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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・17■



「やーっぱり、こんなとこで悪さしてたわね」
仁王立ちで、腰に手をあてているのは麗花だ。
苦笑を浮かべたのは須于。
「でも、私たちも、あまり人のことは言えないんじゃないかしら」
亮が、首を傾げる。
「なにか、思い出しましたか?」
「うん、須于の幻影片のことでね」
と、麗花が、須于の方へと向き直る。こくり、と頷くと、須于も自分の胸元にいつも下げているそれを、取り出す。
「回路が修復できないかと思って調べていて、なんとなく思い出したの」
にこり、と笑みを浮かべる。
「これは、割れた欠片なんかじゃなくて、これでちゃんとしたヒトツの幻影片なんじゃないかって」
「昨日歌ってるうちに思い出したんだよね、幻影片のカタチ」
参りました、というように両手を上げてみせる。
「ご名答、欠片ならば修復は不可能ですからね」
幻影片の映像は、須于の記憶を引きずり出すきっかけになる。だから、亮はその修復を望まなかったのだ。
亮は、苦笑を浮かべたまま問う。
「思い出したのは、それだけではないでしょう?」
「さーすが、亮、でも亮も私たちがなにを思い出したのか、察しついてるんでしょ?」
苦笑は、穏やかな笑みに変わる。
「幻影片をメンテするための道具、ですね」
「そうなの、でも、置いてある場所まではわからなくて」
須于が、少し困り顔で首を傾げる。
「やはり、壁の向こうかしら?」
「そうですね」
誰からともなく、壁を見上げる。
この向こうに、過去の六人が集っていた場所がある。
「それはそうとて」
麗花が、別方向へと視線をやったまま、冷静な口調で呟く。
「なにやら、二人、凍り付いてるのがおりますが?」
その声で、我に返ったらしい。
ジョーと忍は、また、どちらからともなく、顔を見合わせる。それだけで、同じことを思い出したのだということは、わかったらしい。
麗花と須于へと、視線を戻す。
「俊は、一緒じゃなかったのか?」
尋ねたのは、忍だ。
「忍を連れ出すだけで精一杯だったみたいだから、解放してあげたよ」
「今頃、一人でバイク飛ばしてるんじゃないかしら」
にやり、と口元に笑みを浮かべたのは麗花だ。
「ま、それで丁度良かったかもね」
少なくとも、ジョーと忍が、いま思い出したことを麗花も思い出したらしい。
「扉開けて、思い出さないのが一人だと、俊だって焦るよね」
壁を見上げる。
「ほとんど、ここにはいなかったですから」
亮は、ごく静かに言う。
俊の過去の記憶がほとんどないことは、わかっている。
きっと、同じキッカケを与えられたとしても、全く思い出すことがないか、無理矢理すぎて酷い頭痛が起こるかの、どちらかの可能性が、あまりにも高い。
そして、それはどちらも、俊を苦しめるだけの結果になる。
「開けてもらえる?」
須于が、首を傾げる。
道具を、手にする為に。
もう、須于も麗花も思い出してしているのだから、今更、隠しても仕方の無いことだ。
亮は頷いてみせてから、なにもないように見えた壁へと手を触れる。
ネジのように見えていたのは、キーであったらしい。というよりも、ネジの中にキーが紛れていると言った方がいい。
亮でなければ、どれがどれなのかなど、判別がつかない。
軽やかに動く指が、複雑なパスをいくつも入力していく。
リスティア語に似ているが、いくらか違う文字が浮かび上がる。
それは、『Clear』の意味のナタプファの言葉。
更に、複雑な文字列が現れ始める。
軽く眉を寄せた麗花を見て、須于が声を出す。
「パス照合クリア、身体チェック開始」
「身体?」
忍が、怪訝そうに問う。が、次の瞬間、高い天井から亮のいる場所にだけ、レーザー銃のように光が落ちてきて取り囲む。
「角膜照合クリア、指紋照合クリア」
須于の、静かな声が続く。
この壁が閉じられたのは、どんなに遅くとも『崩壊戦争』終了直後のはずだ。
現在の亮のデータが、あるはずはない。
過去の遺伝子を受け継いでいるという、確かな証拠。
す、と光は消え、さらに複雑なキーボードが壁から現れる。
かなり、厳重に閉ざされているらしい。
忍が、軽く首を傾げる。
「起動させて、大丈夫なのか?」
「ええ、ネズミがチェックしても、総司令部のエネルギー消費量が莫大に増大していることは掴めませんよ」
くすり、と亮は笑う。
言っている間にも、亮の指は複雑なキーボードの上を素早く動いている。
小型のモニターがあるが、そこに流れる文字列は早すぎて、忍たちにはついていけない。
が、そのうち、また、単純な単語が現れる。
「照合最終完了」
須于の声と同時に、ほとんど音をさせることなく、壁が開いていく。
開いていくにつれ、闇に包まれていた場所に次々と灯りが点っていく。
眩しいくらいの光だ。
一瞬、眼を細めてから。
「!」
目前に開けた景色が、見慣れたものであることに気付く。
「あ……」
「これって」
「総司令室」
忍の言葉に、亮が頷く。微かな笑みを浮かべて。
「この仕様が、処理には向いていたので」
広さといい、埋め込まれているモニター数といい、総司令室の二倍はあるが。
「そういうことだったわけね」
麗花が肩をすくめる。
「いやにあっさりと、壁を開けてくれると思ったら」
「今でなければ、無理でしたよ。不自然なエネルギー消費量を感知されてしまったら、さすがに隠し切れません」
世間が騒ぎ始めたのに合わせて、何気なく、総司令部の情報機密性はアップされている。
相当な腕だと自認するハッカーたちでさえ、肝心の情報は何ヒトツ掴むことは出来まい。
そして、それは、エネルギー消費量でさえも。
「でも、情報はともかく、エネルギー消費なんて、どうやって?」
「その点は、過去のどなたかに感謝するよりほかないですね、『崩壊』の際の強大な破壊エネルギーの一部が供給されています」
「気に入らんが、仕方ないな」
ジョーが、眉を寄せながらざっと、部屋を見回す。
「ああ、わかったわ、そういうことね」
須于も、この景色を見て、ジョーたち三人が何を思い出したのかがわかったらしい。
くすり、と笑って、麗花を見やる。
「私たち、やることがあまり変わってないみたいね」
「遺伝子一緒だからねぇ、根幹変わんないのは仕方ないんじゃない?」
麗花も、笑い返す。
それを聞いて、亮は苦笑しながら、一方を指差す。
「須于の道具なら、あそこですよ」
まるで、掃除でもしておいたかのように、キレイなままの道具箱がある。
須于は、ゆっくりと、実用重視なシャープなデザインのそれに近付く。
それから、そっと、触れる。
微かな笑みが漏れたのは、確かにそれが、自分のモノと確信できたからだ。
半ば機械的に指が動き、キーを入力する。ほとんど音がすることなく、道具箱は開く。
「さてと、須于の修理が終わるまでは、少し時間があるね」
麗花が、にこり、と振り返る。
「思い出したことがあったら、報告するって約束だったよね」
笑み返して、亮は軽く首を傾げる。先を促す表情だ。
「私と須于で、亮にこんな風に女物の服、着せたことあったよね。でも、あの時も亮は軍師な顔してたっけ」
言われて、亮の顔にはまた、苦笑が浮かぶ。
忍が、ぽつり、と言う。
「侵入者だよ」
「俊ね」
宝石を鑑定する時のような、特殊なレンズを片目にして強烈なライトで照らしながら幻影片を覗き込んでいる須于の声だ。
「私が消えてしまって、行方を捜すのを依頼されたんだわ」
「ナタプファの巫女がいなくなったとなったら、レジスタンスは焦るよな」
にやり、と忍が笑う。
「金の為なら、どんな仕事でも引き受けるってあたりは、尊敬に値してたし」
「お褒めにあずかり、大変に光栄っつーか、お前らだけで壁開けてるのかよ」
拗ねた顔つきで壁際に立っているのは俊だ。
麗花が、にっこりと笑う。
「よく、ココわかったねぇ」
「電話しても、誰にも通じねぇってなったら、ココしか考えられないだろうが」
忍が閉じこもった時に、連絡が取れなかったことを思い出したらしい。
格好からして、バイクで飛ばした後、直接ここへ来たらしい。相変わらず、不機嫌な顔つきだ。
それはそうだろう、自分一人でのけ者とわかって、気分がいいわけがない。
「ま、おかげさんでバイク飛ばしてるうちにそこそこ補充してきたけど」
「へぇ、思い出したんだ?」
相変わらず、麗花はにっこりと笑ったまま、首を傾げる。
俊は、くしゃくしゃ、と自分の髪をかき混ぜる。
「……あのさ、確かに、情けねぇ過去だと思うけど、必要ならいくらでも思い出すよ」
「わかってるよ」
静かに返したのは、忍だ。
ジョーの口元にも、静かな笑みが浮かんでいる。
「問題なのは、そっちじゃない」
言われて、軽く眉を上げる。そう言われれば、五人がなにを心配したのかはわかる。
俊が最も過去の記憶から縁遠かったのは、自覚がある。無理矢理に記憶を引きずり出せば、どんなに負担がかかるのか、も。
確かに、亮は六人全員の前で、過去の記憶を教えて欲しい、と口にしたのだ。
それ以外の理由で、俊を気遣う理由はない。
もう一度、髪をくしゃくしゃ、とやる。
「ったく、まーた、俺が最後かよ」
「最後でも、しっかりと間に合うあたりは俊らしいんじゃないかしら」
幻影片から顔を上げて、須于が、笑みをみせる。
忍も、にやり、と笑う。
「それに、過去でも、バイクはイチバンだったじゃないか」
「ってな事実に自信が持てたのも、最後だったんだよな」
肩をすくめる。
「まぁともかく、六人がそこそこ思い出したというのは、確かなわけです」
亮が、軍師な笑みを浮かべる。
笑みの意味を、正確に捉えたのは忍。
「パズルピースを、組み合わせてみようってわけか」
「前回よりは、随分と増えたようですから」
麗花が、首を傾げる。
「ね、簡単でもいいから最初から順序だててくれない?始まりは、最終兵器と勘違いされてた亮の奪還作戦になるんだよね?」
「そ、俺が研究所に侵入したのが、始まり」
忍が、頷いてみせる。
「時間差でジョーが侵入してきて、そこらで『Aqua』全土まとめて解放しなくては、精神制御を本当に解くことなんて出来ないって思ってる人間が、案外多いってことがわかった」
「で、歌姫を消せば、ファーラを解放できると思って来てみたら、私がついてきちゃったわけね」
にんまり、と麗花が笑う。
須于も、にこり、と微笑む。
「幻影片は、解放に有効なツールだったわけね」
「アルゴリズムはわかりませんが、どのような制御を受けている者も、必ず反応しましたから」
ジョーが、ぼそり、と付け加える。
「せこせこと数人単位で『解放』するのでは、抹消者に片っ端から消されてってしまう」
「そう、幻影片も、出来うる限り多人数を一気に解放しなくては、意味がありません」
道具箱を閉じた須于が、ゆるやかに立ち上がる。
「こんな風にね」
ぽう、と彼女の頭上はるかに、青と白と緑の球体が浮かぶ。
手を伸ばせば、触れられそうなほどにはっきりと。
あまりに鮮やかな映像に、五人ともが息を飲む。
「……幻影片ってのは、マイクロデジタル3Dプロジェクタってわけか」
やっと、忍が我に返って呟くように言う。
俊も、頷く。
「相当、回路集積してるな、現在では作れないサイズだ」
「理論はともかく、制御されてる人間が揺さぶられるっていうのは、わかる気がするわ」
麗花が、珍しく静かな口調で言う。
「とても、綺麗だもの」
「そうね、宇宙から見たら、きっと『Aqua』も蒼い宝石のように見えるんだわ」
ロマンチックなことを口にしたのに、ジョーが頷く。
「そうかもしれない」
それが不思議に感じないくらい、修理された幻影片が映し出した『地球』は綺麗だ。
「亮?!」
真っ先に反応したのは、忍。
がくり、と、亮が片膝をついたのは同時だ。片手で頭を抱えて、片手を倒れぬように床について。
プリラードに向うことを決めた時に、過去の記憶の話をジョーと忍との三人でした時と、同じだ。
苦痛に歪む表情も。
須于は幻影片が映し出す映像を、すぐに消す。
気忙しげな顔つきになり、俊も忍と反対側から覗きこむ。
「亮!大丈夫か?!」
が、その声は届いてない瞳だ。
焦点の合っていない瞳は、多分、過去と向き合っている。
つ、と額から汗が流れる。
「亮ッ!」
忍が、肩を掴んで、思い切り呼びかける。
麗花が、きゅ、と手を握り締める。ジョーは、眉を寄せたが、黙ったまま見つめている。いつもよりも、きつく唇を閉ざして。
亮は、酷く、痛みを帯びた表情を浮かべる。
そして、見たことも無いほどに激しく首を左右に振る。
「いいえ、違う、それは、間違っています……」
ひときわ激しい頭痛が襲ってきたらしい。
仲文の実家から帰るときと同じ、ひどく苦しげな表情が浮かぶ。
「亮ッ!!」
もう一度、忍は思い切り揺さぶりながら呼びかける。



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