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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・22■



キレイに飾られたクリスマスツリーを横に六人して見入っているのは、緊急中継されている、ルシュテット国王代理の皇太子、フランツ・秀明・ホーエンツォレルンと、同じ年の異母兄弟で現在は皇太子護衛親衛隊長を務めるカール・フェルディナント・ホーエンツォレルンの記者会見だ。
『Aqua』でも最高との呼び名の高い、美しい風景を誇る湖畔地方の『崩壊』予告と退避勧告の発表の場は、いままでとは全く違う緊迫感が漂っている。
とはいっても、フランツも、実質の退避を指揮するカールも、態度は終始、落ち着いたものだ。
最初に、ルシュテットでも『崩壊』の危険性があることがわかった、という発表がフランツからなされた。
場所、時期、退避方法に関しては、カールの方から記者会見中としては過不足ない説明がなされ、もっと詳細は現地にて、と告げられる。
緊迫感をかもし出しているのは、むしろマスコミの方だろう。
リスティア総司令官が、『Aqua』各地の『崩壊』現象に、なんらかの関わりがあるのではないかという質問を、まさに渦中にある国家首脳に尋ねるチャンスなのだから。
リスティア総司令官が沈黙を保ち、プリラード、アファルイオ両国王が動じない、となれば、残る大国はルシュテットだけなのだ。
もし、ここで次期皇王であるフランツの口から、少しなりともリスティア総司令官への不信が表明されれば、『Aqua』全土の世論は一気に紛糾するに違いない。
よほどのことがない限り、他人への不信などを口にするはずのない国民性であるだけに、その効果のほどは想像外だ。
事実、一部の記者たちは、必要なはずの説明の最中でさえ、どこか落ち着かげな様子を見せていた。
一通りの説明をカールが終え、質問があれば、という段階へと移る。
そして、満を持したように、その質問は発せられる。
「今回の一連の『崩壊』現象について、『Aqua』中枢管理を担っているリスティア総司令官が関わっている、という情報がありますが」
返答をしたのは、カールだ。
「リスティア総司令部からは、『崩壊』の危険性を感知し、警告情報をいただいている。当然、中枢管理を担っている関係上、察知は最も早かったが」
完全な真実だ。
いままでのプリラード、アファルイオとて同じこと。ただし、プリラードの時は『自然災害』という言葉が使われていたが。
が、記者は諦めた様子はなく、言葉を継ぐ。
「『崩壊』には、人為は含まれないと判断されますか?」
フランツとカールが、ほんの一瞬だが視線を合わせる。二人の口元にほんの微かな笑みが交わされたことに気付いた人間は、ほとんどいないに違いない。
まっすぐに記者に向き直ったカールが、軽く首を傾げて怪訝そうな表情を浮かべる。
「言いたいことを、はっきりとおっしゃってくださった方が、お答えしやすいが」
一瞬躊躇った後、記者は意を決したように、口を開く。
「リスティア総司令官の陰謀である可能性は、お考えになりませんか?」
「どういった類の、と伺ってもよろしいか?」
カールは更に問いを重ねる。
記者は、もう躊躇いはしなかった。が、いくらか押し殺した声にはなる。
「『Aqua』全土を、手中に収めるという」
答えを返したのは、フランツだ。
「もし、私が『Aqua』の全権把握を目指すのならば、先ずは相手国の首都を『崩壊』させるが」
にこやかに笑みを浮かべながら、さらりと、しかしきっぱりと言い切る。
「最初に相手国の統制を完全に無くし、状況把握前に掌握する。そういった目的で動くならば、自国の犠牲は最小限に抑えるべきで、他に方法があるとは思えない。そのくらいのことならば、この私でも考えが及ぶ範囲だ」
ましてや、リスティア総司令官天宮健太郎ともあろうものが、というのが、はっきりと言葉に表れている。
「しかし」
別の記者が、勢いよく問いを発する。
「リスティア総司令官直下には、正体不明の少人数特殊部隊を擁しているという話もありますが」
「彼らは、参謀部の指示無しに、秘密裏に動くといわれています」
別の記者も、声を荒げる。
ざわ、と会場がどよめく。
そのざわめきが収まるのを待ち、フランツはうっすらと笑みを浮かべたまま、発言した記者たちを見回す。
「それが確実な事実と、誰が確認したのか伺いたいものだ」
記者たちが息を呑まれている間に、す、とフランツは真顔に戻る。
