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夏の夜のLabyrinth
〜19th  想いの行方〜

■alae・4■



佳代は、言葉を重ねる。
「私は生まれてこの方、自分のお腹を痛めて生んだ子供はいないの」
俊の顔に浮かんだのは、困惑以外のなにものでもない。
「あなたは間違いなく、天宮と麻子さんの子よ」
「まさか……?だって、そんなのは無理……」
本当だとしたら、健太郎が語った話が嘘ということになる。麻子が望まぬ妊娠をして、そして藍崎椿を生んだということが。
だけど、それはあり得ない。
椿も、それが事実と言ったのだから。
つじつまが、合わない。
佳代には、俊の困惑が、良くわかっているようだ。
「そうね、私にも、どうやったのかはわからない……でも、間違いないことよ。亮くんは、麻子さんの子だっていうなによりの証拠だわ」
ふ、と佳代の視線が揺れる。だが、最後まで言い切る。
「……麻子さんの生き写しだもの」
俊の眉が、無意識に軽く寄る。亮が、健太郎の唯一愛した人と、そっくりと知って。
それが嫌だ、と思ったのではない。
いま、どこかで刻一刻と死に向かっている亮と、同じ年で彼女は死んでいった。それと重なったように感じたのだ。
だからといって、自分たちが健太郎と麻子の子だと、納得出来たわけではない。
佳代は、気を取り直すように首を軽く振ってから、続ける。
「天宮は、麻子さんとの子供をつくることで、麻子さんと一緒になるつもりだった」
俊は、目を見開く。
その一言で、理解出来たから。
あの頃の健太郎は、麻子へは近付けなかった。
それでも、麻子を迎えに行くと告げた、自分の約束を忘れてはいなかった。
恐らくは、旧文明産物のなにかを使ったのだろう。
そんな旧文明産物が存在するとしても、おかしくはない。
俊と亮に流れている血は、健太郎と麻子のモノなのだ。
健太郎と麻子の間の子供。それが生まれた、ということが明らかになったら、すさまじいスキャンダルになる。
まさか、子供を殺すわけにはいかない。
スキャンダルにしない為には。
健太郎と麻子を、夫婦にするしかない。
その為だけに、恐らくは第一級犯罪であろうことを、健太郎はやってのけた。ただ、自分の為に。
だから、健太郎は言ったのだ。
『資格』も、『権利』も、ないと。
自分がなにを望んでいるのか、を、完全に優先させた自分のことを、許しているわけではないから。
完全な自分の『勝手』でこの世に生まれてきた子が、なにを選ぶかは、当人に委ねるべきと決めている。
だが、あの時、現実は健太郎の思うままにはいかなかった。
藍崎家家元は、無理やり麻子に椿を生ませた。そして、それを苦にした彼女は、自分の命を削ってしまったから。
死を目前にした麻子に、健太郎が告げたことも、今はわかる。
自分たちの、子供がいる、ということ。
望まぬ子供を生んで、苦しみぬいている彼女を、楽に出来るのは、それだけだ。
誰よりも想った人の子供が、自分の子供が、存在する、という事実。
でも、それは、他方を傷つける。
「麻子さんが亡くなってから、あなたが連れ帰ってこられたわ。私は、どうあっても、自分の子にしてみせるって思った」
そうでなければ、自分が健太郎の側にいるという、存在意義が消えてしまう。
麻子の子である俊に、自分を本当の母と思わせること。
完璧な母に、なってみせること。
それが、佳代にとっては、絶対になった。
「天宮は、現実というモノを知っていたわ」
自分の立場と仕事量から、独りでは俊を育てきらない、ということ。子供には、愛情を持って接してくれる人間が、常に側にいてくれることが必要ということ。
健太郎自身、麻子との子だからだろうが、佳代には見せないような笑顔で俊には接していた。
そして、五年後。
存在だけは知らされていた、もう一人の子が、帰ってくる。
亮だ。
集中治療室から出ることがなかなか出来なかった、という子供は、人形のように華奢だった。
亮も、佳代に懐いてくれれば。
そうすれば、健太郎に振り返ってもらえる。
そんな思いでいっぱいで、必死で亮の面倒も見た。
だが、ベッドにいることが多いものの、手が掛からない子供の正体は。
大人ですら欺きえるほどの、知能の持ち主だった。
