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夏の夜のLabyrinth
〜19th  想いの行方〜

■alae・3■



忍を見送ってから、もう一人、異質な人間が残っていることに、俊たちはやっと気付いたようだ。
広人の方へと、少々困惑気味の視線を向ける。
にこり、と広人は微笑む。
「俺は俺の勝手な事情で、亮を探してるから、探す気になったら、声かけてくれよ」
寄りかかっていた壁から、身軽に歩き始めたのへ、麗花が首を傾げる。
「参考までに、広さんの『事情』を聞かせてもらってもいいですか?」
「いいよ。でも、一度だけだし、完璧にココだけの話だからね」
にこり、と笑う。
「俺は仲文を友人と思っていて、仲文は絶対に亮の手術をするつもりでいるから」
さらり、と言ってのけると、そのまま背を向けてしまう。
行くつもり、と気付いた俊が、慌てて声をかける。
「広さん!」
「ん?」
首だけが、振り返る。
「どうして、親父は……」
『資格』がない、と言い切りまでするのか。
完全な問いにはならなかったのは、言いかかって、広人の答えが半ばわかったからだ。
そして、予想通りの答えを、広人は口にする。
「さぁ、だいたい予測はつくけど、直に聞いたわけじゃないから」
言い終えて、そのまま、仮司令室を出て行く。
四人は、誰からとも無く、顔を見合わせる。
「私たちだって、探したい」
麗花が、きゅ、と唇を噛み締める。
いま、こうしている間にだって、亮の命は、刻一刻と終わりに向かって時を刻んでいるのに違いない。
健太郎の言うとおりなら、速いペースでコトが進んでいれば、すでに時間は三分の一、過ぎていってしまっている。
「ともかく、なんらかの『きっかけ』が必要だな。いまのままでは、どこからも切り崩せない」
ジョーにしては、珍しく多弁だ。
須于は、首を傾げる。
「忍は、なにを知っているのかしら?」
「……あたれるところから、あたるしかない」
俊は、こうと決めた時の忍の意志の強さを知っている。
いまの忍からは、何度尋ねたとしても、どんなに強く訊いたとしても、答えは返らない。
半ば機械的に口にすると、麗花たちへ、まっすぐな視線を向ける。
「オフクロのところに行ってくる。親父がなんで、『資格が無い』とまで言い切るのか、ヒントそこしかないから」
健太郎や亮のように全てを知っているわけではないだろうが、少なくとも、自分が知らないことを知っている、とは確信できる。
最悪、伸之介の一件を持ち出せば、佳代は口を開かざるを得なくなるはずだ。
何も言わない、と決めている健太郎や忍を切り崩す手段がなければ、やみくもに探すしかない。
亮相手に、それは無駄でしかないとわかっている。
なんであろうと、きっかけが欲しい。
亮はどこへ消えたのか。
少なくとも、一方的に消えるなんて、納得が出来ない。
麗花が頷き返すと、俊もきびすを返す。
残ったのは、三人。
「忍と亮だけが、知っていること」
ぽつり、と須于が呟く。
ジョーが、目を細める。
「なにか、あるか?」
須于は、首を横に振る。
「わからないわ、でも、落ち着いて考えてみなきゃ……なにか、絶対にヒントはあるはずだわ。私たちだって、ずっと一緒だったんだもの」
「忍と亮だけが、って限定出来るんだから、絞れるはずだよね」
麗花の言葉に、ジョーが頷いてみせる。
「二人だけで、動いた時を考えればいい、わかるのだけでもだ」
「買い出しの時とかだったら、泣くなぁ。事件がらみなら、あーっと、『緋闇石』に子供が誘拐された時」
麗花が視線を天井にやりながら、記憶を搾り出す。須于が首を横に振る。
「あの頃は、そこまで理解しあってるとは思えないわ。私たちよりは、わかっていたかもしれないけれど」
「それもそうか、次は、えーっと」
「蓮天神社」
思い出したままを口にしたのは、ジョーだ。麗花が首を傾げる。
「言ったろう、麗花がアファルイオに行っている間に」
「あれね、そうか、あの蒼い石を取り出すのに、亮と忍の二人で行ってるのよね」
麗花が首を傾げる。
「……旧文明産物よ」
「え?」
ジョーと麗花の視線が、須于へと集まる。
「あのマネキンだって旧文明産物だわ、そうよ!二人だけで動くのって旧文明産物が絡んだ時よ!」
佐々木の一件の時に、亮が、声や動作を入れ替えた自分たちのそっくりさんを作り上げたマネキンのことだ。
「『緋闇石』は二人だけでは手に負えない旧文明産物、ということね」
あれだけは、六人で対応するしかなかった。そう考えれば、つじつまが合う。
「最初から、決まっていた?」
ファイザ湖での須于との会話を思い出したらしい。ジョーが首を傾げる。
「でも、そうじゃない?健さんは、亮は最初から『第3遊撃隊』の軍師だって言ったのよ?」
「ちょっと待って、なにが最初から決まってたって?」
麗花が面食らった顔つきになる。
「あのね、こういうことなの。忍の龍牙剣や、ジョーのカリエ777って個人のために造られた旧文明産物武器じゃないか、って」
「なのに、いま生まれてきた二人に、使いこなせる?」
言いたいことは、すぐに理解出来たようだ。軽く首をかしげる。
「それだけじゃないわ、『緋闇石』に対抗できた、あの蒼い石も、亮の意思に従ったのよ?」
「偶然にしては、出来すぎてる、か、確かにね」
麗花は、壁に寄りかかり直して腕を組む。
「少なくとも、そういうこと、亮が知らないわけないよね」
「忍もな」
「んんー」
妙に煮え切らない声を麗花が出すので、須于とジョーは、首を傾げる。なにやら、躊躇っているようだったが。
意を決したように、まっすぐ須于とジョーを見る。
「あのさ、二人とも血まみれの夢って、見たこと無い?」
「血まみれの夢?」
「そう、誰かが死んでるって、わかるの。自分も殺されるって……でも、それは当然の結果だと、これしかなかったんだって、思ってる。ありえないと思うのに、感覚はすごくリアルなの」
須于とジョーは、顔を見合わせる。
麗花は、言葉を重ねる。
「でもって、その夢を見始めたのって、須于に子守唄を歌った後からなのよ」
幽霊に乗り移られた時のことだ。自分を裏切った恋人にそっくりな俊に、感情的に牙を向いてくるのを押さえなくてはならなかったとき。
麗花の歌で、確かに幽霊の彼女は静まっていた。
「正確には、アファルイオで一番古い守り歌って言った方がいいけど」
「守り歌?」
「そ、祭主公主がどうして祈りの要になれるって、美しい声には力が宿るって信じられてるから」
ジョーの眉が軽く上がったのを見て、麗花の口元に笑みが浮かぶ。
「迷信深さの象徴ってな顔だね?」
図星を指されて、ジョーは苦笑しつつも切り返す。
「そうではない、と?」
「うん、根拠のある話だよ。リスティアほどじゃないけど、アファルイオにも旧文明産物は残っててね、その中に、音響増幅装置っていうのがある」
「声を……増幅させる?」
須于が、まさか、というのを声ににじませつつ尋ねる。
「ご名答。人の声って、そう滅多にはないけど、特殊な波長を持ってるってのがあるのは聞いたことあるでしょ?」
「アルファ波のことか?」
「そう、たとえばそんなの。アファルイオの守り歌ってね、ある特殊な波長が出やすいようにつくられてるのよ。しかも、音響増幅装置は、私の声にぴったりなんだよ」
にやり、と口の端に笑みを浮かべる。
「それで催眠状態をつくりあげていた、ということか」
旧文明時代、国民が精神制御を受けていたらしい、ということは知られている。その為に、崩壊戦争以前の歴史は、いまひとつはっきりとしていない。
なぜなら、人に記憶がなく、一部記憶があるはずの人間は消えてしまったからだ。
いま伝えられている歴史は、残された物証と、ほんの少しの証言から復元した、予測でしかない。
崩壊戦争後、人々には意志が戻ってきた、ということと、周囲が大量に破壊され尽くしていた、という事実と。
そして、破壊をまぬがれた旧文明産物と、から。
「だが、その歌と夢とが、どんな関係がある?」
ジョーが、眉を寄せる。
「夢じゃなくて、過去の記憶だったら?ってこと。私、いままでの人生で納得して死ぬってシチュエーションはあり得ないもん、血反吐はいても生きるってのはあってもね。予知夢見るような趣味もないし」
納得した死が、いままでの麗花にあり得ない、というのは良くわかる。両親を、そして兄を理不尽なカタチで失い続けた彼女には、そんな状況があり得るはずがない。
「それに、旧文明産物武器は、モノには限らないんじゃない?ってことよ」
須于が、深く頷く。
「そうね、歌も人の精神を操れるほどになったら、武器だわ」
「もちろん、精神制御されてる人間限定だけどね」
麗花は肩をすくめる。
「忍には龍牙、亮にあの蒼い石、ジョーはカリエ777、で、須于が気になってるのは、あの欠片でしょ?」
須于は頷く。首にかけたそれを取り出しながら、言う。
「『幻影片』って、言うんですって。俊の鞭棒も、旧文明産物としか思えないし」
「で、私には歌」
と、自分を指差してみせる。
「六人ともが、旧文明産物を手にしてるって奇妙な偶然と言うべきかな?」
「でも、そうしたら、旧文明時代に私たちがいたってこと?」
「不可能、ではないな」
ぼそり、と言ったのはジョーだ。現実主義で見たもの以外は信じないはずの口から、そんな発言が出たので、須于も麗花も驚いた顔つきになる。
「旧文明時代は、遺伝子操作の研究が盛んだった、と言われている。遺伝子、もしくは遺伝子情報を採取して取って置いたのなら、再現することは可能なはずだ」
もちろん、六人を同時期に、となったら、かなりの条件が重なってくる。
だが、それをしてのけるだけの頭脳の持ち主がこの世に存在しえる、とジョーたちは知っている。
