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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・25■



「やーった!積もった!」
朝、珍しいくらいに早起きしてきた麗花が、いきなり居間の窓に走り寄って、はしゃいだ声を上げる。
昨日の夜から降り始めていたから、予測はしていたのだが。やはり、こうして目前に白銀の世界が広がっていると、わくわく感が違う。
くすり、と笑ったのは、亮の煎れてくれたお茶を片手に、新聞に目を落としていた忍だ。
いつもなら素振りしている時間なのだが、さすがに積もったのでやめたらしい。ジョーが来るまでの時間つぶしに読んでいるわけだ。
ようは、麗花が起きてきたのは、そのくらいに早かったわけで。
考えていることの予測がつくだけに、笑ってしまったのだ。
「よう、朝の挨拶もなしにソレ?」
「だーって、嬉しくって」
くるりん、と振り返って、にっこりと笑って。
「おはよ、それから、メリークリスマスイブ!」
「おはようございます」
麗花の分のお茶を、カウンターに用意しながら亮が笑顔を見せる。忍が苦笑する。
「おはよ、って、イブから祝うか」
「もっちろん、祝うよ。だって、これって、きっと」
外を指差してみせる麗花に、亮が答える。
「ええ、アルシナドは十四年ぶりのホワイトクリスマスですよ」
「ああ、やっぱりそうか」
思わず納得した言葉を発したのは、ジョーだ。
それから、三人へと視線を向けて、いくらか笑みを浮かべる。
「おはよう、一人、エライ早いのがいるようだが」
「おはようございます」
「おはよう」
にんまり、と麗花も笑みを大きくする。
「おはよっ、今日は早起きの気分でしょ?」
「まぁな、確かに少しいつもより早い」
苦笑を浮かべつつ、ジョーは椅子に腰掛けて、亮の淹れてくれたコーヒーを手にする。
「おはよう、あら、私、四番目?」
いくらか眼を見開いて、須于も入ってくる。須于の起床時間はいつも通りだ。洗濯物の前に、亮が煎れてくれるお茶を飲む為に来たのだから。
ようは、ジョーは少し、と言ったが、充分に早い、ということになる。
「おはよう」
「おはようございます」
ジョーと忍の二重奏に、丁寧な亮の挨拶が重なる。
「おっはよ、須于、だってね、ほら!」
麗花が窓の外を指差してみせ、須于も笑顔になる。
「そういうことね」
そして、須于がお茶を飲み終わる前に、俊もいくらか眠そうながら、姿を現す。
「はよ、すっげ、積もったなぁ」
と、言ってから、もうすでに五人が揃っていることに気付いたらしい。眼を見開く。
「おはよう、いま、眼が覚めただろ?」
忍の言葉に、軽く口を尖らせる。その間に、ジョーたちに口々に挨拶されてしまって、なにやら機先を制されてしまう。
亮が、笑顔を見せる。
「おはようございます」
それから、五人を見回す。
「すぐに朝食でいいですか?」
「はーい」
「おう」
「腹減った」
「うん、お願い」
「ああ」
それぞれから、らしい返事が返って朝食が並ぶ。もちろん、須于は準備を手伝ったし、忍とジョーは手際よく並べたりしながら。
食べ始めてから、麗花が首を傾げる。
「ね、あの広場って、まだあるのかなぁ?」
あの広場、がどこのことか、五人ともすぐにわかる。十四年前のクリスマスに、六人で出会った広場だ。
我が物顔のイジメっ子らを、亮の作戦で忍たちがのしてしまった場所でもある。
忍と俊が、顔を見合わせる。
「まだ、残ってるよな」
「まぁな、雪の日は、誰も近付かないだろうけど」
と、にやり、と笑う。
それを聞いた須于は、眼を丸くする。
「え?まさか?」
「そのまさか、いまだに雪の幽霊がいるってことになってる」
俊が、にやりとしたままで答える。ジョーが苦笑を浮かべる。
「よほど、堪えたらしいな」
「んじゃ、今日は貸切状態だねッ」
麗花の笑みが、大きくなる。忍たちは、誰からともなく、顔を見合わせる。
クリスマスに、雪。
「確かにな」
ジョーが頷いたのに、須于が笑顔で首を傾げる。
「やっぱり、雪と言えば雪だるまかしらね」
「ジョーの身長より高い?」
忍がにやり、と笑ったのに、俊が眼を丸くする。
「うわ、今回もそれやったら」
「雪の幽霊再出現という噂が流れそうですね」
くすり、と亮も思わず笑う。麗花が、満面の笑みで頷く。
「そりゃ、やらないと」
「やっぱり、お約束?」
俊も、に、と笑みを広げる。押し殺してはいるが、とうとう笑い出したのは忍。
「そりゃ、やっぱりお約束は大事だろ」
「雪が足りるといいわねぇ」
須于の口調も、無茶をしているというモノではない。
六人の顔に、なにやらイタズラっぽい笑みが浮かぶ。

見上げて、忍が思わず吹き出す。
「いや、傑作だな、コレ」
腰に手を当て、ふふん、と胸を張ったのは麗花。