そして、全ては打ち砕かれる。
「あの時の私には、天宮と麻子さんの子供なんて、憎しみの対象でしかなかった」
それでも、健太郎と亮のしたことに怒りの牙を剥く俊を連れて行くことにしたのは。
「天宮への、精一杯の復讐のつもりだったの……自分の大事な子供に憎まれるて、しんどいものね」
佳代の瞳が揺れる。
「俊、あなたは間違いなく、天宮の子よ。天宮の家に戻って、家を継ぐべきなのはあなたなの」
俊の無言の問いに、視線が落ちる。
「……もうヒトツ、あなたの知らないことがあるから」
「何?」
佳代が、先ほどよりも大きく息を吸うのがわかる。
「亮くんね……くん、と言うのは変ね……あの子は、性別、ないのよ」
「な……?」
頭を、強く殴られたような気がした。消え入りそうな声で、佳代は続ける。
「あの子がずっと病院から帰ってこられなかったのは、そのせいもあるんだと思う」
忍は、知っていた。
知っていて、黙っていたことは、これだったのだ。
自分が、佳代の子ではないこと。
亮に、性別が無いこと。
これだけあれば、健太郎への話のきっかけは、つかめるはずだ。
それから、もうヒトツ、俊には気付いてることがある。
それは、佳代が自分を天宮家に、健太郎の元へと戻す為に、キツイことを言っている、ということ。
「オフクロ、本当に親父に復讐したかったなら、あの頃の俺に、俺が誰の子なのかを告げるだけでよかったんだ。あの頃の俺は、それだけで簡単に壊れたよ」
ふ、と口元に笑みが浮かぶ。
「知ってたろ?オフクロ」
「…………」
佳代は、無言で首を横に振る。子供が、いやいや、をしているように。
俊は佳代に近付き、肩に手をおき、顔を覗き込む。
いつの間にか、膝を落とさなくては視線が合わなくなっている。それだけの時間、彼女は母親であり続けた。
それは、間違いの無いことだと、誰よりも俊が知っている。
「俺、天宮に戻るよ。何も知らないのをいいのに、守られてばっかりだったって、よくわかったから。親父が許してくれるなら、だけどな……でも、これだけは言っとくからな。俺が、オフクロって呼ぶのは、一人だけだからな」
「俊……」
にやり、と笑ってみせる。
「イイ息子に、育っただろ?」
思わず、佳代もくすり、と笑う。
「バカ言ってるんじゃないわよ」
こつん、と額を叩く。
「早く行きなさい。なにがあったか知らないけど……時間がないんでしょ?」
「ああ、サンキュー」
軽く手を振ると、俊は背を向ける。
佳代は、俊の後姿を見送りながら、複雑な笑みを口元に浮かべる。
イイ息子に、育っただろ?
「ばっかねぇ、すっごく、が抜けてるわよ」
後はもう、前は見えない。

本当にここで、人が生活していたのか、と思ってしまうほど、簡素な部屋。
その扉口で、いまだ躊躇っているのはジョーだ。
「本当に、やるのか?」
「なによ、戦場では真っ先にカリエ777ぶっ放すクセに、往生際悪いわね」
部屋の中央に仁王立ちで、腰に手をあてて反りくり返っているのは麗花。
それとこれとは違う、と言いたいが、言ったところで無駄だとわかりきっている。
軽いため息と共に、ジョーも部屋へと入る。
端末と、ほんの少しの私物。
いつでも、簡単に荷物をまとめられるようにしていたのもある、と、いまはわかる。
ぐ、と唇を一回噛み締めてから、麗花はまっすぐに視線を上げる。
「コンピュータは、どうやっても入れないってわかってるから、探すのは本棚と机と……タンス、かな。ま、私が言い出しっぺだしね、プライベート的にヤダろうなっていうタンスは引き受けるよ」
こくり、と須于が頷く。
「じゃあ、ジョーは机の引出しをお願いね」
そう言わないと、ジョーはいつまでも、躊躇ったままだとわかっているのだろう。
「……わかった」
相変わらず、気の進まない顔つきながらも、ジョーは言われた引出しをあける。
須于は、本棚へと向かう。
並んでいる本は、こんな時でなければ思わず魅入ってしまいそうなタイトルばかりだ。宇宙に関しては、須于も関心が強い。
が、いま探さなければならないのは、その本の間に、少しでもヒントがないか、だ。
あとは、ノートの類が紛れてないか。
自分が本棚を引き受けたのは、こんなところに挟んで隠すようなモノは、あまり人には見られたくない類、と思うからだ。
