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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・23■



人の勝手で、死の星へと変貌していく『地球』に、一人の天才がいた。
生き延びる為に造り上げた人工惑星『Aqua』の中枢根幹造成に、深く関わった男。
本来の専攻は遺伝子工学であった彼は、ひっそりと個人の研究も続け、そして科学の粋を極めたといっていい、ヒトツのモノを造り出す。
人工生命体。
『生命機器』を取り付けられた生物ではない。
正真正銘、命ない有機物と無機物から生み出された、ヒトツの命。
生み出すことが出来たのは、彼が飛び抜けた天才であったことと、それから。
自分以外の人間に対する、完膚なきまでの侮蔑。
彼の頭脳をもってしても、再生不能なまでに『地球』を破壊しつくした人間を、憎悪していると言っても良かった。
「それでも生き残りたいとは、愚かな連中だ」
どうせ、同じコトを繰り返すのに決まっている。
そう言い切った彼は、『Aqua』へ移り住む人間たちに特殊なワナへと嵌め込んでいった。
精神制御。
人が、自分の意思などもたずに過ごすように。
二度と、『地球』を壊すことなど出来ぬように。
当然、遺伝子変異は起りうることで、精神制御を外れた者が生まれてくることもわかっていた。
支配者には選民思想を植え付けた。そして、イレギュラーたちが彼らの立場を脅かす、と。
遺伝子変異たちを排除していくようにと。
それでも、彼の望まぬ出来事の可能性は充分にあるとも、彼は知っていた。
当然、彼はその対処に最も力を注ぎ込んだ。
己の意思を人が持とうとしたときには、全て『破壊』しつくされるように。
人が『破壊』をもたらす前に、消え去るように。
『緋闇石』を作り上げたのだ。
人の負の感情をエネルギーとして集積し、『破壊』を引き起こす。
人が人を滅ぼしていくという、皮肉な道具。
もしも、『緋闇石』さえ破壊された時には。
『Aqua』自体が自壊するように。
「人は、己を犠牲にしてまで他人を助けることなど出来ない」
「いいえ」
首を横に振ったのは。
たったヒトツ、彼が愛したモノ。
自分の手で作り出し、彼の持てる全ての愛情を注ぎ込み。
たったヒトツ、彼が愛して欲しいと望んだモノ。
「人は学び取ることが出来ます」
何度愚かなことを繰り返したとしても、何度己の手で己を死の淵へ追いやったのだとしても。
「いつか、人は気付きます」
彼は、大きく眼を見開いた。
教えたことではない。
己の知識の全てを注ぎ込んだ彼の『人形』は誰よりも賢かった。
全てを知っていると言っても過言ではないほどに。
そして、その『人形』は、誰よりも彼に忠実なモノであるはずだった。
彼のことしか知らないはずだったから。
彼以外の人は愚かだと教えられてきたはずだったから。
意志を持ち、心を持っているのだとしても。
『人形』はモノに他ならないはずだったから。
それなのに。
「人は、成長していきます」
確信に満ちた瞳で、彼を射抜く。
色のない瞳なのに、意志の色が見えた。
「昨日と同じ人など、どこにもいません」
意志を、与えた。
心を、与えた。
その全ては、彼に向けられるはずだったのに。
『人形』であるはずのモノは、その意志でなにかを見つけて。
その心でなにかを想った。
『人形』は彼だけのモノだ。
彼が造り出したのだから。
彼を想わぬというのなら。
深い眠りへと、彼は『人形』を沈めた。
眠りに落ちる、寸前。
モノであるはずの『人形』は、たったヒトツ、問う。
「貴方は、命あるモノを造ったのではないのですか?心を持つモノを?」
心は、誰にも制御出来ないモノなのに。

それから、三百年近い時が経ってから。
誰が、自分たちに精神制御という呪縛をかけたかなど、すっかりわからなくなっていた『Aqua』で。
人は、自由になることを望んだ。
排除する者も、排除されようとする者も。
明確な意思を持って動き出した、その時。
『人形』は目覚めたのだ。
色を与えられて、意志をもって行動して。
そして、『緋闇石』の稼動で、全てを覚った。
『Aqua』を、人を、本当に自由にしたいのならば、彼の意思を破るしかないのだ、と。
突出した才能の全てを、人を己の思い描いた通りに動かすことに費やした男が仕掛けた、全てを排除するよりほか方法はないのだ、と。
旧文明時代の、その時。
『緋闇石』の動きを封じる為に必要だったのは、六人の犠牲。
止める為の石を発動させる為に。
破壊の為のエネルギーを、何度も与えない為に。
『Aqua』全土のコンピュータを使った支配者たち全てが、その下にいる排除者たち全てが、彼らを狙っているとわかっていても。
「精神制御されてる世界なんて、もうまっぴらだったの」
麗花が笑う。
息をしていることが、大切なのではない。
どうやって生きているかが、大切なのだ。
六人ともが、いや、九人ともが知っていた。
あのままならば、生きている意味などどこにもない、と。
「それに、やってみなきゃわからないわ」
須于が、まっすぐに視線を上げる。
人が、もう一度、愚かな真似を繰り返すのか。
『地球』を滅亡へと導いたように、『Aqua』もその星の寿命で無く、愚かしい真似で壊していくのかどうか。
試したら、取り返しはつかないけれど。
「たった一人の意志で全てを決められるなど、まっぴらゴメンだ」
ジョーが、吐き捨てるように言う。
少なくとも、例え天才だろうが、ただ一人の人間の意志で全ての人の運命が決められていいはずがない。
迷いようもなく、その事実だけは絶対だ。
「例え、それで俺たちの命の保障がないのだとしても」
にやり、と俊が笑う。
どちらにしろ、あの時の俊や須于は、命を落とす確率の方が高かったのだ。
イレギュラーの存在だったのだから。
無駄に殺されるくらいならば、そういう割り切りがあったことは、確かだ。
でも、忍やジョー、麗花は違った。
彼らは、多少のワガママを飲み込んだとしても、支配者たちが価値があると認めていた人間だった。
いままでそうして来たように、もう一度、散らばって、それぞれの場で生き抜く選択だって、出来たはずだった。
出会うまでは、そうやって生きてきていた。
そうすれば、自分たちは死なず、『緋闇石』もそれ以上は動かないとわかっていた。
選択肢が、あったはずだった。
「それでも、最後までやろうと決めた」
忍が、静かに言う。
あの時、六人で、選び取った未来。
迷いも、躊躇いも、そして後悔も無く。
「でも、まだ、あの男の意志が残ってしまっています」
どこか、痛みのある笑みが、亮の顔に浮かぶ。
「『Aqua』から、あの男の意志を消さない限りは、本当に『解放』されることはありません」
はっきりと、笑みを浮かべたのは忍だ。
「なら、やるだけだ」
「ああ」
ジョーも、笑みを浮かべて頷く。
麗花も、須于も、笑顔だ。
「誰かの意志に支配されるなんて、絶対に嫌」
「ええ」
「また、六人でやればいい」
俊が、言い切る。
が、亮の顔からは、どこか痛みのある表情は消えない。
「確かに、『Aqua』に内包されている『地球』を切り離せなければ『Aqua』自体が崩壊します」
それは、この『Aqua』に住む全ての人の命が失われる、ということを意味している。
宇宙への『退避』という選択肢は、今の『Aqua』にはないのだから。
「ですが、切り離し作業をすることが許されているのが、ただ一日、というのも、あの男の意志です。どんな罠を用意しているか、知れたものではありません」
正義の味方など、気取る気はさらさらない。
もっと、端的にはっきりと言ってしまうのならば、他人の運命など双肩に背負う気など、全く無い。
ただ、自分の為に。
