[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・10■



船が、完全に他人の視界に入らなくなった途端、眩しいくらいの金髪が帽子の下からあふれ出す。
と、同時に、首元まで上げていたジッパーをけっこう危なげな線まで下げてから、エリス・アーウィットは笑顔を振り向ける。
「お久しぶりね、またお会いできて嬉しいわ」
「こんにちは!私たちもお会いできてすっごく嬉しいです」
麗花も笑い返し、須于も軽く頭を下げてから、首を傾げる。
「ええ、まさか、お会いできるなんて」
「私だけじゃないわよ」
笑顔のまま、操舵室の方を親指で指すと、そこからエドワード・ライクマンことエアハルト・ライマンが会釈する。
麗花が思い切り手を振ると、少し照れ臭そうな笑みを浮かべてから、また操舵へと戻る。
三番目の『崩壊』である森奥にある広大な村の消滅は、モトン王国やプリラードの時ほどの騒ぎにはならなかった。
住民が少ないこと、『Aqua』での知名度の低さもあるだろうが、Le ciel noirに関わりが深い土地であったことも関係していたろう。もちろん、Le ciel noirが関わっていると知る人間は極少数だ。
世間で騒ぎにならなくても、Le ciel noirはもろに『崩壊』の影響を受けているわけで、どの国にも属していない立場上、組織中枢が事態の収拾に当たらなくてはならないはずなのだが。
こうして、アファルイオへの密航船も快く出してくれた上に、中枢に最も近い立場のエリスとエアハルトが来てくれた、というわけだ。
Le ciel noir総帥黒木圭吾のはからいなのは言わずもがな、だ。健太郎の親友でもある黒木は、『崩壊』をそれだけ重要視してくれているらしい。
「秀も会いたがってたのよ、よろしく伝えてくれって」
事前に亮から聞いているので、秀が正式に黒木の養子となり、名実ともに総帥に継ぐ地位についたことは知っている。
先週の『崩壊』関係の混乱収拾は、秀が指揮を取っているのだろう。
「僕らからも、よろしく伝えてください」
忍も、笑顔を向ける。それから、付け加える。
「ほとんど混乱無く避難出来たようで、よかったです」
亮が、くすり、と笑う。
「住民のほとんどはLe ciel noirの方でしょうから」
「ご名答、圭吾からの指示を無視することは許されないのよ」
黒木と健太郎が親友で、しかもその子供たちはどうも特殊な任務をこなしているらしい、とはエリスたちも察している。それに、アグライアでのことで、信頼もしてくれているようだ。
ほとんどテレビ中継なども入らなかった『崩壊』の様子を、詳細に教えてくれる。
感心した顔つきで聞いていた俊が、首を傾げる。
「さすが、黒木氏の統率力ってとこですけど、よく、あそこまでマスコミを排除出来ましたね?」
「パニックを起こさない人間を映しても絵にならないもの」
「なるほど、期待した『崩壊』の雰囲気もなければ、退去する人数も少ない、となれば、マスコミの旨味はない、か」
ジョーの言葉に、エリスは笑顔で頷く。
「そういうことね、今度はそういうわけにはいかないんでしょうけど」
「どうしてですか?」
須于が首を傾げたのを見て、エリスの笑みが大きくなる。
「あなたたちが私達を使ってアファルイオに移動ってことから、次の『崩壊』が何処で起こるのかって想像しても、妄想が過ぎる、とは思わないでしょ?」
亮は、薄い笑みを浮かべただけで続きを待っている。
「どちらかといえば、アファルイオ系の人は感情豊かな人が多いし、しかも、この船の行き先はかなり北寄りだし?」
六人は、誰からとも無く、顔を見合わせる。
それから、亮が笑顔を向ける。
「北方民族との間にいらぬ軋轢が生じて、アファルイオ全土が戦禍の不安に苛まれるのは、あまり望ましくはないでしょう?」
「その意見には賛成だわ」
頷いてから、エリスはティーポットを手にする。
かなりの高速船らしいのは、波のたち方で察することは出来る。相当に風をきってるはずで、船室に入っていなければ、かなりの寒さに違いない。
そんな中で、エリスが出してくれる暖かいお茶が、なんとも贅沢な気分だ。
「わ、すごい、美味しい!」
「ホント、香りもすごくいいし」
麗花と須于が、すぐに口々に誉める。忍とジョーも、頷いている。
「口に合ったのなら嬉しいわ」
「何か、初めての香りの気がする」
俊が、首を傾げる。にこり、と亮が笑う。
「Le ciel noir総帥用のスペシャルブレンドですね」
「当たりよ」
エリスが、微笑む。
麗花が、にやり、とする。
「おーや、少しはお茶のことがわかるふりを」
「三級と特級がわかんねぇって言ってるだけだろ、俺だって一緒に飲んでるんだから、それっくらいの差はわかるっての」
ムキになっている俊に、くすくすと須于とエリスが笑い出す。
ジョーと忍も、軽く微笑んではいるが、さすがにあからさまには笑わない。
「ったく、いっつも俺がオチなんだもんな」
「そりゃ、オチるお前が悪いんだろ」
即、忍に返される。
「でも、少なくとも新しいお茶だってことはわかったんだから、舌が鈍いわけじゃなさそうよ」
エリスがフォローしてくれる。
「そーんな笑い顔で言われてもなぁ」
「あー、美人のせっかくのフォローを無にするダメ発言」
「そういうこと言うから、ツッコまれるのよね」
間髪入れない勢いのよさに、またエリスが笑う。
「アグライアでは、だいぶすましていたわね」
「そりゃ、ハイソな雰囲気出さなきゃいけなかったから」
「そうそう、猫三百枚装着済み」
忍と麗花に返されて、エリスは含み笑いをする。
「ま、お互いこのくらいにしときましょ」
さらり、と立ち上がる。
「エアハルトも話ししたいって言ってるの、呼んで来るわ」
エリスの姿が消えてから、麗花がペろり、と舌を出す。
「微妙に微妙?」
ちら、と忍とジョーが同時に亮へと視線をやる。この船はLe ciel noirの勢力下なのだ。
片手サイズの小型端末へと目を落としていた亮が、軽く頷く。盗聴などはない、ということだ。
俊が軽く口を尖らせる。
「総司令官直下の少人数部隊?」
「マスコミも、薄々は感付いている」
ジョーが、ぼそりと言う。そうでなかったら、さすがの香奈も、弥生を取材という名目で送り込めなかったはずだ。
それに、リスティア総司令官たる健太郎は、わざと思わせぶりに『Labyrinth』の存在を各国首脳に知らしめている。
当然、Le ciel noirとて注視しているに違いない。
「晒すような手の内も無いけどな」
苦笑気味に笑ったのは忍だ。俊が肩をすくめる。
「ま、このテのトコは関わり過ぎってのは避けるだろ」
人間的には気が合う部類なのだろうが、裏組織なのだから。
「そうね、極秘裏を守り続けようと思ったら……」
須于が、言いかかって、少し沈黙してから、話題を変える。
「そういえば、エリスさんはミセス黒木になったのかしら?」
「籍は入れておりませんが、立場上は」
答えを返したのは、ちょうど扉を開いたエアハルトだ。
六人から拍手が起こる。
「おめでとうって伝えといてね」
「俺ら皆からってことで」
何と返していいかわからない顔つきになっているエアハルトをよそに、俊が、ぼそ、と言う。
「あれだけ周囲固められて何も言ってなかったら、アレだけどなー」
それを聞いて、エアハルトの顔に苦笑が浮かぶ。が、すぐに真顔に戻る。
機先を制したのは麗花だ。
「お説教なら聞かないわよ」
喉まで出かかっていたらしい言葉がつっかかっている間に、さらに付け加える。
「それから、今回は帰国するわけじゃないからね」
「状況を把握の上、その発言があるわけですな?」
幼い頃から良く知っているとはいえ、あからさまに差し出口をする立場ではないことは、エアハルト自身が知っている。
その上で、一言言わずにはいられないのは、それだけ自分が護衛する立場であるルシュテット皇太子、フランツのことを気にかけているということだ。
「もちろん、紫鳳城周辺の誰よりも、良く知ってるわよ」
言ってのけてから、にやり、と笑う。
「やることはやるわ、心配しないで」
エアハルトの顔に、またも苦笑が浮かぶ。どこか、温かみのある笑みだ。
「だからこそ、ご心配申し上げるのです。口うるさい差し出口と思っていただいて構いませんので、一言だけ、申し述べさせていただきます」
その口調は、Le ciel noirの中枢を担う人間の者ではない。純粋なルシュテット皇太子護衛のもの。
「どうぞ、無茶だけはなさいませんように」
「心しとくわ」
それから、にこり、と微笑む。
「その心遣い、ありがたく思います」
エアハルトは、頭を下げる。
「ありがたいお言葉です。到着までしばしありますので、ごゆるりと」
五人にも、頭を下げると、姿は消える。
見届けて、麗花は肩をすくめる。
「あーいかわらずの真面目一徹ちゃんなんだからなぁ、もう」
思わず、くすり、と笑ったのは須于。
麗花が、きょとん、とする。
「え?なに?」
「だって、さっきは完璧にアファルイオの姫君だったのに」
そのあまりにも自然なギャップが、可笑しかったらしい。
忍が、にこり、と笑う。
「まぁなぁ、どっちも麗花だからなぁ、でもなんとなく、姫君仕様は猫五百枚の予感」
「俺、七百枚に一口!」
「……六百三十枚」
根拠のわからない、妙に具体的な数字を上げたのはジョーだ。思わず皆が注目するが、ジョーはすまして亮を見やる。
「ええと……では、生まれついてからじっくりと染め抜いた特別製猫を入れて、五百八十枚に」
くすくすと笑いながら、須于と麗花は顔を見合わせる。
「じゃ、私は軽量化に成功した特別製猫入れて、四百七十枚」
「おお、なかなか近傍に寄った、緊迫感あるベットだわね」
麗花が大げさに肩をすくめる。
「答えは……千五十枚でしたー!」
「うわ、多ッ!」
「瞬間芸に千枚超えてるよ!」
