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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・11■



どこかで聞いた声だ、と忍たちも思う。
麗花は、目を丸くしたまま、問う。
「悠樹?」
顔を上げた、まだ青年というよりも少年の面影が色濃い彼は、にこり、と笑う。
「はい、悠樹です」
灰がかった髪に、赤みがかった瞳。そして、声。
「あ、張一樹の!」
俊が、思わず声を上げる。
親衛隊長を務めた先代王、孫朔哉を暗殺され、リマルト公国人であった恋人を『緋闇石』による侵略戦争時に失い、壊れていく己をどうすることも出来ずに、恋人を奪った相手であるリスティア総司令部直下の小人数部隊へと牙を剥いた男が、張一樹だった。
どんな理由にせよ、身勝手で戦いを挑まれ、亮が誘拐されて氷付けにまでされたのは、忘れようとて忘れらない。
悠樹は、忍たちに向かって、深々と頭を下げる。
「兄の一件の時には、リスティア総司令部の方々には多大なご迷惑をおかけいたしました。こうして口でお詫びするだけでは、とても足りぬとは存じておりますが……」
「顔を上げてください、君が悪いんじゃないし、お兄さんが苦しんでたのは僕らも知ってますから」
忍が、穏やかに笑みを浮かべて言う。
こくり、と須于も頷く。
「お互いに協力できることはして、もう、お兄さんのように苦しむ人を出さない方が、ずっと大事だわ」
「ありがとうございます。その為にも、私も精一杯努めさせていただくつもりでおります」
俊とジョーが、そっと目を見交わす。どうやら、一樹の弟だけあって、彼も生真面目な性質であるらしい。
「いつか、また二樹と呼ばれるようになるのが目標なんだよ」
雪華の言葉に、にやり、と麗花が笑う。
「ま、その真面目さが取り柄ってヤツだけど、臨機応変、柔軟な対応っていうのを身につければ、なれるんじゃない」
「は」
意味を少々取りかねて、瞬きをしている悠樹に、麗花はさらに言う。
「だからね、今回一緒に来てるのは、私の友達なわけよ」
と、忍たちへと視線をやる。悠樹は、大きく頷く。
「はい、丁重に……」
「あのね、それじゃいかにーも、なんか特別な人が旅行してますってな感じでしょうが」
くすくすと、亮と雪華が笑う。
「初対面なのですし、いきなり親しげに話せと言われても無理でしょう」
「それに、一樹の弟だよ」
言われて、困惑気味に悠樹は雪華を見やる。
「雪華殿は出来るのですか?」
浮かんだ笑みは、珍しくイタズラっぽいものだ。
「朔哉と麗花に、随分と鍛えられているからね」
「名前紹介しとくよ、こっちから忍、亮、ジョー、須于に、オチの俊」
麗花が言ってのけたのに、すぐに俊が食ってかかる。
「なんで俺だけ接頭詞がつくんだよ!」
「だって、今回はバイクの出番もないし、目立つ特徴ってソレしかないし?」
明後日の方向へ視線をやって麗花は肩をすくめる。苦笑しつつ、雪華は悠樹へと告げる。
「日数もいくらかあるし、機会をみて忍に剣の手合わせを願うといいよ、朔哉と同じ系統の剣質だが腕は上だから」
「え?!風騎将軍殿よりも、ですか?!」
悠樹も驚いたようだが、言われた忍の方も驚いた顔つきだ。確かに、『緋闇石』に躰を乗っ取られた朔哉を一撃で貫いたのを眼にはされているが。
「私が言うことに、嘘があったことがあった?」
「いえ」
悠樹は真面目な顔つきで、忍へと向き直って頭を下げる。
「どうぞ、ご教授下さい」
「いや、うん、俺でよければ」
珍しく、忍は照れたような顔つきだ。
「風騎将軍の剣筋を知っている人に認められるとは、緊張するね」
言ってから、にこり、といつも通りの笑顔を浮かべる。
「手合わせ願えるなら、こちらこそ嬉しい限りだよ」
ひっそりと、麗花と俊が顔を見合わせる。
「忍でも、緊張するなんてことがあるんだ」
「忍でも、照れることがあるんだ」
「そこ、聞こえてる」
じろ、と横目で見られて、慌てて二人は明後日の方向へと視線をやる。くすり、と須于が笑った視線の先のジョーが、怪訝そうに眉を寄せる。
「なんで、俺を見て笑う?」
「だって、二人とも緊張してても辛くても、絶対口にしないタイプだから」
「二人とも、戦場に限らずプレッシャーに強いのは確かですよ」
亮が、にこり、と微笑んで悠樹へと向き直る。
「こんな感じですので、肩の力は抜いていただいて大丈夫ですよ」
「って、亮が丁寧語なので意味無いけど」
ぬ、と左側から俊。
すぐに、ぽか、と忍にツッコまれる。
「そういう余計なこと言わない」
「ああ、ええと、はい、よろしくお願いします」
ぺこり、と、悠樹はまた、頭を下げる。
雪華は肩をすくめてから、真面目な顔つきに戻る。
「馬の準備は出来てるよ」
「ありがと、ま、昼夜兼行ってわけじゃないから、付け焼刃だけど行けると思うよ」
にこり、と麗花。
「こちらの馬は気性が荒いから、飲まれないようにして」
「最初が肝心ってわけだな」
忍の言葉に、ジョーが口の端に笑みを浮かべる。動じないどころか、返って強気らしい。
雪華が口笛を吹くと、どこからともなく、乗馬できるよう装備を整えた馬が現れる。繋がれていないが、雪華の指示には従うよう、よく躾けられているらしい。
ジョーと忍は、さっさと眼が合ったのに、ひら、とまたがっている。馬の方も、実に大人しいので、どうやら問題ないようだ。
さすが、亮が太鼓判を押すだけはある、というところだろうか。
麗花は、元々、北方視察に来たことがあるとかで、こちらの馬の性質は熟知済みのようだ。トラブルなく、気の合うのを見つけている。
亮には、す、と一匹だけ色素の薄めのが自分から近付いてきて、鼻を軽く押し付ける。
どうやら、気に入られたらしいので、亮はその馬にすることにしたようだ。それを見て、雪華がくす、と笑う。
「嵐砂はこの群の軍師役だから」
まだ、乗っていなかった亮は、嵐砂と顔を見合わせる。
にこり、と亮も笑う。
「おや、リーダーが二人では大変ですね」
「え?」
目を丸くしたのは俊と須于だ。雪華が苦笑する。
「飛燕と風疾がね、こんなこと、普通無いんだけど」
と、忍とジョーが乗った馬を指す。ははぁん、という顔つきになったのは麗花だ。
「リーダーになれそうなのについてったわけね」
ジョーが、あっさりと肩をすくめる。
「風疾、残念だったな、今回は飛燕がリーダーだ」
ぷるる、と鼻を鳴らして前足でかく風疾のうなじを、ジョーは軽く叩く。忍が笑みを浮かべる。
「大事なのは誰がリーダーなのかじゃなくて、どれだけチームワークがいいかだと思うけど」
それから、軽く飛燕のうなじを叩く。
「自分がチームワーク乱すようじゃ、リーダーなんて到底ムリだぜ?」
いくらか得意そうに顔を上げていた飛燕は、少し首を傾げるような動作をしてから、きちり、と立ち直す。
なにやら、気持ちを入れ替えた、とでも言いたげな所作に、皆が微笑む。
雪華が、いくらか恐る恐る馬たちを見ている須于と俊に、笑いかける。
「萌草と静雲は大人しいから、大丈夫」
なんとなく、須于は静雲と眼が合ったらしい。軽く首を傾げると、静雲も首を傾げる。
同じ方向に、鏡のように首を傾げてみせるものだから、思わず須于も笑ってしまう。
「よろしくね?」
ということは、俊は萌草と組むことになるわけだが。
「よ、萌草!」
なにやら、妙に緊張して挨拶している。
「……なんで、あんなに馬に固くなってるわけ?」
「そういや、付け焼刃特訓の時も、亮が……」
ぼそぼそと麗花と忍が馬上でささやき交わしている間に、亮がするり、と俊の隣に立って、なにやら囁く。ご丁寧に、唇の動きを他の人には読まれない向きへと立って。
一瞬、明後日の方向へと視線をやった俊は、こくこく、と二度ほど頷くと、いつも通りの顔つきで萌草に向き直る。
「よろしくな」
後は、危なげも無く騎乗してみせる。皆に向き直る為の手綱さばきも、付け焼刃ながらの訓練の成果というべきか、なかなかサマになっている。
亮も、その間に騎乗する。
「……亮、いったい、なに言ったわけ?」
さすがというべきか、麗花が騎乗したまま亮の脇につけて首を傾げる。
忍やジョーだけではない。一歩後ろの位置へと馬をつけている悠樹も、不思議そうな顔つきで見つめている。
「一種のおまじないですよ、馬が怖くなくなる」
言ってから、亮は軽く首を傾げる。
「確か、父が考えたんだと思いますよ」
そこまで言われれば、なんとなく、ぴん、とくる。
俊も、幼い頃は天宮家にいたのだ。亮だって乗馬を知っていたのだから、俊とて連れてってもらったことがないとは言い切れない。
というよりは、むしろ、行ったことがあるはずだ。
