[ Back | Index | Next ]

夏の夜のLabyrinth
〜19th  想いの行方〜

■alae・9■



ゆっくりと、亮の前へと、回る。
完全に血の気が引いて、青白いを通り越して、ロウのように白い顔。
視力も、疲れたときと同じように辛くなってきているのだろう。縁無しの、見慣れた眼鏡をかけている。
亮は、その眼鏡の奥から、困惑と痛みの混じった視線を向けている。
忍は、微笑んだまま、頬へと手をやる。
極端に体温が落ちていて、まるで氷にでも触れたのかというほど、冷たい。
それでも、忍は笑みを消さずに言う。
「俺は、亮のこと、誰よりも大事だ。亮がいない世界が壊れるってなら、勝手に壊れろと思う。俺は、健さんみたいには、出来ない」
彼は、最も大事な者を失ってなお、過去の責任をはたさねばならぬのなら、と生きている。
今日だとて、亮の行く先をなかなか口にしなかったのは、『Aqua』を守ることを選んだのなら、思うままにやらせるしかないと、理性が判断したからだ。
忍は、おそらく、誰よりもそれを理解している。
「でも亮が指示を残す、というのなら従うよ。亮が望むことは、叶えたいと思うから」
亮が『Aqua』を守ろうとしてる、と知ってるから。
その為には、ここから連れ帰ることなど、してはいけないのだろう。
健太郎が、判断したように。
一瞬、なにか言いかかったように動きかかった亮の唇は、結局は閉じてしまう。
「なのに、ここへ来たのは……俺のワガママで、少しでも側にいたいから……望めるのなら、亮を失いたくないから」
言ってから、眼鏡を取る。
両側の頬を、すっかり骨太になった手で包み込んでやる。
少しでも、暖かいように。亮に残された時間が、一秒でも増えるように。
亮の望みを誰よりも知っている自信があるのに、感情は止められない。
「好きだよ」
静かに、もう一度、告げる。
「忍……」
いくらか掠れた声が、名を綴る。
吐血の時に、喉を痛めたらしい。
それでも、亮は言葉を継ぐ。
「僕は……過去の記憶の意味を知ったとき、過去に作られた人形として生きようと決めました。感情を持たず、ただ、後始末を全て終えよう、と……でも、後始末は僕一人では出来ないことでした。どうしても、また、皆を巻き込まなくてはならなかった」
静かに、瞼を落とす。
「過去の記憶の意味がわかった時には、もう、手遅れの状態だったんです。逆らい続けて、切れては繋がるのを繰り返しすぎた神経は、疲弊しきっていましたから……その日から、ずっと、こうなるのがわかっていたはずなのに……だからこそ、誰も、過去の記憶には巻き込まないはずだったのに……」
さっきよりも、ずっと痛い瞳が、忍を見上げる。
そっと、自分の頬に触れている忍の手に、細い手が触れる。
そちらも、やはり、ぞくりとするくらいに冷たい。
「なのに、忍を、巻き込んでしまいました……それどころか……俊たちも……」
亮が、なぜ、過去の記憶を皆が思い出すことを、なによりも避けようとしていたのか。
過去が重いからでもなく、痛いからでもなく、過去の思いに振り回されるからでもなく。
いや、もちろん、それもあるけれど、でも、それ以上に。
死を呼び込む危険があったから。
現に、亮の躰は、そのせいでずたずたになったから。
その、痛みと苦しみを、誰よりも知っているから。
姿を消した、とわかったときに、正確に理解した。だから、口をつぐんだのだ。
なにを知っている、といままでにない勢いで、問い詰めてきた俊たちに対して。
なによりも、亮がそれを知ることを、望まないとわかったから。
忍は、黙ったまま、亮の手を包み込んでやる。
再び、瞼を落とした亮は、す、とひとつ、息を大きく吸う。
「絶対に、したくないと思っていたはずなのに。それなのに、過去を見つけて、そして、僕を望んでくれることを……」
おそらくは、半ば無意識に、忍の手を、固く握り締める。
「僕は、嬉しいと……」
痛みがこもる声を、絞り出すように亮は続ける。
