる?」
『軍師殿は、そのつもりで場所を用意してるんでしょう?』
亮からは、広人の連絡先をもらっている。麗花は頷く。
「うん、聞いてる」
『じゃ、また後で』
どうやって光樹に話をつけるのかは謎だが、ひとまずはコチラを手伝ってくれるようだ。
「わかった、じゃあ……」
『アルシナドステーションの、南口で』
そこらで遊びに行く待ち合わせをするかのように、あっさりと告げられる。実際に来たのは一回だけのはずだが、それで充分に地理を覚えこんでいるらしい。
麗花個人は、素直にさすが、と思うが、『第3遊撃隊』軍師である亮であればどう思うのだろうか。
そんなことを思いながら、頷き返す。
「うんわかった、じゃ、後でね」
携帯を切ってから、雪華に頼む、と亮が言ったからには、それくらいのことは見通しているだろうことに思い当たる。
きっと、逆であったとしても、亮ならば、行ったことがないはずの紫鳳城内も迷いもせずに歩くのだろう。
そういう二人だ。
と、そこまで考えて、珍しく本当に首を傾げる。
特殊部隊を任されるだけあって、慎重さでは群を抜いている雪華が、亮相手となると随分と大人しく従う。
まるで、朔哉と一緒にいる時のように。
それに、よくよく考えれば亮の態度も珍しい。
『第2遊撃隊』軍師である香奈にも同等の話はいっているが、彼女はリスティア軍に所属する人間だ。今回の件に噛むのも当然とも言える。
雪華は、麗花の親友とはいえ他国の人間なのだ。それに、総司令官襲撃後の後始末を頼むとは。
常に冷静な亮らしからぬ、破格の信頼ではないだろうか?
だとすると、考えられるのは。
自分の考えが、どこに辿り着いたかに気付いて、思わず手にしていた携帯を握り締める。
思わず、へらり、と笑ってしまう。
「ま、まっさかねー」
なんとなく、微妙によろめきつつ、雪華との待ち合わせまでの時間を埋めるために歩き出す麗花であった。



亮に頼まれた「お使い」をこなして、忍は仲文の家へと向う。
合鍵を渡されていたので、勝手に上がりこんでいくと、亮は端末に向っていた顔を上げる。
「お疲れさまです」
「お疲れってほどのことじゃなかったけどな」
にやり、と笑って答えてから、真顔に戻る。
「健さんの容態、どうなんだ?ニュースはなにも入ってないみたいだけど」
「襲撃されたと言えば、相手の思うツボですから」
にこり、と微笑む。
そういえば、皆といる時にも、表沙汰になるまでには時間がかかるだろう、と口にしていた。
「じゃ、襲撃されたことは極秘か?」
「少なくとも、総司令官の意識が戻るまでは」
「って、意識不明か?」
さすがに、す、と血の気が引く。
亮は、微かな笑みを残したままで言う。
「いえ、少々ヒドイ貧血を起こしているだけですよ、命に別状ありませんから」
「見舞い、行ったのか?」
「行ってはいませんが、想像するのは難しいことではないですよ」
忍の顔つきが不思議そうなままなのを見て、さらに続ける。
「やるべきことの第一は遊撃隊の抹消で、これしかやってのけていないということは、それ以上は動けなかったわけです」
「じゃ、ケガしたって言う前に、他にもやるつもりだったってことか?」
「いえ、自分でやられたと告げるつもりだったんでしょうが、出来ずに倒れたようですので」
亮は微妙な笑みを浮かべる。
「名誉職であったとはいえ、リスティア軍の象徴ですから、良からぬことを考える輩というのもいるもので、総司令官室の床は、一定以上の血液を感知すると警告信号を発するようになっているんです」
その信号が出たのかどうかは、確認したようだ。だから、貧血、と判断した。
相変わらず、どこであろうとセキュリティは存在しないし、観察力も健在だ。
「仲文が診るなら、あえて縫合が終わるまでは起こさないでしょうから、なんらかのニュースが入るにしろ、今晩になるでしょう」