「現に、いまもかなり詳細な個人の遺伝子情報が残っている」
ジョーがキャロライン・カペスローズの子だと亮が確信したのは、その遺伝子情報に他ならない。
「でもって、もちろん、その遺伝子はわたしたちに影響を与えてる。私たちには、それぞれの旧文明産物が手に馴染む程度だけど……」
須于が、目を見開く。
「忍と亮には、記憶があるのね」
「って考えるしかないね」
「程度はわからんが、な」
三人は、顔を見合わせる。
「亮は、思い出さないほうがいいって、思ってるってことだよね」
「当然だろう、過去の記憶に現在が振り回されることになる」
ジョーが、はっきり言ってのける。
「でも、亮と忍は、その記憶を背負った上で生きてるってことだわ」
須于が、強い視線で見つめ返す。ジョーは動じた様子なく、その視線を受ける。
「だからこそ、二人とも俺たちに過去の記憶を戻すような真似をしない。違うか?」
「必要外には、絶対に苦痛になるようなことはしない、よね」
麗花の顔に、複雑な笑みが浮かぶ。が、その笑みはすぐに、決意した表情へと取って代わる。
「でも、私は記憶がよみがえる方を選ぶわ」
「当然だ」
「もちろんよ」
異口同音にジョーと須于が言い切る。
『過去の記憶』がキーワードであると、確信は出来た。
それには、ほぼ確実に苦痛が伴う、ということも、忍と亮には、その『過去の記憶』がある、ということも。
旧文明産物を手にしている、遺伝子が過去と同一、そのあたりの条件は同一だと思うのに、なぜ、二人にだけ記憶があるのか。
麗花の夢から、どうやら自分たちは旧文明時代には死ななくてはならない運命にあったのかもしれない、という予測はつくが、それ以上は考えたところでわからない。
二人に背負わせておくつもりは無い、と決めることは出来たからといって、肝心の記憶が都合よく戻ってくれる、というものでもない。
『過去の記憶』について考え続けても、すぐには決定打は出せそうにはない。
「ってことは、この路線はどんづまり?」
麗花が、軽く眉を寄せる。
ジョーが肩をすくめる。
「の、ようだな。考えて思い出させるのなら、とっくに思い出しているはずだ」
「そうね、だとしたら、次の方法を考えるしかないわ」
立ち止まっているヒマはない。
考え付くことは、端からやってみるしかない。
ともかく、時間は限られている。
軽く口を尖らせながら、麗花は、指先を軽く頬にあて続けていたが。
ぱん、と自分の腿を叩く。
「こうなったら、やるっきゃないでしょ」
微妙に悪い予感がして、ジョーは眉を寄せる。
「なにを、だ?」
にやり、と麗花は口の端に笑みを浮かべる。
「決まってるじゃない、家捜しよ。手掛かりを残すようなタイプじゃないっていうのは、重々承知だけど」
「そうね、今回の失踪はあまりにも、突然だったもの」
須于も、頷く。
「完璧、とはいかなかったかもしれないわ」
欲しいのは、手掛かり。
どんな、些細でも、いいから。
「本来なら、個人的なことを覗くのは主義に反するが」
軽くため息をついてから、まっすぐな視線をジョーも向ける。
「やるしか、ないだろうな」
三人の次なるターゲットは、亮の部屋、だ。

いきなり、息を切らして家に帰ってきた俊に、佳代は驚いた顔つきだ。
それはそうだろう、軍務についてからは休日などそうそうあるわけないのだし、実家に帰ってくるなど稀なのだから。
だが、その驚きに説明を加えているヒマはない。
「オフクロ、親父と俺と亮のこと、なんでもイイから教えてくれ」
言いかかって、亮がいまにもどこか、自分たちの知らないところで死んでしまうかもしれない、などとは口に出来ないと気付く。
「その、俺の知らないことを……頼む、時間がないんだ」
頭を下げられて、佳代の顔には困惑が浮かぶ。なにがあったのか、とは訊いてくれるな、というのがわかったから。
と、同時に、覚悟を決める時が来たのだ、と悟る。
俊が、健太郎にとっては誰がイチバン大事な存在だったのかを知ってから、もう半年が過ぎようとしている。
もう、幼いあの時のように、一方的に感情を害されて怒っている子供はどこにもいない。
軍隊に入隊してから、健太郎や亮とも会う機会が多くなったようで、過去の清算だけでなく、現在の理解もあるのだということは、わかっている。
準備は、全て整っている。
あとは、自分で告げるから、と健太郎には伝言してもらった。
時間を下さい、とも。
だが、そう長いこと引き伸ばしておくわけにはいかない、と知ってはいた。
なぜ、急に、俊がこんな質問をしに来たのかはわからない。
でも、これが、機会なのだ。
きっと、いまを逃せば、また言えなくなる。
伝えなくてはならないことをも。
「俊、あなたの知らないことはね」
瞼を閉じ、ヒトツ、息を吸う。
「あなたは私の子じゃないってことよ」



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