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夏の夜のLabyrinth
〜18th  永久に揺れる波〜

■breeze・3■



亮が手にしてきたのを見て、麗花の顔が輝く。
「わーい、小龍包!」
「ジャンクそうだったので、ちゃんと入ってるか謎なんですけどね」
「大丈夫だよ、プチ肉まんと思えば」
ジャンク好きの麗花らしい発言だ。俊も笑う。
「なるほどな」
「食おうぜ、腹減った」
と、忍。こくこく、とジョーも頷いている。
「では、いただきま〜す」
湖がきれいに見えるテーブルを陣取っての朝ご飯は、なかなかに気持ちがいい。
それぞれに買ってきたので数があるのは、適当に皆でシェアだ。
「あ、亮のコレ、アタリだよ」
俊が、口にほおばりながら、もごもごと嬉しそうだ。
麗花が、手にしていたパンをちぎって忍に手渡している。
「コレ、絶対、忍も好きだよ」
「ホント?もらう」
ジョーが、どうだ?という仕草だけで亮へとタコ焼きを出している。
亮は、こくり、と頷くと、つま楊枝を手にする。
「あっ、いいないいな」
麗花が覗き込む。
はふはふ、として食べてから、亮が微笑む。
「美味しいですよ」
「俺も!」
「くれ」
あっちこっちから、忍と俊も顔を出す。
先にもらった麗花が、須于に笑いかける。
「須于、美味しいよー、もらっちゃえー」
「うん、じゃあ」
てなわけで、にぎやかな朝食が終わる。
「いつも、片付けに役立たないんで、今日はゴミ捨て行って参ります〜」
麗花が、ひょい、とゴミ袋を手にする。が、分別してあるので袋の数は二、三個ある。
「一人じゃ無理だろ、俺も行くよ」
忍が、あとのゴミ袋を手にして、一緒に歩き出す。
なにやら無言で歩いていた麗花は、ゴミが全部ゴミ箱へと吸い込まれるのを覗き込むように見てから、振り返る。
「気のせいじゃ、ないよねぇ?」
「ん?ああ、まぁな」
軽く眉を上げて、忍が応じる。
須于とジョーのことだ。
なんだか、距離がある気がする。というか、なんとなくだが、須于がジョーを避けている気がしている。
でもって、須于がそんな様子なので、ジョーもあえて近付いてないという。
が、この話題に忍が乗り気でないのを見て取って、麗花は肩をすくめる。
「わかってるけどさ、でも、あの二人の場合、単なるワガママってあんまりなさそうだし」
「でも、麗花の前じゃ、いつも通りだろ」
「だから、気になるんじゃない」
わかってる、というように、忍は軽く頷く。
「ジョーもわかりにくいからなぁ」
「んん〜、しばらく様子見しかないかな」
「少なくとも、単なる気のせいではないってことは確かだな」
と、軽く目線をやる。
歩いていくのは、珍しい組み合わせだ。
俊と、須于。
キレイな景色のことだし、と気を利かせようとした俊が、須于に先回られたのに違いない。
どことなく困惑顔なのが、その証拠だ。
「あーやーやー」
麗花が、ため息混じりに呟く。
それから、視線を忍へと上げる。
「亮も、気付いてるよね?」
「俺ら気付いて、亮が気付かないってことあるか?」
「ありえないね、これでこのテにはおニブの俊も気付いただろうし」
おニブ、という修飾詞に、忍はにやり、としつつ、もう一度肩をすくめる。
「余計なこと言うと、ややこしくなるぞ」
「そうなんだよね、でもさ、あの二人、言わないでしょ」
「言わないな、まず」
いつまでゴミ箱と対面してても仕方ないので、歩き始めながら麗花がため息混じりに言う。
「そういうのも個人の責任とはわかってるんだけどさ、なんていうか、まぁ、私のワガママなんだけどー」
珍しく、煮え切らないモノ言いだ。
忍は、苦笑気味の笑みを浮かべる。
「わかるよ」
