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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・15■



カフェについて、それぞれにコーヒーを頼んで、窓際のカウンター風になった椅子に落ち着いて。
忍が、さて、というように、首を傾げる。
「で、なんだって?」
「なにって……ええと……」
相変わらず歯切れが悪いのが、俊としても、なんとも情けない。
が、説明は大変に難しいのだ。忍にツッコまれて、俊が耐え切れるわけも無いと思ったのか、須于は全容は話さなかった。
ただ、亮と外で待ち合わせってシチュエーションにしたいから、連れ出して、と場所と時間を指定されただけなのだ。
でも、それを口にするのは、余りにも野暮な気がする。
俊だって、それがなにを意図しているかくらいは、察しがつくから。
実のところ、待ち合わせを仕掛ける、正確な時間もわかっていなかったりする。
あちらの準備が、どのくらいで出来るのかが予測できてないからだ。準備が整ったら、携帯に連絡が入ることになっているのだが、まだ、それはない。
時間をつぶさねばならないのは、確かだ。
が、幼馴染である忍と、こうして改まって話せという状況になると、大変に困惑する。
しばらく、あちらこちらへと視線を走らせてから。
「えーとさ、こう、俺も、もう少しセンスを磨いた方がいいよなぁと思って」
「ふぅん?」
いかにも、搾り出したような理屈に、忍は相変わらず不審そうだ。
「その為にはだな、やっぱり人の格好を参考にするのがいいかなぁと」
「まぁな」
不審そうながらも、口にした言葉には同意をしてくれる。いくらかほっとしながら、俊は続ける。
「人のこと、一人でジロジロ見るのって、アレじゃんか」
「二人でも変だとは思うけど、まぁ、何気なくってのは出来るかな」
いくらか厳しいツッコミの後で、フォローしてくれる。いまにも冷や汗でもかきそうな俊が、いくらか可哀想になってきたのかもしれない。
「で?」
カップを手にしながら、忍が首を傾げる。
「参考になりそうなのはいたか?」
「あー、うっと、今のところは」
基本的に、ラルから近いので、女の子同士の客が多い。次に多いのは、カップルのようだ。
ようするに、微妙にズレてることを口にしたわけで。
俊は、テーブルに伏したい気分になってくる。
「……まずは忍からで」
忍は、思わず苦笑する。
「最近は、前ほどじゃない気がするけど」
「ホントか?」
「いまさら、俊に嘘に言ったって仕方ないだろうが」
肩をすくめる。
「麗花に感謝するんだな」
いつも、俊にだけ、本日の批評が入るのである。ちなみに今日は九十点、俊にしては高得点だ。
「まぁな、手厳しいけど、センスはあるもんな」
髪を軽くかき上げながら、俊も頷く。
コーヒーを口にしてから、忍は、もう一度肩をすくめる。
「センスなんて、あればあったでいいんだろうけどってワケにもいかないか」
志願兵役が終わったら、天宮に帰る、と俊は宣言している。戻れば、望んでなくても注目されるのに決まっている。
ベストドレッサーの称号を女性誌から奉られる財閥総帥の子が、センス無しというわけにもいくまい。
それに、世間的にもセンスがあった方が印象はイイに決まっている。
「まぁな」
そのあたりの自覚もあって、大人しく麗花の批評を聞いているのだろう。そうでなければ、ウルサイの一言で片付けていたはずだ。
個人的なことに口出しをされるのは、嫌いな方だから。
しばしの間の後。
ぼそり、と口を開いたのは俊だ。
「なぁ、お前は女の子として、見れるわけ?」
忍は、軽く眼を見開く。
もちろん、俊の問いの意味がわからなかったわけではない。それに、どうして、そんな問いが口をついたのかも。
冬のあの日、出会った天使ちゃんは、亮だった。
記憶を消されていた忍が気付かなかったのは、当然だけれども。
俊は、亮を忘れたわけではなかった。
なのに、気付かなかったのだ。
弟だ、と思い込んでいたのも理由のヒトツではある。
でも、それ以上に。
会いたくない相手だったから、会うわけが無いと思っていたから。
思考の中から、排除していた。
どちらでもないから、どちらを選択するのも亮の自由だ。
でも、どうしても、思い出してしまう。
妹、と人に言われた時に。
忍が、誰よりも想っているのが、誰なのかと考える時に。
自分たちの前から姿を消した亮を探し出す時は、夢中だったけれど。
自分が、どんな残酷な思考をしていたのかを、思い出してしまう。
「俺にとっては、どちらでもないよ」
忍は、窓の外の景色へと視線をやりながら、静かに言う。
俊は、いくらか、困惑気味の表情を浮かべる。確かに亮には、性別が無い。忍が言うとおり、『どちらでもない』が正確だ。
でも、間違いなく、忍は男なわけで。
麗花たちも、妹、という表現をした。
焦ったのは、妹という表現が耳慣れなかったからではない。自分があの時、どれほど亮を傷つけていたのかと思うと、いたたまれなくなる。
「俺は、気付かなかった」
ぽつり、と口にする。
「もし、そういう見方をするのなら、あの日は俺も、すごく傷つけていたと思うよ」
どこか、ほろ苦い笑みが忍の顔に浮かぶ。
誘拐の一件は、俊は知らないことだ。不思議そうに、首を傾げる。
「え?」
忍は、あっさりと無視をして言う。
「もしも、俊が亮を傷つけたと思ってて、なんかのはずみで亮と会ったとする」
「……気付かない方が、嬉しい、か」
自分を傷つけた人間と会うことで、また、嫌なことを思い出してしまうから。あの写真の亮は笑っていた。
穏やかに、柔らかな笑顔で。
「…………」
なぜか、泣きたいような気持ちになる。
「俺にとっては、どちらでもない」
忍は、もう一度、静かに言う。
「それが、亮だから」
「……そうだな」
時に応じて、亮はどちらに見える風にも、振舞ってみせることが出来る。
どちらに見るか、見えるか、ではなくて。
自分で、望んだようにすればいいのだと忍は思っている。
なるほど、と俊は思う。
だからこそ、亮は、忍だけに心を開くことが出来たのだろう。
に、と忍は笑みを浮かべる。
「ま、フリルとかも似合ってるってのは、言えるけどな」
つられて、俊も笑う。
「ああ、と、ちょっと、俺、トイレ」
やっと、呼び出しの携帯が鳴ったのだ。
もちろん着信音は消してあるし、振動はカフェの喧騒にかきけされているから、忍には聞こえていないはずだ。
俊にしては、自然に立てたとは思うが、きっと忍は察してしまっているのだろうな、と思う。
忍からは死角になる出入り口から外へと出ると、麗花と須于が笑顔で手を振っている。
「上出来!良く出来ましたー」
「はいはい、お褒めにあずかれて光栄っすよ」
これで自分の役割が終わったんだ、と思った途端に、どっと来る。
「うーわ、疲れた顔、じじぃっぽーい」
容赦ないのは、相変わらず麗花だ。
須于は、軽く手招きしてくれる。
首を傾げながら近付いて、須于の視線の先を見る。
わざわざ指差されなくても、すぐにわかる。視線が集まっているのもあったけれど、自分自身も惹きつけられたから。
眼を見開いたのを、目聡く見ているのは麗花だ。にまり、と笑う。
「どうよ、感想は?」
「参りました」
素直に言う。
ショートブーツに、ロングで細身のプリーツスカート、上はすこし襟もとに余裕のあるハイネックのカットソーに、変わり編みのカーディガン。
いつも左手にしている手袋はしていないようだが、カットソーとカーディガンの袖が長いので、左手の傷は綺麗に隠れている。
そして、なによりも似合う、と素直に思ったのは、いままでのウェディングプランのポスターやらアグライアでの謎の美人の時とはまるで違う、薄めのピンクの口紅だろう。
多分、他に化粧はしてないのだろうが、それだけで顔色が明るくなっている。
正真正銘、美人だと思う。
こうして見ると本当に繊細な造りなのだとも、思い知らされる。
さら、と吹く風に揺れる髪も、袖口からそっとのぞいている指先も、いまにも壊れてしまいそうな気がしてくる。
でも、間違いなく、そこにいるのは亮だ。
困惑顔で、そっと視線を泳がせている。
「出来を見たいから、遠目に見せてって頼んだの」
須于が、ちょっと悪かったかしらね、と首を傾げる。
麗花も苦笑する。
「確かに、意地悪だったけど、これくらいしか離れるテが思いつかなかったからねぇ」
「あれ、二人で選んだわけ?」
いくらか、自分を取り戻した俊が、二人を振り返る。
「そうだよ、体型が出なくて露出もなくて、左手が絶対隠れて、それでもカワイイ服で、亮が気に入りそうな色」
さらり、と麗花は言ってのける。
「忍は優しいから、いつもでも充分と思ってるんだろうけど、ね」
きっと、少しでも生きるという選択をしてくれただけで、充分と思っているのだと、俊も思う。
絶対に、自分の我侭を人に押し付けるようなことはしない。
それは、亮も同じだ。
ほっとけば、二人とも、いままでとなんら変わりないままに違いない。
「ま、微妙に亮には可哀相なんだけど、たまには忍だって、役得あったっていいよね」
麗花が、にこり、と微笑む。
いつも通りの明るい笑顔が、俊には不思議と、ひどく優しく見える。
「あ、気付いたみたい」
須于が、そっと言う。
こちらの三人に、ではない。
たくさんの視線の中の、たった一人に、だ。
亮のいくらか困惑していた顔は、ひどく照れた顔つきになる。
カフェの中の忍が、どんな顔をしているのかは、こちらからは見えない。
でも、忍らしく対応したのは、確かだ。
相変わらず、照れて困ったような表情ではあったけれど、柔らかく口元に笑みが浮かぶのが見えたから。

俊が、あたふたと立っていくのを見送りながら、忍は苦笑を浮かべる。
当人は、自然にトイレに行ったつもりでいるのだろうが、どう見たって慌てている。
それに、微かに携帯の振動も聞こえていた。
どうやら、本日の俊は、誰だかの思惑で自分を外に連れ出せ、と言われていたらしい。
誰だか、と言っても、大人しく俊が従うのは、麗花くらいしか思いつかない。にこにこと笑いながら、なだめてすかして、いつの間にか相手を丸め込んでしまうのだから。
に、しても、だ。
今日の麗花は、須于と一緒に、亮を引っ張り出すようにして出かけていったのではなかったか。
いったい、何が始まるやら、と、興味を覚えた視線で、さらり、と店内を見回す。
中に、変わった様子はない。
ということは、外だろうか。
そう思って、視線を向けて、はっ、とする。
横断歩道の向こうから、困惑顔で歩いてくるのは、間違いなく亮だ。
でも、朝出掛けて行った格好とは、まるで違う。
カーディガンにカットソーにスカートに、ブーツ。
性別を主張するような格好は、亮自身は好きではないはずだ。
ということは、麗花と須于が、選んだのに違いない。さすがと言うべきか、とても似合っている、と思う。
それに、ちゃんと左手が手の甲まで隠れるようにしてあるあたりに、細心の注意を感じる。
の割には、二人の姿が見えない。
困惑顔のままと亮と眼があって、気付く。
どうやら、麗花たちはお節介を焼いたらしい。
亮には災難だが、自分を喜ばせようと画策したのだろう。
薄い、ピンクの口紅までのせられてしまって、本当に亮は困り顔だ。しかも、忍がいると気付いて、ひどく慌てた顔つきになっている。
忍は、ゆるやかに微笑む。
せっかくだから、好意はいただいておくことにしよう、と決めて。
声には出さず、口の動きだけで伝える。
「似合ってるよ」
亮は、困惑した表情を残してはいたけれど、ゆるやかに微笑む。
手招きしてみると、素直に店内に入ってくる。
亮にも、ここまで来れば、どういうことなのか読めたのだろう、自分の分のお茶を手にして、隣へとやってくる。
「やられた?」
笑顔のまま言うと、苦笑が浮かぶ。
「こういう格好にも、慣れないと、と言われました」
仕事絡みでは、何度も着たことがあるだけはある。プリーツを崩しすぎずに、椅子に腰を下ろす。
よくよく見ると、カットソーの左袖は、時計で押さえてあるのに気付く。手を持ち上げても、傷があらわにならないように、だ。本当に、亮が気にせずにいられるよう、麗花と須于は最大限に気を使ってくれている。
「二人とも、やっぱセンスあるな」
「そうでしょうか」
「うん、とっても似合ってるよ」
また、照れた顔つきになって、亮はカップへと視線を落とす。
が、小さい声で言う。
「ありがとうございます」
くすり、と忍は笑う。本当に、苦手らしい。
「亮がスカートはくのって、もしかすると、あのワンピース以来?」
仕事以外で、という意味だ。
あのワンピース、とは、二人が七歳の頃のこと。本当に、後にも先にも一回だったらしく、亮にもすぐわかったらしい。
「そうですね、あれも、元々は仕事だったんですけど……」
「子供服のブランドモデルだろ、見たよ」
あの日、亮は健太郎に連れられて、天宮財閥が新規に立ち上げた子供服のブランドアピール用ポスターの撮影をしていた。
そして、山のような衣装の中から、好きな人とデートする時に着る服を選べ、などという罰ゲームじみた選択をさせられた上、その服のまま、健太郎に昼食やら、新しく開いた花園やらを連れ回された。
そのワンピース姿で雨宿りしていたところへ、忍が通りかかったのだった。
お約束のように現れた誘拐犯を、忍が竹刀で撃退してのけた。
もっとも、忍はあの時は、その相手を天使ちゃん、と思っていたのだけれど。
その後、街中に貼られたポスターを、ちゃんと見ていたらしい。亮の顔つきは、ますます照れたモノになる。
指示されて撮った写真は全てカタログに回されていて、実際に街に貼られていたのは、待ち時間に外を眺めている時のモノだったのだ。
好きな人とデート、と言われて、誰を思い浮かべてしまったのかを、どうしても思い出してしまう。
「そうですか」
ますます小さな声になる。
「そんなに嫌なら、服、買いに行く?」
着ていた服は、須于と麗花に持ち去られてしまってるに違いないから。
亮は、困惑した顔を上げる。
確かに、とても苦手な格好ではある。でも、これが、麗花と須于の好意であることもわかっている。
「もし、しばらく我慢してくれるなら、俺としては、そのまま一緒にいてくれたら嬉しいけどね」
忍は、にこり、と笑う。
いくらか頬を染めながら、亮は、こくり、と頷く。
「あの時も、素直に言えば良かったなぁ」
笑みが、大きくなる。
「すごくかわいいから、一緒に出掛けてもいい?ってさ」
亮の視線が、少し、漂う。
「……あの時、デートに行く時に着たい服を選べ、と」
「え?」
不思議そうに、忍は眼を見開く。
「相手に、かわいいと思ってもらえそうな服を、と言われて……」
「亮が、選んだ服だったのか?」
滅多に見ないほど、亮が紅くなっている。
その表情を見れば、亮が誰を思い浮かべながら選んだのか、忍にだってわかる。亮は、ずっと過去の記憶を持ち合わせているのだから。
立ち上がると、空いたカップを二つ、トレーに乗せて、片手に持つ。
それから、うつむいて両手をおろしたままの亮の手を、空いている手で取る。
耳元で、囁く。
「知らなかった、すっごく嬉しいよ」
相変わらず、顔はうつむいたままだったし、紅くなったままだったけれど。
亮の顔にも、笑みが浮かぶ。



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