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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・14■



さすがに、慣れない馬での旅は、鍛えているとはいえ堪えたようで。
『崩壊』の翌日、帰宅してからは六人ともが、ぐっすりと眠った。
が、それで、なんに対してにしろ時を逸した、ということは、全くなさそうだ。
『崩壊』が定期的に起こっていることを指摘し、なんらかの意図が隠れている?という題が踊る週刊誌が出たのが、その日だったから。
もっとも、マスコミが食いつきも早くて、もうすでに特集が始まっているが。
「始まったねぇ」
ココアのカップを抱え込みながら、麗花がのんびりとした口調で言う。
コーヒーを煎れに来たジョーが、軽く眉を寄せる。
「結局のところ、なんと言っているんだ」
ワイドショーらしい、コメンテーターのもって回った言い方や、大げさな言葉を聴くのが面倒くさいらしい。
「今日のところは、『崩壊』が二週間きっかりごとに起こってるってのと、基本的に『Aqua』の根幹中枢はリスティア首都アルシナド、もっと正確には総司令部に集中しているってことだね」
振り返って言ってから、にやり、と笑う。
「あと、これからも情報収集を続けます、だって」
「どうせ、亮にとってはザルのような網だろう」
珍しく、ジョーが返してきたので、麗花は笑みを大きくする。
「健さんにとってもね」
それから、ふ、と真顔に戻る。
「実際に張られる方は」
精神的な方は、亮が予告した通り、厳しいものになっていくに違いないから。
「そうなるとわかっていて、ここまでして来た」
コーヒーの、とてもいい香りがしてくる。ジョーは、慣れた手つきでカップに注いでいるところで、忍が顔を出す。
「あ、やっぱり」
「なにがぁ?」
麗花が首を傾げる。
「廊下通ったら、いい香りしたから」
「私もコーヒー飲みたくなってきちゃったなー」
「……ひとまず、先に飲んでおけ」
ずい、とカップを差し出される。くすり、と笑って、忍が受け取り、麗花に渡してやる。
「ありがと」
ジョーが豆をあらためて挽きはじめるのを軽く見てから、忍は麗花へと向き直る。
「なんか、面白いことやってる?」
「んーん、始まったなーと思って見てた」
テレビ画面へと視線をやった忍は、いくらかしらけた顔つきになる。ちょうど、コメンテーターが大真面目ないかにもな顔つきで『Aqua』史の講釈を垂れてるところだったのだ。
「ああ、なるほどな」
面倒くさそうに、ソファに肘をつく。
「どうせなら、俺らが知らないことを教えて欲しいね」
「そりゃ無理な注文ってヤツね」
くすり、と麗花は笑う。忍も肩をすくめてみせる。
「まぁな」
「ま、確かに、面白くない言い方だよね、ぜーんぶ押し付けてきたくせにさ」
ぷう、と頬を膨らませながら、ぷちん、とテレビを切る。
ジョーの入れてくれたコーヒーをゆっくりと口にして、ほ、と息を吐いて。
「うう、普通なら、これですっきりなんだけどなぁ」
「ぱぁっといきたい気分ですか」
「気分ですねぇ」
深々と頷きながら、麗花が振り返る。
忍が、にやり、と笑う。
「歌う、とか?」
「あー、ストレス解消法としては、かなりメジャーな部類ねぇ」
意味深な笑みを、麗花も浮かべる。
ジョーは、軽く眉を上げるが、何も言わない。
ちら、と廊下へと視線をやる。
「扉、閉まってるよね?」
「閉まってたみたいだな」
開けば、その気配に気付かない三人ではない。ジョーの無言は肯定と決め付けて、麗花は大きく息を吸う。
ハイトーンボイスが、きれいに響き渡る。
穏やかな、という表現はとても出来ない。『覚醒』を促す方の歌だろう。
だろう、という単語が出るのだから、直接にこの歌を聴いたことはない、ということになりそうだ。
が、頭の奥に響くのは確かだ。
なにかを、揺さぶるように。
麗花にとっては、最後の記憶と重なっていく歌だ。伸びる声が最大限に高音になったところで、ぴたり、とやむ。
ジョーが、カップをふたつもって、やってくる。
「大丈夫か?」
しばし、宙を眺めていた麗花は、す、といつもどおりの顔つきで二人へと視線を戻して、こくり、と頷く。
「うん、大丈夫」
テーブルに置いてあった、自分の分のカップを手にして、首を傾げる。
「急に、不思議になったんだよね」
「不思議?」
忍が首を傾げたのに、麗花は大きく頷く。
「そ、だってさ、元アファルイオにいた時は、人々を眠らせる歌を歌ってたわけでしょ」
「だろうな、わざわざ自国を不安定にするバカはいない」
ジョーが、忍にカップを渡しながら頷く。
「まぁなぁ、だとすると、どこでその歌を覚えたのか、か」
「波長さえわかっていれば、造り出すことはそうは難しくありません」