振り返った麗花は、ふ、と微妙な笑みを浮かべる。
が、すぐに溶けるように、いつもの笑みになる。
「ま、なるようにしかならないよね、せっかくの旅行、楽しんでゴー!」
「おう」
忍も、にこり、と笑う。

高速の案内が欲しいんだけど、という須于に付き合って、俊も歩いてった後。
なんとなく、無言で景色を見つめていたのだが、亮が、ぽつり、と口を開く。
「時には、言葉も必要だと思いますよ」
何気ない口調だったし、前ふりもなにもない。
戸惑ってジョーが、景色から亮へと視線を戻すが、すでに亮はこちらを見てはいない。
「ゴミ捨て部隊、戻って参りました〜!」
ぶんぶんと元気よく手を振っている麗花に、にこり、と微笑んで軽く手を振り返している。
「お疲れサマでした」
「いえいえ、いつもご飯をぜーんぶ用意していただいてる身の上ですから」
大げさに礼をしてみせるのに、ジョーも思わず笑みを浮かべてしまう。
「須于たちが戻ったら、そろそろ出るか」
という忍の台詞に、皆が頷いたところで、俊たちも戻ってくる。
「おう、誰が運転するよ?」
「もうすっかり、陽も昇りましたね」
と、なぜか亮が空を見上げる。それを聞いて、須于がちょこ、と首を傾げる。
「あの、今度は、私が運転してもいい?」
もちろん免許は持っているのだし、問題はない。
「いいよ」
「じゃ、そうしよう」
あっさりと賛成される。
実のところ、皆が乗る車を運転するのは、初めてだったりする。少々緊張気味の顔つきで運転席へと乗り込んだ須于に、ナビゲータを頼まれた亮が、にこり、と笑う。
「スピードに乗ってしまえば、大丈夫ですよ」
麗花と俊が、どちらからともなく顔を見合わせる。
二人一緒に、忍の方へと視線がいくと、忍は軽く肩をすくめてみせる。さてね、ということらしい。
亮の言葉通り、須于の運転はまったく危なげがない。
「なんつーか、アクセルの踏み方とか、慣れてませんかー?」
とは、俊の質問。運転が出来るのと、車に慣れているのはコトが違う。それぞれの車にはクセがあるからだ。
アクセルの踏み込みも、ブレーキの効きも、その車に乗ってみなければわからないはず。
麗花が狭い車内にはオーバースペックの声を上げる。
「あー、わかった!」
「亮と練習したな」
「だって、イチバンばれなさそうでしょう?」
問題なくいける、と確信したのだろう。余裕の笑みを浮かべて、須于が答える。
「確かにな」
ぼそり、と答えたのは、ジョー。
忍たちも知らなかったが、ジョーも気付いていなかったらしい。ちら、と俊が忍を見やる。
麗花が、運転席を覗き込む。
「ずーるいなぁ、私も誘ってくれたら練習したのにぃ」
笑顔での抗議に、後ろから忍がツッコむ。
「ウソ言わない」
「えー、ウソとは限らないじゃん」
という口調が、やる気なさげなので、皆で笑ってしまう。
「ところで、俺、コレ、食べてみたいんだけど」
俊が、新しいお菓子を摘み上げる。
亮が目を細める。
「さっき、朝食食べたばかりですよね?」
「食べ盛りなんだもーん」
忍と俊の声がハモって、大笑いになる。
そんなこんなで、わいわいとやっているうちに、シディンジャンクションから北へと向かう高速へと入って、クオトへと到着。
先ずは、雑誌で見慣れた、可愛らしい街並みが広がってくる。
「うっわ、ホントにあんな建物なんか!」
一般道に入って、運転を変わった俊が驚いた声を上げる。あまりにオモチャっぽいので、半信半疑だったというか、ホンモノでかなり驚愕したというか。
「ここはねぇ、お約束のオルゴール博物館とか、ガラスの美術館とか、そういうのが満載なんだよ」
背後から、麗花が言って、それからにっこり、と笑顔を須于に向ける。
「ね?」
「そうね」
にこり、と須于も微笑み返す。
男性陣の視線が、救いを求めるように助手席の亮へと集まる。ぽつり、と亮は言う。
「……昼前に到着すれば、当然、お昼を用意していただくことになってしまいますね」
ここらへんにはホテルやらペンションやらはたくさんあるし、奥街に行けば旅館もある。
が、今回の依頼人、とでも言うのだろうか、蔵の持ち主である穂高玲子が、よかったら泊まってくれ、というので、お世話になることにしてある。
奥街の旧家に泊まることなど、こんな機会でもなければ無理、というわけだ。
「うー、確かに、それって昼まで用意しろって言ってるのと同じだもんな」
俊が、唸り声混じりに言う。
忍が、ナビゲータへと手を伸ばす。
「なんかさ、ないわけ?」
「えええ?せっかくだし、どうせ私ら一緒じゃなかったら、一生行かないでしょ?」
「いや、そうとは限らんと思う」
という俊の抗議は、あっさりと無視される。
「それにさ、オルゴールってすっごい精密な機械なんだよ?オートマタもあるしさ、お願いすると中を見せてくれたりとかするんだってよ?」
依頼を受けると決めてから出発まではそう時間はなかったはずなのに、ぎっちりがっちり予習済みらしい。
それに、機械の中身と言われると、食指が動いてしまうのも事実だったりする。
「……メシは、まともなところにしてくれ」
ぼそり、とジョーが自己主張する。
可愛らしい建物でご飯など、とてもじゃないが喉を通らない。
「大丈夫、それもちゃーんと調べてきたから」
だから怖いんだって、という台詞を、男性陣は一斉に飲み込む。明らかに麗花と須于の目の輝きが違うので、逆らうのは難儀と諦めたのだ。
「というわけで、先ずはここねー」
と麗花が指差す。
亮が、差し出された雑誌を覗き込んでから、ナビゲータへと視線を戻す。
「クオトオルゴール館、ですから……ここですね」
行き先が入力されて、ナビゲータ本来の仕事へと戻ったわけだ。
「りょーかい」
運転手の俊が、ナビゲータの指示通りにハンドルを左へときる。

オルゴール館を満喫して、昼食は男性陣許容範囲内で、ちょっとオシャレな店で食べて、それから、軽くガラス美術館を冷やかして、と充分に観光都市クオトを堪能してから、奥街へと向う。
今度のドライバーはジョーだ。
相変わらずナビゲータ役の亮が、前方を指しながら言う。
「見えてきましたよ」
「あれか?すっげでかい家だな」
「すごい、リスティアっぽいねぇ」
すぐに覗き込んできた俊と麗花が、口々に感想を述べる。
見えてきたのは、純和風の二階建てだが、それが平屋に見えるほどに大きな門構えに家だ。
「崩壊戦争直後からの家だそうですよ」
と、亮。
「あれくらいの大きさだと、大黒柱が二本あるでしょうね」
「なるほどな、だから蔵に旧文明産物があるかも、なんて話にもなるわけだ」
忍たちも、目前にして納得がいったようだ。
今日到着する、ということは、昨日のうちの連絡済だ。
エンジンの音が聞こえたのだろう、家の主らしい人が、玄関の引き戸を開けて出てくる。
年は六十代後半くらいだろうか、すっかり髪は白いが、なんとなく目元が優しい老婆だ。
助手席の亮と、扉に近いところにいた忍が、身軽に降りる。
「こんにちは、リスティア軍総司令部の者です」
にこり、と笑みを浮かべて亮が挨拶する。相手が丁寧にお辞儀するのを待って、忍が首を傾げる。
「申し訳ないんですが、車をどこかに置かせていただけませんか?」
「そやね、駐車場はないけど、あのあたりに置いておいて下さいます?」
旧家だけあって、庭も広い。梅だろうか、大木の木陰になる場所を指してくれる。ジョーが車の中から頷いて、指定された場所へと車を止める。
荷物を手にして、須于たちも降りてくる。
皆が揃ったのを見て、老婆は穂高玲子、と己の名を名乗る。それから、小さな腰を折って、深々と頭を下げる。