「起こさないって……?」
「こんな機会でもないと、ゆっくり寝る暇なんてないでしょうからね」
苦笑気味に、軽く肩をすくめる。
最近会う時には、総司令官というよりは、イタズラ好きの年上の友人のような顔つきでいることが多いので失念しかかっていたが。
実質権力を握った総司令官の忙しさというのは、想像を絶するモノに違いない。そのうえ、財閥総帥もときている。
だが、忙しかろうと声をかければ、健太郎も言ってのけるに違いない。
必要だから、やるだけだ、と。
思わず、忍は苦笑してしまう。
その点は、仲文も広人も同じようなところがある。
元々、自分に対する意識が希薄な亮がそんな中で育てば、こうなるに決まっている。
健太郎のことが、心配でないわけはない。そうでなければ、総司令官室の緊急信号など調べる必要はないのだから。
それなのに入院先の国立病院へ行く気はないらしいのは、なにを優先するべきかを厳然と決めているせいだろう。
人工生命体であった過去の自分から受け継いだ遺伝子があまりに特殊なせいで、当人も気付いていないようだが、そういうあたりは間違いなく健太郎の血だ。
「なるほど」
笑いを噛み殺しながら言ってから、首を傾げる。
「じゃ、夕方には健さんは長年の睡眠不足も解消して起きてくるってところなんだな」
「そうです」
「だったら、遊撃隊抹消まではしなくてもよかったんじゃ?」
当然の質問を投げてみる。
健太郎の意識があるのなら、そうそう間違いを起こさせるわけがない。
「リスティア軍総司令官、ですから」
『軍』のところにイントネーションを置いて、亮は言う。
「軍を動かす人間が、入院中というわけにはいかないんですよ」
「はぁん、で、その間は?」
「副総司令官が全権責任を負います」
「まさか、副総司令官が裏から糸ってのはないだろ?」
それでは、あまりにお粗末だし、健太郎が気付かぬはずはないだろう。
亮も、すぐに頷く。
「ええ、真面目で実直を絵に描いたような方ですよ、通常なら彼が立派に切り盛りしてくれるはずです」
「今回は想定された非常時とは違うってことか?」
「リスティア軍のマニュアルにはないことは確かです」
総司令官の権力集中は、健太郎の代に一人でやってのけたとなれば、当然だろう。
「相手が相手ですしね」
「……やっぱり、犯人わかってるだろ、最初から」
忍の言う最初は、コトが起こる前から、の意味だ。
そうでなければ、わざわざ居間に端末を持ってきて連絡待ちという状況になるわけがない。五人ともがその場でツッコまなかったのは、亮が必要と判断したからと思ったからだ。
悪びれもせずに亮は肩をすくめる。
「どう出るかも、実質の日程も、それから証拠も掴んで無かったですので」
確実ではないことは、言わないというのが亮らしい。
「で、証拠は?」
それがなくては、抑えられない。
「自白しかなさそうです、さすが、慎重にコトを運んでいるようですね」
亮が誉めるのだから、相当な相手ということだろうか。
「犯人は……?」
忍の当然の問いに、にこり、と亮は微笑む。
「それは、皆が揃ってからのお楽しみということにさせて下さい」
確たる証拠が無いから、口にはしなかった。そのお詫びも含めてなのだな、と感覚でわかる。
にこり、と忍も笑う。
「楽しみっていうのもアレだけど、次に片付けることを聞こうか?」
亮の笑みが、明らかに大きくなる。
「次はですね、泥棒になります」
お使いの先を聞いたときも、少々驚いたのだが。
今度こそ、目が丸くなる。
「泥棒って、俺がか?」
「僕も、ですよ」
明らかに法を犯すことを宣言している割に、ほがらかな笑顔で亮は言ってのける。



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