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夏の夜のLabyrinth
〜19th  想いの行方〜

■alae・7■



俊の言葉に、忍は、ふと、視線を反らす。
亮が、なにを思っているのか。
残っている時間が、ほんのわずかと気付いて、なぜ姿を消したのか。
最も理解しているからこそ、素直に頷けないのだろう。
俊が、軽く眉を寄せてから。
一歩、忍へと近付いて、顔を覗き込む。
過ごした時間の長さが、付き合いの深さや理解を決めるわけではない。
でも、過ごした時間が長いからこそ、わかることもある。
「忍、俺、お前が亮となに約束してるんだか知らないけど」
いつでも、忍は自分の前を歩いていた。
なにをやらせても、ソツなくこなす、クラスどころか学校の人気者。
笑顔が優しくて、まとめ上手で、相談を親身に聞いてくれる。
ずっと、そんな忍を見ていた。
だから、知っていることがある。
言わなくてはならないことがある。言えるのは自分だけだと、やっと気付いたから。
「俺たちには、亮も『Aqua』も同じくらいに大事だけど」
間違いなく、忍にとっては。
それだけは、確信出来る。
「な、お前の欲しいってのはなんなんだよ?お前の感情って、どこ行くんだよ?」
亮が、どちらでもないことを、忍は知っていた。
知っていながら、二人とも、それを匂わすことはなにヒトツとしてしなかった。それがわかってしまうのは、過去の記憶を呼び覚ますことになりかねないから。
だから、忍は、自分が意識している以上に自分を押さえつけている。
「忍が感情殺しちまったら、亮はもっと殺すって、イチバンよく知ってるよな?残念だけど、俺たちは、こうと固く決意している亮を、説得するのは無理だ」
幼い頃の亮を知っているからこそ、確信出来る。
自分が異常な存在と気付きながら、正確にやってのけるだけの意思を、ほんの六歳の子供のはずなのに、持っていた。
相手をどんなに傷つけることになったとしても、その相手を、どんなに大事と思っていたとしても。
全ての傷は、自分へと戻るように仕向けて。
でも、たった一人だけ、過去も自分のことも、教えることの出来た相手がいる。
「忍しかいないし、出来ないよ。忍がもういいって思ったら、亮は絶対、戻ってこない」
まっすぐに、忍の瞳を見つめる。
いつも、前を行く友人。
それでも付き合ってこられたのは、完璧じゃないと知っていたからだ。
察しが良すぎるが故に、自分の意志を人に押し付けることが絶対にない。
だから、人に、自分を想って欲しいと願うことが、出来ないでいた。
忍自身が、どんなに想っているのだとしても。
もっとも、忍自身が、誰かを想うということを抑えてしまっているところも、大きかっただろうが。
でも、だ。
たった一人、例外がいる。
亮が、自分のコトを言えるほどに信頼するには、それだけの想いがなくては、無理だから。
なかば無意識に、忍が押さえ込んでしまっているのは。
「ホントに、いいのか?亮がいなくなって、本当に平気か?」
珍しく、忍は困惑した視線を漂わせる。
「俺、お前と会ってから、本当のワガママを言うのって、見たことない。ワガママ言ったっていいじゃねぇか、お前がそうして何でも飲み込んでるの……」
やっと、わかった。
過去を知り、本当のことを知ったからこそ。
ずっと、忍が黙ったまま、飲み込んでいってしまっていることがあるのを。
いま、飲み込んでしまったら。
それ以上、うまく言葉にならずに、俊は口をつぐむ。
忍が、なににイチバン迷っているのかわかっているが、それをどうか出来るだけの言葉を、持ち合わせてない。
ジョーが、ぽつり、と呟くように言う。
「遺伝子が同じなのだから、好みが変わっていない、という点は認めざるを得ないだろうな」
俊と麗花が、同時にジョーを見るが、ジョーはうまいこと視線を合わさぬようにあらぬ方向を見ている。
須于は、そんなジョーを見て、ゆるやかに微笑む。
「でも、きっかけや好きなところが、まったく一緒というわけではないわね」
それを聞いた麗花が、忍へと視線を戻す。
「忍、亮のこと、特別だよね?でも、それ、本当に過去のことを知ってから?」
「…………」
相変わらず、困惑したままの視線が落ちる。
「じゃ、質問変える」
俊が、もう一度、忍を覗きこむ。
「亮に会いたいか、会いたくないか?」
本当に、苦しそうな表情が、忍の顔に浮かぶ。
「会いたいでしょ?」
「忍も、会いたいよね?」
「会いたいんだろ」
「会いたいよな」
異口同音に同じコトを言われて、忍の顔に苦笑が浮かぶ。
相変わらず、痛い笑みが浮かんだままだったが。
ぽつり、と答える。
「会いたいよ」
自分の感情だけを、優先させることが許されるのなら。亮が望んでいることなど、なにも関係ないと言えるなら。
口元に笑みを浮かべて、俊が言う。
「よし、じゃ親父のとこ戻るぞ」
「うん、絶対にココロあたりあるよね」
元気に歩き始める四人に、忍は軽く首を傾げる。
「大丈夫なのか?」
「なにがだ?」
ジョーが、振り返る。
「いや、記憶、戻ったんだろ?」
頭を指してみせる。
「すっげ、頭痛してるんじゃないか?」
「したけど、直った」
すぱっと言ってのけたのは、麗花。にこり、と須于も微笑む。
「それで、へばっているヒマはないもの」