「遠いところご足労いただきまして、このたびは、お世話おかけします」
「いえ、仕事ですし」
すっかり旅行気分だったので、そう神妙にされると面映い。忍が照れくさそうに言うと、須于が付け加える。
「それに、こちらの方こそ泊めていただいたりで、お世話になりますし」
「私たちの方こそ、よろしくお願いいたします」
麗花も、にこり、と言う。
六人の自己紹介を聞き終えて、改めて六人を見回した玲子は、数回瞬きをする。
「まぁ、ほんにお若い方ばかりやね、久しぶりで、嬉しいわぁ」
玲子は、引き戸を開いて、中へと導く。
「まずは、お荷物あげてもろて」
「お邪魔します」
土間のようになった上がり口から、いきなり十五、六畳はあるのでは、という部屋があって、さらに奥のお客さんよう思しき部屋へと案内される。
こちらも、天宮の別邸にもあるかどうか、というような広さの畳敷きの部屋だ。
「ここと、あちらの部屋を使うてもらおと思ってますけど、大丈夫やろか?」
「ええ、充分です」
亮が、頷いてみせる。
「洗面所とか、あちらで、お風呂はまた、夕方に」
「はい」
「ほな、お茶いれてきますから」
荷物を部屋の隅へと置かせてもらって、丁寧に置かれた座布団へとおさまる。
が、すぐに麗花は立ち上がって、上を見上げる。
「すごいね、この釘隠しも金箔が使ってあるし、すごく凝った造り」
「最初にそこに眼がいくか」
「だって、これってすごくイロイロ技術が濃縮されてるんだよ」
さすが、美術品の目利きが得意なだけはあって、眼の付け所が違うらしい。
亮も、静かにあたりを見回しながら言う。
「いまは開いてますから全景はわかりませんが、襖絵もかなりのモノですよ」
「釘隠しの上の彫り物もすごいしなぁ」
「あれは、古典の場面じゃないかなぁ」
と、麗花。確かに、着物の感じとかが地球史に出てきそうな雰囲気だ。
「へぇぇ、凝ってんなぁ」
もの珍しげに見入っていると、玲子が現れる。
涼しげに氷が揺れるお茶に、冷たく冷えたお絞り、それから、真っ赤なスイカ。
「うわ、すごい!」
思わず声を上げた俊に、玲子は微笑む。
「うちの畑で取れたんやけど、お口に合うかしらねぇ」
「すっごい甘い香りですね」
須于も微笑む。熟れきってから採ったに違いない。
「じゃ、遠慮なくいただきまーす」
さっそく、俊は手に取る。
しゃく、という小気味いい音がして。
「美味ッ!」
「すっげ、甘い!」
「こんなの食べたことない〜!」
忍と麗花も、口々に嬉しそうな声を上げる。ジョーも、口にして、お、と声を上げる。
「美味しい!」
須于も嬉しそうな笑顔になるし、亮も口にしてから、首を傾げる。
「ご自分で育てられてるんですか?」
「そうたいした量は出来へんけどねぇ、いくらかねぇ」
六人ともが美味しそうなのに、玲子も嬉しそうに頬を緩めている。
なんだか、こうしていると祖母の家に友達と遊びに来た孫のような感じだ。
どこか、包み込むような優しげな玲子の視線のせいも、あるのかもしれない。
「道路は、混んどらなんだ?」
「ええ、渋滞には巻き込まれずにすみました」
「ほんに?ずいぶん、混んどるってニュースで言うとったけど?」
言われて、実は、と夜中に出てきた話をする。朝食をマーラ湖で食べて、景色がキレイだった、と言うと、玲子が眼を細める。
「あそこも綺麗やけど、やっぱり一番はファイザ湖やねぇ」
「鏡の湖、ですよね」
須于の相槌に、玲子は頷く。
「そう、よく知っておいでやねぇ。あそこには、クオトも関係する悲しいお話があるんよ」
「へぇ、どんな話なんですか?」
すっかりリラックスムードで、麗花が首を傾げる。



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