[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・18■



その声で、はっとしたように、亮の瞳が焦点を結ぶ。
と、同時に、辛そうな表情も消えていく。
深いため息をつきながら、忍は、額の冷や汗をぬぐう。
「大丈夫か?」
「……はい」
忍に手を取られながら、ゆっくりと立ち上がる。
その様子に危なげはないし、顔色も、もう、戻ってきている。俊たちも、やっと、肩から力が抜ける。
「驚いた」
「すみません」
ぺこり、と素直に頭を下げる。無理をするな、と自分が言っているのは、亮自身がわかっていることだ。
ただ、いまのが、別に亮が無理矢理にやったことではないことは、五人ともがわかってる。
須于が、完全に危なげが無い、というのを見てとってから、首を傾げる。
「なにか、思い出した?」
「いえ、思い出しかかったんですが……」
苦笑を浮かべて、亮は、首を横に振る。
時計に眼を落としたのは、俊。
「そろそろ帰らねぇか?すっかり遅くなったし」
「確かにね、お腹空いちゃった」
麗花が、お腹をさすりながら言うものだから、思わず、皆で笑ってしまう。
亮が、無理をしていないとはいえ、あんな状態になったのだ。今日のところは、長居は無用だろう。
「じゃ、せっかく六人でメガロアルシナドいるんだし、どっかで食ってかないか?」
忍の提案に、ジョーも頷く。
「それはいい」
どうやら、ジョーもかなりお腹が空いてきているらしい。
「はーい、行きたいところ大募集〜!」
麗花が手を上げる。
須于が、にっこりと微笑みながら手を上げる。
「六人なら、個室になるようなとこがいいわ、気にせずにおしゃべり出来るし」
「それなら、地鶏が美味いとこ知ってるよ」
忍が、どう?というように首を傾げる。こくり、とすぐに頷いたのは、ジョーと俊だ。
「それ、いい」
「ああ」
ずずい、と身を乗り出したのは麗花。
「そこ、ワインある?ポン酒はきっついしさ」
「あるよ、別に和食割烹ってわけじゃないから。手造りのざる揚げ豆腐もあるし」
亮も、頷く。
「いいんじゃないですか」
「うん、なんか、美味しそうな感じ」
須于も賛成なので、決まりだ。
「わーい、じゃ、そこで決まりー!」
「では、エレベータを呼んできておいてもらえますか?ここ、閉めて行きますので」
亮の言葉に、すぐに俊が頷く。
「ああ、わかった」
「私も行くー」
麗花と、それに釣られるように須于も走っていく。
くすり、と笑って、キーボードに向う亮へと、忍は向き直る。
「ヒントは、掴めたか?」
入力し終えて、静かに閉ざされていく扉を背に、亮が微笑む。
「ええ、そう何度も、一方的に痛めつけられるのは性に合いません」
ジョーが、視線だけで、なにを掴んだのか、と問う。
亮の口元に浮かんだ笑みが、大きくなるが、どこか皮肉なものが混じっている。
「過去の僕は、人工生命体でした」
ゆっくりと、もう、六人ともが知っている事実を、口にする。
一瞬、忍は、え?というように眼を見開き、ジョーは、怪訝そうに眉を寄せる。が、すぐに、二人とも、はっとした顔つきになる。
「誰が、亮を造ったんだ?」
二人の声が、揃う。
その記憶が、どこにも、ない。
あまりにも、不自然な欠落。
に、と忍とジョーの口元にも、笑みが浮かぶ。
「なるほど?」
「そういう、ことか」
が、すぐに、その笑みは四散する。
「ヒント掴んだのはいいが」
「無理はしすぎるな」
こくり、と亮は頷いてから、苦笑を浮かべる。
「二人とも、ですからね?」
二人で立ち会った痕が見つかったのを、思い出してジョーと忍は、顔を見合わせる。
「ああ」
「もう、しない」
嬉しそうな笑みを浮かべた亮は、ふ、と我に返ったように、自分の格好を見下ろす。
「……この格好のまま、でしょうか」
半ば無意識に口元に手がいっているところをみると、格好も気になるが、化粧はもっと気になる、といったところだろうか。
忍の顔に、苦笑が浮かぶ。
「せっかく、麗花と須于が選んでくれたんだし、今日はそのままでいれば?」
「あまり嬉しくないのかもしれないが、似あうと思うが」
ジョーにまで言われてしまい、亮は、もう一度、服を見下ろす。
微苦笑を浮かべながら、顔を上げる。
「そうですね、では、今日だけは」
麗花の声が、廊下の向こうから飛んでくる。
「ほーらー、エレベータ来たよ!」
「すぐ行く!」
忍が答え、ジョーが足を速める。亮も、すぐに二人に続いて走り出す。

四回目も『崩壊』が起れば、嫌でもそれが定期的であることに、気付く。日付を数えることの出来る人間ならば、誰であろうと。
マスコミがご丁寧にカレンダー付で説明していることでもある。その上、『Aqua』は人工惑星であること、その管理中枢のほとんどがリスティア首都アルシナドに集中していることを派手に喧伝している。
おかげで、道行く間も、ひっきりしなしにその話題が耳に入ってくる。
野次馬的興味に、ほんの少しの不安をないまぜにして。
真実を、知らせるわけには行かない。
もしも、このまま『Aqua』創始者たちの思惑通りにコトが進めば、年明けを迎えることなく、この星が消えてしまうのだ、とは。
知らないことが、無邪気な興味を生んでいるのだとわかっている。
わかってはいるけれど、やはり、煩わしい。
須于が、個室がいい、と言い出したのは、自分たちのおしゃべりの為というよりは、余計なおしゃべりが耳に入ってこないように、の方が正確だったのだろう。
俊などは、あからさまに不機嫌な顔つきだが、路上で余計な口を開けば、下手すればケンカになることは知っている。
おしゃべりに気を取られて、ジョーの肩にぶつかったサラリーマンなどは、凍りつきそうな視線で睨まれて、慌てて離れていく。
苦笑したのは、麗花だ。
須于も、あまり気分のいい顔つきではないし、それは忍もだ。
相変わらず、表情が変わらないのは亮。
ゆるやかに微笑んで、首を傾げる。
「こちらで、いいんですか?」
その表情を見て、思い出す。
亮は、なにがあろうと「いつも通りに」していろ、と言ったのだ。
にこり、と忍も笑みを浮かべる。
「ああ、そこの通り入ってすぐだよ、置き看板あるはずだから」
「なんていうお店?」
麗花も、いつも通りの笑顔で尋ねる。言われて、忍は苦笑する。
「それがさ、名前、覚えてないんだよな」
「うーわー、またかよ」
大げさな口調で俊が、にやり、と笑う。
「忍って、その手の苦手だよな、場所とかはしっかり覚えてるのに」
「いいだろ、辿り着ければ」
くすくすと須于も笑う。
「でも、人に訊かれたら困るんじゃない?」
「そうかもな」
まるで気にしない口調で言うものだから、思わずジョーまでが笑う。
「あ、あった、あそこ」
角を曲がったところで、忍が、看板を指してみせる。和風のお店らしく、滲んだ墨文字が大きめの灯篭に書かれたような味のある看板だ。
「へぇ、地下なんだー」
わいわいと下りていく。
「暗くなったらさぁ、出そう〜」
ぬーと振り返った麗花に、須于が思わず悲鳴を上げる。
それを見て、俊たちが笑う。
席は無事空いていて、六人でこじんまりとした個室っぽい場所に案内される。扉まで閉じてくれるので、障子張りの小窓がついているとはいえ、落ち着く雰囲気だ。
お絞りを配り終えた店員が、明るく尋ねる。
「始めに、お飲み物よろしいですかぁー?」
「今日はどういうモード?」
メニューを開いた麗花が、皆を見回す。にやり、と笑ったのは忍だ。
「皆で飲めるのがいいだろ、コレにしようぜ」
と、とっととワインのボトルを指す。
「あーっと、白の辛口でいい?」
「おっけ」
「ええ」
あとの二人も、こくこく、と頷く。
「あ、じゃあ、これ」
「グラスの方は、おいくつですか?」
「六つで」
「六個ですね、承りましたぁ。どうぞ、ごゆっくり」
扉を閉じられたところで、盛大にため息をついたのは俊。
「あー、俺、修行不足!」
どうやら、歩いている間に聞こえてきた無責任な噂に、かなりイライラしていたらしい。亮から「いつも通り」と言われていたことを、思い出した後も、だ。
「はいはい、グチは後、食べるモノ決めるよー」
二つあるメニューのヒトツを、麗花が広げて押し付ける。とっとと指差しているのは忍だ。
「串盛りとろうぜ、この七種のヤツ」
亮も、隣で首を傾げる。
「この、昆布焼きも美味しそうですよ」
「あら、いいわね、私、すくい豆腐食べたいわ」
須于もリクエストしている。ジョーが、麗花にリクエストする。
「この、今日のおつくりがなにか訊いてくれ」
「おっけ、あと、サラダ欲しいよね、野菜野菜〜」
「ジャコと大根たっぷりの和風サラダって、どうよ」
なにやら、皆、反応が早い。うっかりぼんやりしていると、自分の選んだものが入る余地が無くなりそうだ。
俊も、慌てて覗きこむ。
「おでん、おでん入れてくれ!」
まだ、皆がチェックしてなかった場所のようだ。
「大根!」
「外せないでしょう、卵も〜」
「じゃがいも、いけるかなぁ」
