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夏の夜のLabyrinth
〜18th  永久に揺れる波〜

■breeze・4■



玲子は、少し遠い目をしながら、ゆっくりと話し出す。
「昔ね、ファイザ湖あたりの若者が、クオトに仕事で来はったん。で、クオトでいちばんと言われる小町娘と恋に落ちたんよ。将来を誓い合ったんやね」
軽く、眉が寄る。
「数年が経って、若者はファイザ湖へと帰ることになったんやね。で、将来を誓い合った娘にこう言ったん。『実は、私はファイザ湖の精霊だ。いま、こうして湖に戻らなくてはならなくなったが、人である君を連れて行けば、水に取り込まれてしまう。だから、湖畔で祈ってくれないか。互いの想いが強ければ、私は人間になれるから』で、若者はファイザ湖へと戻って行った」
「それで?どうなんたんですか?」
麗花が、首を傾げる。
「娘さんは、ファイザ湖へ若者を追って行ったんよ。そして、湖畔で毎日毎日、祈り続けたんよ」
そこで、玲子は口を軽くつぐむ。
「そして?」
須于が、先を促す。
「実はね、若者はファイザ湖に、すでに奥さんがいたの。クオトの娘さんは、仕事の間だけのお慰みだったんやね」
「え?!じゃ、娘さん、どうなっちゃったんですか?」
麗花と須于の眼が見開かれる。
「そんなこと、なにも知らんと、一心に祈り続けてね、そして湖畔に咲く小さな花になったんよ」
「そうなんですか……」
何も知らずに、ただ想いを捧げて、花になった少女。
人には綺麗で可憐と言われるのだろうけど、彼女は幸せだったろうか?
なんとなく、空気がしんみりとする。
「昔話だって思っても、寂しいなぁ」
「案外、昔話って元ネタが現実にあったりするもんだけどな」
間の悪いツッコミは俊だ。
「やめてよね」
むう、と麗花が頬を膨らませる。
それはそうとして、大きなスイカを半分近く切ってくれてきたようだったのに、あっという間になくなってしまった。
さて、と忍が姿勢を正す。
「ところで、蔵の中に旧文明産物があるかもしれない、ということでしたね?」
いちおう、という冠詞がついてしまうのがアレだが、仕事で来ているのだ。やることはこなさねばなるまい。
「ええ、なんやちょっとヤヤこしい鍵がついててね、普通じゃ開けられんおかげで、旧文明産物とか言われるようになって」
「じゃ、中身は旧文明産物じゃない?」
「それが、わからんの、あんまり長いことほっとかれてしもたから」
「なるほど」
誰からともなく、六人は顔を見合わせる。
普通じゃ開けない鍵、というのも興味をそそるし、ずっとほっておかれて中身がわからない蔵、というのも面白い。
「では、見せていただけますか?」
亮が言って、六人が立ち上がる。
それぞれに、得物を手にしている。もしも、の可能性があるのなら、油断した、では済まないからだ。

問題の蔵は、家の裏手にあった。
少し日陰に、大きくそびえる白壁は、それだけで迫力だ。
「へぇ、年代感じさせるなぁ」
と、俊が感心した声を上げる。ジョーも頷いている。
忍と亮が、どちらからともなく顔を見合わせる。軽く首を傾げたのは、忍だ。亮は、軽く首を横に振ってみせる。
忍は、もう一度周囲を見回す。
そんな二人の様子に気付いたのだろう。麗花が首を傾げる。忍が首を傾げ返すと、麗花は首を横に振る。が、亮と同じく、表情は煮え切らない。
三人が、どうにも妙な感覚に襲われているうちに、須于は玲子に教えられた鍵に取り掛かっている。
メカ好きの俊が、興味深そうに脇から覗き込んでいる。
「そこ、回しすぎない方がいいと思う」
俊が、つい、といった調子で口を挟む。気にする様子無く、須于が頷いている。
「あ、そうね、わかった、こうだわ」
どうやら、いい線のようだ。この調子なら、鍵開けに関しては、忍の得物の出番はないだろう。
響く金属音は、会わせ錠が合っている場所にはまっていっている音だ。
連続して、次々と続く。
「よっしゃ、あとヒトツ」
と、俊。
誰からとも無く、忍たち三人は、もう一度、周囲を見回す。
そして、はっとして、向き直る。
視線の方向は、三人とも一緒だった。
蔵の、扉。
同時に、俊と須于の声。
「開いた!」
鍵が落ちる音がして、ギギ、という音と共に扉が開く。
逆巻くような強風を感じて、思わず顔を背けたのは忍と亮と麗花。
後ろに立っていたので、他は気付かなかったようだ。
蔵の中から、風が吹くなどありえない。しかも、感じたのがこの三人、ということは。
口パクだけで、麗花が尋ねる。
「どこ、行ったの?」
「消えた、わからん」
忍も、同じ方法で応える。二人の視線を受けた亮も、軽く首を横に振る。
蔵を開けるまで、周囲をも重くするくらいの空気があったのに。さっきの風は、思わず顔を背けるほど強かったのに。
まるで、また、どこかへ押し込められてしまったかのように、なにもない。
それどころか、蔵を開けるまでより、ずっと空気が軽い。
清々しいくらいだ。
麗花が、視線を上にやる。
忍が、どうだろうなぁ、というように首を傾げる。
亮が、軽く肩をすくめる。
わからないものを、考えてもどうしようもない、と言いたいのだろう。
もうすでに、俊とジョーと須于は、蔵の中を覗き込んでいる。
「亮〜!見てくれよ、旧文明産物かどうか、見分けつかない」
「日記じゃないかしら……」
口々に言われて、亮が返事を返す。
「機械類はありませんか?」
「ああ、金属系はないな」
ジョーが、顔を出す。
「なになに、なにがあるのー?」
すでに切り替えたらしい麗花が、好奇心旺盛の顔つきで走っていく。
忍も、大股に蔵の階段を上がると、覗き込む。
「へぇ、なんか、ノートとか本みたいのが一杯だな」
「日常雑貨っぽいのもあるね、いつ頃のだろ?」
最後に蔵へと入ってきた亮は、まずは蔵の中の壁を調べている。それから、日常雑貨の入った箱を見て、中身も軽く確かめる。
最後に、ノート類の山へと来て、紙質を確認する。
「かなり古そうですが、旧文明時代中のモノではなさそうですね」
「そっかぁ」
それはそれで、少々残念な気もする。
旧文明時代の生活を感じさせるモノ、というのは本当にない。そういうのが出てきたら、面白い、という感覚があったのは確かだ。
「明るいところで見ないとわかりませんが、復興時代の記録くらいはあるかもしれませんよ」
「ホント?」
亮は、蔵の外で待っている玲子へと声をかける。
「旧文明産物はなさそうですが、歴史的な価値があるものならあるかもしれません。いくつか、見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、持って出てくれて構わへんし」
まずは、蔵の中身の年代を特定するのに、日記の類らしいノート類を運び出す。
そんなところで、日も暮れ始めてくる。
あまり早くとも、と昼を完全に回りきってから尋ねたのと、のんびりとお茶をいただいていたおかげだろう。
「そろそろ、夕飯のしたくしましょうねぇ」
玲子に言われて、亮が申し出る。
「六人分も増えたのではお手間を取らせるでしょう、お邪魔でなければ、お手伝いさせてください」
須于も、頷く。
「まぁ……じゃあ、お言葉に甘えてお願いしましょうかねぇ」
などと、家の方へと戻りながら、忍が屋根の上を指す。
「あれって、もしかしてお風呂の煙突ですか?」
「そうですよ」
「じゃ、薪ですよね?沸かしてみていいですか?」
「あら、あら」
俊も、納屋へと指を向ける。
「薪って、あっちですかね」

