[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・4■



広人が、自分の部屋の鍵を開けながら笑顔を向ける。
「嬉しいねぇ、カワイイ女の子を二人部屋に迎えられるなんてさ」
相変わらず、どこまでが本気かわからない人である。
さきほど会った時から、ナンパしてるのか亮の知り合いに会えて嬉しいのかよくわからない発言をされて、雪華は戸惑い気味のようだ。またも、瞬きをしたまま黙り込んでいる。
麗花は、にっこりと笑って返す。
「でしょう、きっと、美味しいお茶とケーキくらいはつくに違いないなぁ」
「うわー、勤務中に抜けてきたので勘弁してくれー」
大げさに言いながら、扉を開いて二人を中へと導く。
「端末だけ立ち上げたら、俺は戻るから」
言いながら、まっすぐコンピュータへと向かう。
「亮が入れてくれたセキュリティになってるから、その方がいいでしょ?」
と、先ほどと変わらない笑顔を雪華へと向ける。
きちんと靴を揃えて向きを直してから上がった雪華は、はじめて、にこり、と微笑んだ。
「そうして下さると助かります」
広人の笑顔につられて、とか愛想よくしよう、とかでなく、純粋に楽しいから笑ってる、と麗花にはわかる。
朔哉と一緒にいる時にも、こんな笑顔は無かったかもしれない。
言葉通り仕事へと戻る広人を見送ってから、雪華は端末へと向かう。
軽やかに動き始めた指を見ながら、ぽつり、と尋ねる。
「まだ早すぎるって、どういう意味?」
「総司令官に権力が集中しすぎてるって、『Aqua』全土が気付くのが」
画面をみつめたまま、あっさりと雪華は答える。
国家権力に近い位置にいる麗花には、その一言で意味は理解出来る。だからといって、すべての疑問が解けたわけでもない。
「『まだ』ってことは、いつかは気付かせるってこと?」
くすり、と笑い声が返ってくる。
「リスティアのことだよ?私よりも、今は麗花の方が詳しい」
「そうかな?洞察力では負けてる気がする」
肩をすくめる。
本当のところを言えば、なにも事件がないのに総司令部に通い詰めている亮がなにをしているのか、ということを考えてなくもなかった。
麗花だけではない。
五人とも、尋ねなかっただけだ。
亮は、時がくれば、必ず説明してくれる、と信じているから。
一端を、自分たちの前に雪華に向かって口を開いたのが、少し気になっただけで。
質問を、変えてみることにする。
「なんか、楽しそうじゃない?」
「うん」
簡潔かつ、わかりやすい肯定だ。
「亮といるの、好き?」
「楽でいい」
後ろの麗花が、どんな顔をしたのか見えているかのように、雪華は言葉を続ける。
「例えば、麗花が今日、昼になにを食べたのか私が当てたとする」
「うん」
「皆は不思議がるけれど、軍師殿は、不思議には思わない。軍師殿が同じコトをしてのけても、私は当然だとしか思わない」
言葉数は少ないが、麗花には雪華が言いたいことは充分理解出来る。
二人とも、無類の頭脳を持っていることは、麗花にもよくわかっている。だが、思っている以上に、それはシンドイことなのかもしれない。
望んでそうなわけではないのに、普段は疎まれる。それでいて、いざとなれば当然の顔をして使われる。
もちろん、心許した存在がないわけではないが、その相手にさえ、加減をして口を開かねばならない。
本人たちには当然でも、相手を傷つけることが、ままあると知っているから。
亮と雪華は、唯一互いに説明なしに、しかも思うままを口にしても大丈夫な相手なのだろう。
感情の問題ではなくて。
だが、なんとなく先ほどの連絡で感じたことを口にしてしまう。
「にしても、亮も随分と雪華を信頼したもんだね」
麗花がなにを気にしていたのかが、正確に理解出来たらしい。
薄い笑みが、雪華の顔に浮かぶ。
「余計なことを探らないとわかっているから」
「え?」
「『まだ』早いということは、遅かれ『なにか』が起こるってことで、情報を手に入れようと思えば、手に入るかもしれない」
そこまで言われれば、麗花にもわかる。
「なるほど、知ればほっておけなくなるから、最初から知らぬままでいる、と」
「抱え込まなくてイイものは、抱え込まないに限る。どうせ、必要な時が来たら巻き込まれる」
当然の事実として口にする雪華に、思わず麗花は笑う。
「どうして、そう思うの?」
「私が軍師殿なら、そうするから」
鏡に映すが如く、亮が考えていることはわかるらしい。それにしても、だ。
「たった一言で、自分がなにをすべきかわかったわけ?」
「ん?……うん」
少々ためらい気味だが、雪華は大人しく頷く。ここまで言っておいて、加減するのも愚かしいと思い直したらしい。
「で、なにしてるわけ?」
画面の切り替わりがめまぐるし過ぎて、ついていけてないのもあるが、自分が察したコトが正解かどうか知りたい気持ちもあっての質問だ。
「各国の諜報関係が、総司令部関係の情報にアクセスするのを邪魔しながら、どこが動いたかログとってる」
自分の考えはあたっていたらしい。そうだとすれば、だ。
「じゃ、今回の件は極秘にするんだね」
「表沙汰になれば、多かれ少なかれ動揺するだろうから」
口調は急いではいないが、手の方の動きはめまぐるしい。
亮がまかせたと聞いた広人は、デスクトップ端末のほかに携帯型のも開いていってくれた。
雪華の指は、こちらのキーボードも軽やかに叩く。
「どっか、おもしろそうなところ、つっかかる?」
「さて?プリラードもルシュテットも、数日経っても、なにかおかしいと気付かないなら『Aqua』の主要国を名乗るのはやめたほうがいい」
うそぶく雪華に、麗花は笑う。
「やっぱり亮は大胆だな」
「細心、だと思うけど」
くすり、と麗花は笑う。
亮は、麗花の無二の親友と知っているからこそ、己の懐に抱きこむことを決めたに違いない。でも、それ以上に、相手にしたら最も厄介な人間は、出来ることなら味方にしてしまうに限る。
ソコまで考えるのは細心だ、と雪華は評したわけだ。
「雪華が亮なら、同じことした?」
どちらかというと楽しそうに、麗花が尋ねる。
「そうだね、こういうカタチで知らされなければ、際どいところまでやったかも」
情報収集を、だ。亮が雪華の立場なら、聞かなくともやるということは、麗花にはよくわかっている。
それに、雪華がまだしない、とは決まっていない。
雪華も同じコトを考えたらしい。浮かんだ微妙な笑みを見て、麗花が、にやり、と笑う。
「雪華のこと、私の親友として扱ってるんだよ」
言われて、雪華は、思わず視線を麗花へと向ける。
「アファルイオ特殊部隊を統括していると知っていながら?」
「そう、だって情報に関することなら、亮は誰にも負けないもの」
そう言いながら、麗花は嬉しそうに笑う。
「確かに、例の一件では、やられた、と思うけどね」
雪華の顔にも、苦笑が浮かぶ。
例の、というのは、祭主公主の一件だ。亮は、紫鳳城からの情報を守っているはずのセキュリティを越えて、さらに仕掛けまでやってのけた。
それはそうとして、麗花たちに言わせると、ここにいるのは、『第3遊撃隊』の高梨麗花ということになるわけだ。
と、すると、ここにいる自分は、ちょっと変わった特技を持った友人、ということになるのだろうか。
ふ、と口元に、先ほどまでとは異なる笑みが浮かぶ。
面白いコトやるから、遊びに来ませんか?
そう、穏やかに微笑んでいる顔が、ふと思い浮かんだのだ。
雪華は、微笑んだまま軽やかにキーボードを叩きつづける。
ぽつり、と口を開く。
「最高の軍師殿で、よかったね」
「ありがと」
麗花は、にんまり、と笑う。



愛用のバイクで、懐かしい場所に俊が乗りつけると、すぐに笑顔で寄ってくるのがいる。
「うっわー、相変わらずいいバイクに乗ってますねぇ」
羨ましそうに眺めている彼は、心底、俊のバイクテクに惚れている。
久しぶりなどの挨拶前に、バイクのことが口をつくあたりが、彼らしいとも言える。俊は、にやり、と笑う。
「そりゃ、どうも。変わりない?」
簡潔な質問だが、相手は少々眉を寄せる。
「いや、なんか慌しい感じっすね」
「慌しい?なんかあったか?」
もうすでに、総司令官襲撃絡みの情報が入っているのだろうか?
なにげない態を装いつつ、俊は首を傾げてみせる。
「それがねぇ、スティンガーの兄貴が戻ってるみたいなんですよ」
「スティンガーが?ふぅん」
それだけなら、俊にとっては驚くにはあたらない。
が、相手の眉は相変わらず寄ったままだ。じっと何か考えている様子だったが、やがて意を決したらしい。
まっすぐに俊を見つめつつも、遠慮がちに口を開く。
「あのう、相談に乗っていただけませんか?」
自分は引くんだから、後は己で始末つけろと言ったのを、俊はよく憶えている。彼の方もそれを憶えているらしく、それで遠慮がちになっているらしい。
「いいよ、言ってみろよ」
「なんか、ヘンなヤツが出入ってんすよ」
「ヘンなヤツ?」
「隼人って名乗ってんですけど、バイクでケチつけてきやがるんです」
軽く口を尖らせてみせる。
そんなのは、自力がない自分の方が悪いのだ。
俊がなにを言いたいのかはわかったのだろう、彼は首を横に振ってみせる。
「そりゃ、負けるのは自分のせいっすけど、その後がヤバくてさ、俺ら皆、頭抱えちまってて」
「ヤバい?」
こくり、と彼は頷く。
「なんかね、総司令部にちょっかい出せって言うからさ、これはさすがに、かなりヤバいぞって」
俊は眉を寄せる。
「総司令部に?」
もう一度、こくり、と頷いてから、彼は続ける。
「どうも、スティンガーのとこもちょっかいは出されてるみたいだけど、同じこと言われてるかは聞きにくいし……」
いらぬことを言えば、ややこしいことになりかねないのは、身にしみて知っている。
最初にスティンガーが戻ってる、と口にしたのは、俊に話をしてみて欲しいからだ。
俊は、にやり、と笑う。
「わかった、俺がスティンガーに話をしてみるよ」
「ありがとうございますッ」
ぺこり、と頭を下げる。
「いや、総司令部にちょっかいってのは、穏やかじゃねぇもんな」
「そうなんすよ」
心からほっとしているらしい。
「あの程度の勝ち方で、んな割にあわないコト出来ないって踏ん張ってるんすけど」
「なるほど、そういや、スプリッアーは、どうしてる?」
相手は、首を横に振る。
「あそこはまだ、ちょっかい出されてないみたいで……それに、今日は姿見てないし」
「そうか」
いないのならば、仕方がない。
まずは、スティンガーことジョーに会って、状況を把握するのが先だろう。
正体はわからないが、総司令部にちょっかいを出したがっている誰かのおかげで、いきなりスティンガーとスコーピオンが同時期に復帰したという点に関しては疑問を抱いてないらしい。
その点は、感謝しなくてはなるまい。
ともかくも、まずはバーのモスコーミュールに顔出しすることから始めるのがよさそうだ。
俊は、バイクのエンジンをふかしなおす。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □