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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・24■



店頭に現れた二人連れの客を見て、佳代は軽く眼を見開く。
視線が合って、俊が照れ臭そうな笑みを浮かべる。
「花、買いに来た」
「ウチのを?」
ぽり、と頬をかきながら、俊は頷く。
「そう、イチバン良く知ってる花屋って、ここだし……すごくよく手入れしててキレイだって、言うし」
と、俊の後ろに、遠慮がちに立っている人へと、振り返る。
視線を受けても、亮は相変わらず遠慮がちな位置に立ったまま、穏やかな笑みを浮かべて頭を下げる。
さら、と色素が薄めの髪が揺れる。
もう一年近く前になるけれど、夜、偶然、店頭に佇んでいるのと会った時、完全に彼女と間違えた。気を使ってくれているのだと、佳代にもわかる。
こうして、陽の下で会っても、健太郎がたった一人想い続けている彼女に、本当によく似ている。でも、似ているのは、彼女だけじゃない。
十五年前には、思ったこともなかったけれど。
確かに、ここに並んでいるのは、不思議なくらいに兄弟だ。
生まれてきてからのほとんどを、別れて暮らしてきたはずなのに。
俊が変わったわけではない。亮が変わったわけでもないのだろう。
ただ、二人の距離は、離れていた時間の合間を埋めてしまったのに違いない。親たちの感情のしがらみなんて、あっさりと乗り越えて。
ごく、自然に笑みが浮かぶ。
「この間よりも、痩せたんじゃない?天宮の手伝いして忙しいんだろうけど、無理はしすぎない方がいいわよ」
苦笑を浮かべたのは、俊の方だ。
「オフクロに言われるようじゃダメだよなぁ」
「ここ最近は、僕にしては手を抜いてるんですけれどね」
微かに首を傾げつつ、亮も言う。
亮にしては、というのが、他人と比べればまだまだ働きすぎの気がして、佳代は笑みを大きくする。
やると決めたことは、最後までやり通す。
そんな性格は、健太郎に似ていると思う。ツライとも苦しいとも言わずに。
今もそうだ。
なりたくてなった総司令官ではないことは、佳代もよく知っている。
いや、本当ならなりたくなどなかったことを、痛いほど知っている、と言った方が正しい。
なのに、世間は勝手なことを言って、攻め立てて。
言い訳がましいことなど、けして言うつもりはないだろう。なにを、どんなに言われたとしても。
「大丈夫そう?」
「ええ、大丈夫です」
笑みを、亮は浮かべてみせる。誰のことを問われているのか、はっきりと理解している笑みだ。
それは、俊も同じらしい。
「ま、でも、いつもよりシンドイことは確かだから、ちょいとな」
亮も、こくり、と頷く。
「花を、贈りたいんです」
「天宮に?」
佳代の確認の問いに、俊と亮は顔を見合わせる。どちらもの顔に、ひどく照れた笑みが浮かぶ。
「そう、らしくもなく、こう」
「二人で、クリスマスプレゼントを贈ってみようかと」
十四年前の、俊の怒りと悲しみがないまぜになった表情を、亮の凍りついた表情をよく覚えている。
俊は、仕事で一緒になってさ、と言っていた。
どんな時間を一緒に過ごして来たのか、なにもわからないけれど。
それは、俊に天宮の家に戻る、と決心させるだけのモノで。
亮は、十四年前のあの時、一言も真実を口にしなかった。俊にどれだけなじられても。
ただ、佳代を守る為に。
健太郎と別れれば、東城の家にも戻りにくくなる。一人立ちするしかないと、自分が気付くよりも先に知っていたのに違いない。
その点は、健太郎も同じだった。
たったヒトツの譲れない感情を逆撫でしたどころか逆鱗に触れるような真似までしたのに、寛容としか言いようのない対応をしてのけた。
店を出す支援をして、物件のチェックをして。
何気なくフォローされたことも、最初の頃は随分とあった。
何度か、顔をあわせる機会もあった。
でも、一度たりとも、俊を引き取るとは言い出さなかった。自分から、問うことすらしなかった。
本当に最初の頃は、自分のところで笑っていれば悔しいだろうという思いもあって、成長をさも自慢気に言ったこともある。
無表情だった顔が、ほんの少し、緩んだ。
「そうか」
答えた顔は、まさしく父親のモノだった。素直に、子供の成長を喜んでいた。
たった、ヒトツ。
本当に、たったヒトツだけだった。
それを奪う手伝いをしたも同然の人間にさえ、寛容になれる人間。佳代の弱さを知っていて、それを救うにはなにが必要かもわかっていた。
そんな強さと優しさを、俊も併せ持っているから。
だから、佳代のささやかな抵抗さえ、あっさりと乗り越えてしまった。笑顔を浮かべて。
あの時の俊の言葉を、忘れることはないだろう。
オフクロって呼ぶのは、一人だけだから。
にこり、と笑みを浮かべる。
「この店を選んでくれて嬉しいわ、花は選ぶ?」
「ああ、亮は詳しいよ、俺が負けそう」
手伝いをしてきた、というよりは、一緒にこの花屋を切り盛りしてきた、と言った方があっている俊だ。その俊が保証するのだから、亮も相当に詳しいのだろう。
「贈答用くらいしか、わかりません」
亮は、苦笑を浮かべる。それから、本当に困惑した顔つきになる。
「家族に贈るのは初めてですから、教えていただけると助かります」
「とか言いながら、センスあるんだよ、ホント」
くすり、と佳代は笑う。
「贈答用も家族に贈るのも、基本は一緒よ。相手が喜んでくれるのはどんなのかってことと、それから、懐具合ね」
それを聞いた二人は、また、顔を見合わせる。
「そ、懐具合な」
こくり、と亮も頷く。
俊が、イタズラっぽい笑みを浮かべて、佳代へと向き直る。
「知らぬ仲じゃないし、オマケつくと嬉しいなーとか」
言われて、思わず吹き出す。
「やぁねぇ、天下の天宮財閥跡取りが二人して」
「だって、自分で稼ぐって、大変だよなぁ」
「それで、生活するわけですから」
俊の言葉に、亮も頷く。健太郎がどう育てたのかわからないが、亮にも一般的な金銭感覚があるらしい。
亮は、ガラスの向こうの切花や、クリスマスカラーのポインセチアはじめの植木鉢を見回す。
「本当に、丁寧に扱われていますよね、買ってからも花もちがいいでしょうね」
「まぁな、けっこう苦労したから、そのあたり」
言ってから、佳代の方を振り返る。
「なー、オフクロ」
「花を売るんだもの、苦労って言ってるようじゃ」
「あ、亮がいるからって、カッコつけやがって」
くすり、と亮が笑う。
「実は、寄せ植えと、プリザーブドフラワーがいいかな、と思ってるんですが」
どんなに花持ちが良くても、切花は一週間持てば良い方だ。出来るだけ日持ちのするもの、長く残るものを選びたい、ということらしい。
「二つ?」
「そう、届け先は家と財閥な」
俊の言葉に、佳代は怪訝そうに眉を上げる。
「届け先って、自分で持っていかないわけ?」
「ええ、その日は残念ながら予定が入っていますので」
亮が軽く肩をすくめ、俊がにやり、と笑う。
「それに、プレゼントは驚かさないと、な」
「そうですね」
にこり、と亮も微笑む。
「これとか、どうだよ?」
俊が指した花を、亮が覗き込む。
「総帥室の机に合いそうですね、それに合わせるなら、これはどうでしょう?」
「あ、いいな、じゃ、あとはコレとか?こっちも捨てがたいと思うけど」
亮は、優しい視線で俊の指した二つの花を見比べる。
「そうですね、どちらもとても合いますけれど、父の好みを考えるとこちらでしょうか」
「え、親父こういう系統好きなんだ?マニアックなとこついてくるなぁ」
「父も、花には詳しいですよ」
どうやら、選択は二人に任せておけばいいようだ。というよりも、口を差し挟むスキがないほどに息が合っている。
当人たちが気付いているかどうかは、定かではないけれど。
しばしあれやこれやと選んで、俊が佳代へと向き直る。
「じゃ、寄せ植えの方は、この鉢にここに固めといたヤツな」
「了解、届け先は?」
「家の方で」
亮が答える。佳代は頷いてから、プリザーブドフラワー用の花へと向き直る。
「こっちも、随分とセンスよくまとめたわね」
「そら、どーも。こっちは財閥の方な。あ、どっちも日付指定はクリスマスでよろしく」
俊はにやり、と笑ってから、ちょいと首を傾げる。
「っとさー、三千分くらいで切花好きなように拾っていい?」
「いいわよ、得意じゃないの」
アレンジメントは佳代が担当することが多かったので、その間の店頭を任されることが多かったのだ。
「んー、まぁなぁ」
あいまいな返事を返しながら、俊は亮へと向き直る。
いくらか真面目な顔つきになりながら、亮はガラスのケースへと向き直る。
なぜか、先ほどまでのように口をきかずに、指で指したり首を傾げたりのジェスチャーでやり取りした後、俊が値段分の花を掴み取って奥へと入っていく。
慣れた調子で長さをつくって、水揚げされるまでの処理をして、まとめてラッピングをして。
花もラッピングも、基本的には亮が主導で決めたらしく、いつもの俊の趣味よりも、いくらか優しく落ち着いた雰囲気の花束が出来上がる。
亮が手にした花束に、佳代はにこり、と微笑む。
「すごい、キレイだわ。亮くんにも店、手伝ってもらいたくなるわね」
言われて、亮はいくらか照れたような笑みを浮かべる。
「気に入っていただけましたか?」
「ええ、すっごく素敵よ、売り物としてもだけど、個人的にもこんなのもらえたら嬉しいわね」
ちら、と俊と亮は、視線を合わせる。
「では、どうぞ」
差し出されて、眼を丸くする。
「え?」
「あまりにも時間が過ぎすぎてますけれど、傷つけてしまったおわびに」
どこか、痛みのある笑みが亮の顔に浮かぶ。
言っているのが、十四年前の出来事なのだと、佳代にもわかる。眼を見開いたまま、亮を見つめる。
驚ききった顔は、やがて、苦笑交じりの笑みへと変わる。
「もう、ホント、敵わないわね。傷つけたのは私の方よ。長いことお兄ちゃんを奪ってしまって、許してちょうだいなんて言えない立場よ」
ごく自然に、その言葉が出てきた。思っていても、絶対に言えなかった言葉だったのに。
亮は、首を横に振る。
俊も、にこり、と笑う。
「いまは、ちゃんと兄弟つーか、兄妹つーか、だから」
俊の言葉に、亮が笑みを大きくする。
「そういうことですし、傷つけたことには変わりないですし」
佳代は、亮の手にした花束を受け取る。
「ありがとう。とっても嬉しいわ、こんなキレイな花束もらえることなんて、ホントないから」
満面の笑顔が浮かぶ。
「二人で作ってくれた花束だっていうのが、なによりも嬉しい、本当にありがと」
顔を見合わせた二人は、嬉しそうに一緒に笑顔を浮かべる。

中央公園の、いつものベンチへと昼休みにやってきた小夜子は、驚いて足を止める。
「驚いてる姉貴は、随分久しぶりに見た気がするなぁ」
にやり、と先客である忍が笑う。
まだ、驚き覚めやらぬ顔で、小夜子は隣へと腰掛ける。
「先客は珍しくないけど、まさか忍がいるとは思わなかったのよ。いったいどうしたわけ?」
「こっちに用事があったからさ。亮に教えてもらったんだよ、穴場のベンチだって」
亮が天宮健太郎の子であることは、野島製紙社長である野島正和の妻となった彼女もよく知っている。そして、総司令官と財閥総帥をかけもつ健太郎の休憩場所がここであることも。滅多には来れないけれど。
「そうね、確かに穴場だわ」
頷き返す姉に、忍は笑みを大きくする。