「感情を、消したはずだったのに……父の前でも、仲文がいても広人がいても、そうしてこれたのに……皆の側にいるのが、いつからか暖かくて……こんな風になって、傷つけるのが怖くなって……それに……」
亮が姿を消した、理由。
ヒトツは、血を吐いてまで仕事をするなど、絶対に皆が許さない、とわかっていたからだ。
でも、そうしなくては、なにもかもが間に合わなくなるから。
邪魔になるモノは、たとえそれが、自分にとって側にいたい存在であろうと、切り捨てなくてはならなかった。
それは、最初からわかっていた。
でも、それから。
亮は、自分が死へと向かう姿で、皆が動揺して傷つくのが、辛かったのだ。
いや、怖かった、と言った方がいいかもしれない。
少なくとも、いままでは見せたこともない感情。
痛いままの瞳が、また、忍を見つめる。
「決めたことを、やり遂げずに死ぬとしても、皆の……忍の側にいたいと……瞬間的に、そう、思って……それだけは、いけないと……」
「亮……」
忍は、言われた意味に、瞳を見開く。
「そんなことをしたら、全てが壊れてしまう……どこかで誰かが大事にしているはずの人やモノも、全て。それだけは、出来ないと思いました……でも、お願いします」
忍の手を掴む力に、力が入る。
亮は、まっすぐに、忍を見つめたまま、言葉を継ぐ。
もう、足が全く動かなくなっているとは、触れただけでぞくりとするほど、体温すら失っているとは思えないはっきりとした声が、願う。
「仲文のところへ、連れて行ってください。最後まで、皆と一緒にいけるのなら。その可能性が、ほんの少しでもあるのなら」
もう片方の手が、忍の腕を掴む。
「お願いです、忍、僕を、連れて行ってください」
深く、頷く。
感情のままに、口にしていいのなら。
亮を失いたくない。
でも、それが叶わぬ、というのなら。
最後の瞬間まで、側にいて欲しい。
とてつもない我侭だ、と知っている。
それでも心のどこかに、その望みがずっとあって。
だから、消えたと知った時。なによりも、辛かったのは、とうとう来た、ということよりもなによりも。
自分の前で消えることを、望まなかったこと。
そうではなくて、亮は、それを望んだのだ。
望んでいる自分に気付いたからこそ、姿を消した。
亮が自分の意志で動かせない足に気をつけながら、抱き上げる。
身長と釣り合わない体重が、前よりもぐっと減っているのを感じる。一瞬、歯の奥を噛み締めるが、すぐに大股に部屋を出る。
ごく普通の和風家屋だから、玄関は目の前だ。
段差のあるので、亮に出来るだけショックを与えるまいと、足先で靴を探す。
それを見ていた亮が、ぽつり、と口を開く。
「忍」
「さっきまでのデータは、ホストにも落ちているんだろう?」
足先で靴を探すことはやめずに、穏やかな口調で返す。
ふ、と亮の口元に笑みが浮かぶ。
「ええ……そう、父に伝えてください」
ここから出る、ということは、死を迎える可能性が全てではなくなった、というだけだ。
仲文の準備が間に合い、手術を受けたとして。
『Aqua』最高であると謳われる天才外科医の手をもってしても、成功が保証されているわけではない。
それどころか、成功の可能性は三割あるかないか、だろう。
大手術に耐えうるだけの体力があるか、ということを含めたら、いったい何割になるのか。
二人とも、口にはしないが痛いほど知っている。
だからこそ、忍は、亮を探し出そう、と、自分からは絶対に口にしなかったのだ。
『Aqua』を守る、という選択をしたのなら、亮の選んだ道が正しいと、痛いほどわかっていたから。
そして、今、大半の可能性が示している通りになった場合はどうするか、を、一歩でも外に出てから口にするわけにはいかない、ということも知っている。
「他には、ないか?」
伝えておかねばならないことは。
亮は、ふ、となにか言いかかるように、息を吸ったが。
思い直したように、力を抜いてしまう。
静かに、首を横に振る。
なにも、ない、という意味。