いつの間にか、亮が戸口に立っている。気配の無さは人一倍なので、三人とも気付かなかったらしい。
イタズラを見つかったような顔つきになったのは、三人ともだ。
軽く肩をすくめて、ジョーを見やる。
「僕も、コーヒーをいただけると嬉しいですね」
「わかった」
大人しく、ジョーは腰を上げる。
麗花は、懲りた様子もなく、興味津々の顔つきで尋ねる。
「『覚醒』の波長って、誰が見つけたの?」
「元々データにあったんですよ」
「データって?」
亮は軽く肩をすくめてから、カウンターの椅子に腰掛ける。
「ファーラは、波長による精神制御の情報がかなり蓄積されていましたから」
こともなげに言う。
ソファに寄りかかった忍と、立て膝になっている麗花が、顔を見合わせる。
「旧文明時代って、今よりもセキュリティ高かったんじゃないの?」
「基本的には、中枢と呼ばれる場所は、旧文明時代のセキュリティを流用している場所が多いですから、そう変わらないですよ」
くすり、と麗花が笑う。
きっと、過去でも亮はいまと変わらず、どんな情報でも簡単に引き出してみせていたのだろう。
そして、ファーラの民を『解放』する為には、どんな波長が必要なのかも。
「じゃ、あの歌は亮がつくったのか?」
「まさか、そんな才能はないですよ」
軽く手を振ると、にこり、と笑う。
「僕は、コードを調べただけです。ファーラの『解放』へ向かう間に、麗花がつくったのでしょうね、僕も初めて聴きました」
忍とジョーは、感心した顔つきになるが、当の麗花はきょとん、と首を傾げる。
「そうだったんだ、歌はなんとなく覚えてたけど」
ジョーがいれてくれたコーヒーを手に、亮は軽く首を傾げる。
「あまり、歌いすぎることは推奨しませんけれどね」
「うん、わかってる」
にこり、と笑う。
ジョーと忍も、軽く肩をすくめる。亮が、一人だけに向けて言ったわけではないのは、重々わかっている。
少々、決まり悪そうに自分のカップを手にすると、ジョーは部屋へと戻っていく。
忍も、飲み終わったカップを洗うと、部屋へと戻る。
とうに飲み終わっているはずなのに、ソファに陣取ったままなのは麗花だ。テレビもつけずに、外へと眼をやっていたが、二人がいなくなった途端、亮へと向き直る。
「僕、はいただけないよねぇ」
「は?」
なんのことを言われたのか、亮にはわかりかねたらしい。不可思議そうな顔で麗花を見る。
「一人称だよ、亮の」
「僕の、ですか」
びし、と決め付ける。
「ほら、僕って言った」
麗花に言われて、亮は困惑顔になる。
「そう言われましても」
「語尾丁寧語なんだから、私でもいいじゃない」
軽く、口を尖らせて言う。勘のいい麗花のことだ、仲文の実家で忍がなにを口にしたのか、おおよそ察しをつけているのに違いない。
「僕、の方が不自然だよ」
「でも、僕にはそれが自然なんです」
まだ、いくらか困惑した表情を浮かべたまま、亮が返す。麗花は、不満そうな顔つきで首を傾げる。
「ホントに?天使ちゃんの時は、ちゃんと、私だったじゃない」
亮の顔に、微妙な笑みが浮かぶ。
「絶対に女の子でなくては、なりませんでしたから」
「……本気で、俊は亮って気付いてなかった?」
いくらか、信じられない顔つきだ。
「ええ、弟と信じていましたし、そんな丈夫と思っていなかったからでしょう」
「ふぅん、まぁ僕って言う人もいなくもないけどねぇ」
いちおう、一人称については、いまのところ諦めたようだ。
「あ、でも、明日は予約だから」
「予約、ですか?」
大きく頷く。
「そう、亮の予定を予約。いい?絶対絶対、空けとかなきゃダメだからね」
「はい……」
えらく強い押しに、亮は、いくらか戸惑った顔つきながら、素直に頷く。

同じ頃、居間に来なかった二人がどうしているかというと、俊の部屋にいる。
「いや、それ、絶対無理、完璧無理、人選を大変に誤ってるから」
珍しく立て板に水で首を横に振ってるのは、俊。
須于が、軽く首を傾げる。
「どうして?」
「どうしてって……」
言葉につまったような顔つきになった俊は、須于がまっすぐ見つめたまま許してくれてないのを見て、ため息混じりに言う。
「俺が大根なのは、知ってるだろうが」
「そうねぇ、お世辞にも上手いとは言えないけど」
麗花とは別の次元で、容赦ないのが須于だとは知っているが、きっぱりと言われてしまうと、少々傷つく。
が、そんなところで落ち込んでいる場合ではないのだ。
「だから、そりゃ、俺には無理だって」
「でも、俊しかいないのよね」
須于は、首を傾げたまま、頬に手をあてる。
「別に、考えて頂戴とは頼まないわよ、棒読みだろうがなんだろうが、言ったとおりにしてくれれば」
「棒読みって、それじゃ意味ないんじゃ」
思わず、ツッコんでしまってから、しまった、と思う。
が、もう遅い。
にっこり、と須于は微笑む。
「大丈夫よ、なんかしょうもないこと企んでるな、と思っても、かわいそうと思って付き合ってくれるわよ」
「かわいそうって、俺、そんなこと思われたくないんだけど」
「そうねぇ、普通はそうよね」
全く動じないあたり、すごいというか、なんというか。
「俺がかわいそうとか、ないですか?」
ちょっと、丁寧語で尋ねてみたりする。須于の口元の笑みが、いくらか大きくなる。
「今回の件に関しては、一切、無いわね」
「一切かよ……」
がくー、と肩が落ちる。
妙に大げさなあたりが、可哀想というよりは、滑稽だったりするのだが。
「ね、ともかく、頼んだわよ」
「頼んだって……」
す、と須于は立ち上がる。
「ちゃんとやってね、これで失敗だったら、私はともかく、麗花は怖いと思うわよ」
しか、と釘を刺されてしまう。
「……須于だって、怖くなる気がする」
「と、わかっているなら、大丈夫ね」
絶対にやる、と決めてかかられているらしい。現実、やらなかったら麗花と須于を敵に回すということになる。そんな、恐ろしいことは出来まい。
「努力はしますってことで」
結局のところ、根負けしているような気がしないでもないが。
「よろしくね」
にっこり、と極上の笑みを浮かべて、須于は部屋を出る。
それを見送ってから、俊は、自分の頭に手をやり、無意味に髪を掻き回す。
まったくもって、須于の言うとおりだし、麗花の考えるとおりなのだが。
「あー、俺自身に自覚ないってのがダメかも」



翌日。
俊は、ヒトツ、大きく、息を吸う。
もうすでに、麗花と須于は、亮の手を引っ張るようにして出かけて行った後だ。あの二人にかかっては、亮も根負けするに違いない。
それに、記憶を辿ってみたところでは、大きな抵抗はないであろうことにも思い当たっている。
と、いうことは、だ。
コトが失敗するとすれば、自分の失敗、ということになりそうな勢いだ。
それだけは、マズイ、と思う。
ので、意を決して、忍の部屋へと顔を出す。
「なぁ、ちょい、いいかぁ?」
椅子にあぐらをかいて、本を広げていた忍が、顔を上げる。
「どうかしたか?」
「んー、いや、そのさぁ」
いまいち、歯切れが悪いと俊自身も思う。当然というべきか、忍の表情も怪訝そうになる。
「ひとまず、部屋に入れば?」
「いや、その、うーんと、ちょっと付き合って欲しいんだけど」
忍は、読んでいた本についている紐をはさみながら、首を傾げる。
「どこへ?」
至極もっとも、当然の質問だ。
「えーと、ほら、カフェあったろ?けっこう、いろいろな種類があって、美味いところ」
なぜか、手振りが入っている。
「あーっと、名前ド忘れたなぁ、駅っていうより、ラルに近いとこにさ」
「ああ」
そこなら、前に、雨に降られた麗花たちを迎えに行ったことがある。忍は、こくり、と頷いてみせる。
「なんでまた?」
こちらも、当然出るだろう質問だ。
基本的にバイクが好きな俊は、どこへでも一人で出かける。ご飯だろうがお茶だろうが、一人で行くのに慣れているのだ。
それに、それが俊自身の気分転換になっているところもある。ようは、個人行動が案外好き、ということなのだが。
その俊が、一緒にお茶しに行こうなんて言うのが、いかに珍しいかなど、当人が一番知っている。
ますます、しどろもどろになってくる。
「いやちょっと、そのー、相談したいことがあるってぇか」
「相談なら、部屋に入っちまえば誰にも聞こえないと思うけど?今日は亮もいないし?」
そう言われると思ったんだ、と俊は心で悲鳴を上げる。
「うん、そうなんだけど、こう、外って気分なわけだ、あーっと」
もう、上手い言葉など、見つかるはずも無い。
ただ、ばし、と手を合わせる。
「助けると思って」
これは、本当に本音だ。ここで忍を連れ出せなかったら、後からなにを言われるか。
なにがなにやら良くはわからないが、俊がえらく困惑していることだけは、理解してくれたらしい。
微妙に首を傾げつつも、忍は立ち上がる。
「何で行くわけ?」
「電車かなぁ、まぁ、たまには珍しいシチュエーションというこで」
「ふぅん」
なんだか意図がありそうだ、とは察してしまっているようだが、素直に財布をポケットに突っ込んできてくれる。
俊たちよりも、ぐっと総司令部に呼び出される回数の多い忍は、いつでも、そう崩れた格好はしていない。今日も、モノクロでまとめていて、俊から見てもカッコいい。
服の色彩感覚がイマイチ、と麗花に評されてしまっている俊にとっては、羨ましい限りだ。
それはともかくとして、無事、忍が出かけることを承知してくれたことに、まずはほっとする。



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