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夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・5■



モスコーミュールへ俊が顔を出すと、すぐにスティンガーの下のと、スプリッツアーの下のがどこかへと消える。
スコーピオンが戻ったと、自分たちの上に伝えるためだ。
このバーは、裏通り界隈の中立地帯のヒトツだ。
血の気の多い連中ばかりなので、ケンカするなといっても難しいところもあり、ここでそれぞれのグループを押さえている三人が話をつける場所となっている。
この店の中で、ケンカ沙汰を起こしたら、この界隈にはいられなくなるということを、身にしみて知っているので、誰もが大人しい。
未成年のクセに酒を口にしてるあたりで、問題は問題なのだが。
それはともかくとして、俊はカウンターへと腰掛ける。
どこか、冷たささえ感じさせる視線のマスターは、変わっていない。
無表情のまま、彼は尋ねる。
「ご注文は?」
この単語の後で発せられるカクテルの名は、そのまま、いま会いたい人間を指す呼び出しになる。
元々、そう騒がしくは無いバーの中が、しん、と静まる。
「スティンガー」
まったくブランクを感じさせない声に、スティンガーの下のが、また慌てたように外に走りでる。
微かな笑みを浮かべて見送った後、俊はマスターへと向き直る。
「ハーフアンドハーフ」
今度は、本当の注文だ。
相変わらず無表情のまま、マスターは注文の品を出してくる。

十分もたたないうちに、俊とジョーの姿はモスコーミュールの奥へと消えている。
皆の前で話をつけるわけにもいかなかったので、バーの奥側にある部屋を打ち合わせ用の部屋として開放してもらっていたのが、いまだ健在だったのだ。
「なんか、ヘンなのがちょっかい出してるって?」
さっそく、俊が口を開く。
「ああ、ここらでは隼人と名乗ってるらしいな」
ジョーの方にも、それなりに情報は入ってきているようだ。
煙草を取り出すと、ひねってしめてから火をつける。差し出されて、俊も一本手にしながら、さらに質問を重ねる。
「勝負を仕掛けて、勝ったらどうしろって言ってる?」
その質問には、にやり、とした笑みで答える。
「ウチの方は、腕っ節が強いのばっかなんでな、ソコまでは話が進んでない」
「なるほど、隼人氏は、バイクはそこそこイケるけど、腕は細いわけな」
「ああ、で、負けるとなにさせるって?」
今度は、ジョーの方が尋ねる。
俊は、軽く眉を寄せる。
「総司令部に、ちょっかい出せってさ」
ジョーの顔にも、怪訝そうな表情が浮かぶ。
「穏やかじゃないな」
「ああ、それに、あまりにタイミングがいい」
それは、ジョーも感じたらしい。無言のまま、ぽん、と煙草の灰を落とす顔つきは、渋い。
「で、出したのか?」
「んなことして、無事で済むわけ無いだろ」
物理的な方は、すでにプロと思われる人間が動いている。
総司令部にちょっかい、の意味は、ハッキングの方だと判断して間違いないだろう。
総司令官側には、亮がいるのだ。なにかおかしいければ、すぐにルートを辿ってくるに決まっている。無論、亮が出ないまでも、その手のプロは絶対にいる。
中途半端な手出しをしたら、火傷をするのがオチだとわかりきっている。
ともかくも、裏通りにおかしなのがいることだけは確かだが、こちらから亮へ連絡をつける手段は、まだない。
俊は、情報の整理をすべく、また質問する。
「スプリッツアーは不在らしいな?」
「ああ、しばらく空ける、と言ってたらしい」
「しばらくって?」
ジョーは、首を横に振る。
「だが、ひとまずはスプリッツアーのところには手を出せない」
スコーピオンとスティンガーは引いているので関係ないが、基本的に頭がいないときに勝負をすることは出来ないことになっているからだ。
そうしておかないと、収拾がつかなくなりかねないから。
「それは、ありがたいってことにしといて、会ったか?」
もちろん、渦中の隼人のことだ。
「いや、まだだ。夜しか出入りしないらしいな」
「ふぅん」
少々身を乗り出して話をしていた俊は、どっかりと後ろの背もたれへと体重を移す。
「じゃ、夜待ちだな」
「ああ」
おそらくは、またちょっかいを出してくるに違いない。
妙なことに巻き込まれてる連中を解放してやらなければ、泥沼になるのは目に見えているし、隼人とやらの目的達成を邪魔してやれば、なんらかのボロを出してくれる可能性は高くなる。
必ず、数日のうちに、亮はなんらかの連絡をしてくるはずだ。
ならば、その前にそれなりの情報を掴んでおいた方がいい。
「そっちは、どうだ?」
俊は、煙草をふかしながら首を傾げる。ジョーは、ぼそり、と答える。
「相変わらずだな」
もちろん、それなりに後を見られる人間を選んではあったが、やはり締めるとなると微妙なところらしい。ジョーの方も、戻ったなり泣きつかれた俊と同じようなことになっているようだ。
「世話の焼ける」
ぼそ、と付け加えたジョーに、俊は、にやり、と笑う。
「そう言うなよ、こちらも取り分がないわけじゃない」
言われたジョーは、口の端に笑みを浮かべる。
古巣に戻った、というよりは、古巣を利用に来た、と言った方が正確だと気付いたからだ。
もはや裏通りは、いまの彼らの居場所ではない。
ジョーの笑みを見て、俊も自分がなにを口にしたのか気付いたのだろう。
苦笑気味の笑みが浮かぶ。
スティンガーとスコーピオンの現役であった時には、事務的に話を進めるだけだった。
お互い、話を進めるスタンスが近いのがやりやすい、とは思っていたが、他人の領域に踏み込むことに、興味がなかったのだ。
だから、志願兵役で『第3遊撃隊』に所属が決まった時にも、誰がいるのかはわかっていて互いにそれを口にしなかった。
それが、今となったら、こうして二人して『第3遊撃隊』として、ココにいる。
奇妙なおかしさを感じたのは、当然といえば当然だ。
お互い顔を見合わせて、どちらからともなく笑いそうになった時だ。
恐る恐る、といった調子で、ノックされる。
この部屋で話されるのは微妙な内容がほとんどで、邪魔されると二人とも機嫌が悪くなるのを、よく憶えているらしい。
「どうした?」
顔つきをスコーピオンらしくしてから、声をかける。
相変わらず、恐る恐る、といった様子で、二人顔を出す。スコーピオンの下のが一人と、スティンガーの下のが一人。
「あの、変わったのが一人……」
ジョーが、無表情のまま軽く眉を上げる。
びくり、としたようにスティンガーの下のが首をすくめる。
「技術屋みたいなんですけど、なんていうか……」
技術屋、と聞いて、誰が来たのか二人とも、同時に気付く。
「ご指名ってわけか?」
俊が、どこか冷たい笑みを浮かべる。
「お望みどおり、ツラ拝んでやるよ」
「使えるんだろうな」
ジョーも、いかにも面倒くさそうに腰を上げる。
二人がモスコーミュールの表へと戻ると、赤が目に入る。
唇もワンピースも、目の覚めるような赤だったのだ。
彼女は、にこり、と微笑む。
いつもなら絶対にありえない濃い目の化粧と、赤に惑わされて、一瞬誰なのかと目を疑ってしまうほどの化けっぷりだ。
「どちらが、どちらかしら?」
にやり、と笑ったのは、俊の方だ。
「さて、それを聞いてどうするのかな?」
「名前を知らない人に名乗る趣味はないもの」
さらり、と須于は返してみせる。
なるほど、新しく顔を出した技術屋だ、とまでは口にしたが、それ以上なにも言わないので、扱いかねたらしい。
裏通りの流儀は、雑談ついでに軽く話したことはあったが、最初にグループを押さえている人間を通してというやり方までは、ジョーは教えていない。
微かに驚いたのを、俊は見逃さない。
あまり、引いていても仕方ないこともわかっている。
「なるほど?俺がスコーピオンだけど?」
「では、こちらがスティンガーね」
ジョーの方へ、ちらり、と視線をやってみせてから、マスターへと向き直る。
「お二方に、スプモーニを」
裏通りでの通り名が、スプモーニだ、ということ。そして、カクテルの名を名乗るということは、独立して動く、と宣言する意味もある。
「なにが出来る?」
ジョーが、軽く眉を寄せる。スプモーニと名乗った須于は、軽く肩をすくめる。
「メカなら、なんでも」
「へぇ、大きく出たな」
口では呆れたように言ったが、大言壮語ではないことは、二人ともよく知っている。
「先ずは試させてもらおうか」
と、固唾を飲んで見守っている一人を振り返る。最初に俊に泣きついてきた彼だ。
「お前、バイクの調整、してもらいな」
「えッ?!俺っすか?!」
戸惑った彼に、俊は冷たく言い放つ。
「勝負して負けるようなバイクに乗ってても仕方ねぇだろ」
「うっす……」
少々しおれている。スコーピオンのグループは、自分で自分のバイクを仕上げることに、それなりのプライドを持っている。
それを、けちょんとやられてしまったが、負けたのは自分なので怒ることも出来ない。
これが、裏通りで認められるかどうかの試験というわけだ。
須于は、にこり、と微笑むと、彼について店を出る。
「カタリかわかるまでは、ちょっかい出すなよ」
じろり、と俊が周囲に視線をやる。
ジョーが、言うまでもないという視線を、自分の下の連中にやる。数人いた、スプリッツアーの下にも。
皆、頷いてから、他にも伝えるべく散っていく。



陽が落ちて、いくらか過ごしやすくなる頃には、すっかりスプモーニはスコーピオン下の連中のひっぱりだことなっていたし、スコーピオン自身は、現れた隼人を、あっさりと破っていた。
それと、同じ頃。
総司令部に、二人の人影がある。
夜間警備に入っている総司令部ビルの壁に向って立ち尽くしているように見える。
ビルの裏側にあたるこの場所には、他に人影も無い。
静寂の中で、ほんの微かに聞こえてくる音は、細い指が端末のキーボードを叩く音だ。
軽やかに指が動く様は、こんな時ではなければキレイにさえ、見えるかもしれない。
周囲に油断なく視線を走らせながら、一人が低く尋ねる。
「こんなところに、入り口が?」
「ええ……もう少しです」
端末から目を離さずに、一人が答える。
闇の中に溶け込むように見えるのは、二人とも黒い服に身を包んでいるからだ。
ほんの微かな気配に、一人が、忍が息を飲む。
全く音を立てずに、壁であったはずの場所が、す、と開いたのだ。
が、亮の指の方は止まらない。
開いた先の床が、一メートル四方ほどの正方形を描いて、細い光を放つ。
亮は、壁につないでいた端末を引っこ抜くようにしながら閉じると、口早に言う。
「乗ってください」
素早い身のこなしで、忍はその正方形へと飛び乗る。
亮も、それに続く。
と、同時に、すうっという内臓だけが上方に取り残されるような感覚と共に、その正方形は下降し始める。
壁の方も、何事もなかったかのように閉じ始めている。
忍たちの視界から扉が消える頃には、完全に閉じたのが見えた。
完全に自分たちが床下へと沈むと、板だけだった正方形の周囲に壁が上がってくる。そして、天井が閉じると、明かりがつき、見慣れたエレベータと変わりなくなる。
問わなくても、旧文明中につくられたモノなのは明らかだ。
「地下へ降りるのか?」
忍の問いは、総司令官の許可が無ければ下りられない深地下のことを指している。
亮は、目線だけで頷く。
元々、透き通るような白さだが、いまは、少し血の気が引いているように見える。
なにかに、緊張している、と忍は思う。
泥棒に入る、ということは、聞かされている。
場所が、総司令部だと知った時から、旧文明産物を持ち出す気でいることも。
ただ、それが何なのかは、まだ聞いていない。
忍は、手にした龍牙剣を、軽く握り直す。
頭の奥が、微かに痛みを感じている。
瞼を、静かに閉じる。
亮は、なにも言わずにエレベータにつなぎ直した端末を見つめている。
微かな振動と共に、エレベータが止まる。
コードが打ち込まれ、そして、扉が開く。



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