「どこで社長なんて立場の人と出会ったのかと思ってたけど、ココだったわけな」
かぁ、と頬を染めてから、ばし、と忍の頭をはたく。
「余計な詮索はしなくていいの!」
「痛ってぇ、ちっとは奥さんらしくしおらしくってないのかよ」
大げさに頭をさすりながらの言葉に、つん、とそっぽを向く。
「あんた相手にしおらしくしたって、しょうがないでしょ」
「ビデオに撮って、正和氏に見せたい」
「化けの皮剥がしてやりたいっていうのなら、ご愁傷様、とっくにばれてるわよ」
遠慮無く吹き出しながら忍が返す。
「全然、自慢じゃねぇから、それ」
「ほっといてよ、かわいくないなぁ」
「姉貴相手に、かわいくしてもなぁ」
二人で顔を見合わせて、思わず笑う。姉弟というよりは、一緒に必死に生きてきた仲間という感覚の方が、強いかもしれない。
年を重ねて行くにつれ、だんだんと距離が開いていくと言われている年の離れた姉弟なのに、こうして相変わらず遠慮無くやり合えるのは、そのせいだろう。
ふ、と真顔に戻ったのは、小夜子の方だ。
「なにか、あった?」
穴場ベンチだとはいえ、ここにわざわざ休憩に来るような弟ではないことは、小夜子がイチバン知っている。
ここに来るだろうと予測して、待っていたという方が、自然な考えだ。
「いや、なにもないよ、姉貴の方こそ、大丈夫か?世間様騒がしいけど、正和氏の会社とか」
「大丈夫よ、裏で随分と天宮総帥と話もしているみたいだし」
「そう」
相変わらず、忍は穏やかに微笑んでいる。
訊かずとも知っていることだと、二人ともわかっている。忍の側には亮がいるのだから。
小夜子が、もう一度口を開こうとする前に、忍はベンチから立ち上がる。
背を向けたまま、何気ない口調で問う。
「なぁ、姉貴、幸せか?」
いきなり直球での質問に、小夜子は一瞬、眼を見開く。が、穏やかに笑みを浮かべる。
「幸せよ、とても」
「そりゃ、良かった」
くるり、と振りかえった忍も、笑顔だ。
「忍」
名を呼んだ小夜子の顔は、間違い無く姉のもので。
「ん?」
忍は、軽く首を傾げる。
「私のことも、父のことも心配しなくていいから、自分の思うように生きなさい」
にこり、と微笑む。
「忍が、後悔しないように」
ふ、と忍の笑みも、大きくなる。
「ああ、そうさせてもらうよ」
それから、軽く手を振る。
「じゃ、本命サマも来た感じだから、俺、行くわ」
「あ、ちょっと」
止められて、忍が歩き出さずに首を傾げたところで、正和が現れる。
「やぁ、珍しいね、こんにちは」
ここ最近の疲れを感じさせない、穏やかな笑顔だ。忍も、笑顔を返す。
「ご無沙汰してます、ご無理なさらないよう、気をつけてください。倒れたりしたら、姉貴が泣くんで」
さらりと言われて、正和はいくらか照れたような笑みを浮かべる。
「ありがとう、気をつけるようにするよ」
「じゃ、俺はこれで」
ぺこり、と頭を下げ、小夜子に軽く手を振って、忍の姿は消える。
隣に腰を下ろした正和の手を、小夜子はきゅ、と掴む。普段、自分からはそんなことを滅多にしないので、正和は驚いたように見つめる。
小夜子は、じっと前を見つめている。唇を、噛み締めながら。
正和は、忍が消えた方へと視線をやる。
「今日も、天宮財閥関係の取引きを見直さないのかという話が出たよ、バカらしいと一蹴しといたけどね」
つ、と視線が正和へと注がれる。
「俺は、天宮健太郎氏は信用出来る人間だと思う。忍くんの仕事が、どんな状況なのかはわからないけれど、理由もなく君を悲しませるようなことは、絶対にしないよ」
小夜子へと視線を戻し、緩やかに微笑む。
「大丈夫」
やっと、小夜子の顔にも笑みが戻る。
「うん、そうね」
よく晴れた空を見上げる。
「きっと、大丈夫よね」



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