幼い頃というのは、不測の出来事というのは付き物で、しかも微妙にトラウマというのもありがち。
と、なんとなく思ったのかどうか、皆、それ以上はツッコまない。
「ふぅん」
「そうなんだ」
などと、気の抜けたような相槌をうちながら、馬を御し直す。
「さ、行きましょうか」
にこり、と雪華が笑む。
「ああ、いつでも」
忍たちが頷き返す。
月明かりの下、ゆるゆると一組のキャラバンが進み出す。

予定通り通りに日程をこなして、明日は退避勧告領域、というところで今晩のキャンプだ。
この一帯を行き過ぎていく北方民族の彼らと同様なゲルの中で、皆で集まっている。
亮は、昼間どうやってか充電しているらしく、いつも通りに小型の端末を開いているのが、これが普通の観光旅行ではないことの、なによりの証拠だ。
逆を言えば、これがなければ、少々マニアな区域をのんびりと旅行している、としか思えないほどにのどかでキレイで、初めての体験ばかりの楽しい旅だったのだが。
それも、今晩で終わりだ。
雪華が、先ず、口を開く。
「このままで進めば、明日の朝には『退避区域』と止められる」
「まだまだ、退避は難航しているようですね」
端末に視線を落としたまま、亮が答える。麗花が、肩をすくめる。
「草の民はプライドが高いからねぇ、よほど納得できなきゃ、そうそうは動いてくれないと思う」
「期限は二日か、明日が勝負だな」
ジョーが、ぼそり、と呟くように言う。『崩壊』は、きっちりと二週間ごとだ、と亮は言った。となれば、日数的にそういうことになる。
「彼らは動くとなれば早いから、一日あれば安全区域まで、充分に行ける」
「代えの馬は連れています、最悪ならば、半日で」
悠樹の言葉に、雪華が首を横に振る。
「それじゃダメだ、時間まで把握してることが知られてしまうから」
「いくらかは、急かさなくてはならないでしょうけれど」
端末から顔を上げた亮の表情に、焦りはない。
それだけで、大丈夫だ、と思えるから不思議だ。自然、口も軽めになる。
「にしても、本当に周光樹は動いてないのか?」
「というよりも、アファルイオ正規軍自体が、初期配置から動いてない、と言ったほうが正確だね」
俊の問いに、あっさりと雪華が答える。
「草の民相手に兵を動かしたら、例えそれが、彼らの危険回避の為だろうが、てこでも動かなくなるのは眼に見えてるから」
きゅ、と悠樹が唇を噛み締める。
「最悪の場合は、皆さんのお力を借りるしかありません」
「明日一日あれば、状況なんてどのようにも変わっていくでしょう」
亮は、さらりと言ってのけて、にこり、と微笑む。忍たちには見慣れた、軍師な笑みだ。
その笑みを見て、雪華自身も微笑みながら首を傾げる。
「軍師殿なら、どうやって動かす?」
「似たり寄ったりなことを考えていると思いますよ」
雪華の笑みが、大きくなる。
「説得と称して前面に出られるのは二人だろう」
「そうですね、本復の兆しが見えているとはいえ、まだ病の床にいるはずの公主が、一人で現れては不自然でしょう」
公主は、もちろん麗花のことだ。
「当然、ついていくのは親友で特殊部隊長でもある雪華、というわけだろ?」
忍が、軽く首を傾げる。
『崩壊』が始まっても退去が完了していない、などという最悪の混乱が無い限りは、『第3遊撃隊』の出番はないかと思っていたのだが。
亮の笑みは、別のことを考えているとしか、思えない。
「そうですね」
「責任重大ってとこだねぇ」
半ば人事のように言ってのけたのは麗花。それなりに、勝算があるのだろう。
俊が、ほほう、というように口を尖らす。
「余裕じゃん」
「ま、考えがなくもないっていうか」
言いながら、ちら、と麗花は亮を見やる。亮の笑みは、微かに大きくなったようだ。
「退去が優先です、犠牲者は絶対に出してはなりません」
「了解」
にやり、と麗花も笑う。ちら、と忍とジョーは視線を見交わす。それで、須于と俊にも理解出来たようだ。
「あまり、無理はしないでね」
須于が、軽く首を傾げて言う。
「もちろん、無茶はしないようにするから」
「で、俺らはどうするんだ?」
忍が、問いを重ねる。
亮は、悠樹へと視線をやる。
「お願いがあります」
「僕に出来ることなら」
やっと丁寧語を脱した悠樹が、姿勢を正す。



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