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夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・7■



朝、部屋を出た忍は、軽く眉を寄せる。
どうやら、亮が、まだ部屋から出ていない様子だからだ。
少々荒めの歩調で亮の部屋の前へと立ち、ノックする。
「どうぞ」
忍のいらだちを知ってか知らずか、あっさりとした返事が返ってくる。
少々勢いよく扉を開いた忍は、目前で微笑みかけている人間を見て、思わず足を止める。
自分そのものではないか。
「……げ?」
呟くと、相手はおかしそうに肩をすくめる。その動きに、少し違和感を感じる。それに、だ。
「おはようございます」
挨拶をしてのけた声は、間違いなく亮そのものだ。
「………」
忍は、しゅっと、足で蹴り上げながら室内へと踊りこむ。
「っと、危ないですね」
落ち着いた口調で言ってのけながら、目の前の忍(?)は身軽に避けてみせる。
その動きで、先ほどの肩のすくめ方の違和感がわかった。この動きは、麗花そのものだ。
「うっわー、いきなり闖入で大暴れだよー」
麗花そのものの口調で言ってのけたのは須于だったし、自分そのものの声で
「そりゃ、驚くだろうな」
と言ったのは俊で、
「驚かない方が不思議だ」
ぼそりとジョーの声で言ってのけたのが少々スレンダーな麗花で、これが意外に似合っているとか思ってしまう。
「朝っぱらからこれってなー」
ジョーの姿で俊の声は、ジョーが情けなくなった印象になるのは何故だろう。やはり、渋くあって欲しいというのが無意識にあるのだろうか。
だが、この様子だと。
「でも、いきなり足が出るというのは、どうかしらね?」
亮の姿で、須于の声が全く違和感ないあたり、いっそ泣けるものがなくもない。
さすがに、忍も溜まりかねて声を上げる。
「亮!」
声と同時に、ぴたり、と六人が止まる。
隣の部屋から、亮が顔を出す。
「おはようございます。出来はいかがですか?」
今度は、亮の姿から亮の声。ホンモノだ。
忍は、少々脱力しながらも、苦笑を返す。
「大変よく出来ましたってとこだけど、このちぐはぐはなんなんだよ?」
「一目でニセモノとわかるようにしておきたかったので」
あっさりと言ってのけると、亮は楽しそうに微笑む。
「忍が驚いたのなら、合格ですね。では、朝食にしましょうか」
「ああ」
返事を返して、そういえば、と思い当たる。
天宮家で食事をごちそうになるのは、これが二度目だ。伸之介の一件の時に、身を隠す為に寄せてもらったからだ。
このときに、健太郎に『大事な客人』と言われてしまったがために、えらい丁重なもてなしをされてしまって身の置き所がなかった。
最も困惑だったのが朝食で、イングリッシュブレックファスト並みのしっかりさはありがたかったのだが、卵料理はなににするか、つけるのはベーコンかハムかに始まり、飲み物はコーヒーと言ったらば、今度は豆、挽き具合、ミルクはどうするか、砂糖の種類……
贅沢すれば、とめどないとは知っていたが、さすが『Aqua』イチと言われるだけはある。
お客人には、一般人と言われる立場からすれば、面映くなるほどのサービスがついてくるのだ。
忍の顔つきを見て、亮にはだいたいの察しはついたらしい。
階段を下りながら、苦笑を浮かべる。
「今日は、僕が指示しておきましたから大丈夫ですよ。話をしたいからと言ってありますので、出入りもありませんから」
忍が、なにが気になるのか、きちんと気付いている。
仲文のところでの生活が長かったせいか、財閥総帥の一粒種という立場にある割には、庶民的な生活をよく心得ているのだと、改めて気付く。
そうでなかったら、最初の頃の生活は一体どうなったやら、と思わず考えてしまったりもするが。
「どうしました?」
足が止まった忍の方へと、亮が振り返る。
「いや、なんでもない」
どこか、笑みが残った顔で、忍も後を追って階段を下りていく。



広人の家では、麗花と雪華が朝の食卓を囲みながら、テレビを見つめている。
もちろん、テーブルの上の食事は、雪華が作ったものだ。広人は宿直だったのでいないのだが、もし帰っていたら感動したに違いない、見事なまでの中華風朝食が並んでいる。
