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夏の夜のLabyrinth
〜19th  想いの行方〜

■alae・5■



総司令部前で四人で落ち合う。
「忍は?」
「携帯の電源、切ってやがる」
俊が、軽く眉を寄せる。
須于が、少しうつむく。
「一人でいたいって、ことね」
やはり忍は、自分たちが調べてきたようなことは、全て知っているのに違いない。
過去の記憶の件も含めて。
いま会えば、四人に質問攻めにされるに決まっている。それと知って、一人でいるつもりなのだろう。
亮からの遠距離指示が来るまでは。
それまでの時間が、あと数時間なのか、一日なのか。
ともかくも、まずは、情報交換だ。
が、過去の記憶、と聞いて、理論としては納得できたようだが、感覚としては、俊にはわからないらしい。
「ま、言われてみれば、こんな得物、いまの技術じゃ造れ無さそうだけど」
と、手にしている鞭棒を見る。
完全に過去の記憶とは、無縁であるらしい。
相変わらず鈍いよね、と言うのもなんなので、変わりに写真を取り出す。
さすがに、こちらには、俊も目を大きく見開いている。
あの日の出来事は、俊にとっても忘れがたいモノである、ということ。
「マジかよ……こんなことって……」
それはそうだろう、過去のあの日に出会っていたのが、まさか、お互いだったとは。
写真を見れば、一目瞭然だ。
左から、迷っていた少女を守っていたからの騎士さんはジョー、公式訪問中に抜け出してきたホンモノの姫は麗花、迷っっちゃったからのアリスは須于、このときすでに道場に通っていた剣士は忍、そして、右端のはカレーの王子サマの俊、そして、忍と俊の間で、真白の姿がよく似合っている天使ちゃんは、亮。
「……こんな時に出典に気付かなくていいっての」
思わず俊がツッコむが、それはそうとして、だ。
こんな奇蹟のような偶然が、あるなどとは思いもしていなかった。
「ある意味、亮のおかげでわからかなかったとも言うけどね」
どう見ても、ここに写っているのは美少女だ。
肩をすくめてみせる麗花に、俊はあいまいな笑みを向ける。
「まぁな」
そのあいまいさを見逃すような、麗花ではない。
ぴくり、と眉を上げる。
「なによ?亮が、実は女の子だった、とでも言うの?」
「違う、それはない」
やたらに強く首を横に振る俊に、須于も首を傾げる。
「じゃあ、なに?」
「え?あっと、その……」
互いによく知った相手に、隠し事をするのは得意ではない。それは、もちろん、自分が信じられるような人間は、大事な秘密を明かしても大丈夫な相手だ、と安心しているところが大きいのだけど。
「どっちでも、ないんだ」
ジョーが、怪訝そうに眉を寄せる。
「どちらでも、ない?」
「ああ」
時間が、ない。逡巡しているヒマなど、一秒たりとも。
もう一度、亮に会うためには。
俊は、はっきりと頷いてみせる。
「亮は、男でも女でもないんだよ。でもって十中八九、忍はそれに気付いてる」
ジョーたち三人の目が、大きく見開かれたままになっている。
それはそうだろう。
俊だって、自分が誰の子か以上に、驚いたのだから。
いままで、女装するたびに、ため息が出るほど似合っていると思っていたが。実は、それを『女装』と呼ぶのは失礼であったわけだ。
実際、亮にはその選択肢もあるはずなわけで。
似合っても当然、というのも納得で。
そして、きっと、躰が弱い、ということにも、関係している。
麗花が、眉を寄せて首を傾げている。
「どうか、したか?」
ジョーの問いに、顔を上げる。
「んー、なんで亮だけが、特殊っぽくなっちゃうかな、と思って……」
麗花の言いたいコトはわかる。躰のこともそうだが、過去の記憶のことも、能力のことも、あまりにも、特殊すぎると言っていい。
それが、おかしいとは思わない。
異端、などと分類する気もない。
でも、なぜ、亮だけがそうなのか。
答えに、手が届きそうで、届かない。
「答えは、『過去』じゃないかしら?」
須于が、三人を見回しながら、いつもよりも強い口調で言う。
「旧文明時代の私たちが、いまと同じだったとは限らないわよね?」
過去に、自分たちがいた。
それは、ほぼ間違いないと確信出来る。だが、状況が同じなどあり得ない。
「そりゃそうだな、遊撃隊が存在したなんて、聞いたことも無い」
俊の台詞に、麗花も頷く。
「アファルイオにある音響増幅装置と私が関係あるのなら、そこにいたって考えた方が自然だよね。今ほど、簡単に抜け出せるとは思えないし」
今でも、簡単に抜け出してくるのは問題があると思うが、いまはそれを議論している場合じゃない。
それに、少なくとも、旧文明時代に自分たちが存在したはず、という仮説は、ほぼ事実と断定していい、と思う。
誰からともなく、視線が合う。
「忍は、どこにいる?」
亮の手掛かりを探せ、と言われて、大人しく離れて行った。家にも戻った形跡はないから、心当たりかどうかはともかく、自分たちの知らない場所を知っているコトは、確かだろう。
そして、その場所は健太郎も知っているはずだ。
「先ずは、健さん」
麗花が、決めた口調で言う。いま、捕まえやすい順で行けば、間違いなくそうだ。
俊が、頷き返しながら言う。
「口開くのは、先ずは俺にまかせてくれないか」
佳代に、なにか、きっかけとなることを聞いてきたのだろう。
亮がどちらでもない、ということの他に。
三人は、静かに頷いてみせる。

予測どおり、健太郎はイレギュラーな時間を取られたおかげで、まだ総司令官室に残っていた。
話があるのだけど、と告げたら、ごくあっさりと、通してくれる。
「悪いとは思うけど、けっこう押してるんだ、手短に頼めると嬉しいけどね」
との前置きに、俊は頷いてみせる。
それから、まっすぐに健太郎を見つめる。
「俺、兵役義務が終わったら、天宮に戻ろうと思う」
まっすぐに見たまま、付け加える。
「もちろん、親父がいいなら、だけど」
健太郎は、珍しく、少々目を見開いている。佳代にあたるだろう、とは思っていたのだろうが、ここまで決心してくるとは考えていなかったらしい。
「個人的な意見でいいのなら、俺は歓迎だが……」
「オフクロが知ってることは、全部聞いたよ。俺の母さんのことも、亮のことも」
「そうか」
なにかを考えるように、健太郎の視線が落ちる。
「親父?」
「ん?」
返事ついでに、視線も上がる。
「これで、親父が話を濁す理由も、無くなったはずだよな?」
「それとこれとは別かもしれない」
さらり、と返してくる。そういうあたりは、驚いていても健太郎らしい。
「聞いてから決めてくれて構わない、俺たちが頼みたいことは、ヒトツだけなんだ」
「どうぞ?」
軽く首を傾げつつ、手を差し出してくる。
「忍がいる場所に、連れてってくれ」
微妙な笑みが、健太郎の顔に浮かぶ。
「ふぅん?」
こういう時の、試す視線は健太郎でなければ出来ない、と思う。
けして眼光が鋭いのではないが、それでいて、誤魔化されない瞳だとはっきりと告げてくる。
視線を逸らさずにいる四人に、健太郎は笑みを大きくしながら、問い掛ける。
「で、忍くんが、どこにいると思うんだ?」
「場所は、わかりません」
潔く認めたのは、須于。
麗花が、後を引き取る。
「でも、旧文明に関わる場所であることは、確かだわ。総司令部ビルのどこか、という可能性は高いかも」
「そして」
ジョーの低い声が加わる。
「旧文明時代の俺たちにとって、身近だったはずの場所」
俊が全てを知った、とわかっても、さほどは驚いていなかったが。
こちらは、充分に驚くに値したらしい。
はっきりと、目を見開いている。
「それを……どうやって?」
「どうって……それしか、考えられないから」
単純明快な回答に、健太郎は、まだ戸惑った顔つきだ。
四人は、誰からとも無く、顔を見合わせる。
うまく、説明できる言葉は見つからない。
でも、ヒトツだけ確信出来ることがある。
「俺たち、なにがあろうと、絶対に六人で一緒に立ち向かうことに、なってるんだよ」
「一人でも欠けてたら、意味がないんです」
「だから、先ずは、私たちにチャンスを下さい」
頭を下げたのは、須于だ。
すぐに、三人とも続く。
健太郎は、まだいつもよりも見開いたままの瞳で、四人を見つめる。
なにも、言わなかった。亮も忍も、それをほのめかすことすら、言ったことがないはずだ。
それでも、ここまで辿り着いた。
静かに、瞼を閉じる。
「わかった、連れてくよ」
す、と立ち上がった姿には、もう、迷いはない。

もう、一人でも総司令部地下に入ることは出来るのだが。
一応、入る、ということを、健太郎に告げた。
健太郎は、そうか、とだけ答えた。
やはり。
亮が、姿を消す直前までいた場所は、ここなのだ。
忍は、半ば機械的に暗証番号を入れながら、数ヶ月前のことを、思い出す。
初めて、ここに来た時に、やっと、思い出したこと。
それは、自分にとっては、大事な事実だった。
探しつづけていたものが、やっと見つかった、と感じた。
まるで、失ったパズルピースが、ぴたり、とはめ込まれたように。
告げたことも、嘘ではない。
全部終わったら、自分の側で幸せになって欲しい。
本心からの言葉だった。
亮は。
諦めないこと、それだけなら、約束すると言った。
あの時。
亮には、それしか、言えなかったのだ。
もう、タイムリミットはとうに過ぎていたから。
どこか、躰に無理はしている、とはわかっていた。兵役義務後は、そうはもたない躰になってしまっている、とも。
だけど、まさか、そこまでいっていたとは。
いや、冷静に考えれば、兆候はいくらでもあったのだ。
ルシュテットへ皇太子であるフランツを連れて行って、麗花と待ち合わせたヘイレーエン公園からの帰り道の時。
バイクへと皆走っていったのに、亮は走らなかった。
国境通過用の書類を手にして余裕があったのではなくて、走りたくとも走れなかったのだ。
それから、健太郎が刺された時に、わざわざ雪華を呼んだのは。
自分が、こうなった時、状況に応じて即時対応できる人間を、用意する為。雪華なら、亮ほどかどうかはわからないが、かなりはやってのけるに違いない。
彼女に、場馴れの場を用意した、ということ。
……そして。
いつも、亮が情報処理をしていた場所の入り口へで、足を止める。
ファイザ湖の船の上で、眠ったのは。
亮の精神力をもってしても、もう、二日の徹夜に耐えられるだけの体力が無くなっていたから。
無機質な床の上に咲く、赤い花。
忍は、部屋へと数歩入ってから、す、と身をかがめる。
まだ、褐色になりきっていない。いや、乾ききってもいない。
ほんの、数時間前までは。
ここに、亮がいたのだ。
一人で、ここで血の花を咲かせて。
なにを、思っただろう?
亮は、何も言わず、ぎりぎりまで、約束どおりに努力してくれていた。
あと、自分に出来ることは、多分。
亮が残そうとしている作戦を、確実に遂行するだけ、なのだろう。
これだけの血。
また、黙って痛みを堪えているのだろう。いままで、なにも告げなかったように。
あと、長くて二日。
もう、血を拭く余裕もなかったのだ。
それだけの時間がない、と亮は判断したのだ。
朝、あんなにいつも通りに会ったのに、何時間か前のことなのに、それでさえ幻になる。
あの時、ここで言ったのは、親友にも言える言葉だ。
本当に、言いたかったことは。
なにも、言わなかった。
なにも、言えなかった。
こんなことになってもなお、答えが出ないままの。
やっと見つけた答えは、ヒトツの疑問も残していった。
過去の記憶を取り戻すことで知った、自分の感情を言葉にすることは簡単だ。
だが、告げてもいいのかどうか。
これは、過去の自分が言おうとしているのか、現在の自分が言おうとしているのか。
過去の言葉なら、告げるべきことではない。
現在の自分の言葉なのならば。
でも、もう、全ては手遅れだ。
こんなこと、いくら考えても、意味がない。
忍にとって現在のであろうが、過去のであろうが、亮にとっては全てが過去なのだから。
亮は、約束どおりに努力した。
そして、最後に気付いて、姿を消した。
何の為なのか、痛いほどにわかるから。
だから、自分には探せない。
探し出しても、呼び戻すことなど、出来ない。
それをしたら、『Aqua』が消えるかもしれない。
少なくとも、亮はそれを望んでいない。
確信出来るから。
自分の感情で、亮の望みを壊すことなど、絶対にしたくはないことだ。
もし、いま、探し出して会ったのなら。
言うべきことではないこと言い、そして亮の望みを粉々にしてしまう。
もう二度と、会うことは、ない。
亮も、それを望んでは、いない。
結局は、なにも、出来なかった。
自分勝手に、迷うばかりで。
もう、実際に声を聞くことも、触れることも。
生きている姿を目にすることさえ、出来ない。
なにも、出来ない。
なにも、なにも、なにも。
ふ、と笑いが漏れてくる。
どうしようもなく、可笑しさがこみ上げてくる。自分が滑稽で。
あまりにも、愚かに見えて。
腹が立つよりなにより、ただ、可笑しかった。
唇から漏れ出すだけだった笑いが、哄笑にかわる。
高い天井に、自分の声だけが、こだまして響き渡る。
笑って笑って、やがて、笑い疲れて。
どさり、と腰を下ろす。
がく、と首を落としたまま。
言えなかった言葉は、やはり、口には出来ぬまま。



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