口々に言っているところで、飲み物がやってくる。舌噛みそうな長ったらしい名前をすらすらと言ってのけてから、テーブルに置き、食べ物の注文をとって、また去っていく。
皆のグラスに注ぎ終えて、クーラーにボトルを戻して。
「はーい、とにもかくにも、カンパーイ!」
麗花の調子のいい音頭で、乾杯する。
「うわー、すきっ腹にくるー」
「飯、飯をくれ」
「確かに、腹と背がくっつきそうだな」
明るい笑い声をたてたのは、麗花と須于。亮も、くすり、と笑う。
「ひとまず、お通し食べておくしかないでしょうね」
「この程度では足りぬー」
俊が、あっというまに小鉢を空けて、地を這うような声で言う。忍も、切なそうな声を出す。
「ああ、余計に腹減ってきた、胃が活動しだしたって感じ」
「あげますよ」
元々少食の性質の亮が、まだ手をつけていなかった小鉢を、二人の方へと渡してくれる。
「ありがたく、食っちゃうよー」
「をを、ジョー様が睨んでおられる、いくらか残しておかねば」
「睨んでないぞ」
ぼそ、と抗議するが、誰も聞いてくれない。すかさず、麗花に言われてしまう。
「腹が減っては戦が出来ない御仁ですからねぇ」
聞いた須于が、ツボにはまったらしく、目尻に涙が浮かぶほどの大笑いになってしまう。
困惑顔になったジョーは、ずい、と手を出す。
「言ったからには、俺にもよこせ」
その目付きが本気なのを見て、麗花と忍も笑い出す。俊が、かろうじて小鉢を差し出したところで、亮までもが肩を震わせ出してしまう。
「そんなにウケなくてもいいだろう?」
さすがに恥ずかしくなってきたのか、いくらか抗議口調になる。
「いや、ホント、侍似合い過ぎ」
とかなんとかやっているうちに、ぼちぼちと料理も届きはじめる。
「来た来た、刺身食おうぜ、刺身!」
「あ、それはまず、将軍様に献上しないと!」
「将軍まで行くのか」
まだ、侍ネタが続いているらしいが。
「昆布焼き、網に乗っけちゃうよー!」
「お、いい香り」
「串まだか、串」
などと、わいわいと勢いよく片付けていく。
忍が、美味いよ、と言っただけはあり、確かに美味しい。
さんざん、食べて飲んで、一人ハーフボトルは余裕で空けた、というころ。
麗花が、笑顔で手を上げる。
「はーいはいはいはい、提案がありまーす」
「はい、麗花くん」
俊が、えらそうな口調で、ぴし、と指す。
指された麗花は、にこり、と笑う。
「提案っていうか、お願いかなぁ」
「なぁに?」
いつも、はっきりきっぱりと言う性格の麗花が、いくらか躊躇っているのが珍しい。須于が、首を傾げる。
「まぁ、ちょっと微妙な時期だから、ダメならダメって、言ってね」
亮へと視線を向ける。
なんでしょう?というように、亮も、軽く首を傾げる。
「で、なにをお願い?」
忍が、にこり、と笑顔で促す。
「あのね、今年のクリスマスは、家で六人でやろうね」
六人で最初のクリスマスは、先天性細胞破壊症に犯されていた知沙友の為のクリスマスだった。病室を飾り付けて、リースをつくって、大きなツリーを持ち込んで。
そして、クリスマスプレゼントは、ずっと会えなかった、父親。
とても喜んでくれた笑顔を、忘れることはないだろう。
そして、去年は、対『緋闇石』でそれどころではなかった。麗花はアファルイオに行っていたし、忍もジョーも亮も、大怪我をしていたのだったし。
「いいんじゃないですか」
亮が、にこり、と微笑む。
と、いうことは、少なくともクリスマスには、まだ、自分たちの出番は訪れていないということになる。
「じゃ、今年は六人でクリスマスね」
にっこり、と須于も微笑む。
忍が、首を傾げる。
「十二月になったら、ツリーを飾って?」
「そう、ケーキを焼いてね」
「手作りで良ければ」
亮の言葉に、俊が笑顔で握り拳を突き上げる。
「やーった、亮のケーキ!」
「期待できるな、それは」
ジョーも、笑みを浮かべる。
「それからね、プレゼントは一人ずつ、みーんなに用意して」
「一人ずつぅ?!」
眼を丸くしたのは俊。忍とジョーも、顔を見合わせる。が、麗花は全く気にする様子なく続ける。
「そう、自分らしいのをね」
にんまり、と笑う。
「らしい、ですか」
亮も、少々首を傾げている。なににするか、考えているらしい。
『第3遊撃隊』最後のクリスマスは、にぎやかなことになりそうな予感だ。
世間の喧騒とは、裏腹にして。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □