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夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・8■



モスコーミュールの店の方へと戻ると、ホワイトレディーの名代、というのがどんなのかと固唾を飲んだような視線が集まる。
その中でも、ひときわ目を引くのは、赤のワンピースに身を包んだ一人だ。
なるほど、ココで会った方がお得、の意味が忍にもよくわかる。
こんな派手な化粧をした須于には、普段は絶対にお目にかかれない。しかも、ケバくなく綺麗に決まっているのだから恐れ入る。
こちらへと臆する様子もなく近付いてきた須于は、にこり、と紅い口元をほころばせる。
「こんにちは、スプモーニよ。私は幸運と言うべきでしょうね?」
「そうだね、その点は保証するよ」
にこり、と気負い無く笑い返しながら、差し出された手を握る。
なにか、小さなモノが押し込まれたのがわかる。
「私のことは、スティンガーたちから聞いてるわね」
「もちろん」
「連絡をつけたい時には、ココで」
忍は、笑みを大きくして頷いてみせる。さりげなく手をポケットにつっこみ、須于からの預かり物を押し込む。
それから、通り過ぎざまに他の誰にも聞こえぬ声で囁く。
「これから、天宮本家へ……俊たちと合流して」
須于は、くるり、と振り返り、忍の背中へと声をかける。
「また、会えるわね?」
わかった、の合図だ。忍は軽く肩のあたりで手を振って、モスコーミュールを出る。

天宮家の屋敷へと忍が戻ると、一足先に麗花がついていた。
端末に向かっている亮の椅子に寄りかかりながら、軽く手を振ってみせる。
「やられたよー、んもう」
にやり、と笑う。
「ああ、アレな」
忍も、笑い返す。もちろん、昨晩、忍と亮が総司令部地下から持ち出して、亮がデータを入れ終えたマネキンのことだ。
麗花も、朝の忍と同じ歓迎をうけたらしい。
「でもジョーの声っていうの、ちょっと新鮮だったなー。男に生まれるなら、あれっくらい低い声がいいねぇ」
どうやら、自分のレプリカの出来具合は気に入ったようだ。
「麗花にも、合格のようですね」
亮が、端末から顔を上げて、にこり、と微笑む。
それから、忍へと向き直る。
「お疲れサマでした」
「ああ、俊たちから話の土産で、須于からはコレ」
と、握手ついでに受け取ってきた、小さなメモリーカードを出す。
「おや、やはり動きがあったんですね」
にこり、と微笑んでメモリーカードを受け取る。それを端末に取り込みながら、首を軽く傾げてみせる。
話をするよう、促しているのだ。
「裏通りでは、隼人って名乗ってるヤツが、スコーピオンとスティンガーの下にちょっかい出してる」
「ちょっかいって?」
麗花が首を傾げる。
「スコーピオンの下なら、バイク好きなヤツばっかだから、スピード勝負とかしかけるわけ。で、勝ったらイロイロ要求するんだよ」
「ははぁん、隼人ってのは、バイク得意なんだ?」
くすり、と亮が笑う。
「スコーピオンには敵わないでしょう」
「そ、おかげで、下に勝って『総司令部にちょっかいだせ』って言ったのをつぶされて、かなり腐ってる」
「ああ、この方が隼人氏ですね」
須于から受け取ったメモリーカードの中身は、どうやらデジカメで撮った写真のようだ。
「さっすが須于だね」
麗花が感嘆の声を思わず上げる。
夜にしか撮影されてないらしいのに、画像はかなり鮮明で、しかも角度もうまく顔が写っているからだ。
「多分、俊に負けて、須于にバイクの調整頼んだ時のだな」
忍のコメントに、再度、麗花が首を傾げる。
「須于、ホントに裏通りにいるんだ?」
「ああ、技術屋として、一人で流してる。見事な化けっぷりでびっくりしたよ」
肩をすくめてみせるのに、麗花は、にやり、と笑う。
「赤かったでしょ?きかれたから、赤がいいって言っといたんだよね」
あの大胆さは麗花のアドバイスだったわけだ。
「はーん、それで腑に落ちたよ、似合ってたけどらしくはなかったからさ」
「どうせなら、化けないとねー」
亮が会話に参加してこないので、二人とも端末へと視線を戻す。
どうやら亮は、隼人の隣にいる女性に注目しているらしい。すでに、かなり正面に近い写真をトリミングして、彼女だけを取り出している。
「この子が、どうかしたの?」
「どこかで……」
微かに首を傾げながら、亮が呟くように言う。
「この派手化粧が?」
忍も、首を傾げる。
