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夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・6■



降り立った場所は、先日、健太郎が連れてきたところとは違うようだ。
先に降り立って振り返った亮は、微かに口元に笑みを浮かべる。
「壁の、裏側です」
その言葉だけで、忍には意味がわかる。
総司令官許可を受けなければ入れない上に、強固なパスに守られている総司令部地下は、それでも旧文明時代よりもかなり規模を縮小されている。
それは、六月に入った時に、いくらか過去の記憶を取り戻していた忍にも一目でわかった。
亮は、あの時忍が見た、壁の裏側へと侵入してみせたのだ。
人の存在に反応して点灯していく廊下は、全く手を加えられていない証拠だ。
「機能停止、してないんだな」
「あちら側を旧文明資料倉庫と呼ぶなら、こちらは旧文明産物倉庫、とでもなるのでしょうね」
いつも通りの感情のあまりこもらない声のはずなのに、いつも以上に平坦に聞こえる。
「……亮?」
何十の音が重なったとしても、それぞれの音を聞き分けることが出来る亮に、忍の声が聞こえなかったわけは無い。
だが、亮はなにも答えずに、足を進める。
気のせいではなく、血の気が引いている。なにかあったとしても、表情に見せることはありえないと言っていいほどの亮だ。
だとすれば、この先に待っているのは、亮にとっても相当だ、ということ。
忍の眉が、す、と寄る。
龍牙剣を握っていない方の手が、亮の腕を掴む。
その力に驚いて振り返った亮に、静かに告げる。
「戻るぞ」
「戻る?」
怪訝そうに眉を寄せた亮に、重ねて告げる。
「そうだ、戻る」
「いきなり、どうしたんです?」
珍しく顔も声も戸惑っているが、忍の表情は変わらない。
不機嫌な表情をしたまま、ぼそり、と告げる。
「血の気が引いてる、他の方法を考えろ」
言われて、初めて自分がどんな顔つきでいるのか気付いたらしい。少し困ったような顔つきになったが、足の方は忍に従おうとはしていない。
「すみません」
少し、視線が落ちる。が、声の方は、いつもの亮と変わらず、大きくは無いが通る声で続ける。
「確かにこの先にあるのは、忍にとっても気持ちのいいものではないでしょうし、また、なにか思い出すかもしれません」
微かな表情の動きで、忍には亮の血の気が引いた原因は、自分がなにかを思い出すことの方にあるのだと気付く。
「あまり、過去の記憶を思い出させるようなことはしたくはないと思っています」
す、と顔を上げた亮に、もう先ほどまでの顔色の悪さはない。
「ですが、出来る限り穏便にことを済ませるためにも、必要なモノは手に入れなければ」
「わかった」
忍も、微かな笑みを浮かべる。
どうやら、旧文明当時のまま保存されている部分の方が、広いらしい。
かなりの距離を歩いて、目的の扉へと辿り着く。
『緋闇石』と対抗すべく、蓮天神社の地下へ向かった時と同じく、幾重にか閉ざされた扉の最奥だ。
それだけ、厳重に守られている場所なのだとわかる。
「この中か?」
「ええ、どこに置いてあるのかがわからないので、照明を点灯するよりほか無いんですが……」
覚悟を決めた様子だったのに、また、語尾が微かに逡巡している。
「俺のことなら、大丈夫だから」
言われて、扉に取り付けられたキーを叩く亮の顔に、痛みのある笑みが浮かぶ。
「その台詞は……」
声と同時に、す、と目前の大扉が開く。
亮は、振り返る。
「目的のモノを、全て運び出せるまでは、お預けにしておいてください」
そして、亮は一歩、扉の向こうへと足を踏み入れる。
同時に、中の照明の全てが点灯していく。
一気に明るさを増していく、巨大な部屋になにが置かれているのか、を見た忍の瞳が、大きく見開かれていく。
忍は、目を見開いたまま、部屋へと入る。
そして、ゆっくりと周囲を見回す。
天井は、他の部屋の二倍から三倍はあるだろう。
だが、そんなことよりも、目に入るのは全て。
大小様々の、動物たち。
いや、動物と言っていいのか、定かではない。
物語の中でしかお目にかかれない、異形のモノたちばかりだったのだ。
おぞましいキマイラ様のモノ、背に大きな翼を持つ天馬、ユニコーン、それだけではない。
ゆいの正体であろう人魚、腕だけが羽の人間……
それが、液体の満たされた巨大な円筒に一固体ずつ、瞼を閉ざして入っているのだ。
この部屋自体が、巨大な標本室と言っていいだろう。
何も言えぬまま、忍は亮へと視線を向ける。
「旧文明時代に盛んだった遺伝子操作の中の、異種賭け合わせの集大成がこれです」
静かな、亮の声。
もう一度、彼らへと視線を戻して、ぎくり、とする。
口元から、微かな泡がこぼれている。
「まさか……?」
「そう、生きています……眠っているだけです」
ずっと鈍い痛みを持っていた頭の最奥が、ずきん、と痛む。
忍は、ぐらり、と躰が揺れた気がした。
そう、知っている。この液体の中にいる限り、何十年どころか、何百年でも眠ったまま生きていくことが出来る。
そうやって、最終兵器もずっと眠りつづけていた。
色の無い、陶磁器と水晶でつくりあげたかのような。
でも、それよりも。
「俺は、海の……」
半ば無意識に呟きかかって、自分の額に冷や汗が流れていることに気付く。
一気にかなりの記憶を思い出して、負荷がかかったらしい。
軽く、額を押さえる。
どうやら、記憶の逆流は終わったようだ。
痛みが薄らいでいく。
どこか心配そうな表情で、そっと覗いている亮と瞳があう。
晴れた日の海を思わせる、色素の薄い瞳。
大丈夫、と口にする代わりに微笑んでから、そっと亮の頬へと手をやる。
「俺、いまも、晴れた日の海の色、好きなんだ」
その言葉で、忍がなにを思い出したのかわかったのだろう、微かに痛みのある笑みが浮かぶ。
だが、そっと頷く。
旧文明時代に出会った時。
亮は、最終兵器と呼ばれた人工生命体だった。
そして、忍が初めて出会ったとき。
いま、この部屋の中に林立するように立っている筒と、同じモノの中に、いたのだ。
そして、色を決めたのは自分だ。
思い出した記憶の、整理もついてくる。
「もう、大丈夫そうですね」
忍の顔色を確認して、亮は、一歩、下がる。それから、くるり、と周囲を見渡す。
「この中に……」
「亮」
言いかかった台詞を、忍は遮る。
多分、いましか言えないから。
「俺の好きな色を残してくれたんだな」
部屋の奥へと踏み出しかかった亮の足が、止まる。
「ありがとう」
「………」
完全に背を向けたわけではなかったから、微かに口元が動きかかったのが忍にもわかる。
だが、振り返ったのは、いつも通りの亮だった。
「この部屋のどこかに、マネキンのようなカタチをした人形が六体あるはずです」
「それが、今回のターゲット?」
それ以上は忍も、過去のことには触れず、本来の目的へと戻る。
「ええ、等身大なので、僕一人の手には余るんです」
亮は軽く肩をすくめる。
忍も、にやり、と笑う。
「なるほど?俺は荷運び要員ってわけだな」
「実は」
もう一度、亮は肩をすくめてみせる。
「かなり、重い思いをさせてしまうと思うんですが……」
あたりを見回しながら、亮は歩き始める。忍も、マネキンを探しながら、一緒に歩く。
「そりゃそうだな、等身大六体とは」
「……でも」
「ほかを巻き込みたくはない、よな」
旧文明時代に死んだはずの自分の記憶がよみがえると言うのが、いいことなのかどうかはわからない。
『後始末』を考えたら、亮だけでなく、六人ともが記憶があれば早かったのかもしれない。
でも、その方法がいいとは、忍には思えないし、亮も思っていないからこそ、こういう方法を用いている。
「忍のことは、必要以上に巻き込んでますが」
亮が苦笑する。
「いい、俺は、それで構わない」
言いながら、忍は、ふ、と抱きしめたい衝動にかられる自分がいるのを感じる。
だけど、どちらでもないことがわかったからと、それをするのはヤマシイ気がして、笑みを浮かべるだけにする。
「甘えてますよね、すみません」
珍しく素直に頭を下げるものだから、忍は視線のやり場に困って逸らす。
が、これが上手い具合の方向であったらしい。
「……あ、あった」
まるで、ほおったかのように、無造作に積み重なる六体の人形。でも、これも旧文明産物ということは、ただのマネキンではないのだろう。
目前まで歩いていって、しげしげと見つめながら忍が尋ねる。
「コレ、どうする気だ?」
「さて、それはお楽しみにしておきましょう」
「そればっかりだな」
「確かに、そうですね」
意に介さぬ様子で、亮は、にこり、と微笑む。

さすがにマネキン六体を持ち込んで保管するほどの広さもないし、設備もないので、天宮の屋敷の方へと運び込む。
「よっと、コレで全部だな」
亮の自室へと、全て運び終えて、忍は一息つく。
「ありがとうございます、どうぞ」
忍の好きな炭酸モノのグラスを手に、亮が、にこり、と微笑む。
「おう、さんきゅー」
等身大六体を運び上げたので、さすがに汗だくだ。受け取って、一気に飲み干す。
「生き返るー」
その口調がココロから、というのでまくりで、亮は思わず微笑んでしまう。
「すみません、助かりました」
もう一度、言葉を変えて礼を言う。
忍は、苦笑してみせる。
「いいっての、それより、いまからコイツらに細工する気か?」
「部屋は用意させてありますから、シャワー浴びてすっきりして、ゆっくり寝てください」
にこり、と微笑む。
「誤魔化すなよ」
忍が眉を上げたのを見て、亮は付け加える。
「協力していただいたお礼に、明日は一足先に出来上がりをご覧に入れますよ」
「あのなぁ」
「で、その後で、お使いに行っていただきます」
「お使い?」
「ええ、召集に」
皆よりも先に、マネキンがどうなったのか教えてもらえるという、見え透いたエサには釣られまいと思っていたのに。
マネキンの準備が出来たら、六人集合だ、と亮は言っているのだ。
裏通りにいる俊たちも、広人のところにいる麗花も、待っているに違いない。
これには、忍も弱い。
ヒトツ、ため息をつく。
「……仕方ないな、無理はするなよ」
「わかっています。準備は出来ていますから、そうはかかりませんし」
「そうしてくれ」
「では、おやすみなさい」
「おやすみ」
扉が、静かに閉じる。



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