薄味がたまらない中華粥を手にしながら、麗花が、にやり、と笑う。
「夏風邪とはね」
リスティア総司令官不在のニュースは、もちろんトップを飾ったわけだが、その理由は情けない。
ちなみに、当人のコメントは『お腹出して寝ると、ダメだねぇ』だそうである。
情けなさ倍増といったところだが、情けなければないほど、人の注目がそちらへ行くので、いいのかもしれない。
総司令官として発する言葉に、計算がないとは麗花には思えない。
昨晩は熱があったが、もう大丈夫で、財閥関係の指揮は問題なくとっている、とニュースは続く。
ただ、大事をとって、数日の休養を取るので、軍の方は副総司令官指揮下となる、とも。
「私の仕事は終わりだな」
雪華が、冷静な口調で呟く。
問い掛ける視線になった麗花に、説明を続ける。
「各国が手を出してくるのは、なにがどうなったかわからない状態だからで、リスティアの公式発表のあとは、なにしてもなにも出てこないと、皆知っている」
それだけ、リスティア総司令部の情報管理が厳しいと、知れているということだ。
「なるほどね」
健太郎と亮がしいたセキュリティなら、確かに他人には破れまい。雪華の腕をもってしても、どこまでいけるのか。
「というわけで、私は帰るから、と軍師殿に伝えて」
「うん、わかった」
素直に、麗花は頷く。こちらでの用件がなくなってしまえば、滞在の理由はない。アファルイオ特殊部隊をあずかる身である以上、そう長くは国を空けられないのは、よくわかっている。
にこり、と微笑む。
「全面協力、ありがとうね」
「私も、楽しませてもらったから」
雪華も、口元に笑みを浮かべる。
が、その笑みは、すぐに消えて、真顔に戻る。
麗花は、軽く首を傾げてみせる。質問を待っている顔だ。
「軍師殿は、無駄をすることがある?」
「亮が?日常生活でなら、私たちに合わせてくれてるけど、仕事となったら絶対にありえないね」
答えを返してから、さらに首を傾げる。
「それってやっぱり、雪華をこっちに呼んだこと?」
なんとなく、大げさではと思わなくはなかったのだが。
「そうと言えば、そうで、そうでないと言えば、そうなんだけど……」
雪華にしては、らしくない煮え切らない返事だ。
が、すぐに笑みを浮かべる。
「軍師殿に伝えといて、これからも協力できることがあるのならば、いくらでも、と」
「うん」
我がことのように嬉しそうに笑顔になる麗花に、さらに付け加える。
「それから、あまり無理はしない方が、って」
「おやおや、雪華にまで言われるとはね」
思わず吹き出した麗花は、どうにか立ち直って、頷く。
「ありがとう、ちゃんと伝えておくから」



総司令官も人の子だったのだなぁ、などという妙な感慨を『Aqua』全土に抱かせた一日も、無事、暮れようとする頃。
裏通りのモスコーミュールは、ちょっとしたざわめきに包まれている。
タッパのあるカッコいい青年が現れたと思ったら、指名はスコーピオンとスティンガーで、しかも、スプリッツァーではなく、ホワイトレディーの名代だ、という。
騒ぎになるな、という方が無理だ。
ともかくも、その青年は、指名されたスコーピオンとスティンガーによって、モスコーミュール奥への部屋へと案内された。
案内して、扉を閉じた俊は、困惑気味の顔つきで言う。
「あのなぁ忍、ホワイトレディーの名をここで騙るのは、ヤバいと思うぞ」
ホワイトレディーの名代と名乗った忍は、にこり、と笑う。
「ホントなら、問題無いだろ」
「ホワイトレディーが誰か、知っているというわけか」
ジョーが、煙草を取り出しながら、ぼそり、と尋ねる。
「まぁね、していいこととヤバいことの見分けくらいはつくつもりだけど?」
悪戯っぽい笑みで、俊の方を見返る。
「まぁな」
ぽり、と髪をかき上げながら呟くと、ジョーの出している煙草を一本手にする。
そして、ライターから火を貰うと、どさり、と腰を下ろす。
「で、誰なんだ?」
声が揃って、思わずジョーと俊は、顔を見合わせる。
苦笑しつつも、二人は申し合わせたように忍へと視線を向ける。忍は、少しもったいぶるような笑みを浮かべる。
「俺が代理ってのが、ヒントだと思うんだけど」
「うわ、当てろって?」
「……知ってるということか」
げ、という顔つきになったのは俊で、冷静に判断したのはジョー。にこり、と忍が笑う。
それを見て、俊にも、ぴんと来るものがあったようだ。
「まっさか、とは思うけど……」
「うん、そのまさか」
「……亮」
「あたり」
亮がなにを知ってようが、やってのけようが、基本的に驚かなくなっているつもりだったが。
やはり、さすがにコレは驚く。
でも、あれだけ長い間、いるという存在感だけで正体を掴ませなかったのが亮だと言われれば、当然という気もしてしまう。
「じゃ、スプリッツアーがタイミングよく消えたのも?」
「そ、亮が手を回したから」
正確には、忍のお使い先であったわけだけれど。
「やられた」
思わず、俊が呟く。
裏通りに出入りしていた当時には、亮のことを考えるなどありえなかったから、思いつかなかったのも当然ではあるのだが。
それでも、『やられた』が、ぴったりくる気がする。
ジョーの方も、珍しく、少々目を見開いているので、同じようなことを思っているらしい。
「……じゃあ」
と、どこにかかっているのかわからない接続詞を口にしてから。
「忍は、亮の代理でココへ来たってことか」
ジョーは、ホワイトレディーの正体に少々戸惑いつつも、本質に気付いている。
「そういうことになるね」
にやり、と忍は、笑みを大きくしてみせる。
「あ、そうか」
俊も我に返ったように、ぽん、と手を打つ。
「しかも、ここへ来たってことは」
「ことは?」
相変わらず、どこかもったいをつけたように、忍は笑っている。
煙草をもみけした俊も、にやり、と笑う。
「『裏第3遊撃隊』集合のお知らせってわけだ」
『裏』がつくあたり、俊もジョーも、今朝のニュースはきちんとチェックしているらしい。
まだ、総司令官は復帰していないから、『遊撃隊』も部隊内に存在しない。
「あれ?裏通りの二巨頭復活じゃなかったわけ?」
忍が、わざとらしく首を傾げてみせる。
「あのな」
と、俊。ジョーも、わざとらしく眉を寄せる。
「わかってることは、言うな」
それから、俊がにやり、と笑う。
「ま、こっちからも、そう悪くない話が出来ると思うぜ」
ひゅう、と口笛を吹いてから、忍は、今度はまともに尋ねる。
「で、こっちはどうなってる?」
「そうそう、それな、面白いのがまぎれてきてる」
俊が、口の端に笑みを浮かべれば、ジョーも苦笑気味の笑みを浮かべる。
「やり方は、どうかと思うが」
一通り、隼人についての情報を聞き終えて、忍は、もうヒトツ気になっていることを口にする。
「須于は?」
「技術屋で一人で動いてるよ、人気爆発ってとこ」
「へぇ、やるじゃん」
「ま、ヘマはなさそうだが」
ぼそり、とジョー。やはり、心配は心配らしい。俊が肩をすくめて笑う。
「忍もきっと会えるぜ?まずはリーダー通さないとダメだからさ、絶対来てる」
妙に嬉しそうな表情に見えて、忍は首を傾げる。
「ココで会うとお得なわけ?」
「絶対お得」
ジョーが、ふん、と軽く鼻をならす。忍は、にやり、と笑う。
「じゃ、俺は須于に会いがてら、先戻ってるよ」
立ち上がりながら、付け加える。
「集合場所は天宮本家だから」
「なに?」
意外な場所を指定されて、俊とジョーは、また眼を見開く。その表情を見て、思い出して付け加える。
「裏から入る場所、俊、憶えてるか?」
「えーと」
俊は、記憶を手繰るように首を傾げて、しばし視線が宙を漂う。
「……ああ、大丈夫だと思う」
「じゃ、また後で」
「じゃあな」
全員が、まとめて裏通りを出るのは変だと、三人ともわかっている。だから、バラけるのだ。
というわけで、忍が手を振って部屋を出る。
扉が閉まるのを待って、俊とジョーはどちらからともなく、顔を見合わせる。
「なんで仲文のところじゃないんだ?」
亮が、そちらで生活していたらしいことは、薄々は俊たちも知っている。
「なにか、不都合があるんだろう」
「デカイものでも持ち込んでるとか?」
端末だけなら、仲文のところで問題無いのだから。
「あり得るな……では、今回はかなり派手に行く気だな」
「麗花が喜びそうだ」
と、肩をすくめる俊に、にやり、とジョーが笑いかける。
「そういう自分も、嬉しそうだが?」
「バレた?」
二人は、一緒に笑い出す。



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