すかさず、忍と俊が大げさに反応する。須于もくすくすと笑っている。
「その、オマケみたいについてる五十枚はなに?」
「極上の笑顔に磨きをかける五十枚」
「それは、大事な五十枚ですね」
亮が、いかにも真面目な顔つきで頷くものだから、ジョーまでもが笑み崩れてしまう。
「公の場に出る時の猫の数がかなり気になりますが、ご回答願えますでしょうか?」
俊が、手をマイクを持った形にして、麗花へと差し出す。
麗花は、自身に都合の悪いことを問われた政治家のような仕草をしてみせながら、渋い顔つきで首を横に振る。
「ノーコメント」
「一万以上の猫の重量に耐えられるとの情報がありますが、真実なのでしょうか?」
反対側から、忍も架空マイクを差し出す。
「ノーコメント」
にこり、と須于が微笑む。
「スタジオに、特別ゲストのリスティア総司令部総司令官、天宮健太郎氏のお子さんでいらっしゃる、天宮亮さんをお迎えしております。各国首脳となにかとコンタクトの多い総司令官と行動を共にされることもしばしばとのこと。天宮さん、麗花公主の猫の件で、ご存知のことはありませんか?」
須于のアドリブに合わせて、亮が外行きの笑みを浮かべる。
「そうですね、非常に大量の猫の重量に耐える為、孫家に伝わる特殊な訓練方法があると伺ったことがあります」
「特殊な訓練ですか、どういったものなんですか?」
「孫家の女性のみに伝えられるモノだそうで、内容までは……」
いつのまに、現場からスタジオへ戻ったにしたのやら、忍がジョーへと架空マイクを向ける。
「いかがでしょう、千枚の猫など、簡単に被れるようですが?」
「……そうですね」
そこまで瞬間には、アドリブが思いつかなかったらしい。軽く視線を巡らせてから、ジョーはいかにもな顔つきで言う。
「マンガなどでしか拝めないようなスポコンなことを、ひっそりとやり続けている、などが予測されますね」
「いかがですか、麗花さん?」
俊がまた、麗花へと架空マイクを向ける。
「ノーコメント」
また、わざとらしい渋い表情で言った後、にやり、と亮へと向き直る。
「亮も、にっこり笑顔に猫の気配を感じるなぁ?」
「処世術ですから」
「うわ、亮からそんな発言が!」
今度こそ、本当に六人共が笑い出す。
ひとしきり笑い終えたところで、エリスが顔を出す。
「お待たせ、そろそろよ」
外へと、指を向ける。
月明かりの下、おぼろに、アファルイオ北方地帯の大地が揺らめいている。

夜に紛れてアファルイオに上陸した六人を迎えたのは、アファルイオ特殊部隊長であり、麗花の幼馴染でもある周雪華だ。
微かな笑みが浮かんでいる。
「面白いルート使って来たね」
麗花へと、首を傾げる。船を見ただけで、なにを使ったのかを察したらしい。
にやり、と麗花も笑い返す。
「使えるものは、黒くても使えって言うでしょ」
くすり、と笑ってから、亮へと向き直る。
「声をかけてくれなかったら、こちらからお願いするところでした」
「アファルイオの混乱を収めるなら、麗花と貴女でしょうから」
にこり、と亮も笑い返す。
亮に隠したところで意味がないとわかっているので、軽く頷いてから、雪華は忍たちの方へと笑みを向ける。
「アファルイオへようこそ、北方地域はアファルイオ国内でも美しい景色が見られる場所、じっくりと、とは申し上げられませんけど、楽しんでもいただければ嬉しいです」
「今回は、俺らまでついてきて、お手数かけます」
忍が軽く頭を下げると、雪華は首を横に振る。
「仕事、という観点から行けば正しいでしょう、常にリスクは考えないと」
亮が、珍しく身内以外の発言で、くすり、と笑う。麗花一人で戻って来てれば、それはそれで雪華は完璧にしてのけるはずなのだから。
雪華も笑みを大きくする。
「それに、友人の来国を拒否したら、麗花に後からなにを言われるか」
「言ってくれるわね」
「お手数かけるのは確かだわ、よろしくお願いします」
須于も、頭を下げるのと一緒に、ジョーと俊も軽く頭を下げる。
「いえ、他ならともかく、貴方方なら心強くもありますから」
「面倒、雪華も皆も、普通の口調ってなことにしてよ」
雪華は頷いてから、真顔に戻って亮と麗花へと向き直る。
「実は、こういう特殊事情の際の経験を積ませたい者がいて、連れてきてるの。同道を許してもらえればありがたい」
「ええ、貴女が適当と判断する人物なら、僕らに依存はありません」
軍師な顔つきに戻った亮が、すぐに頷き返す。亮が大丈夫、と判断するなら、もちろん忍たちにも否やはない。
麗花が、首を傾げる。
「誰を連れてきたの?」
口元に笑みを浮かべると、雪華はこちらの声が届かぬ程度の距離をとっていた人物を手招きで呼び寄せる。
「ご無沙汰しております、麗花公主」
深々と頭を下げて、顔を上げたその人物の顔を見て、麗花の目が丸くなる。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □