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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・21■



「うわ、とうとうリマルト公国つっついたよ」
またも、冷やかし半分にワイドショーを見ていた麗花が、思わず声を上げる。
ちょうど、お茶でも、と来ていた須于が、首を傾げる。
「って、まさか?」
「そう、そのまさか」
大衆紙で、リスティア総司令官を『Aqua』の独裁者と呼び出したのは、次の『崩壊』に対し、退避命令が出される前日のことだった。
最初のうちは、いちいち目くじら立て気味だった俊たちも、いい加減、怒る気力も失せてきた頃だ。
数日とはいえ、あまりにも報道は加熱している。
些少でもゴシップを扱うことを仕事としているメディアでは、それ一色と言っていいほどに総司令官の権力集中のことばかりだ。
現実、言われている当人である総司令官自身が、なにも口を開かないのだから、暴走は度を深めるばかりなのも仕方ないと言ってしまえばそれまでだ。
かといって、なにか言えるか、と言われれば、それはそれで困ってしまうのだが。
今回の『崩壊』自体は、南国の人口も少ない場所でのことだったので、経済的な影響も小さければ、退避自体も小規模な話だ。
だが、マスコミはこの『崩壊』を実に大々的に取り扱った。
一時は、南国の一村に村の人口の数倍というマスコミ関係者が集合し、土地の人々が目を丸くしたくらいだ。
このあたりの状況は、またも麗花のツボにはまったし、ジョーの失笑を買った。
忍にいたっては横目で見ただけだし、須于は麗花に聞かされて肩をすくめた程度だ。
どんなにマスコミが騒ごうがなにしようが、いままでの『崩壊』と同じく、主要各国は復興支援を提示した。それはリスティアの実質最高責任者、いまや『独裁者』の名で呼ばれる健太郎も同じだ。
財閥としての見舞い金も、いままでと全く変わらない。
が、記者会見の雰囲気は、どこか騒然としていた。
各国の『崩壊』は、いつも数日前の予告だが、本当は最初からわかっていたのではないのか?
なぜ、こんなに定期的に『崩壊』は起こるのか?
『崩壊』は、なぜ、起こっているのか?
が、それに応える健太郎の態度は、今までと変わらない、どこか余裕のあるままだ。
「確かに、自然災害と呼ぶのは、ふさわしくないかもしれないね、『Aqua』は人工惑星なのだから」
あっさりと言ってのけてみせられて、マスコミは健太郎当人にあたっても無駄、と悟ったらしい。
『崩壊』の憂き目にあった、各国首脳にあたりはじめた。
が、プリラード女王マチルダも、アファルイオ国王顕哉も、『崩壊』の予告は受けたが、その情報は過不足なく、かつその後の支援もありがたいものだ、というリスティア総司令官には好意的な回答を返してよこした。
プリラードに関しては、『崩壊』時に自国が誇る名優カール・シルペニアスそっくりの人物が、こちらも名優と名高いキャロライン・カペスローズを救ったという事実を汚したくない、という気持ちが強いのか、国民感情自体が、あまりマイナス方向へと動いていない。
元々、パパラッチなどを生み出しやすいお国柄の割には、実にマスコミも静かなものだ。
プリラードが動かなければ、関係の深いモトン王国も、そう大きくは動かない。経済的にも依存が大きいので、逆撫でするような真似はしたくないからだ。
三番目の『崩壊』地点は、元々『崩壊』時にも落ち着き払ったものだったので、その後も動きがない。
アファルイオは、さすがに感情的な国民性もあって、一時はマスコミも国民も騒然とした。が、『崩壊』によって生活していた土地を動かされた草の民自身が騒ぎ立てなかったことと、国王である顕哉がまったく動じなかったこともあり、そのうち沈静化してしまった。
だからといって、『Aqua』の人々のリスティア総司令官へと向ける視線が好意的か、といえば、そうではない。
国家元首たちが落ち着いているから、表立って騒いでいない、というだけにすぎない。
最も、熱く報道を続けているのはリスティアのマスコミだ。
自国であることもあって、矛先を緩めれば、その権力を容認したと取られかねないと思っているのかどうか、過熱気味のままでいる。
亮も、皆が集まる頃だと思っていたのだろう、お茶を入れに来たらしく、くすり、と笑う。
「『緋闇石』の一件ですね」
「それを、こちらから仕掛けた可能性は、と訊いてるわけ、面白いねぇ」
押し殺した笑いを、麗花は漏らす。
亮の降りていく気配に、お茶を感じ取って来た忍も、思わず苦笑する。
「本当にそうなら、とうに大騒ぎになってるに決まってる」
「少々、頭に血が上ってるようだな」
須于に呼ばれてやって来たジョーだ。遅ればせながらやって来た俊が、首を傾げる。
「で、リマルト公国は、なんて?」
「ん?外交担当のルト・ミューゼンはね、「『緋闇石』は確かに、リマルト公国・リスティア国境に現れたものだが、リスティアが仕掛けたモノだという証拠はどこにもない。もしも、それが事実だとして、何故、自国を攻めさせる必要があるのか、理解に苦しむ」ってさ」
「当然だろうな」
「経済担当のライア・タウンゼントもコメントしててね、「リマルト公国経済の復興支援はいただいているが、必要以上の介入は受けていない」だそうよん」
くしゃ、と俊は髪をかきまわす。
「ま、リマルト公国の方はそれで済むんだろうけど」
『崩壊』の起こった各国首脳が、揺らがない。
だが、次にまた、どこかが『崩壊』するかもしれないという不安はぬぐいきれない。このまま、リスティアだけが『崩壊』しないのが続けば、沈黙を守り続けるリスティア総司令官への攻撃は、ますます激しくなるのに違いない。
その上、『緋闇石』まで出たとなると。
「こりゃ、いよいよかな」
「虎の子少人数部隊の正体は?ってね」
麗花が、にんまり、と笑う。忍も、笑みを浮かべる。
「そりゃ、かなり笑えそうだな」
この調子でいってくれれば、大げさで不可思議な予測が飛び交うに違いない。
「ま、そっちはせいぜい、楽しませてもらうか」
「そうねぇ、鬼が出るか蛇が出るかという感じよね、この調子だと」
お菓子を用意しながら、須于も苦笑する。
忍は、亮がポットにお湯を注いでいる間に、みんなのカップをテーブルへと運ぶ。
さっそく、俊が、お菓子に手を出すのを、麗花がぴしり、と叩く。
「お茶が来てから」
「抜け駆けというのは、感心せんな」
ジョーにまで言われてしまい、少々しおれてみせるものだから、思わず須于も笑ってしまう。
「お待たせしました」
亮がポットを持ってやってきて、お茶の時間だ。
ほこほこと湯気の上がるカップを、満足そうに抱え込みながら麗花が言う。
「うちの予測の方はほっといてもいいのよ、頼まなくても勝手にやってくれるんだから」
「そりゃそうだ?」
俊が、いそいそとお菓子を手にしながら、首を傾げる。
察しがいいのは、忍だ。
「クリスマス?」
「そう!」
びし、と指を立てる。
「『崩壊』も五回目を迎えたってことはよ、暦も師走というわけよ」
「先ずはツリーかしらね」
須于が、にっこりと笑う。
うんうん、と大きく麗花が頷く。さすがに、ジョーにも話が見えてきたようだ。
「……なるほど、ここにはツリーはないんだな」
知沙友の時に用意したのは、特別な大きさだったので、レンタルだったのだ。
ということは、だ。
「先ずは、買い物ですね」
亮が、微笑む。
「あったり、明日は皆で買い物行こうね」
クリスマスに反対でないのだから、買い物だって反対する理由はない。
というわけで、明日はクリスマスの第一弾買出し、決定だ。

夜。
忍は、亮の部屋へとつながっている扉をノックする。
「はい」
自分の端末へと向かっていた亮が、振り返る。軽く、首を傾げながら。
「いや、あれから、進展ないな、と思ってさ」
過去の記憶のことだ。
はからずも六人が総司令部ビルの地下に揃った日以来だから、ほぼ二週間、ということになるだろうか。
ここ最近、無理矢理記憶が引き出されて酷い頭痛が起こるということがなかったせいか、皆、いくらか気楽に引き出そうとしていたかもしれない。
それが、亮が崩折れるのを目の当たりにして、いくらか慎重になっているのも、事実だ。
だが、十二月に入った、ということは。
『Aqua』と『地球』を切り離せるチャンスまで、あと一ヶ月をきった、ということ。
あまり、のんびりしている時間もない。
「そうですね」
亮も、頷く。
「なにがうまくキッカケになってくれるのか、掴めないのは痛いところです」
椅子を回転させて、躰も忍の方へと向き直る。忍も、扉を閉めて、窓へと寄りかかる。
「そうだな、ひとまず有効だったのは、『緋闇石』を知っていたこと、『地球』の映像ってとこか?アファルイオでの『崩壊』はあまり関係なかったみたいだしな」
馬を思い通りに走らせるために、忍たちが動いている間、亮は高台から一人、『崩壊』を見つめていた。
もちろん、麗花たちと共にいる草の民の動きと、先導する役になる野生馬たちの動きをうまくあわせる為でもあったが、もうヒトツの理由は。
過去の記憶を、引きずり出せないか、ということだったのだ。
「過去での崩壊は、シャフネの消滅以外は眼にしていない、ということでしょう。そして、その時印象に残ったのは、むしろ『緋闇石』の登場だった」