「今回の警告情報は、『Aqua』中枢管理を担っているのに相応しい迅速さであり、対応に充分な時間をいただけた。感謝こそすれ、なんら遺恨や禍根を残すようなことはない」
「『約』を至上とするルシュテット国民らしい対応をお願いしたいものだ」
カールが、締めくくる。
質問の終了を告げる言葉であると同時に、会見の終了をも告げる一言だ。
ジョーと忍が、口笛の二重奏を奏でる。亮と須于も、笑みを浮かべる。
俊と麗花が、ぱん、と手を打ち合う。
「やるね、フランツ!」
「カール皇子と息ぴったりだな」
麗花の弾んだ声に、忍が笑みで応える。
「助け合うことを、『約』していますから」
亮の言葉に、ジョーも頷く。これからも、一緒に国を支えて欲しい、とフランツが伝え、それに『約』をもってカールが応えるのを、六人ともが眼にしている。
あの二人ならば、絶対に、という安心感と信頼感があった。
そして、現に、二人の息は、こうしてぴたり、と合っている。
「あれならば、ルシュテット国民の動揺は少ないな」
「皆、皇太子を信頼しているものね」
それも、実際に眼にしたことだ。偽者の皇太子が現れるという混乱の中、フランツという人間に疑いを抱いた国民はいなかった。
むしろ、皇太子も人間なのだし、絶対の理由があるに決まっている、と好意的に捉えられていた。
次期国王の治世は、いまから安定が約束されたも同然だ。
「にしても、絶妙だったよな。記者の方に全部言わせて、それを無理のない論点で封じちまうあたり」
記者に憶測を出ないものの、大胆というか、不埒というか、ある意味名誉毀損になりそうな単語を全部言わせてみせたのはカールだし、最後にぴしゃり、と抑えてしまったのはフランツだ。
そこまで言って、俊は、我に返ったように不思議そうな顔つきになる。麗花が首を傾げる。
「どうかした?」
「いや、さ、親父、えっらくフランツ皇太子のこと信頼したなと思って」
遊撃隊に関する一件だろう。
今までは、『緋闇石』の一件をはじめ、元アファルイオ親衛隊長の反乱鎮圧、アーマノイド反乱鎮圧、プリラード親善大使護衛、武器密輸組織首脳部壊滅、モトン王国武器密輸組織壊滅等、リスティア総司令官が動いたとされる事件には、必ず関わっていると言われてきている。
一般市民の間では噂に過ぎなかったが、それでも、なんらかの特殊部隊が存在すると、誰もが確信していた。
噂であり続けたのは、公の場で公の立場の者に、問いただした人間がいなかったからだ。先ほどの記者会見会場がざわめいたのは、初めて、公式の場ではっきりと問うた者が出たから。
それを、フランツはただ一言で、今までよりも不確かな、架空の存在かもしれないということにしてのけた。
今回の件のケリをつけたら、志願兵役の終了と共に『第3遊撃隊』も消える。
『第2遊撃隊』も解散済みだし、これ以後、遊撃隊が組織されることはないだろう。
世間の風当たりから言っても、特殊部隊の存在は知られていない方がいい。
が、それを知っているのはリスティア総司令官たる健太郎と、『第3遊撃隊』である忍たち六人だけのはずだ。
「父は、なにも言っていないですよ」
にこり、と亮が微笑む。
「ってことは、フランツ皇太子が、今までの状況から察してのけたってことか?」
忍の問いに、麗花が、くすり、と笑う。
「『Labyrinth』の正体を知ってるっていうのも大きいだろうけどね」
「少なくとも、フランツ皇太子は健さんと私たちを、とても信頼してくれてるということよね」
須于の言葉に、ジョーも頷く。
「それは、アファルイオ特殊部隊長も同じことだろう」
雪華のことだ。
「なんか、それだけ聞くと、妙に麗花に人徳がある気がしてくる」
「あら、文句ある?」
軽く口をとんがらせてみせる麗花に、俊はじっと疑わしげな視線を向ける。
「これが、人徳?」
「それも、人徳」
忍が真面目くさって言うものだから、六人ともが笑い出してしまう。
「キャロラインさんが、カール・シルペニアスの幻ってな噂を流布したままにしてくれてるのも、ジョーがいるからだし」
笑い収めて、麗花がにっこり、と笑う。ジョーは、いくらか困ったような笑みを浮かべる。
「だろうな、本当なら幽霊じみた存在になぞ、したくないだろうが」
「それがどうしても必要でやってるって、わかってくれてるってことだろうな」
忍が、にこり、と言う。俊も、にやり、と笑みを浮かべる。
「いままでの軍師殿の作戦が、いかに有効に作用してるかってことかな」
「そりゃもう、『Aqua』で最高の軍師だもの」
須于の言葉に、麗花が大きく頷く。
「意義無ーし!」