「多分、四人で分けたんじゃないかな、一緒だったから」
麗花の台詞に、忍の顔にも笑みが浮かぶ。
「なるほど?」
ほとんど、ヒントは無かったのに、それを辿って辿り着いて。
忍たちが、なぜ俊たち四人に記憶が戻るようなことをしなかったのか、わかった上で、それでも、六人で背負おうと決めたのだ。
六人なら。
こんな時なのに、笑みが浮かびそうになる。
でも、六人ではない。
一人、足りない。
亮は、こうしている間にも、少しずつ死へと近付いている。
ふ、と視線は落ちる。
冷静に、ならなくてはならない。
俊は、我侭を言ってもいい、と言った。もし、いま、悩んでいるのが自分ではなく、相談されているのが自分だったのなら。
間違いなく、同じことを言うだろう。
俊の言うとおり、感情のままに発言していいのなら、亮に会いたい。
感情を走らせることは、簡単だ。
考えなくてはならないのは、それだけではなくて。
でも、亮が決めたことは。
それを、無視する資格が、自分にあるのかどうか。
まだ、答えは出ていない。
忍が考えている表情になっていることに、四人とも気付いてはいたが、いまは何も言えない。
ヒトツだけ、伝える以外は。
エレベータに乗ってから。
「ね、忍?」
麗花が、小さく首を傾げながら問う。
「私たちが最初に遂行した作戦って、覚えてる?」
「国境付近に現れた、不審火捜査だろう?」
なぜ、いま、そんなことを問うのかわからず、忍は怪訝そうに眉を寄せつつも、返事を返す。
にこり、と笑ったのは、四人とも、だ。
「ハズレ」
「答えはね」
「コレだ」
ポケットに入れてきたフレームを、ジョーが取り出す。
亮の部屋で見つけた、あの写真だ。
怪訝そうな顔のまま、覗き込んだ忍は。
「…………」
無言のまま、ジョーから写真を受け取り、魅入られたように眺めている。
困った連中を、あっさりと追い出すことに成功してしまった、あの日。
その方法を示した真白の天使は、亮だったのだ。
この時はもう、俊は天宮を出ていたし、自分は俊と間違えられて誘拐され、出逢ったはずの記憶は消されていた。
どんな思いで、遊ぼう、と声をかけた自分たちを見ていたのだろう。
記憶の抹消が、亮自身の判断であったのだとしても、痛い思いをしていたに違いない。
でも、ここに写っている笑顔は、間違いなく、ホンモノだ。
無邪気そのものの顔で、こちらを見つめている六人。
『第3遊撃隊』として揃ったのには、意図が含まれている。
でも、それよりも、ずっと以前に。
こうして、誰が企んだわけでもなく揃って、そして、してのけていたのだ。
亮が指示する作戦を、確実に、五人で。
奇蹟のような、偶然。
ぽつり、と呟くように言う。
「そう、だったのか」
微かな声だったが、先ほどまでのかなり憔悴しているのとは違う、張りがあることに気付く。
「さすがの忍も、これは知らなかったか」
俊の珍しく得意気な声に、ふ、と笑みをみせる。
「写真撮ったのは覚えてたけど、ちゃんとあったんだな」
視線はまた、写真へと落ちていく。
自分よりも背の高い雪だるまと背を比べているジョー、写真撮影と聞いて、すかさず小雪だるまをつくった麗花、それを見て喜んでる須于、おすまし気味の顔つきの忍、マフラーを雪だるまに巻いてやるか俊と相談している、亮。
あの日、雪の中をそっと歩く姿を見て、本当に天使が舞い降りたのかと思った。
転んだのを支えて、もっとそう思った。
ホントに、羽のように軽かったのだ。
守れるものなら、守りたいと思った。
それは、雪のように融けてしまいそうな小さな天使を、離したくなかったから。
ああ、そうか、と思う。
過去の想いが、ないわけではない。
でも、これは、現在の想いだ。
それならば。
先の選択肢は、自分が持つわけではない。
だが、冷静ささえ保つことが出来るのならば。
エレベータが止まり、総司令部百階に着いたことを告げる。
顔を、まっすぐに上げる。
扉を開けると。
まだ、健太郎はそこにいた。
にこり、と微笑む。
五人が来ると、わかっていたのだろう。
忍が、口を開く。
「亮の居場所を、教えて下さい」
「イレブンナインくらいの精度で予測は出来ているが、保証は出来ない」
イレブンナイン、と言ったら、99.999999999パーセントのことだ。それを、保証できない、とは。
怪訝そうなのが、五人の顔に出たのだろう。健太郎は先回りする。
「素晴らしいアナログ最強セキュリティがあってね、こればかりは、多分亮でも破れない」
「アナログの……セキュリティ?」
旧文明産物ではないことだけは、確かだが、今時もそんなもの、見たことも聞いたことも無い。
しかも、亮にも破れない、と尋常ではない。
つい、と健太郎は、下を指してみせる。
「さっき、広人から連絡があって、駐車場で待機してくれてるってことだ。詳細は、広人から聞くといい」
少し躊躇った後、付け加える。
「その方が、一分でも早く辿り着けるから」
「親父」
「クサいこと言わそうとしても、無駄だぞ」
俊の問いは、口にさえする前に切られてしまう。でも、それで充分だ。
背を向けて、走り出す。
五人の姿が消えてから。
健太郎の口元には、複雑な笑みが浮かぶ。
「祈るとか、願うとかってのは、カテゴリ外なんだけどな」
胸ポケットにある、小さな煌きを二つ、そっと押さえる。

広人の車は、すぐにわかる。目立つ大きさだったし、五人の乗ったエレベータの扉が開くと同時にライトを付けたからだ。
個人のモノではないことも、一目でわかる。
乗り込んできた忍たちの疑問がわかったのだろう、広人は発車しながら、にやり、と笑う。
「職権乱用。コレ、仲文からね」
メモを渡された須于は、驚いて目を見開く。
「須于ちゃん、看護資格持ってるだろ?」
「はい」
目を落とすと、医者とは思えぬ丁寧な文字で対処方法が事細かにかかれている。
さ、と赤い線が引いてある上には、輸血、とある。
あの床の血から察しても、かなり吐血しているに違いない。
須于は、真剣な顔つきでメモを読み込んでいる。
と、急にスピードに乗ったまま鋭角に曲がられて、五人ともが振り回される。曲がった先に見えるのは、首都高のインターチェンジだ。
「落とさず行くからね」
振り回された五人が見えていたらしく、広人が言う。
スピードを落とさないまま、というのは、わかる。一刻を争っているのだから。
しかし、だ。
「どこ、行くんです?」
「キャシラ」
「キャシラ?!」
思わず、おうむ返しにしてしまう。
キャシラといえば、リスティア北端の海辺の都市フェナイと、アルシナドの中間にあたる都市だ。
「いったい、なんだってそんなとこに?」
目を丸くしたまま、俊が尋ねる。
あと一日、どんなに長くても二日持てばいいという躰をかかえて、そんな距離の移動は無謀とも言えるし、亮らしからぬ時間のロスともとれる。
床に散らした血さえ、拭く間を惜しんだのに。
「そりゃ、探されるってのを想定したんだろうな」
首都高を猛烈なスピードで走破しながら、広人が答える。
「アナログ最強セキュリティ?」
怪訝そうな顔ながらも、麗花が呟いたのを聞いて、広人はにやり、と笑う。
「それ、健さんの台詞?さっすが、言葉の使い方知ってるね」
「何が、あるんですか?」
須于が尋ねる。
広人は、あっさりと答えてくれる。
「仲文の実家だよ。アナログ最強セキュリティってのは、文乃さんのこと」
「文乃さん?」
俊が、首を傾げる。
「そ、仲文のお祖母さん」
アナログ、と言われた時点で、人?と考えないでもなかったのだが。
健太郎は、『亮でも破れない』と言っていた。
なんとなく静まり返ったのを見ながら、広人は続ける。
「女丈夫だぜ?病気の息子夫婦の看病を完璧にしてのけた上で、仲文を最終学府まで出してるからね。ちなみに、持ってる資格は茶道師範と剣道三段」
おどけた口調で紹介してのけてから、なかば、独り言のように言う。
「ったく、亮には甘いんだからなぁ」
ともかく、文乃を説得できなければ、亮に会うことすら出来ない、ということらしい。
それきり、車内には沈黙が落ちる。
俊たちの視線は、自然と窓の外へと向く。
前を見ていると、助手席に座っているはずの人の姿がないのに、どうしても神経が行ってしまうから。
ただ一人。
忍だけが、いるはずの人がいない助手席を、ずっと見つめていた。



やがて、広人の運転する車はキャシラ郊外のインターを降り、それでもスピードを落とすことなく、市街へと向う。
ナビゲータも無しに、まったくスピードを変えずに行けるのは、慣れた道だからだろう。
やがて、どこか純和風な家が立ち並んでいる住宅街へと入っていき、立派な門構えの家の門を、勝手に開いて車を入れる。
その気配に気付いたのだろう、家人が出てくるのが見える。
「文乃さんだよ」
広人が、教えてくれる。
とんでもない時間にキャシラに到着したにも関わらず、きちり、とした着物で出てきた文乃を見て、やはり、亮はここにいる、と確信する。
エンジンを切った広人は、振り返らずに告げる。
「先ずは、文乃さんが話を聞いてくれるよう交渉してくるから、待っててくれ」
そして、そのまま一人で車を降りていく。
忍たちは、その後ろ姿を視線で追う。



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