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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・27■



書類に眼を落としていた健太郎が、顔を上げる。
お茶を煎れつつあった、榊もだ。
「お仕事中、本当に申し訳ございません」
小間使いは、平身低頭、という態で頭を下げる。
「フラワーショップティアラ、というお店の方がいらっしゃっておりまして、ご依頼主から受け取りは榊さんにお願いするよう託っている、と伺ったものですから……いかがしましょう」
榊が、健太郎へと振り返る。
フラワーショップティアラ、というのは、佳代の経営している花屋の名だ。名乗った者は、その名と健太郎の身近である榊を指名することの意味を知っているに違いない。
ということは。
「わかった、ご苦労」
健太郎に声をかけられ、小間使いは一礼して出て行く。
「榊、来たのは忍くんか俊だろう、周囲は確認済みだろうが、再度確認してから、中に入れなさい」
「承知いたしました」
いつもの無表情で頭を下げると、榊も下がる。
時間が、差し迫ってきている。
なにか、起ったのかもしれない。
健太郎は、軽く眉を寄せると、自分も書斎を後にする。

裏の通用口まで行った榊は、目前に立っている人物に、軽く眼を見開く。
相手は、榊の姿に、にこり、と微笑む。
「ご無沙汰してます、榊さん」
ぺこり、と頭を下げたのは、間違いなくフラワーショップティアラの店主、東城佳代その人だ。
手には、花が入っているのであろう包みを抱えている。
「ご無沙汰しております」
十四年も前になるが、一時とはいえ、この家の夫人、という立場であった佳代のことを忘れるわけがない。例え、その当時の執事が父であったとしても、だ。
深々と、頭を下げる。
「そんなにかしこまらないで、他の使用人が不信がるわ」
佳代だとて、リスティア一と言われる自動車会社の会長令嬢だ。こういう家にどんな人がいるのかをよく知っている。
「ご心配は無用でございますが……」
「そう?でも今は私、そこらへんの花屋の店主なのよ、はい、これ、お届けモノ」
抱えていた、大きな箱を手渡す。
「俊と亮くんからよ、天宮のよく目に付くところに飾ってあげて」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げる榊に、苦笑する。
「私からじゃないんだってば、榊さんを指名したのはね、取り扱いについて説明しておきたかったからなの」
「取り扱いで、留意することがございますか?」
にこり、と佳代は笑みを浮かべる。
「ええ、中に入ってるのは寄せ植えなの、花が枯れるまでは、普通に水をやってくれれば構わないわ。室内に置くだろうから、昼間にそこそこ日光にあててあげるのを忘れないでくれれば、かなり長持ちするわよ、今は寒いから、窓際にしてね」
「かしこまりました」
早口の説明だが、榊にはそれで理解できるのだ、と佳代は知っている。
「肝心なのは、花が枯れた後よ。そちらは、ここにメモしてあるわ、どれも、庭に植え直せば株が増えて花が増えるわよ、ぜひ、そうしてあげて」
営業用の笑みだったのが、もっと柔らかなそれへと変化する。
「二人が、長持ちする花をと、選んだのだから……」
言葉が、四散する。
榊の後ろに、いつの間にか立っている人物に気付いて。
眼が、丸くなる。
「天宮?!どうして?!」
世間はクリスマスとはいえ、週末とはいえ、平日だ。
健太郎であれば、絶対に財閥か総司令部にいるはずなのに。
とうの健太郎は、苦笑を浮かべる。
「社員と総司令部の人間に、クリスマスプレゼントだよ。俺がいると、なにかとマスコミがうるさいからね」
「マスコミだったら、榊さんと梶原さんで撃退しちゃったのと同然じゃないの?」
きょとん、と首を傾げる。
珍しく、健太郎は、く、と声を押し殺してはいるものの、噴き出す。
「ああ、あれな、あれは傑作だった」
健太郎がなににウケたのかわかったのだろう、榊は神妙な顔つきで頭を下げる。
「恐れ入ります」
佳代が言って、健太郎がウケたのは、総司令官に対するマスコミの風当たりが激しくなってきた頃のことだ。
健太郎を攻め立てるキッカケが、ともかくも欲しいマスコミが、天宮の屋敷や総司令部、財閥へとえらく押しかけてきた時期があった。
が、一般社員には、一般庶民と同じ所感しかないわけで、そのうち狙われる的は健太郎の身近にいる人物、屋敷の執事である榊と、財閥総帥秘書である梶原に絞られてきたのだ。
そして、直撃を受けた榊がどう答えたかというと。
「私は、長い間、天宮家にお使えさせていただいておりますが、全ての点に置きまして、仕事に不満を覚えたことはございません」
丁寧だが、完膚なきまでの答えに、レポーターたちもそれ以上の言葉を発することが出来ぬままだった。
以来、天宮家に勤める人間全てに、下手にマスコミの人間が近付いたことは無い。
梶原の方は、十重二十重に囲まれているのにも関わらず笑みを絶やさずに、レポーターのマイクを覗き込み、
「弊社の製品をお使いいただいてるのですね、ありがとうございます」
いきなりのお礼に、眼が丸くなっていると、さらに続けた。
「ですが、いろいろなところにお供させていただいたと見えて、あまり調子がよくないようです、せっかく本社までおいでいただいたのですから、メンテサービスをさせていただきましょう」
と言ったかと思えば、いきなり携帯を取り出し、本当に天宮財閥の電気電子部門放送機器管理関連のメンテグループを呼び出して、テレビカメラの前でメンテサービスをしてのけた。
しかも、そのメンテをする中に古株の職人質が混じってて、カメラだのなんだの、どこらへんの場所を回って、どんな扱いをされてきたのかを、ぴたり、と言い当ててしまうものだから、マスコミの興味はすっかり逸れてしまった。
完璧に全ての機器をリカバった挙句、最後の締めくくりが、
「社員の仕事振りをご覧いただければ、弊社のリーダーの質がわかろうというものですが、いかがでしょうか?」
という言葉。
マスコミ側に、つけいる隙は全く無くなった。
以来、周囲を落として付け入る隙を探そうという動きは、止まってしまった。
後は、健太郎本人からの言質しかない。
一度は、あっさりとかわされているが、国民全体の疑惑となっていけばリスティア軍総司令官、という立場上、口を開かないわけにはいかなくなるはずだ。
ルシュテットでの『崩壊』もなんのパニックもなく、落ち着いた状況で終わってしまった今、マスコミはすさまじい勢いで総司令官個人を追い詰める方向へと動きつつある。
健太郎がいる場所には、必ず誰かが張っている、と言っても過言ではないほどに。
健太郎の言うクリスマスプレゼントは、そういう、直に自分たちになにかがあるわけではないにせよ、うるさいマスコミに煩わされない一日を、財閥と総司令部に勤める人々へと贈ったわけだ。
それはともかくとして、佳代にとっては、健太郎が声を立てて笑っている、という状況の方に眼を丸くする。
過去のどの時点でも、こんなに楽しそうに自分の前で笑ったことなど、一度もなかったことだ。
驚いた顔つきのままの佳代に、健太郎はまだ、笑みが残った顔で言う。
「佳代さんのところに、バカをしに行くヤツがいないようなのは、良かった」
「いまさら、関係者のうちには入らないんでしょう」
やっと立ち直って、どうにか笑みを浮かべる。
「おかげさまで、もう援助無しでもやってけるようになったし。大丈夫よ、ありがとう」
お礼を言われて、また、健太郎の顔には苦笑が浮かぶ。
「迷惑をかけているのは俺の方だ」
佳代は、首を横に振る。
「ずっと、俊を借りっぱなしだったわ、本当に、ありがとう」
にこり、と自然に笑みが浮かぶ。
「天宮に似た、とてもいい子よ、ただこういう家でどう振舞っていいかはわかってないと思う。どうか、よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げる。
健太郎の苦笑は、ますます大きくなる。
「佳代さんに育ててもらえたから、いい子になったんだよ。お礼を言うのはこちらの方だ」
佳代は、いくらか照れ臭そうに微笑みながらも、首を横に振る。
「ううん、亮くんもとてもいい子だわ。自分を傷つける相手でも、察して守ることが出来るのだもの……二人を引き離したのに、それさえ許して笑顔になることが出来るんだもの」
柔らかい笑みが、自然と浮かぶ。
「世間でなんと言おうが、天宮は……」
「その先は」
覆い被せるようにして、健太郎は佳代の言葉を止める。
「来年も、そう思うことが出来たらにしてくれ」
かすかに、痛みを帯びた笑みが掠めていく。それでも、健太郎は佳代になにも言おうとはしない。
この距離だけは、どんなに時が経とうとも変わらない。
お互いの感情が収まってしまえば、こうして穏やかに話をすることが出来るのだとわかった後も。
健太郎には、たった一人がいるから。
その想いは、過去も現在も、そして未来も。
絶対に、変わらないものだから。
もう、今はそれを佳代も知っている。
「わかったわ。これね」
榊の手に渡した、箱を指す。
「俊と亮くんからのクリスマスプレゼントなの。長持ちするのをって二人で選んでくれたのだから」
「ありがとう、大事にする」
にこり、と健太郎の顔に笑みが浮かぶ。それはもう、過去の凍りついたものではない。
笑顔で頷き返すと、佳代は受領書を受け取り、背を向ける。



クリスマスから一日を置いての、二十七日。
いくらか話辛そうに、亮が切り出す。
「お願いしなくてはならないことがあります」
ここ最近にはない、改まった様子に、五人も静かに次の言葉を待つ。
「明後日には、この家を出なくてはなりません」
この家、とは、この三年間、『第3遊撃隊』として過ごしてきた場所のことだ。
この年末で、志願兵役の期間が終了することは、六人もわかっている。いよいよ、三年間が終わりなのだ、ということも。
麗花が、笑顔で首を傾げる。
「二日で引越し準備しろってところ?」
「申し訳ないのですが、それも、出来ません」
亮の言葉に、俊が怪訝な表情になる。
「どういうことだ?」
「この家にあるモノは、ほとんどが『第3遊撃隊』に配属になってから用意したモノですね?」
こくり、と須于が頷く。
「ええ、基本的にどうしてもというモノ以外は持ち込むな、という指示があったから……」
「同じことが、適応されます」
ここ最近は、ほとんど見ることの無かった無表情。
「この家は、特別に保存されることになります。また、いつかこの先に、万が一、『緋闇石』に類する旧文明産物が現れた時の為に」
『崩壊戦争』の時に、『緋闇石』の動きを止めることが精一杯であったように。
『地球』を『Aqua』から切り離すことが出来たとしても、男の意思を消すことが出来たとしても。
それでコトが完全に終わる、という保証はどこにもない。
大晦日の対峙を終えてみなければ、なにもわからないのだ。
そして、その時に。
この家を保存体制に持っていけるだけの状況にあるかどうかは、亮でさえも、断言しきることが出来ない。
「ああ、わかった」
忍が、真っ先に頷く。ジョーが確認する。
「持ち出し可能なのは、得物と、数日分の着替えってところか?」
「はい」
いくらか言い辛そうに、でも、確認せずにはいられなかったのだろう。麗花が尋ねる。
「あの、さ、クリスマスプレゼントがつまった箱は?」
隣に座っている須于も、いくらか不安そうな顔つきだ。
にこり、と亮は微笑む。
「ええ、いいですよ」
中に詰まっているのは、他人にとっては旧文明産物だけど。
六人にとっては、大事な思い出の詰まった箱だ。
「誰も、他には開けられませんから」
パスを知っているのは、六人だけだ。
亮の手でほどこされたパスは、他人には、絶対に開けられない。その単語は、単純かもしれないけれど。
「じゃ、持っていくものは、着替え数日分と得物と、箱と」
誰からとも無く、集合している総司令室を見回す。
別に、なにか急ぎのことが起っていないことは、誰もが知っていた。
知っていて、亮がここへ集めた意味が、やっとわかる。
ここに集合するのも、最後なのだ。
ふ、と視線を皆に戻したのは、須于だ。
「ね、皆で掃除しない?年末だし」
年末だし、と付け加えたのは、毎年のように大掃除をしてきたのと一緒にしたかったからだろう。
でも、この掃除も最後だ。
「ああ、最後にやっとかないとな」
「これから先も、がんばってもらわないと」
長い時を、住人無しで眠り続けることになる家を、出来る限り綺麗にしておきたいという須于の優しい心遣いを五人も理解している。
「と、決まったら早速開始!」
号令をかけたのは、麗花。
「はーいはい、お手伝い頼むよー」
忍が、ぽんぽんと頭を叩く。むう、と頬をふくらませるが、本当のことだから文句の返しようがない。
「移動先は、まず、仲さんの家、か」
ジョーの納得した言葉に、亮は笑みを浮かべたまま、頷く。
クリスマスイブの、広人の言葉の謎が解けたのだ。
鍋がリクエスト、とは、二十九日の夜のメニューのことだろう。きっと、広人も遊びに行く気なのだ。
大人数での夕食は、鍋がいい、と仲文が言ったわけだ。
「親父も呼んだら来るかな?」
俊が、首を傾げる。
クリスマスを自宅で過ごしたのは、ワイドショーなどで取り沙汰されていたので六人も知っている。
「そうですね、呼んでみましょうか」
亮も頷く。
忍と須于が、さっそくに腕まくりをしている。
「よし、じゃ、掃除はじめよう!」
「はーい」
六人の足音が、総司令室から遠ざかっていく。



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