いくらか、照れ臭そうな笑みが亮の顔に浮かぶ。
俊が、はた、としたような顔つきになり、また首を傾げる。
「そういう意味じゃ、こないだの国会での佐々木氏はイマイチ冴えがなかったよな?」
「ああ、質問で総司令官関係出てたみたいね」
国会中継は眠くなると見ない麗花の発言だ。新聞や週刊誌で取り沙汰されたように、総司令官の実権限が初代並に強くなっていったのは、健太郎の代になってからだ。
政治汚職もあったため、国会自体、その点に強くは触れられないでいた。今回が、実権奪回のいい機会と見たのだろう。
議員たちの勢いは、いつになく強かったようだ。
そんな中、なにかと鋭い発言の多い若き代議士、佐々木晃は静観の構えでいたらしい。
ジョーはその中継自体は目にしなかったようだが、新聞では読んでいたようだ。
「そうだな、いつもの舌鋒鋭いという発言はなかったようだな」
健太郎が怪我を負ってまで、自分側に取り込んだ人間だ。今回のことに、なんの考えもなく呆然としているはずが、あるわけがない。
むしろ、あの時に見た限りでは、こういった状況は徹底追求するか、徹底的にかばうかどちらかの性格に思える。
そして、佐々木は、天宮健太郎を信じるに足る人間、と判断したはずだ。
忍が、首を傾げる。
「信用に足ると判断した人間には、信義を貫くタイプに見えたけどな?」
「ある意味、真打ですから」
亮が、軍師な笑みを浮かべる。
健太郎が、次期総司令官に指名した佐々木晃に与えた役割を、亮も知っているのだろう。
「なんか、気になるなぁ?」
「思わせぶりだしな?」
口々に麗花と俊が言ってみるが、亮は軍師な笑みを大きくしただけだ。忍が肩をすくめる。
「ま、今後のお楽しみってところかな?」
「時が来ればわかるってことだ」
ジョーの言葉に、須于がくすり、と笑う。
「なんだ?」
「いや、侍っぽいから」
すかさず、忍。
「それはそうとして、ちょっと残念かしらね?」
「あー、ルシュテットは行けそうにないね」
須于の言葉に、麗花が頷く。もう一度、忍が肩をすくめる。
「一度、出張サービスしてるからな」
「しかも、かなりハデに」
と、俊。くすり、と亮も笑う。
「そうですね、Le ciel noirとお近付きになれたのも、そのお陰ですし」
「いまとなっては、微妙だよねー」
わざとらしく横目になりつつ、麗花が言う。後を引き取ったのは、ジョーだ。
「純粋に国境突破の為にLe ciel noirのふりが必要だったのか、あえてLe ciel noirのふりをして国境突破したのか」
「そうですね、どちらだったんでしょうか」
にっこりと、笑みを大きくする。
「どちらにしろ、結果良ければ全て良し、ということで」
「うわ、亮からそんな強引なまとめが出るとは」
「でも、言いえて妙かもな」
誰からともなく、顔を見合わせる。
「当然」
「最後まで、絶対に」
「やってみせるよん」
「そりゃ大丈夫だろ」
「軍師殿がいるものね」
亮が、軽く首を横に振る。
「六人いるから大丈夫、です」
何度か、亮が口にした言葉を思い出す。
作戦を立てたとしても、それを確実に実行出来る人間がいなければ、なんの意味もない。
にんまり、と麗花が笑う。
須于は、にこり、と。
俊は、にやり、として。
ジョーは、口の端に笑みを浮かべる。
忍が、緩やかに微笑む。
軍師な笑みが、亮に。
そして、誰からともなく、はた、とした顔つきになる。
「ああ、過去でも」
穏やかな笑みでの忍の言葉に、麗花が頷く。
「同じコトを思っていたね」
「六人で、やってやれって」
麗花の笑みが、さらに大きくなる。
そして、今も。
六人でなら、きっと。
ジョーと俊も、頷く。
自然と、固まってしまったかのように動かない一人へと、視線は集まる。
亮の視点は、ずれたところに合っている。
初めて見るような、呆然とした表情。
「亮?」
す、と忍が、真顔に戻る。
が、その声が届いているのかいないのか、亮は呆然と宙を見つめたままだ。
半ば、独り言のように呟く。
「そうです、過去にも、同じコトを……」
焦点が、急に結ばれる。
一瞬浮かんだ、絶望的な表情を、忍は見逃さない。腕を掴む。
「思い、出したんだな?」
きゅ、と亮は唇を噛み締める。
それから、心配そうに見つめている五人を、ゆっくりと見回す。
一瞬、躊躇うように視線を落としてから、意を決して顔を上げる。
「はい、思い出しました……誰が僕を造ったのかを。そして、彼がなにを望んでいるかを」



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