「当然でしょ、意地でもジョーより背の高い雪だるま!」
さすがに二段の玉ではあまりにデブなので、三段重ねで少々スマートな雪だるまだ。が、麗花の言うとおり本当にジョーより背が高いので、これでもかなり大きい。
「並んでみろよ」
と、俊。大きさを確認するのに、さんざん並ばされてたジョーだが、嫌そうな顔つきでもなく大人しく隣に立つ。
須于も、改めて感心した顔つきだ。
「ほーんと、高いわねぇ」
「バランスもいいですし、なかなかイイ出来なんじゃないですか」
とは、亮のコメント。
とにもかくにも、『第3遊撃隊』版雪だるまの完成だ。
「写真撮ろう、記念写真」
麗花の言葉に、忍が、はた、とした顔つきになる。
「やーべ、三脚忘れた」
いつもなら、かなり小さくなるのを持ってくるのだが。
「雪固めた上に固定ってのは?」
「いやそれ、かなり高さないと」
などと、わいわいやっているところへと、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
「うーわ、またやってた」
振り返ると、立っていたのはマフラーにうずもれかかっている広人だ。さすがに寒かったらしい。が、眼は笑っている。
「あー、広さん、こんにちはー!」
麗花は笑顔で挨拶するが、俊は不思議そうに首を傾げる。
「またって……あ」
「あの時、写真とって下さったの、広さんだったんですね」
にこり、と須于も微笑む。忍も、笑顔になりながら、カメラを差し出す。
「また、というわけで、写真撮ってもらえると助かります」
「いいよ、並んで並んで」
カメラを構えながら、ひょいひょい、と手で六人を寄せる仕草をする。
いつの間に作ったのやら、麗花が小だるまを抱えて座る。それに気付いた須于は、笑顔でその小だるまに寄り添ってみせる。
ジョーはお約束通りに雪だるまと背比べをして、忍と俊は、どちらからともなく顔を見合わせる。そして、に、と笑ったかと思うと。
「それ!」
「捕まえた!」
眼を丸くしたのは亮だ。いきなり両側から抱きつかれていたのだから。
「天使ちゃん捕獲!」
「これで逃亡不能〜」
ふわり、と亮が笑みを浮かべる。
シャッターが下りる音がして。
「ありがとうございまーす」
カメラを受け取った亮に、広人は笑みを向ける。
「話したのか?」
「いえ、僕はなにも」
笑みを浮かべたまま、亮は軽く首を横に振る。写真の出来を、早速確認しようと背後から亮に抱きついてきた麗花が、にんまりと笑う。
「亮はねぇ、秘匿してたんですけど、私たちが引っ張り出しちゃったんですよー」
「あ、今回のもイイ出来!」
反対側から覗き込んだ忍が、声を上げる。広人も、に、と笑う。
「そりゃ、カメラマンの腕がいいから」
「ところで広さんは、こんなところでなにを?」
須于が、麗花から預けられた小だるまを大事そうに抱えたまま、イタズラっぽい笑みを浮かべて首を傾げる。
「いやさ、仕事の関係で外出たんだけど、えっらい雪積もってるだろ?クリスマスだろ?なーんとなく思い出してさ」
軽く、肩をすくめる。
「そしたら、ホントにいるんだもんなぁ」
「お約束ですから」
亮の言葉に、六人ともが顔を見合わせて声を立てて笑う。
「最後のことは、おまかせになってるけどさ」
相変わらずの笑みを浮かべながら、広人が言う。
「六人死ねば『Aqua』が救われるくらいなら、六人だけが生き残る方法見つけろよ」
に、と笑みを大きくする。
「仲文と俺から言えるのは、それっくらいだけどな」
軽く手を振って、背を向ける。
数歩行きかかって、振り返る。
「あ、亮、リクエストは鍋だってさ」
そのまま、後姿は遠ざかって行く。
すっかり、姿が見えなくなってから。
「もしかして、思い出してる?」
俊が、亮へと視線をやる。ジョーは、まだ、いなくなった方へと視線をやったまま、ぼそり、と言う。
「思い出してなかったら、言えないように思えるが」
「ええ、そうですね、今は、思い出しているんでしょう」
静かに、亮は言う。
忍も、広人が消えた方へと向いたままで口を開く。
「健さんも、だな?」
「…………」
どこか、痛みを帯びた笑みが、亮の顔に浮かぶ。
「思い出したと口にしないのは、最後の作戦に直に関係する記憶が戻っていないからでしょう、それから……」
「思い出すことの痛みを知っている亮には、言わない方がいいと思ってるのね」
須于が、そっと小だるまを撫でながら言う。麗花も、小だるまをつつく。
「三人ともが、不器用さんだからなぁ」
それから、くるりん、と亮へ向き直る。
「ところで、鍋がリクエストって?」
問われた亮は、一瞬、ひどく困った顔つきになるが、すぐに笑顔になる。
「クリスマスプレゼントの、リクエストです」
いまは、そういうことにしておきたいのだ、と察したのか、麗花もそれ以上はツッコまない。
代わりかどうか、口を開いたのは俊だ。
「そろそろ、昼だよな?」
手が、半ば無意識にお腹のあたりに行っている。
ジョーも頷く。
「腹、減った」
「出た、侍!」
麗花の台詞に、須于が笑う。朝から動き回っているのだから、当然と言えば当然だ。
亮も、笑みを大きくする。
「そうですね、そろそろ帰りましょうか」
「家に帰り着くまでに、腹と背中くっつきそう」
忍まで言うものだから、皆して大笑いになる。それから、六人で歩き始める。

午後からは、六人皆でご馳走作りをして、なんだかシャレめかした格好なんてしてみて。
すっかり日も暮れた頃に、オーブンで焼きあがった、という音が上がる。
「焼けた?!」
さすが、というべきか、背中のあきが大きい深赤色のベロアワンピースを見事に着こなしている麗花が、そんなのにはお構いなく、はしゃいだ声を上げる。
「確認するので、待ってくださいね」
エプロンをかけたままの亮が、オーブンの扉を開く。細い串を刺して、取り出して。
「ええ、大丈夫そうですよ」
「やった、すっげいい香り!」
俊が、嬉しそうに笑みを浮かべる。アグライアで一週間着ていたおかげか、それなりにス一ツがサマになっている。
すっかりスーツを着こなしている忍が、大きなミトンをした手を伸ばす。
「出してやるよ、重いだろ」
「ありがとうございます」
スーツに合わせて、傷が見えない程度に軽く前髪を作られたジョーが、周囲を飾り終えた大皿を取り出す。
「よっと」
忍が、鉄板からチキンを皿にもって、テーブルの真ん中に置いて。
綺麗なブルーのワンピースドレスの須于も、しばし覗き込んでから、こくり、と頷く。
「うん、上手く焼けたみたいね」
「はいはい、亮もエプロンとって」
麗花に促されて、いくらか苦笑気味にエプロンを外した亮は、白のチャイナに色とりどりの薄色刺繍が刺されたモノだ。着こなし方は、どちらつかずという感じに上手くまとめている。
「じゃ、行くぞ」
ジョーが、冷蔵庫から出されたシャンペンのボトルを、ぐ、と握る。
「おう、来いッ」
構えているのは俊。
しばし、緊迫感のある間の後。
ポン!という小気味いい音がして、コルク栓が高く飛ぶ。
わ、と五人から拍手が起こって、ジョーがグラスに注ぎわける。
誰からともなく、視線は忍へと集まる。
俺?というように首を傾げたのに、麗花が頷く。
忍は、軽くグラスを上げて言う。
「最後まで、俺たちらしく行こうぜ」
「かんぱーい!」
六人の声が揃う。
力作チキンをはじめとする、ごちそうを片付けてから。
亮が手作りしたケーキがお目見えする。
出てきたケーキを見て、思わず五人ともが息を呑む。
生クリームでキレイにデコレーションされた真白のケーキの上には、赤いイチゴの森があり、その中にはホワイトチョコレートの雪が、たっぷりと降り積もっている。
その上に並んでいるのは、サンタクロースでも、天使でも、クリスマスの町並みでも、可愛らしい動物でもない。
言葉が出ないまま、麗花が亮を見上げたのに、笑みで答える。
「ソレイユ通りの砂糖菓子屋では、早めに注文して置けばオリジナルの砂糖菓子を作ってくれるんですよ」
「って、小だるままで」
やっと、須于がぽつり、と言う。
小さな雪景色の中にいたのは、六人とヒトツの雪だるま。
それは、幼い頃の光景を取り出したような。
あの写真を、ケーキの上に再現したような。
赤い服のポニーテルの少女の手元には、本当にゴマ粒ような小だるまがついているのだ。
「やられた」
「完璧」
「参りました」
「最高の出来だな」
口々に言われて、亮も微笑む。
「本当に、切り分けちゃいたくないね、こんなステキなの」
「先ずは写真かな?」
「そうだね、そうしよ」
と、六人とケーキで、記念撮影をしてから、美味しいお茶とケーキでデザートタイムになる。
砂糖菓子は、雪だるまをジャンケン争奪戦。
勝ったのは、なんとジョー。
「身長では負けたけど、口にぽい出来るねぇ」
にんまりと、麗花が言う。いらなかったらもらうよう、と眼が言っているのが、傍目にも明らかだ。
確かに、ジョーは甘いモノが苦手な方だ。甘いモノを欲しがり出したら、けっこうストレスが溜まっている、という証拠。
ここ最近、そんなことは無いのは皆知っている。
が、ジョーは、にやり、と笑うと、手に入れた雪だるまを、ぽい、と口にほおる。
「ああ!」
思わず麗花が声を上げ、忍と俊も、眼を丸くする。笑い出したのは須于と亮。
「やっぱり、気になってたのね?」
「実は、けっこうな」
イタズラっぽく笑うので、忍たちも笑ってしまう。
それぞれの砂糖菓子は、自分のモノになる。
ケーキも片付いて、お皿も全部皆で洗って片付けて。もう一度、今度はさっぱりと柔らかなお茶を煎れて。
麗花が、にっこりと笑って五人を見回す。
「さて、プレゼントの準備は出来てる?」



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