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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・3■



穏やかに微笑んでいた亮は、ゆっくりと口を開く。
「忍が侵入して、僕が目覚める以前のことを……正確には、その眠りにつく、前のことを」
忍とジョーは、顔を見合わせる。
もちろん、それ以前を実際に知るわけなど無いことはわかっている。
存在する、という情報があるのに、誰も人工生命体を目にしなかったということは、『Aqua』に移住してから、目覚めたことがない、という意味になる。
眠りの前のことについて、旧文明時代の亮が口にしなかったか、を訊いているのだ。
「ヘンに細かいところは、覚えてるけどな」
忍が、軽く首を傾げる。ジョーが、自分の思考をたどるように、視線を漂わせる。
「ナタプファ中枢への進入経路とか、だろう」
「思い出し始めてから、夢に見たりするからな。同じ環境にされたら、入れると思うよ」
「俺もだ」
頷いてみせてから、腑に落ちない顔つきで、眉を寄せる。
「どうした?」
忍の問いに、ジョーは、片眉だけ上げてみせる。
「忍は、気にならんか?なにをと言われても困るんだが」
言われて、忍の顔にも苦笑が浮かぶ。
「多分、亮も同じところでつっかかってることに」
三人が、誰からともなく、顔を見合わせる。亮が、ゆっくりと口を開く。
「なぜ、『緋闇石』だとわかったのか」
今のところ、麗花たちの記憶は、『解放』の力に関することと、己の死に凝縮されているらしい。
最後に出たのが『緋闇石』であったことを、類推は出来るが思い出してはいなかった。
「一気にケリをつけなくてはならなくなったのは、シャフネが沈んだからだ」
「今回の島なんて、カワイイもんだな、アレに比べれば」
それでも、人々への影響は計り知れないけれど。
だが、旧文明時代、『緋闇石』はその存在を知らなかった忍たちの目前で、大国一国を完全に滅し去ってみせた。
ほんの微かな記憶だったのは、はっきりとしたモノに取って代わっている。モトン王国の島『崩壊』とイメージがダブったからに違いない。
「視覚で確認できたのは、シャフネが崩れ去ったことと真紅の閃光が見えたこと。わかっていたのは、シャフネ中枢を管理していた者が、自爆するようなタイプではありえなかったことです」
それだけの情報から『緋闇石』を確定出来たということは、なんらかの情報があったのだ。
「そうか、少なくとも亮は、知っていたはず、か」
知識がなければ、断定するのは不可能だ。
情報から解析可能なモノだったのなら、出現前に予測可能のはずだから。
それを尋ねる、ということは、今の亮の記憶からは、抜け落ちているということになる。
「俺たちの記憶にも、ない、か」
これだけ、詳細にナタプファ最終兵器奪取あたりからは記憶に残っているのに。
ましてや、『緋闇石』のことだ。最も印象に残っていてもいいはず。
意図、という単語が、浮かぶ。
「日付制限と、欠けた記憶、か」
ぽつり、と忍が呟く。
この感覚を、うまく説明する言葉は見つからない。だけど、確かに。
なにかが、もやに包まれて、出てこない。
「出来る限り、努力はする」
ぼそり、とジョーが言う。まっすぐな視線で、忍と亮を見つめる。
「二、三年、寿命が縮んだところで変わらんだろう」
「答えが見つからなければ、年末には皆で心中かもしれない、か」
『Aqua』中心部に侵入し、『地球』を切り離せばいい、とはわかっている。だが、こちらの思うがままにコトが進むと確信するには、大きな不確定要素があると言わざるを得ない。
忍の言葉に、ジョーが頷く。
「そういうことだ。余計な負担はかけなくてもいいが」
須于たちのことを言っているのだ。
過去の記憶を呼び覚ますのは、とてつもなく奥深い場所から無理矢理に引きずり出すのと同じだ。
欠片すら思い出してない三人に無理を言えば、亮が懸念していた通りの結果を呼び込みかねない。
神経系統への過剰負荷による、「死」。
例えそこまで行かないとしても、どれほどに躰を蝕むかは亮が証明している。
亮が、いままでのように全てを抱え込むつもりは無いのは、わかっている。
そうでなければ、過去をどの程度思い出しているかを試す為とはいえ、自分の記憶をあれほどまでに話すことなど、考えられない。
亮が知りたい事実が判明したのなら、なんの迷いも無く、六人共に話すだろう。
だが、思い出すことは、別だ。
それだけは、亮の中で譲れない一線だというのは、理解出来る。
さほどの負荷をかけずに済む方が、いいに決まっている。大事だからこそ。