言われて、亮が頷き返す。
「知っている顔よりも化粧が濃いのかもしれませんね」
「あ、じゃ、処理すればわかるよ、ちょっとアップにしてみて」
麗花が左から覗き込みなおす。
「まずね、口紅の色をナチュラルなピンクにしてみてよ……そうそう、それっくらいの色」
亮が開いたパレットを見ながら、麗花が指示する。忍が、軽く眉を寄せながら、コメントする。
「それよか、その濃い頬紅どうにかしろって感じ」
「うん、これも肌色に戻しちゃおう、たぶん、ここらへんはさすがに地肌の色だよ」
「このくらいでしょうか」
亮がした処理に頷いてみせてから、麗花は写真の目元を指す。
「このめっちゃキツいアイラインを消して、アイシャドーも薄く……」
言われたとおりの処理を、亮がしたと同時に、二人が思わず声を上げる。
「あ」
「そういうことでしたか……」
亮の方は、納得したようだが、麗花は逆に驚いたらしい。
「ちょっと待ってよ、じゃ、今回の裏で糸引いてるのって?」
麗花以上に、待ったと言いたいのは忍だ。
「おい、誰なんだよ?」
「え?ああ、まだ髪型違うもんね、写真拾ってきた方が早いよ」
と、麗花。亮も頷いて、端末から検索をかける。現れた写真を見て、忍も目を軽く見開いた。
「……マジで?」
さらに、なにか言いかかった時だ。亮が、にこり、と微笑む。
「到着したようですよ」
その台詞に、麗花と忍は、顔を見合わせて、にやり、と笑う。

天宮家の裏からの侵入に成功した俊は、ほっとしたように声を出す。
「おー、開いたよ」
「一応、お前の家だったんじゃないのか」
六歳までは、ここで生活していたのだから。ジョーのツッコミに、俊は軽く口を尖らせる。
「そりゃそうなんだけどさ、ほかにも、すぐ近くに和風の別邸っつーのもあって、そこへもしょっちゅう行くわけよ」
「別邸って、この他に?」
すっかり化粧を落とした須于が、驚いて首を傾げる。
七夕の時に招待してもらって、だいたいの広さは知っているつもりだが、無茶苦茶広いのである。それこそ、そのまま、ちょっとしたホテルにでも出来るのではないか、というほどに。
「そう、こっちは完全に洋館だろ?元々、こっちが主体で生活してたし、親父も忙しいから別邸は最近使ってないんだと思うけど」
どうやら、六歳までは、完全におぼっちゃまであらせられたらしい。
ようするに、いろいろとお付とかそういうのがいたのだろう、と察せられる。
須于とジョーは、次の扉と格闘してる俊の背を見てから、顔を見合わせる。
どちらも、なにも口にはしなかったが、視線が同じコトを言っていた。
俊に、おぼっちゃまは似合わない……。
などと思ったところで、声が加わる。
「お待ちしてました」
亮だ、と思った三人は、少々ほっとする。なぜなら、俊が記憶を手繰り寄せてはあけていたのでは、キリがなさそうな気がしてきていたからだ。
が、現れた人を見て、俊は首を傾げた。忍だったのだ。
「れ?亮は?」
それには答えず、相手はくるりと背を向けて歩き始める。
「な、おいったら」
追いかけながら、もう一度、俊が声をかける。さらに言葉を継ごうとして、思いとどまって振り返る。
そして、ひそ、とジョーに言う。
「な、なんか、足取りがはずんでないか?」
「……ああ?」
ジョーにも、違和感はあるらしい。須于も、しきりと首を傾げている。
部屋の前まで来た時に、疑問は頂点に達する。
なぜなら、部屋の中から忍そのものの声が聞こえてきたからだ。
三人は、誰からとも無く、顔を見合わせる。
「声紋変えられるマイク……?」
須于が首を傾げる。
「って、なんで俺らの前でそんなこと……」
俊が言いかかったところで、ぎょっとして口をつぐむ。扉を開けて覗き込んだのが、須于そのものだったから。
「へ?!」
思わず、双方の顔を見比べてしまうが、外見に違いが見えない。が、そういえば別行動の麗花も、ここへ来ているはずだと気付く。
「麗花だろ?」
俊が眉を寄せて、イタズラもたいがいにしろと言外に告げる。が、相手は口の端に微かな笑みを浮かべて言ってのける。
「どうだろうね?」
声は、確かに麗花なのに。
「亮……?」
笑い方が、麗花ではない。
「さぁて?」
するり、と部屋へ消えてしまう。ともかく、部屋に入らなければ話は始まらないらしい。
勢いよく、扉を開ける。
「なんじゃこりゃぁ」
とんでもない声を上げたのは俊だが、須于もジョーも、目が丸くなる。
いつもの六人が、揃っているではないか。しかも、自分たちも。
変装ではない、と直感は出来る。
でも、だとしたら?
「亮?!」
絶対にいるはずのホンモノを、呼ぶ。
どこか楽しそうに笑っていた目前の六人が、ふ、と止まる。
隣の部屋から顔を出したのは、麗花だ。
にやり、と笑った顔は、見慣れた表情の方だ。
「さすがに驚いたでしょ、こっちこっち」
ひょいひょい、と手招きする。
誰からともなく顔を見合わせてから、本物らしい麗花の手招いた部屋へと入る。
総司令室と変わりない端末を備えた部屋の威容に、まず驚く。
端末に向っているのが亮で、よ、と手を上げたのは忍、両手を振ってみせたのは麗花で、合計三人。
「こっちはホンモノだろうな?」
俊が、少々疑わしげな口調で確認する。
「うっわー、ものすごく不信感あふれちゃってるよ」
麗花が苦笑する。忍が、解説してくれる。
「俺らのデータ持ってるから、すっげリアルだろ」
「データ?」
「そ、アレ、旧文明産物のマネキンさんなんだって」
なるほど、これの為にわざわざ天宮の屋敷へと来たのだと理解は出来る。
「でも、なんの為に、私たちの偽者を?」
「もちろん、エサですよ」
にこり、と微笑みながら亮が、こちらへと向き直る。
「今回の犯人を誘い出すつもりか?」
ジョーが、目を細める。
亮は、微笑んだまま、軽く首を傾げてみせる。
「ええ、佐々木晃氏を誘い出すのですから、相応の準備が必要でしょう?」
名前を聞いた俊たちの目が、大きく見開かれる。
「え、それって国会議員の?!」
「そう、若手一番の有望株って言われてる、あの」
麗花が、大きく頷く。
佐々木晃といえば、リスティアで知らない者はないと言われるほど有名な国会議員だ。まだ、三十になるかならないかで、口にする政策が的を得ていると評判の男だ。
もちろん、政府が無視するわけもなく、時期内閣改造時には、必ず大臣だと言われている。
その、彼が犯人だ、と亮が告げたわけだ。
忍が、画面のヒトツを指してみせる。
「須于が撮ってくれた写真、処理してはっきりしたんだけどな」
素直に三人の視線が画面へと向かう。先にあるのは、須于が撮ったままの派手な格好をした女性の写真だ。
それが、みるみるうちに、ニュース等で見慣れた顔へと変じていく。
「奥村綾乃か」
俊が、半ば呆然と呟く。
彼女は、佐々木晃の秘書だ。
彼女もまだ、二十代前半だと言うのに、海千山千の他の国会議員や秘書たちを向こうに回して引けを取らない才女として、そして、おしゃれにも気を使っているキャリアウーマンとして有名なのだ。
政治面だけでなく、社会面もにぎわす二人が、まさか今回の事件の黒幕だとは。
にわかには信じられず、俊は食い入るように画面に見入っている。
ジョーも、まだ信じきれないのだろう。軽く首を横に振ってから尋ねる。
「動機は、なんだ?」



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