結局、皆してわいわいと準備して、先ずはお風呂に入らせてもらう。
木桶のお風呂はかなり気持ちよくて、思わず長風呂してしまう。
それから、玲子も一緒に囲むことにした夕食。
山で採れた山菜やら畑で育った野菜など、新鮮なモノがいっぱいの食卓だ。それに、ここらへんで採れる川魚も加わって、なかなか豪勢でもある。
その上、六人が成人している、と知って銘酒まで出されて、ついついいただいてしまう。
当たり障りのない範囲での仕事のこととか、普段はなにしてる、とかたわいのないことを、玲子に尋ねられるままに皆してしゃべりながら、ゆっくりと食事の時間は過ぎていく。
後片付けも皆でこなしてから、三部屋の和室に分かれて、それぞれ布団をしいて潜り込む。
昨晩はあまり寝ていないので、いつもよりずっと早めの就寝だが、はや俊たちなどは寝息をたてているらしい。
忍が、静かに隣の布団へ入った亮へと声をかける。
「大丈夫か?」
眠れそうか、の意味だ。
いつもならば完全に壁に隔てられているが、今日は障子でしか仕切られていない。人の気配に敏感な亮が眠れるかどうか、心配なのだろう。
「うとうとなら、いけると思います」
正直な答えが返ってくる。
睡眠薬などが効かない体質なのは、知っている。うとうと、でもありがたいと思うしかないだろう。
「そうか」
これで自分も寝なかったら、返って亮に心配をかけることになる。
瞼を閉じる。
忍も、それなりに疲れていたようだ。ほどなく、意識は闇へと引き込まれていく。
須于と麗花も、寝たのだろう。
夜の闇が、静かに全てを包み込んでいく。

夜もかなり、更けた頃。
一度寝たら、なにがあろうと起きないと豪語しているし、実際そうのはずの麗花が隣の須于が起き上がる気配に目覚めたらしい。
が、いかんせん、寝ぼけている。
「なぁにぃ、須于?夜中にトイレって、それって年寄りだよぉ……?」
返事は無かったのだが、それがわかっているのかいないのか、気配が消えたところで、また、ふにゃぁ、と布団に倒れこんでしまう。
そのまま、また、すーっと寝息をたてはじめる。

飛び起きたのは、忍が先だったのか、亮が先だったのか。
蔵を開ける前の、あの重苦しい空気だ、と気付いたのは、起き上がったのと同時だ。
「これって……」
言いかかって、はっとする。ほんの微かだが、亮が唾を飲み込むような、そんな気配がしたのだ。
枕元に置かれたスタンドへと手を伸ばす。
灯りがつくと、亮の手が、必死で布団を掴んでいるのが眼に入る。なにかに、耐えるように。
「亮?!」
その顔から、血の気が引いている。
思わず、肩を掴んで覗き込む。
「大丈夫か?」
出来るだけ、押し殺した声で尋ねる。亮は、かろうじて、視線で隣の部屋を見やる。
俊たちが寝ている方だ。
思わず、舌打ちする。
確かに、はっきりとした気配が隣の部屋から流れてくる。
ものすごい勢いで、強い気配になっていく。
ぐ、と唇を噛み締めた亮が、自分の口元を押さえようとしたのをみて、忍は声が漏れないように抱き寄せる。
腕の中で、亮の細い躰が、二、三度、びくり、と跳ねるように悶える。
それから、がくん、と力が抜ける。
と、同時に、隣室の気配も消える。
「亮」
腕の中を覗き込むと、躰からは力は抜けているものの、意識は飛ばなかったらしい亮が微かに口元に笑みを浮かべる。
大丈夫だ、と言いたいらしい。
あまり大丈夫とは思えないが、原因はあちらの部屋だ。
亮の額に浮かんだ冷や汗をぬぐってやってから、そっと障子を開ける。
「おい、大丈夫か?」
「それ、俺らの台詞だぜ?」
と、俊が返す。
どうやら、声こそ漏れなかったが、ただならぬ気配は感じたらしい。俊たちの部屋もスタンドがついているし、ジョーも起き上がっている。
「でも、尋常じゃないのって、そっちじゃないかな」
更に、忍が返す。
指先を、とある方向に向けながら。
忍たちの部屋の気配に気が行っていて、自分たちの足元の方には全く意識がなかったようだ。忍に指された方向へと、怪訝そうに二人の視線が動く。
「げ?!」
素で驚いた声を上げたのは俊で、その細い眼を大きく見開いたのはジョー。
まだ、躰に力が入りきっていない亮も、軽く目を見開いている。
俊たちの足元に、くたり、と寝ていたのは須于だった。



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