もう一度、落ちぬように抱き直してから、す、と引き戸を開ける。
靴をつっかけるだけで出てきた忍に、俊たちは、はっとした視線を向ける。
その腕に、亮が抱き上げられているのに、ただ、頷いてみせる。
広人も、真顔のまま、すぐにエンジンをかける。
す、と近付いてきた人物へと、視線をやる。
文乃だ。
まっすぐに、広人を見上げている。
「広人さん、やるからには」
「絶対、です」
頷き返す。
文乃の顔にも、ほんの微かにだけ、笑みが浮かぶ。
「仲文さんなら、絶対に出来ると信じております」
ほんの微かに、広人の口の端に笑みが浮かぶ。
忍が、亮を連れてきたのがわかったとたん、真っ先に駆け戻ってきた須于が、文乃に会釈してから、勢い良く後部座席を開けて乗り込む。
そして、仲文に預けられてきたモノを、すごい勢いで出し始める。
すぐに追いついてきたジョーに、金属のポールが数本まとめられたものを渡す。
「それ、組み立てて」
「わかった、他は?」
すでに、頼まれたことをし始めながら尋ねる。
「薬なの、私がやるわ」
「そうか」
俊と麗花も、すぐに乗り込んでくる。
「毛布毛布」
言いながら、俊が荷物から引っ張り出している。
車体に固定されるよう、点滴の準備をしてのけたところで、忍が追いついてくる。
亮と一緒に乗り込んだなり、俊は引っ張り出したてのを、押し付ける。
「コレ」
「サンキュー」
六人が乗り込んだのをバックミラーで確認して、広人はアクセルを踏みこむ。
窓の外から、静かに見つめている文乃に、六人は頭を下げる。その姿も、すぐに小さくなって消えていく。
亮を毛布でくるんでやって、出来るだけ体温を保ちやすいようにしてから、知っているよりもまた、細くなった腕をとった須于が、少々困惑顔になる。
亮が、静かに言う。
「血管が細くなりすぎてて、腕は無理でしょう?肩の方が」
顔を上げた須于の顔は、さらに困惑している。肩の血管に刺すのは、かなり痛いと知っている。
微かな笑みが、亮の顔に浮かぶ。
「その方が早いですし、慣れてますから」
「慣れる慣れないの問題じゃないんだけど、そうさせてもらうわ」
いちおう、ツッコむところはツッコんどいて、須于は亮の細い肩に点滴の針を刺す。
戦場では接近戦もこなすくせに、その瞬間を正視出来ずに視線を逸らしていた俊が、顔を戻して亮を覗き込む。
高速の灯りはオレンジ色の暖色なのに、それでも顔色が白いのが、よくわかる。
「俺たちから逃げ切れると思うとは、甘いんだよ」
こつん、とおでこをつつく。
「すみませんでした」
ふ、と亮は微笑む。
麗花が、むう、と頬を膨らませている。
「そういうカワイイ顔して誤魔化そうとしたって、ダメなんだからね」
それから、ぷい、とそっぽを向く。
「見えないとこに行って死んじゃうなんて、絶対絶対絶対、許さないんだから」
亮は、少々困った視線を忍と見交わす。
「過去の記憶まで、捕まえてくるとは思いませんでした」
ぽつり、と言う。
「二人だけで背負うことじゃないだろう」
ぼそり、とジョーに返される。
須于も、にこり、と微笑む。
「私たち、六人一緒にやったことなんだもの、責任は均等に、よ」
「そう、それに、だ」
俊が、付け加える。
「ジョーの説によると、六人で分ければ痛みも軽いらしいぞ」
一瞬、亮は眼を丸くして。
それから、にこり、と微笑む。
「なるほど、それは、一理ありますね」
にやり、と忍が笑う。
「ジョー、将来は出家するのがいいんじゃないか」
「金髪碧眼の坊主なんて、目立ってロクなことにならん」
思わず、顔を見合わせて五人ともが笑ってしまう。きっと、ジョーは自分の人生の選択肢に真面目に考えてみたことがあるに違いない。
「カッコいいんで、信者さん増えるかもよー。最初は邪心たっぷりでもさ」
ついさっき、すねていたのがウソのように明るい口調で、麗花が言う。
「煩悩を絶たなければ、仏道の真髄は見えない」
「うわ、いまのままでも充分、坊さんだよ」
俊が言って、皆が笑う。
少し、上滑っているけれど。
それでも、こちらに向かう時よりも、ずっと余裕が出ているのは確かだ。
まだ、亮の命は、あと数時間かもしれないのに。
仲文が間に合うとは、決まっていないのに。
相変わらず、皆がいるので、亮は眠れないようだ。
話したいことが、たくさんあるから、ちょうどいいかもしれない。
「ねぇ、亮?」
「はい?」
須于が、首を少し傾げて尋ねる。
「亮は、知っていたの?あの、雪の日に、私たちのこと?」
「知らなかっただろ?知ってたら、あんな躊躇いながら作戦言うこと、ないよな」
忍が亮が答える前に、にやり、と笑う。
亮の口元が、微笑む。
「もう少しで、結果が出る、というところまでは行っていましたけれど……後から知って驚きました。まさか、そんな偶然があるとは、思いもしなかったですから」
「じゃ、ホントにあれで、遊撃隊って思いついたのか?」
今度は、俊が尋ねる。
「調べていくうちに、『緋闇石』に対抗するには、僕の指示を正確に理解して遂行してくれる部隊が必要とわかってきて……それで、思いつきました……どちらにしろ、忍の龍牙は必要でしたし、いざとなったらカリエ777も出さなくてはならないと判断していましたので」
過去の記憶を戻そうとはしなかったけれど。
でも、もしも過去の記憶を持ち合わせているのなら、絶対にその責任は取りたがるだろうと、そう思ってくれたのだろう。
ふ、と亮の笑みが大きくなる。
「あの時の六人なら、確実だと思いました……それに……能力面でも結局のところダントツでしたし」
「当然だろ、躰が覚えてるっていうんだ、そういうの」
俊の得意気な声に、ジョーがぼそり、とツッコむ。
「かなり違う」
「過去にいたのかもって話したときも、一人できょとん、としちゃってさ、いっちばん過去の記憶に縁遠かったじゃん」
すかさず麗花にもツッコまれる。
「ピンと来なかったんだから、仕方ないだろ?俺、こいつ持ってた覚えがいまだにないんだよなぁ」
俊は、自分のポケットに突っ込んだ鞭棒を取り出しながら、首を傾げる。
忍と亮が、顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
それから、ぽつり、と亮が言う。
「過去は、剣を持っていたんですよ……」
「じゃ、コレって旧文明産物じゃないの?」
麗花が、不思議そうに首を傾げる。
「……旧文明産物ですよ……間違いなく、俊の為に……造られたモノです」
語尾が、掠れる。
ふい、と亮は、皆から顔をそむける。はっとした顔つきになった忍が、荷物の中にあった柔らかめのタオルを口元にあててやる。
小さな咳が、数回続いた後。
聞く方が痛くなるような、激しい咳が連続する。
自分の方に顔が向いていたので、忍には、亮が眉をひそめたのが見える。
ぐ、という息詰まるような音がして。
幾重にか重ねたはずのタオルの、こちら側まで暖かい感触が伝わってくる。
亮は、もう一度、小さな咳をする。
どうやら、それで咳は落ち着いたらしい。忍は、亮の口元にあててやっていたタオルを、そっと離す。
見なくても、それが酷いのはわかっている。深紅が広がっている、ということも。
そのまま丸めて、しまい込む。
「亮?」
いくらか、不安そうな声をかけたのは、麗花だ。
「すみません……大丈夫……」
声は掠れた音がやっと出ただけだし、顔色も明らかに悪くなっている。
半ば無意識に、忍は亮を抱き寄せる。
そんなことをしても、痛みをやわらげることも出来なければ、時間を増やすことも出来ないけれど。
須于の手元で、なにかが噴き出すような音がして、ジョーと俊がなにごとか、と視線をやる。そして、それが呼吸器から酸素が出ているのを確認した音なのだと知る。
手渡されて、忍があてがってやると、いくらか呼吸が楽になったらしい。
やっと、微かな笑みが口元に浮かぶ。
その間に、須于は亮への点滴を、血液だけから栄養剤も追加する。
そのまま、亮は忍に寄りかかるようにして、瞼を閉ざしてしまう。眠ってはいないのだろうが、その方が楽らしい。
麗花が、そっと須于の手を握る。
須于も、その手をぐ、と握り返す。
不安な顔は、するまい、と思う。
ともかく、連れ出すことだけを考えようと思っていた。
自分たちの目前に、来てくれさえすれば、チャンスは出来る、と。
でも、時間が過ぎていっていることには変わりなくて、亮の命は、明らかに『死』へと向かっていっている。
呼吸器が、高酸素濃度の空気を吐き出す音だけが、車内に響く。
俊と、ジョーの視線が、どちらからともなく、合う。
ジョーは、微かに頷いてから、窓の外へと視線をやってしまう。
俊は、そっと忍の腕の中の亮を、覗きこむ。
チャンスは、ある、と信じたい。
でも、いま、伝えなかったら。
もしかしたら、永遠に伝わらないかもしれない。
考えたくない可能性が、頭の中から消えないことも、確かだ。
亮は、じっと忍に寄りかかったまま、ほんの微かも動かない。
どのくらい、亮を見つめたまま時間が過ぎたのか、わからなくなってくる。
そっと、毛布の下の手を握ってみる。ぞくり、とするほど、体温が下がっているのがわかる。
予測したからこそ、毛布を用意したのだけれど、思っていた以上に。
心配かけまい、と思ったのか、亮が眼を、こちらへと向ける。
「全部、聞いたよ。だから、会いに行こう……三人で」
思わず、口をついて出ていた。
微かに、眼を見開いた後。
ふ、と口元に笑みが浮かぶ。
それから、亮は、ゆっくりと頷く。
俊は、亮の手を、強く握る。自分に最も近しい血だから、だから、それが伝わるように。
少しでもいいから、自分の命が伝わるように。
幽霊が、自分に向けたパワーが、亮へと流れていってしまったように、死の矛先が、ほんの少しでもいいから、自分へと気を取られるように。
ふ、とジョーが呟く。
「アルシナド……」
道路標識を、無意識に読んだらしい。確かに、景色は見慣れたものが広がり始めている。
静かな車内に携帯の着信音が、妙に大きく響き渡る。
終止無言で運転しつづけていた広人が、携帯を取り出す。
「仲文だ」
と呟くように言い、受話にする。
五人ともが、小さな機械へと、眼をこらす。
広人の言葉は簡潔だ。
「アルシナド、入った」
で、少しの間があってから。
「わかった」
とだけ、返して、胸元のポケットに携帯を戻してしまう。
それから、バックミラーに軽く視線をやりながら、告げる。
「国立病院に直行するよ」
五人の視線は、広人に集中したままだ。
「仲文は、手術室で待ってる」
五人ともが、一気に顔を見合わせる。仲文の準備が、間に合ったのだ。
一斉に、亮を覗きこむ。
呼吸は浅そうだが、きちんと息をしている。
ずっと繋いだままの須于と麗花の手の力は、さらに強くなったようだ。まるで、そこに祈りがこもっているかのように。
また、窓の外へと視線をやってしまったジョーの手も、無意識なのかもしれないが、握り締められている。
忍が、顔にかかっていた亮の前髪をはらってやると、ふ、と亮が瞼を開ける。
口元が微かに、笑う。
冷たいままの手を握る、俊の手も、力がこもる。

地下駐車場へと滑り込み、すぐに移動用のベッドへと移された亮に、須于が取り付けた点滴と呼吸器も受け継がれる。
一緒に降りてきていた健太郎は、忍と視線が合うと、ちら、と亮へと視線をやってみせる。
忍は、こくり、と頷き返す。
す、とエレベータに運び込まれていく亮の脇へと立つ。
閉まっていく扉へと、麗花が弾かれたように声を上げる。
「亮!お願い、がんばって!」
「私たち、待ってるから!」
須于も、思わず続ける。
ジョーは、黙ったまま、でも、じっと見つめている。
俊は、忍へと軽く、頷いた。忍も、頷き返す。
一歩引いたところに立っていた健太郎が、す、と頭を下げる。
そして、エレベータの扉は、閉ざされた。



[ Back | Index | Next ]

□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □