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夏の夜のLabyrinth
〜19th  想いの行方〜

■alae・6■



総司令官室へと戻ってきた健太郎は、携帯を手にする。
そして、相手が電話に出たなり、質問する。
「どうだ?」
『九分どおり、あそこですね』
答える声は、広人のモノだ。健太郎は、思わず額へと手をやる。
「やはり、あそこか」
『まぁ、考えられる限りでは、最も安全かつ確実、ですから』
苦笑交じりに返ってくる。
「確かにな、少なくとも俺たちでは、誰一人として陥落出来ない」
『五人にがんばってもらうより、方法もないでしょうが……?』
語尾の調子で、なにを問い掛けてきているのか、健太郎にもわかる。
「ああ、こっちは、俊たちが下へ降りたよ」
下、と言えば、健太郎たちにはすぐにわかる。
一瞬の間の後。
『忍くんじゃなくて、ですか?』
驚いた声で、問い返してくる。
知らず、健太郎の口元には笑みが浮かぶ。
「忍くんも、降りたけれどね。多分、いまの忍くんは……」
語尾が、消える。
『そうですね、でも、俊くんたちが降りたのなら、心配いらないでしょう』
「さて、どうなるかな」
『まぁ、うまくいったらいったで、父上の心境は複雑ってとこですかね?』
「あのな、それよりも、相棒はどうした」
苦笑しつつ、健太郎は切り返す。
こんな時にでも、軽口を叩ける広人は、大したモノだ、と思いつつ。
『さて、どうでしょうね?ご機嫌伺いに行ってみますよ』
自分の親友の為に、九分どおりと言えるようになるまで、どれだけの労力を費やしたのか。でも、それを口にされるのが嫌だから、こんな風に振舞っている。
「そうしてくれ、こちらは今度来たら、それ、伝えるから」
『わかりました』
す、とバカノリから戻った声で言うと、通話は切れる。
真顔へともどった健太郎も、モニターへと向き直る。
総司令官という立場である限り、視線を反らすわけにはいかないから。

「直線高速引いてるわけじゃねぇんだよ!」
扉を開けたなりの仲文の怒声に、広人は苦笑を浮かべる。
が、すぐに負けていない仁未の声が返る。
「このデータのどこが直線道路?!微妙なカーブでさえ思い通りってのが、フシアナじゃ見えないってわけ?」
「おおー、盛況盛況」
のほほん、と加わった声に、はた、と仲文と仁未が振り返る。
仲文の眼の下には、すでにクマが出来つつあるし、くせっ毛はいつもより、はねている。
仁未もコンタクトじゃ眼が持たないので眼鏡に切り替えているし、キレイな髪も邪魔くさいとばかりにぎっちりお団子で、まさに戦闘態勢という感じだ。
広人は、にやり、と口の端に笑みを浮かべる。
いま、この場に足りないのは余裕のある人間だ、と知っているから。
「俊くんたちが、下へ降りたってさ」
と、指差す。
国立病院の地下ではないのだが、仲文も仁未もつられて下を見る。
が、すぐに、仲文が弾かれるように顔を上げる。
「下って……本当か?」
「あのなぁ、俺ってお前に、相当信じられてないわけ?九条が帰ったって言って疑われて、これも疑われたんじゃ、泣けてきちゃうなぁ」
「いや、でも……だって、誰も言ってないんだろう?」
「そう、それでも、気付いた」
にこり、と笑う。
下、の意味はわからないが、仁未にも仲文と広人にとって、それが悪いニュースではないことはわかる。
追いつまっていた顔に、余裕が出てくる。
「仲文、こちらのメモリーに分岐回路と収束回路のデータがあるわ、これなら、曲線回路作成もわかるはずよ」
「ああ、そうだな、それ、開いてくれ」
仲文の声も、落ち着いている。
言うコトだけ言えば、あとは長居するだけ邪魔になる。
「じゃ、俺、行くから」
あっさりと背を向けた広人に、仲文の声が追いかける。
「広人」
「ん?」
首だけ、振り返る。
「必ず」
そこまでで、仲文の言葉は、途切れてしまう。
広人は、にやり、と笑う。
「おう、必ず、な」
ふ、と仲文の口元にも、笑みが浮かぶ。仁未も、にこり、と笑う。
完全に戦闘態勢で、化粧も落としてしまっているけれど。
「九条、いまのが綺麗だぜ」
「バカ言ってないで、完璧に探してらっしゃいよ!」
しゅ、と飛んできたブツがあたる前に、するり、と広人は扉の向こうへと消える。
「んもう、しょうもないところが変わらないんだから」
「変わったら、広人じゃないだろ」
仲文が、モニターに開いたデータへと向き直りながら、ぼそり、と言う。
明らかに、先ほどまでの行き過ぎた殺気じみたモノが、消えている。冷静な医師の顔だ。
いま、この瞬間にも、亮はどこかで、大量吐血しているかもしれない。
人並みならぬ精神力を持ってしても、耐え切れぬほどの痛みを覚えているかもしれない。
一秒刻みで、死へと向かっているから。
無駄口ひとつ、きいている間に。
些細な実験データヒトツに、喧嘩腰になっている間に。
それでも。
「仲文?」
「ん?」
顔を上げた仲文に向かって、仁未は、にこり、と微笑む。
「絶対よ」
一瞬、仲文の顔にはなんとも言えない笑みが浮かぶ。
すぐにモニターへと視線を戻しながら、ぽつり、と返事が返る。
「ああ」
仁未も、脇からモニターを覗きこむ。

エレベータが、いつもよりも、ぐっと下の方へと下がっていくのがわかる。
総司令部地下。
そここそが、いまもって旧文明産物のまま、完全に残る場所のヒトツなわけだ。
なにも表示されない階数表示を見つめながら、俊が軽く唾を飲む。
くすり、と麗花が笑う。
「緊張してるでしょ」
「そう言う麗花はどうなんだよ」
「緊張してるよ」
あっさりと、認める。
忍と亮が、思い出さない方がいい、と判断した記憶のありかかもしれない。
そう思えば、覚悟を決めたとはいえ、やはり緊張する。
須于は、そっと『幻影片』を手に包んでいる。
「ずっと、忍と亮だけが背負ってきたのよね。でも、それは……」
「一人より二人の方が楽なら、六人なら、もっと楽、と考えることも出来る」
言ったのがジョーだったものだから、須于だけでなく、俊も麗花も、目を丸くしている。
「なんだ、おかしなことを言ったか」
「そうじゃなくって、ジョーって案外、前向きなのね」
麗花の感心したような台詞に、ジョーは軽く眉を寄せる。
「別に、じいさんからの受け売りだ」
ジョーがじいさん、というのは、一人しかいない。養親である、海真和尚だ。なるほど、いろいろ人生のウンチクをジョーに教え込んでいるのも頷ける。
「顔つきからは想像できないほど、素直に育ったんだな」
思わず言ってしまった俊は、ごつん、とやられる。
「ひでぇ」
「でも、一人だったら」
頭を抑えいてる、情けない俊から視線をそらしつつ、須于が言う。
麗花が、頷く。
「うん、怖くて出来なかったかもしれないね」
忍が気付くまでは、きっと。
亮は、一人で背負っていた。
きゅ、と麗花も手を握り締める。
そして、エレベータは地下へとついたことを告げる。
健太郎に教えられたパスを、入力する。
音も無く扉が開き、俊がまず、一歩踏み出す。
蓮天神社で見たよりも、ずっと大きな旧文明産物の廊下。知らないはずなのに、なにかが、知っている場所、と告げる。
「…………」
二歩、三歩。
先に、廊下が分岐しているのが見える。その先の扉で、明滅している灯り。
知っている。
頭の奥が、ずきん、と痛む。
「ってぇ」
思わず呟く。が、次の瞬間に襲ってきたのは、それではすまない激痛だ。
同じことは、麗花たちにも起こったらしい。
思わず、しゃがみこんでしまっているのは麗花。
ジョーは、片手で自分の頭を抑えつつも、もう片手でよろめいてしまった須于を抱きとめている。
そんな現実の景色とは別に、脳内で繰り広げられる、赤い景色。
死んでいく。
自分たちが、死んでいく。
串刺しのように、刺されて。
銃で、撃たれて。
でも、それは、覚悟していたことだから。
このままでは、世界は凍ったままだから。
だから、やると、決めた。
壊さなければ、全ては始まらない。
ジェットコースターのよりも早い速度で景色が過ぎていって、それと共に頭痛も治まっていく。
姿勢を立て直して、俊が尋ねる。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとかな」
ジョーも、すでに立ち直っている。須于も、しゃんと視線を上げる。少し、眼が潤んではいたが。
麗花も、立ち上がる。
「ん、大丈夫」
四人は、顔を見合わせる。
「崩壊戦争って……」
「俺たちが、仕掛けたんだな」
もう、わかっている。自分たちが、なにをしたのか。どうして、死んでいかなくてはならなかったのか。
亮が、なぜ、どちらでもないのか。
そして、忍たちが、自分たちをなにから守ろうとしていたのか。
忍と亮が、なにを背負っているのか。

夢の中にいるような、そんな気がしている。
近付いてきているのは、複数の足音。
この音は、俊と、ジョーと、須于と、麗花。
夢の中でも、一人足りないんだな、と思って、忍の口元には苦笑が浮かぶ。
いま、イチバン、聞きたい足音は、ない。
なら、夢も意味がない。
そのまま、動かずにいる。
四人の中の、一人の足音が、自分のごく近くで止まる。肩に暖かいモノが触れるのを感じる。
聞き慣れた、声がする。
「忍?」
「?」
夢よりはリアルに聞こえる声に顔を上げて、そこに俊がいる、とわかって。
そして、肩のぬくもりが、現実だ、と告げる。
「俊……?」
思わず、名前を呼んでみてしまった忍の驚きは、わかる気がする。
絶対に、いるはずがない人間が、目前に立っているのだから。が、すぐに、意識はいつも通りにはっきりしたらしい。
さ、と視線を走らせて、複数の足音が現実だった、と気付いた途端、す、と立ち上がる。
だが、血の気はいくらか引いている。
その顔をまじまじと見つめながら、俊が問う。
「ケガとか、してるわけじゃないんだな」
言いたい意味はわかる。自分の側に散る血を、四人とも見たのだ。
「ああ、俺じゃない」
その言葉の意味も、すぐに理解される。亮が、散らしたもの。
それを取り除く時間さえ惜しんで、亮は姿を消した、ということも。
今度は、忍が首を傾げる番だ。
「思い……出したのか?」
亮が、絶対にそれだけはしない、と決めていたこと。
必要外に過去の記憶を呼び覚まし、苦しませるようなことは、絶対にしないと決めていた。
どうしても、と忍を巻き込む時でさえ、真っ青になるくらいに躊躇っていた。
それは、死という最悪の事態を、呼んで来かねないから。
絶対、という単語を、亮は心に刻んでいたに違いないのに。
それなのに。
過去の記憶がなければ、来られないはずの、この場所に。
俊が、ジョーが、須于が、麗花が。
確かに、立っている。
「うん、思い出したよ。私たち、旧文明時代にも、出会ってたね」
麗花が、はっきりと頷いてみせる。どこか、眼が潤んでいる。
俊が、軽く肩をすくめてみせる。
「ここに来るまでは、半ばカケだったけどな」
「『過去の記憶』が関係あるコトはわかったが、俺たちにはどうしても、それが戻らなかったから」
ジョーに後を、須于が引き取る。
「忍と亮が、私たちに記憶が戻らないようにって、気をつけてくれてたのは、自分たちがそれで、苦しかったからよね」
ふ、と忍の視線が落ちる。
もう、四人とも、自分と同じように過去の記憶を呼び覚ましてしまった。
これ以上、隠しておいたところで、どうにもならないのだろう。
亮が、守ろうとしていたモノのヒトツは、壊れてしまった。もっとも、望んでいなかっただろうことなのに。
ほろ苦いものを感じつつ、ぽつり、と言う。
「……俺が、じゃない。亮は……、生まれつき、過去の記憶を持ち合わせているから」
「それで……だったのか」
目を見開きながら、俊が返す。
亮が過去の記憶を持ち合わせている、とは思っていたが、生まれつきだったとは。
なぜ、飛び抜けた能力を持ち合わせているのか、やっとわかった。
自分たちを、騙していたとわかったあの日。
亮が、なぜ、食ってかかった自分に、大量のモニターを指して見せたのか。ありえないとわかっていたろうに、それでも、確かめたかったのだ。
目前に流れる異常な量の情報を、理解出来る人間が、他にいないか、と。
同じ血をわけたはずの俊が、そうであってくれたら、と。
でも、自分は、その必死の手を、切り捨てたのだ。
一人で、苦しんでいたのだ。
ずっと、一人で。
俊は、きゅ、と唇を噛み締める。
きっと、健太郎も仲文も広人も、事情は知っていたろうが。
『知っている』のと、『覚えている』のとでは、雲泥の差がある。
そして、たった一人。
忍だけが、本当の痛みに気付いて、そして、必要だったがゆえとはいえ、過去の記憶を取り戻した。
こんなこと、誰にも言えるはずが無い。
そして、自分がどんなに苦しかったかを知っているからこそ、絶対にという決意で俊たちを過去の記憶に近付けなかった。
「亮と忍の思いを、踏みにじるようなこと、してごめんね」
須于が、そっと言う。
過去の記憶は、ほんの欠片だ。
それでも、心が痛い。
亮が、なにから守ってくれていたのか、知ったからこそ、本当にわかる。
過去の記憶が蘇ったから。
だから、いまの忍が、たったの数時間でこれだけ憔悴するくらい、なにに苦しんでいるのか、悩んでいるのかわかる。
俊が、まっすぐに忍を見据える。
「でも、俺たちにも背負わせろよ、一人で、いや、二人だけで、背負うなよ」
こくり、と大きく、麗花が、須于が、ジョーが頷く。
「俺たち、六人で『第3遊撃隊』だろ?」



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