亮ともあろう者が、単純に机になにか隠すことはないだろう。
本の間、という可能性も入れると、須于の担当している本棚はイチバンの量がある。
タンスの方は収穫がなかったらしく、麗花は肩をすくめて須于と一緒に本棚に向かい始める。
何冊か、ページをめくっていた麗花が、ぽつり、と言う。
「コレ、キレイだなぁ、亮が戻ってきたら、貸してもらおうっと」
戻ってきたら。
それを、現実にする為に。
躊躇っているヒマなど、どこにもない。
時間は、刻一刻と、過ぎていっている。
ジョーは、どこかのろのろとしていた手を、ぱん、と軽く叩く。
一つ目の引出しの中身は、端末用のメモリーばかりだった。これは、端末を立ち上げられない今は、意味がない。
もし、開こうとしたとしても、亮のしかけたセキュリティパスが入っているはずで、どちらにしろ中身は確認できないだろうが。
二つ目の引出しは、メモ用の紙。
ただし、文字が記されているものは、ヒトツも無し。
そして、三つ目。
最後のヒトツだ。
少々勢いをつけて開けたジョーは、はっとする。
この家で、勝手に引出しを開けるような人間がいる、とは亮は思っていなかったに違いない。
そうでなければ、こんな風には、入れてはいないだろう。
そっと置かれている、一枚の写真。
痛まないように、薄めのシンプルな写真入れに入れてあるそれは、ジョーが引出しを開けた勢いで揺れて、ナナメになっている。
無言のまま、ジョーは、その写真を手にとる。
古い、写真。
写っているのは、騎士さん、姫、アリス、剣士、天使ちゃん、王子サマ。
それが、あの日の名前。
日付は入っていないが、ジョーは、その写真がいつ撮られたのかを、知っている。
十四年前の、クリスマス。
あの時のことは、はっきりと憶えている。
珍しく、アルシナドに雪が降った日だ。
子供の目には新鮮に映って、思わず外へと遊びに出た。
そして、公園で、一人の少女に出会う。
困ったように立ち尽くしている少女が、なにに怯えているのかがわかったから、一緒に立っていた。
年上のイジメッ子たちに、目をつけられてしまったらしい。かわいかったからだろう。
そして、やってきた四人の同じ年代の子供たち。
遊びに来たらしい彼らも、少女が怯えていた要因には、ほとほと頭にきているらしかった。
でも、方法がわからず、みんなして唇を噛み締めていると。
天使ちゃん、という名のとおり、真白のいでたちの少女が言ったのだ。
「……じゃあ、退治しちゃうっていうのは?」
五人は、もちろん乗った。
天使ちゃんの言う通りにしたら、簡単にコトは済んでしまったのだ。
五人の動きが良かった、というのもあったが。
コトの後、六人はおおはしゃぎで雪遊びをして、そして、最後に撮ったのが、この写真。
「秘密だからね」
そう、指切りをして。
またね、と約束をして。
なぜ、この写真がここにあるのか、という疑問は、必要ない。
「天使……」
ぽつり、と呟いた声に、須于と麗花が振り返る。
「どうしたの?」
「何か、見つかった?!」
口々に尋ねる二人に、ジョーは無言のまま、手にしたそれを見せる。
覗き込んだ二人の瞳が、丸くなる。
「え?!」
「なんで、これが……」
やはり、二人とも記憶にあるのだ。
きっと、忘れようとて忘れられることでは、なかったろう。
あの日の出来事も、呼び合った名前も、それから、幼い約束も。
自分と同じように、最初に目に入ったのは写っている幼い自分。それから、周囲。
「ああ!」
驚愕の声を上げたのは、須于の方だ。
「これ……この写真って……」
呆然とした顔つきを、ジョーへと向ける。
麗花は、写真をそっと手にして、そして、泣きそうな声で呟く。
「ウソぉ、こんなことって」
それ以上、言葉にはならない。
亮は、知っていた。
『第3遊撃隊』が組織された時から。
いや、きっとその前から、ずっと。
このことを、知っていたのだ。
この写真がここにあるということは、亮も、全部覚えている、ということだから。
そっと、大事そうにしまわれていた、古い小さな写真。
そこに写っているのは、幼い『第3遊撃隊』、そのものだったのだ。



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