「バレたら怒られるけどな」
忍が苦笑を浮かべる。ジョーもいくらか複雑な笑みになりつつも、言ってのける。
「無理することなく思い出すのなら、問題無い」
まるで、旧文明産物から常に共にあった龍牙やカリエが記憶を宿しているかのように、はっきりとした記憶が蘇りつつあるのは、事実だ。
くすり、と亮が笑う。
亮が姿を消した時に、一人で抱え込むなと言った自覚は充分にある。照れくさそうな顔つきになったジョーは、忍へと視線を移す。
「にしても、シャフネと一緒にナタプファも崩れたのか?」
「いや、あの時はキレイにシャフネだけだったよ、最後じゃないのか?」
忍の視線を受けて、亮が頷く。
「ええ、『緋闇石』が止まるまでには、ナタプファも相当面積が崩壊しました……いま、旧文明時代の地図を見たら、驚くでしょうね」
「リスティアが『崩壊』を免れてるんじゃなくて、もう『崩壊』する場所が無い、っていうのが正確なわけか」
旧文明時代、ナタプファと呼ばれた国が、今はリスティアとなっている。総司令部のビルが、なによりの証だ。
が、当時の地図すら一般の情報としては残っていない今、それを説明することは出来ない。
健太郎は、総司令官として苦しい立場になるに違いない。
忍とジョーが、なにを心配しているのか、わかったのだろう。亮が微笑む。
「大丈夫ですよ、覚悟は出来ていますから。それに、後始末なのだと知っている一人でもあります」
「ともかく、やるしかないってのだけは確かだな」
にやり、と忍が笑う。
ジョーも、頷く。
「あまり長居していると、いい加減おかしいと思われる」
言いながら、総司令室の扉を開け放つ。
階段上から、明るい光が差し込んでいる。すぐに上がってくると思った俊たちが、開け放って行ったのだろう。
あと、何回、この階段を下りるのか。
ふと、忍は、そんなことを思う。
ひょ、と麗花の顔が、扉の向こうから覗きこんでくる。
「まーだ、いたの?買い物部隊にリクエストあるなら、今のうちだよ?」
廊下の方から、行きゃあいいんだろ、行きゃあ!などという、ヤケを起こしたらしい俊の声。
階段を上がりかかっていたジョーと忍は、顔を見合わせる。
ジョーが、口の端に笑みを浮かべて麗花を見やる。
「それは、いろいろと頼まないといけないんだろうな?」
にまり、と麗花は笑う。
「とーぜん、バイクで限界に挑戦」
忍が、振り返る。
「亮!買い物リスト作れってさ!思いつく限り長いヤツ!」
ちょうど、総司令室を落として出てきた亮が、目を丸くする。
「買い物リストですか?」
だから、勝手に決めるなって!という声が、またもや遠方から。
にっこり、と笑みが浮かぶ。
「そうですねぇ、では」
すう、といつもよりも息を吸ったかと思いきや。
「寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところ……」
「うわぁ、そんなに?!」
どうやら、須于に捕まっていたらしく、無理矢理に俊が顔を出す。
後ろから、ひょい、と須于も顔を覗かせる。
「また、随分とたくさんなのねぇ?」
情けない顔つきになっている俊の顔を、たっぷりと見つめてから、麗花は階段下へと視線を戻す。忍とジョーも、心底弱った顔の俊から、麗花へと視線を移す。
誰からとも無く、口の端に笑みが浮かんできて。
一瞬の間の後、大爆笑。亮でさえ、くすくすと笑っている。
「え?なに、なんだよ?!」
焦る俊に、まだ笑いを含んだ声で、亮が繰り返す。
「寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところ、やぶら小路のぶら小路、パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助」
「寿限無だったのね」
須于も、笑い出す。
はっきりとした単語が聞き取れなかったから、亮の途切れない声が、とてつもなく長い買い物を頼まれているように聞こえたわけだ。
「それはともかく、いま、最後まで言わなかった?」
麗花が首を傾げる。忍が頷く。
「なにげなく、さらっと言った」
「落語の一節ですよね、印象的ではありませんか?」
ジョーが、微妙に困惑の顔つきになる。
「印象的だが、普通最後までは言えない」
「俺、寿限無寿限無五劫のすりきれまでしか知らない〜」
「知らなくていいから、買い物買い物」
ばし、と麗花が俊を後ろからはたく。
「わかったって、行って来るって」
と、ぱたぱたっと、入れ替わりに階段を途中まで降りて、やっと笑いおさめて上がりきった亮たちの方を見る。
