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夏の夜のLabyrinth
〜18th  永久に揺れる波〜

■breeze・6■



「だから、エキサイトするなっての」
頭痛がしてきたポーズで、忍がぼそり、と言う。俊も、ぼそ、とコメント。
「ま、ストレートじゃなくて良かったよな」
胸を思いっきり開かれそうになった麗花も目が覚めたようだし、張り手で吹っ飛ばされたジョーもどうにも押さえきらない状態からは復帰したようだ。
「悪い」
と、麗花に軽く頭を下げる。
麗花は軽く肩をすくめて、まぁいいよ、と示してから、視線が亮の腕の中の須于へと移る。
不審そうな顔つきは、戸惑ったものへと変化する。
「あれれ?どうしたのよ、こんなとこで?」
尋ねる声も、戸惑い気味だ。
俊が、『うらめしや』の手真似をしてみせながら答える。
「乗り移るヤツだよ」
「蔵にいたヤツね?どういうことなの?」
気配を感じていただけはあって、すぐに理解したようだ。一気に軍隊仕様の顔つきになるあたり、さすがというべきか。
「いまのところわかっているのは、俊そっくりの男に百五十年前に蔵に閉じ込められたまま殺されたってことだな」
忍がまとめる。
「もう少し訊けなくもなかったんだけど」
「エキサイトなさったわけね」
このことに関しては、ジョーは一言も無い。黙ったまま、少々反省気味の表情だ。
「善処するしかないでしょう。申し訳ありませんが、麗花、しばらく見ていてくださいね」
亮が自分の腕から麗花へと、須于の躰を預ける。
「へ?」
「少しくらいなら、抑えられるだろ?調べる時間がいるんだよ」
忍が、少々早口に言いながら、部屋の灯りをつける。
麗花が、その動きを追いながら、首を傾げる。
「調べるってなにを?」
ひょい、と俊が部屋の隅に積まれた、蔵の中から持ち出してきたノート類を指す。
「コレ。蔵さ、封じかけてあったらしいから」
「なるほど、同時期に入れたって考えるのが、スジってわけね」
その点は理解出来たようだが、戸惑い気味の視線を須于へと落とす。
「私、避ける系のは知ってるけど、抑えるってのは範囲外なんだけど?」
言われて、軽く忍の眉が上がる。確かに、君子危うきに近寄らず、というのは正しい対処かもしれない。が、いまはそんなことを言ってられない。
「子守唄、なんでもいいから歌っとけ」
亮と一緒に、ノートの山へと手を伸ばしながら、らしくなく安易な発言をする。
「子守唄?」
抑えとく、と、眠っていてもらう、というのは確かに同意に近いが。ともかく、のろのろしてたら、起きてしまうだろうことだけは確かだ。
イチかバチか、やるしかない。
「アファルイオ語通じるよう祈っててよ」
半ばヤケのような口調だが、すう、と息を吸った後の声は驚くくらいに澄んだモノだ。アファルイオ語独特の抑揚があるのに、どこか優しい響きの歌が、なめらかに麗花の口から溢れてきている。
思わず、俊とジョーが麗花へと向き直ってしまったほどに、だ。
たとえ幽霊でも、眠りについてしまうのではないか、と思えてしまうような、歌。
忍と亮は、それを気にする様子もなく、手早くノートを繰っていく。
俊も、我に返ってノートを手にする。ジョーも、遅ればせながら、ページを繰りはじめる。
が、その顔つきは不機嫌そのものだ。
「これがイチバン早道だと思うぜ、情報がないんだから」
と、忍。
「ああ」
ぼそり、と答える。不機嫌、というよりは、落ち着かない、という方が正確なのかもしれない。
日記がつけられているらしいノートから、しょっちゅう視線は須于の方へといっている。
亮は、まったく視線を上げもせずに、次々と日記を片付けていく。忍と俊も、それには及ばないけれど、かなりなスピードで片付けていくが、それでも量が多いのとナナメ読みで読み落としてもダメなのとで、山は片付かない。
しかも、答えも見つからないと来ている。
三十分もした頃には、俊の視線も少々落ち着かなくなってきている。
