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夏の夜のLabyrinth
〜18th  永久に揺れる波〜

■breeze・5■



四人の視線が、しばし呆然と須于へと注がれる。
「なんで?こんなとこで寝てるんだ?」
まだ、戸惑い気味な声で俊が言う。
「まさか、ジョーと寝たかったとか?」
なんだか、論点がずれてきている。
じろり、と三人に睨まれて、俊が慌てて肩をすくめる。
「じゃ、夢遊病とか?」
ろくな発想ではない。ひとまず、このままにしとくわけにもいかないので、亮が側によって肩をたたく。
「須于、大丈夫ですか?」
「え……?」
顔を上げた須于が、首を傾げる。どことなく、ぼぉっとした口調で、尋ねる。
「あら、どうして皆がいるの?」
「いや、須于がココに来たからじゃないかな」
どう言っていいか、忍にもわからなかったのだろう。首を傾げ返しつつ、にっこりと告げる。
「え?」
数秒後、きちんと正確に忍の言葉の意味が理解できたらしい。
「えええええ?!」
かぁぁっと、須于の頬が染まる。
「ごめんなさい!」
慌てて立ち上がる。
「いや、ジョーと寝たいなら、俺、譲るけど」
俊の台詞に、またも、四人がぎろり、と睨む。思わず首をすくめて、俊が言う。
「すみません、言ってみたかっただけです」
まだ、頬が染まったままの須于が部屋へと戻っていってから。
真面目な顔つきに戻って、俊が尋ねる。
「亮、大丈夫なのか?」
スタンドの灯りはオレンジ系なのに、顔はいつもより白く見える。かなり血の気が引いているに違いない。
亮の顔に、苦笑が浮かぶ。
「俊こそ、なんともありませんか?」
「はぁ?」
思わず、本気で怪訝そうに返す。
「なるほど、この鈍さのせいで、まともに喰らっちまったわけな」
半ば呆れ顔で忍。
俊が、びくり、とする。
「その嫌な台詞、もしかして、コレじゃねぇだろうな?」
手つきが、うらめしや、になっている。忍も亮も、ソレがわかる性質だ。
ジョーが眉を寄せて、きっぱりはっきりと言い切る。
「非科学的な」
「非科学だろうがなんだろうが、いるものはいるんだから、仕方ねぇよ」
と返してから、俊は、はた、としたように忍たちの方へと向き直る。
「待て、なんで俺に大丈夫かと訊くんだよ?」
「お前がおニブだから、ダメージがまま亮へ行ったって意味だな」
分かれて育とうがなんだろうが、双子は双子、ということらしい。俊へいくはずのダメージが見事に亮へと行った、と。
「げ?!待て、なんで俺が呪われにゃならんのよ」
一人現実主義を貫こうとしているジョーを置き去りに幼馴染二人の会話は光速で進んでいく。
「そりゃ俺が訊きたいね。蔵開けたとき、なんか余計なコトしちわまなかったか?」
「それない、だって旧文明産物がある可能性って言われてたから、すっげぇ気ぃつけて覗いたもんよ」
たいしたことない、と思ってナメてかかると痛い目にあうと、身を持って知っている。
「そりゃ、俺が真っ先に覗きはしたけど」
「では、最初に蔵を覗いたのは俊なんですね?」
亮が、首を傾げる。
「ああ、そうだけど……って、マジ大丈夫か?相当、ひでぇダメージだったんじゃねぇの?」
理由はともかく、自分のせいと知って俊は、更に心配そうな顔つきだ。
「大丈夫です、それよりもややこしいことになる前に原因は突き止めないと」
相手は理屈が通用しない。
なんといっても、幽霊なのだから。
「蔵のこと訊くってことは、ヤッコさんは蔵から出てきたってわけか?」
「ああ、麗花も蔵からなんか、感じてたみたいだし、確実に」
「なんで、止めないよ?」
「仕方ないだろ、はっきりしなかったんだよ。確実になったのは、今」
相変わらず、幼馴染二人の会話は早い。が、亮は、しっかりとそれについていっているようだ。
「おそらく、封じをかけてあったのではないでしょうか?外に出られないように」
だから、忍たちもはっきりと、気配を感じることが出来なかったわけだ。
「なるほど、物理的に人が開けられないように、それから、中から出てこられないように、か」
「二重の意味で、開けちまったわけな、俺ら」