「須于の察した通り、あの『幻影片』の画像は、過去の亮の記憶なんだろうな?」
「間違いないでしょう、今、『地球』の映像が希少価値を持つのは、旧文明時代に徹底的に排除されたからです」
忍は、軽く首を傾げる。
「今以上に、『地球』がどんなであったか知る人間はいない、か」
「だからこそ、オモチャのような画像でさえ、羨望の対象になりました」
半ば無意識に、手が顎にあたる。
「ってことは、亮の記憶から取り出された映像は、効果絶大」
「惹かれる、では済まなかったでしょうね」
緩やかに、笑みが浮かぶ。
「麗花の歌と同じほどの、強烈な効果があったはずです。そして、それを仕掛ける為にこそ、須于が仲間に引き入れられた、と考えるのが、スジが通っています」
「他にも、幻影片を手にした人間はいたはずだ」
「あの頃から、ナタプファは『Aqua』中枢が集中する国として、特別な存在でした。その国のレジスタンスの象徴的存在、といえば、やはり特別でしょう」
そこらへんの思考は、過去の記憶を手繰り寄せた上で、今の亮が解析した結果ということになるのだろう。曖昧な記憶を搾り出すのと違い、明確に言い切る。
「ファーラの歌姫に『覚醒』の能力があるとは思っていませんでしたから、最初はナタプファの巫女の力で全部を動かすつもりでいたはずです」
「シャフネとファーラは、『催眠』を促すものを取り除くことで解放しようとしていたわけだな」
忍の言葉を、亮は頷くことで肯定する。
「最初に動いたファーラは、歌姫の逃亡というカタチで目標を達せられました。そして、次のターゲットがシャフネでした」
「そして、『緋闇石』が稼動した」
「僕は『緋闇石』を知っていました、そうでなければ、最後の対処が出来たことの説明がつきません」
過去の亮は、自分の動力源である蒼い石が、『緋闇石』の暴走を止めるために有効だと知っていた。
六人を犠牲にすることになったが、それでも止めてみせたのだ。
「でも、実際に動き出すまでは、気付かなかった」
ぽつり、と忍が言う。
「これだけ、皆で記憶を寄せ集めていっても、思い出すのは周辺のことばかりで、肝心なことはさっぱりだ」
軽く組んでいた腕を下ろし、まっすぐに亮を見る。
「過去でも、記憶を抑えられていたことはないか?」
「ありえるでしょうね、『緋闇石』の光を見たことで、思い出した」
手を、握り締める。
「今度も、同じことではダメです」
『緋闇石』に類するモノが隠されているとしたら。
今度は、また、同じように対処出来るとは、限らない。
「僕を眠りに落とした人間と、記憶を操作した人間は同じと見ていいはずです。それから、その人間は、『Aqua』造成に深く関わっています」
亮も、まっすぐに忍を見つめ返す。
「天才的な頭脳の持ち主と言っていいでしょう、おそらく、過去の僕を造り出すことにも関わっている可能性が高いはず」
忍は、軽く眼を見開く。
『地球』を離れる時に側にいた人間が、人工生命体だった亮の眠りや、記憶操作に関わっている、とは考えていた。が、さすがに、それが人工生命体を造り出した人間だということまでは、思いも寄らなかったのだ。
「そして、『緋闇石』を作り出したのも」
ふ、と亮の言葉が途切れる。
後を、忍が引き継ぐ。
「『Aqua』に自壊プログラムを仕込んだのも、同じ人間、か」
「間違いなく」
そこまで、亮の思考は辿りついている。
でも、肝心の記憶は戻らない。
ゆっくりと、忍は亮へと歩み寄る。それから、そっと頬に触れる。
「確認して、良かった」
「え?」
頬に触れられているのと、ひどく優しい視線で見つめられているのとで、亮は戸惑い気味になる。
「亮を、一人で苦しませなくていいから……少なくとも、いつも亮が片隅で考えているだろうことが、わかったから」
「忍……」
想いを告げた時と同じように、両手で亮の頬を包み込む。
「いいか?そこにヒントがあることは、わかる。でも、絶対に引きずり出そうとはするな」
自分でそうしようとしたわけではないが、この記憶の為に、二度も崩折れそうになっている。
ゆるやかに、亮は微笑む。
「無理矢理には、しません。大丈夫ですから、絶対に」
そっと、忍の手を取る。
「約束しましたから」
笑みを、大きくする。
「出来る限り、生き延びると」
一瞬、忍は虚をつかれたような顔つきになり。
次の瞬間には、照れ臭そうな、でもひどく嬉しそうな笑みになる。
腕を取って、引き寄せて、抱きしめる。
「ありがとう」



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