「ホント、これ以上は買い物ないよな?後からもう一回ってのは、無しだぞ」
忍が苦笑する。
「後から出てきたら、他が行くって」
「大丈夫ですよ」
亮が言ったので、やっと安心したらしい。大人しく駐車場へと降りていく。
相変わらず、ぶつぶつと、なんで俺が、とかと呟きつつ。
「行くって決めたんだから、文句言わない!」
びし、と麗花が決め付ける。
「はーいはい」
ひらひら、と手を振って、俊の姿が消える。忍が、笑みを残したままの顔で、ジョーに言う。
「ジョーなら、寿限無はダメでもアレは出来るだろう?」
「アレ?」
須于が、怪訝そうになる。ジョー自身も、不思議そうな表情だ。
忍は、ひょい、と手のひらを垂直に胸の前に立ててみせる。
「ああ、般若心経」
ジョーが、納得したように頷く。
「あれくらいなら」
「あれくらいって……」
そういうこと言ったら、ますます坊さんなのだが。
四人ともが微妙な表情で黙りこんだのは、無理矢理、でも寺育ちなんだし、と自分を納得させるためらしい。
気を取り直したように、麗花が亮へと向き直る。
「ね、亮」
「はい?」
亮は、軽く首を傾げてみせる。
「対処に行くまでは、本気でどうしようなくない限りは私たちの出番は無いんだよね?」
「そうですね」
頷く亮に、質問を重ねる。
「いつもなら、私たちが関わるんだろうなって事件も、基本的に通常部隊か警察があたるんだよね?」
「そうなるでしょうね、必要になれば、通常部隊に混じることはあるかもしれませんが」
また、頷いてみせる。
「ってことは、よ」
にんまり、と笑みを浮かべて、麗花は四人を見回す。
「私たちはですね、とーってもとーっても、学生にでもならなきゃ経験出来ないような、ながーいながーいお休みをもらったも同然なわけよ、ね?」
ジョーを、須于を、忍を、亮を、じっくりと見つめながら、ゆっくりと、麗花は言ってのける。
「過ごし方には、いろいろな方法があると思われる、でしょ?」
「でも、外に出て資格を取る、とかいうのはダメね、志願兵役期間が終わったわけではないし」
須于が、少し残念そうに言う。
「あのね、須于ちゃん」
ぽん、と須于の肩に、麗花は手を置く。
「その、常に自分を向上させようっていう真面目な姿勢、須于らしいし、私、すっごく尊敬もしているし、大好きよ」
よくもまぁ、そこまで滑らかに口が回る、と関係ないことにジョーなどは感心してしまう。
「でも、ちょーっと考え方を切り替えてみない?」
「まぁ、確かに、休み後にテストもなけりゃ、提出しなきゃならんレポートもない休みは珍しいかもな」
「日記もつけなくていいし、自由研究もない、というわけだな」
忍とジョーが、顔を見合わせる。
「そう、それにね、亮も、もう完全にデータのスキャンは終わってるわけよ」
イタズラっぽい笑みに、悪魔的なモノが加わる。
「さっき、各国のフォローは国家元首と総司令官の仕事、と言い切ったものね?」
「ええ、まぁ」
もっとも腑に落ちていない顔つきなのは亮だ。
ぐ、と麗花は握り拳を作る。
「うふふふふふ、ここで遊び倒さずして、いつ遊び倒すのか!」
「来たよ、来た来た」
にやり、と忍が笑う。くすり、と笑ったのは須于だ。
「そうね、どのくらい遊び上手か問われるところ、というわけかしらね」
「まぁ、イロイロ考えられるだろうな、麗花が心底喜びそうなのから、ちょっと俺ららしいのまで」
笑みを含んだまま、忍が言う。
ジョーが、それを聞いて笑みを大きくする。
「なるほど、アファルイオ北方民族慰撫の旅とか、な」
「あら、そうね、病を押しての麗花公主の慰問なら、効果絶大よね」
眼を丸くしたのは、麗花だ。
旅行客を装うまでは出来るかもしれないが、わざわざ不安定地域である北方まで行く人は少ない。しかも、この時期にリスティアから動いてそんな場所に現れたなら、必ず余計な推測をする人間は出てくるに違いない。
「でも……?」
四人の視線が、黙ったままの亮へと向けられる。
なにやら、亮の視線が軽く漂っているところを見ると、思考に沈んでいるらしい。
「亮?」
こちらへと視線を戻した亮の顔に、にこり、と笑顔が浮かぶ。
「なるほど、それはいい考えですね」
それから、深く頷く。
「長い休みを楽しもう、というのは、僕も賛成です」
「やった、軍師許可済!」
麗花がガッツポーズをすれば、忍とジョーも、口笛でハモる。
「俊が帰ってきたら、いっぱい計画立てましょ」
須于も、満面の笑みを浮かべる。
泣いても笑っても、志願兵役もあと三ヶ月ないのだから。
それは、誰も口にしなかったけれど。



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