ちら、と視線を上げると、目があった亮が、微かに口元に笑みを浮かべる。
見慣れた、軍師なものだ。
大丈夫、と口にしなくとも言っているのがわかる。
幽霊相手に通じるんだろうかと思いつつも、なんとなく落ち着くから不思議だ。
それにしても、感心するのは麗花の歌声だ。
休み無く歌っているのに、声が枯れるどころか伸びがよくなっている。
微かに亮が眉をひそめたのを、忍は見逃さない。そこから視線を戻して、思わず声を上げる。
「あった!」
皆の視線が、一気に集まる。
麗花も、歌を止める。
「334年六月八日 愛しい沙羅を閉じ込めた。もう誰にも渡さない」
「それだ!」
「じゃ、彼女は沙羅ちゃんね?で、前後の事情は?」
俊が、声高になって身を乗り出した麗花に向って、指を立ててみせる。五人の視線が、一斉に麗花の膝の上の須于へと落ちる。
忍の受け売りの術が効いているのか、麗花の子守唄がよかったのか、まだ目が覚める様子はない。
声をトーンダウンして、俊が尋ねる。
「で?」
忍の脇から亮が覗き込み、素早く視線を走らせる。
ややしばしの、間の後。
「なるほど、そういうことだったんですね」
ぽつり、と亮が呟くように言う。麗花が首を傾げる。
「そういうって?」
「昼間、聞かせていただいたこのあたりに伝わる悲しい伝説は、かなり脚色されています」
「んじゃ、あれってホントにマジなことが元なわけか?」
そう言ったのは自分のはずなのに、あせった口調で尋ねる俊。
忍が、軽く眉を上げる。
「事実に即してるのは?」
「ファイザ湖の付近から仕事に来た青年と、このあたりの小町娘さんが恋に落ちた、というところまでです」
先ほどの日記の文章と考え合わせれば、おおよその察しはつく。
「じゃ、もう一人の登場人物は青年の奥さん、じゃなくて……」
「小町娘に横恋慕する、この街の男ね?」
「しかも、手に入らないくらいなら殺してやると思うような倒錯ヤロウ」
俊と麗花と忍が、口々に言うのに、亮は頷き返す。
「しかも、徹底した倒錯です」
「まさか……」
ひくり、と麗花の口元がひきつる。
そのやり取りで、忍たちにも察しがつく。
「ファイザ湖から来た彼氏も、殺ったんじゃないだろうな?」
「殺っただけではないですよ、遺体を切断してファイザ湖に沈めてるんですから」
先ほどよりも、ぴくり、としたのは麗花だ。
「九泉の下でも会えないようにってことね?」
九泉というのは、アファルイオでのあの世のことだ。遠く引き離して埋葬してしまえば、あの世で巡り会えないという伝承が、アファルイオやリスティアの死生観のヒトツとして存在している。
バラバラにして、というのも、あの世で甦らせないためのまじないだ。
ようするに、二人は、徹底して日記の主に引き離されたということになる。
忍も、呆れ気味に肩をすくめる。
「それだけじゃなくて、蔵に閉じ込めたお嬢さんにも、裏切ったのは自分ではなくてかつて想い通じ合ったはずの男だって思い込ませてるんだもんな」
「あったま来るなぁ、車裂か剥皮か炮烙にしてやりたい」
さらさらとそんな単語が口をつくあたりが恐ろしい。忍がさらり、と返す。
「水に葬ったんだから、水牢がお似合いだろ」
「いや、それって全部国際法つっかかるから」
思わず俊が、常識人のツッコミをしてしまう。
「うう、わかってるわよ、でも許しがたいのよ」
麗花とて、もう死んだ人間に怒っても仕方ないと理解してはいる。ぐぐ、と唇を噛み締めている。
俊が、眉を寄せる。
「でも、なんで須于なんだ?」
「え?」
麗花が、一瞬だけきょとん、とする。忍が、俊に視線をやる。
「そういう事情なら、最初に蔵を覗いた俊に、いきなり襲い掛かった方が普通だって言いたいんだろ」
「まぁな、それはそれでありがたくはないけど」
忍と麗花の視線が、合う。
俊の問いに同じことを思ったのだ、とわかる。
どちらからともなく口を開きかかったところで、亮が注意を促す。
「起きますよ」
五人の視線が、須于へと戻る。
空気が、ざわり、とざわめくのがわかる。
強引な眠らせ方をされた、ということを忘れてくれてはいないらしい。このままでは、静かに話す、などという状況にはなるまい。
ちら、と俊と忍が視線を見合わせる。
俊が、微かに頷くと、つ、と須于へと近付く。
「ジョー、須于のこと頼んだからな」
「え?」
少々戸惑った声で問い返すジョーへと、俊は振り返る。
「沙羅ちゃんの方は俺が引き受けるから」
話が見えないまま、ジョーは頷き返す。
麗花の膝の上で、彼女の瞼がかすかに動く。目を開く、その瞬間。
俊は、可能な限り真面目な顔つきで覗き込む。
「沙羅、やっと見つけた!」
がば、と抱きしめる。
ひとまず、麗花は忍たちの側へと避ける。俊の言った意味はなんとなくわかったが、さすがにジョーはいい顔はしていない。
忍が、ちら、とジョーを見やる。
「なに言えばいいか、わかってるか?」
無言のまま、ジョーは視線を返してくる。なにをだ、と言わんばかりの渋い表情だ。
麗花が、軽く眉を上げる。
「今回のって、半分はジョーの責任なんだからね」
「……俺の?」
怪訝そうに、眉を上げる。
その顔つきのまま、答えを探すように、麗花たちから俊と沙羅である須于の方へと視線を戻す。
沙羅の方は、いきなり抱きしめられて驚いたらしい。
呆然とした目つきでいたが、ぽつり、と尋ねる。
「稔……?」
「そうだよ、俺だよ!ずっと探してた……」
抱きしめていた体を離して、沙羅の顔を覗きこむ。
「まさか、閉じ込められていたなんて」
「まさか?」
ぴくり、と沙羅の顔が引きつる。
「いまさら、何を言うの?閉じ込めたのは……」
どこか、苦悩した表情に気付いたらしい。沙羅は口をつぐむ。
その様子を見ながら、ちら、と忍と麗花が視線を見合わせる。
沙羅が信じるくらいには、演技力上達は認められる。でも、学芸会レベルというか、なんというか、妙な大げささがある。
もっとも、彼女いない暦生まれてこのかたという人間に恋愛劇しろと言う方が無理というものだろうが。ともかく、シリアスなシーンだと言うのに、笑いがこみ上げるのがどうにも抑えがたい。
そんな気配を悟られたら、せっかくの俊の渾身の演技が台無しだ。
微妙に明後日の方向を向きつつも、俊たちの様子には注意を払い続ける。
俊の芝居は続く。
ともかく、こちらのペースに持ち込まなくてはならない。
「どうしても、君に確認したいことがあったんだ」
戸惑い気味の表情で自分を見つめる沙羅に、真剣な口調で言う。
「俺のこと……嫌いになったのか?あの男を、想うようになったのか?」
「なんで……すって?」
「あの男は、君はもう俺のことなど、想ってはないと……」
沙羅の眼が、かすかに見開かれる。
「君は、あの男を想うようになったと、そう言われた」
信じられぬ、という様子で、沙羅が首を横に振る。
「うそよ、うそだわ……あなたが、私を連れて行く気がないから、閉じ込めたって……特別な鍵で閉められてて、開けられないって……」
「連れてく気がない?俺が、君を忘れられると?!」
彼女の瞳が、揺れる。
「あなたには奥さんがいたんじゃないの?」
俊は、首を横に振る。
「あるわけないだろう?君に言ったことは、全て真実に決まってるじゃないか」
「私、騙されていたの?ねぇ……?」
声が、震える。
少なくとも、先ほどまでの頭から裏切られたと信じきっているものとは違う。
よっしゃ、あと少し。
それを思ったのは、俊だけではない。
忍も麗花もそうだし、言葉つきこそ違えど亮もだ。
だが、いま、俊がそれを思ったのは、明らかにまずかった。
その顔つきを見た沙羅の表情が、一変する。
す、と血の気が引く。
は、とするが、もう遅い。
先ほど以上の勢いで、空気はざわめき出す。
「たばかったなッ?!」
ほんの、少しだけだったはずだ。だが、沙羅は俊の顔つきの中に恋人以外のなにかを見た。
「おのれ……」
すさまじい勢いで集中した険悪な空気は、一気に弾ける。



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