忍と俊が、眉を寄せる。
眉を寄せていたのは、もう一人いる。幽霊など、はなから信じていないジョーだ。
不機嫌そのものの口調で口を挟む。
「本気で、そんなこと……」
「本気もくそも、ジョーにとっては最悪なことに」
と、忍がジョーへと向き直る。俊も、まっすぐにジョーを見る。
「ヤッコさんが取り付いたの、須于だぜ?」
「なに?」
ジョーの眉が上がる。
「だって、それしか説明つかないだろ?須于がこの部屋に来たの」
「まっさか本気で、須于が寝ぼけたとか、ジョーと寝たいと思ってたとか思ってないだろうな?」
口々に鋭いツッコミをかけられる。
「忍と亮が気配感じたのも、俺らの部屋からなんだぜ?」
俊の言葉に、忍と亮が頷いてみせる。
「…………」
百五十歩譲ったとして、だ。
「蔵の鍵は、随分と前に閉められたモノなのだろう?」
「断定は出来ませんが、少なくとも百五十年は経っているでしょう」
「俺、百五十年も昔に呪われる覚え、ないんだけど?」
もっともなジョーと俊の意見だ。
「だから、蔵を覗いたのが誰かって訊いたんだよ、最初に覗いた人間が、取り付かれる可能性って高いだろ」
と、忍。亮も頷く。
「だから、起こされて見境無く怒っている、とかではないですね」
「ちょっと待て、俺、狙い撃ちって意味じゃないのか、それ」
「だから、意味が通じてない」
不機嫌そうにジョーが言うのに、忍が首を横に振る。
「落ち着けって、だからさ、どういうことなのかって考えなきゃダメなんだよ」
「答えは、さほど遠くないところにあるかと思いますが」
大分、血の気が戻ってきた亮が、静かな視線を部屋の片隅へと向ける。
「あ、そうか、日記だ」
俊が、ぱん、と手を打つ。忍も頷く。
「そうだな、封じをかけたなら、入ってるものも一緒に入れられたモノの可能性が高い」
三人が、動こうとした瞬間。
ざわり、と空気がうごめく。
「それを知って、どうするの?」
須于の声なのに、微妙に違う。須于の口調のはずなのに、どこか違う。
それを、最も敏感に感じたのは他ならぬジョーだ。我知らず、眉が寄る。
ざわり、とした空気に、忍の眉が軽く寄る。波動は、相変わらず亮にも来たようだ。無意識に肩の辺りを押さえている。
俊は、呪われているという自覚があるせいか、無意識に一歩引いた。
よく、家は手入れされているのだろう。ほとんど音も無く障子が開く。
忍たちに言われていたにも関わらず、その姿をまじまじと見つめたのはジョーだ。
眼を凝らして、一心に。
だが、姿は変わらなかった。
須于、そのもののまま。
どんなに、穴の開くほどに眺めても。
なのに、こちらを見つめる瞳は、この世のモノではない。
「ちょ、ちょっと待て、な?」
引いたまま、手を上げたのは俊。理由も分からず、亮の血の気が完全に引くほどのダメージを食らうほど、思い切り呪われているのだ。
この反応は、当然と言えば当然。
「待って、君は生きてる?死んでいる?」
口を挟んだのは忍。
ものすごくストレートな質問だが、どこまで冷静に相手と話を進められるかを判断できる質問だ。もちろん、自覚があったとて、それが有効とは限らないが。
ひくり、と彼女の口元が引きつる。
「死んでいるわ?だって、殺されたのよ?」
「ゴメン、でも、大事なことだとわかるよね?君が亡くなってから、随分と時が経ってるってわかるかい?いま、君が恨みをぶつけようとしている人間は、君がどうして恨んでるのか、わからないんだよ?」
忍の顔に、笑みはない。
真剣に、相手に説きかける顔つきだ。
幽霊相手に、恨み言語り明かせて成仏させてやったことは二、三度ではない、と前に俊が言っていたのはダテではないらしい。
きちんと言葉は、この世のものでないはずの相手に通じている。
「誤魔化そうというの?騙されないわ、あの人じゃないわけないじゃない……」
ざわり、と空気が揺れる。
「……私を……」
すさまじい表情が、彼女の顔に浮かぶ。
「私を……」
「裏切った?」
忍が、静かに尋ねる。
空気にすさまじい緊張感が加わるのが、俊とジョーにも分かる。彼女の顔に浮かんだ表情は、更に険しいものとなる。
忍の質問は、図星であったようだ。
が、すぐには次の質問はしない。
ここで下手に刺激をすれば、ダメージを食らうのは俊なのだ。
亮も、一言も口を挟まないところを見ると、この場は忍に預けているのだろう。
少々血の気が引いているものの、俊も黙ったまま成り行きを見守っている。こういう点、忍の対応は信じられると、知っている。
付き合いの長さがモノを言っているといっていい。
一人、落ち着かないのはジョーだ。
先ほどから、イライラしているのを、亮が目線で抑え続けている。
「なぜ、君は蔵の中に?」
忍が、ゆっくりと次の質問を発する。
ひくり、と彼女の口元が、また、ひきつる。
「お前が!」
いきなり、びしっと指差されて、俊がびくり、とする。
「お前が、私を閉じ込めたんでしょう?!私を……ッ」
抑えた声は、返って不気味さを増している。
「裏切ったにしろ、蔵の中に閉じ込めるのは殺人だぞ?」
いまにも俊に飛び掛りそうな彼女に、忍が問いを重ねる。
「だから言ったでしょう?!殺されたのよ!」
張り裂けそうな、須于ではない、須于の声が響く。
とうとう、我慢しきれなくなったらしい。ジョーが怒鳴る。
「てめぇが殺されたんんだかなんだか知らねぇが!人に乗り移のは止めやがれッ!」
あっちゃー、と頭を抱えたくなったのは、周囲の三人。
だが、すでに止められる状況にはない。
「てめぇの都合で勝手に乗り移られちゃ、こっちははななだ迷惑だ!」
「何ィ?」
案の定、彼女の人ならぬ目に狂気とも怒気ともとれる光が走る。
こうなると、手に負えない。
空気全体が、ざわざわと動き出す。
「お前に、何がわかる?」
ざわり、と空気が邪悪にうごめく。
「くっそ!俺はこういうの、すっげ不本意だって言っとくぞ!」
らしからぬ雑言と共に、忍がジョーの前へと躍り出る。
構えたかと思うと、印を切り結びながら、はっきりと叫ぶ。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」
ダテに幽霊を相手にしてきているわけではないらしい。きちんと、手に負えない相手の対処方法も心得ている。
ぐらり、と彼女の躰が揺れ、布団へとくたり、と倒れこむ。
寄ろうとしたジョーを、止めたのは俊だ。
代わりに、亮が須于を抱き上げる。
「大丈夫です、いまので彼女は眠ったようですし、須于の体調にも変調はありませんから」
脈を取って、確認してくれている。
忍と俊は、ほっとため息をつく。
「ったく、ジョー、いまのすっげ危ねぇよ」
ひとまず目前の危機が去ったのと、須于が無事らしいのに安心した俊が言う。亮も、頷く。
「忍がとっさに抑えてくれたから良かったですが、相手は武器の効かない相手ですよ」
「だからと言って」
どこか、いきりたつように言いかかったジョーを、忍が制す。
「須于を無事取り戻したければ、刺激しないに限るんだよ」
微妙に、ため息混じりだ。
「銃を撃ったとしても、傷つくのは須于なんだぜ?」
正直なところ、いま目前で起こったことを完全に信じられているわけではない。ただ、先ほどまでの物言いが須于ではないことだけは、ジョーにとっても確かな事実なだけで。
だからこそ、余計につのるイライラがあるのだが。
どうにも感情が抑えきらないらしく、ジョーは、ぷい、とそっぽを向いてしまう。
ちょうど、また、障子が開いたのはその時だ。
顔を出したのは、麗花。
「あのさぁ、何の騒ぎぃ?」
どこか寝ぼけ顔で、首を傾げている。
「通ってく方々に、いちいち大騒ぎしてたらキリないし、返って逆効果だよぉ?」
「方々ってなんだよ?」
低い声で尋ねたのは、ジョーだ。
麗花も半分寝ぼけ眼なので、彼のただならぬ雰囲気には気付いていないらしい。
あっさりと答える。
「決まってるでしょ、幽霊のダンナ方」
「このまま手ぇこまねいてろってのか?!」
いきなり胸倉掴まれた挙句、それが肩紐吊り型のネグリジェだった日には。
「あにすんのよッ!」
ばっちーんッ!という大音響と共に、ジョーは張り手で吹っ飛ばされる。



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