大事なモノを守るのでさえ、理由はそれだけ。
大事だと思うのは、自分なのだから。
言い換えてしまえば、男のワナに対抗することで死が待つとしたら、『Aqua』が崩壊して死ぬのとの差は、あまりにも小さい。
「でも、元々動き始めたのは自分たちだしな」
それが、過去なのだとしても。
「それに、ただ座して待つのじゃ百パーセント保証済みになるし?」
「そうそ、こっちにゃ亮がいる」
忍の言葉に、俊が大きく頷く。
に、と麗花が笑う。
「そ、負ける気は、ないでしょ?」
「先に言っておくけれど、過去も今も、亮はモノなんかじゃないよ」
にこり、と忍が笑う。
須于も、頷く。
「ええ、絶対に」
「当然だ、今は正真正銘だしな」
ジョーも、ぼそり、と言う。
一瞬、息を呑まれたように忍たちを見つめていた亮は、にこり、と微笑む。
どこにも、痛みはない。
そう、過去に『緋闇石』が発動して、全てを思い出した時も。
五人は、笑っていた。
負ける気はない、と。
誰かの意思に従う気などない、と。
それから、モノなんかでは、ない、と。
生まれた方法なんて、関係ない。
「今度だって、同じことだ」
に、と忍が笑みを浮かべる。
「『人形』なんて言うヤツがいたら、問答無用で切り捨てる」
それを聞いて眉を上げたのはジョーだ。
「銃の方が、手っ取り早い」
「あら、即死させてあげるなんて、親切過ぎるわよ」
須于が微笑んで、麗花がにっこり、と笑う。
「そうね、死んだ方がマシっていう目に合わせてあげる」
「ホンキでやるからな、コイツら。って、俺もそうだけど」
俊が付け加えて、照れ臭そうに笑う。
「ええ、負ける気はありません」
亮の笑みは、自信しかない笑みへと変わる。軍師な笑みへと。
「消えるのは、あちらです」
「そう来なきゃ!」
麗花が嬉しそうに笑みを大きくして、忍とジョーが口笛で二重奏する。俊と須于も、笑顔をかわす。
「ワナっていうからには、やっぱり最後の最後でわかる、かな」
「でしょうね、現状確認可能なデータからは、なにも見つかっていませんから」
いつもの作戦遂行時と変わらない声で言われると、もしかしたら命に関わるようなモノなのかもしれないソレがどうってことないモノに思えてくる。
「ま、元々『Aqua』の内部に行くってコト自体が、かなり珍しいことだし?」
「その時点で、不確定要素多いわよね」
須于の苦笑交じりの言葉に、にやり、と麗花が言う。
「ところが、アラ不思議」
忍と俊が、亮の両側から手を差し出す。
「こちらに用意いたしましたのは、『Aqua』で最高の軍師でございます」
「こちらを、とんでもない不確定要素に加えますと」
「計算ずくに早代わり」
「種も仕掛けもございません」
ぶ、と思わず、ジョーが吹き出す。
「でも、実は種も仕掛けもあるんだなぁ」
と、忍。俊も頷く。
「そうそ、『Aqua』最高の頭脳っていう特別なのがねぇ」
「加えるものが、足りてないですよ」
にこり、と亮が微笑む。
「最高の軍師と、最高の部隊、です」
に、と忍の、ジョーの笑みが大きくなる。
「ともかく、ヒトツだけははっきりしました」
まっすぐな視線が、五人を見つめる。
「敵が誰なのか、何を考えていて、何を望んでいるのか」
手の内の全てがわかったわけではない。
亮が言った通り、どんな罠が待ち受けているかなど、想像もつかない。
相手は、天才と呼ばれた男だ。
この世で唯一の人工生命体を造り出し、『Aqua』中枢構築に大きな影響を及ぼしたことは、変えようの無い事実。
でも、少なくとも、手探りではない。
亮の笑みが、どこか皮肉なものになる。
「神になれる人間など、どこにもいません」
「気取る権利もない」
真顔で忍が言ってのけ、六人は顔を見合わせる。
迷うことなど、なにもない。
何度でも思う。
最後まで、六人で。



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