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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・4■



忍と亮が、プリラード女王マチルダの、モトン王国支援に関する記者会見を見たのは総司令官室だ。
経済的支援だけでなく、人的、物質的な援助の具体案まで示したことで、復興に向うのは確実と見られる、と、いかにも知ったような顔のコメンテーターが、述べている途中で、健太郎はモニターを切る。
「さて、彼女の真価が問われるのは次だな」
口の端に、笑みが浮かんでいる。
亮も、微笑む。
「そうですね、友好国の支援をする余裕を、見せ続けることが出来るかどうか……彼女なら、やってのけるでしょうが」
「今回の件は、大国は軒並み支援を申し出てるようですね?」
忍が、健太郎へと向き直る。
「ああ、ま、順当な反応だな」
国家的な支援だけでなく、財閥からも相当な見舞金を出した健太郎は、なんでもないことのように言う。
「彼女は、本気で離宮に向う気ですか?」
「ああ、今回の件は重々承知で向う、と言っている」
忍と亮は、どちらからともなく、顔を見合わせる。
すでに、プリラード中枢のごくごく少数の人間は、あと十日と経たぬうちに風光明媚と有名な山脈が崩れ去ることを知っている。
水面下では、人体未感知の火山性地震が発生している、というニュースが造り上げられているはずだ。
その地域のごく側にある離宮へ、女王自らが向う、と決めたらしい。
確かに、モトン王国の時と違い、避難を完全に遂行出来たとしても、そのショックは比になるまい。人口も格段に多い。
それに、崩壊戦争直後から住み続けている人々の多い地域でもあり、すんなりと避難が進むとも思えない。
一気に撤退出来なければ、犠牲者が出ることは確実。
マチルダ女王が国民に愛される所以は、彼女が国民を大事にしているからだ。
一人でも、犠牲を出すことなど、絶対にあってはならぬこと、と彼女は心に決めているに違いない。
「確かに、女王自ら避難を呼びかければ、効果は上がるでしょうが」
珍しく、亮が複雑な表情だ。
「女王には近衛兵もいるし、命に別状があるようなことは起らない」
健太郎は、ぞんざいに肩をすくめる。
わざわざ、亮たちを呼んだのは、別にマチルダ女王自らが『崩壊』現場に向うから、ではない。
それは、忍も亮も、言われずともわかっている。亮が、ぽつり、と言う。
「さすがの女王も、今回のプレッシャーは一人で背負いかねましたか」
「の、ようだな。気持ちはわからんでもない」
健太郎にしては、寛大な意見だ。
「キャロライン・カペスローズに漏らしたんですね?」
忍が、本題に触れる。
「そういうことだ、そうでなければ、彼女のロケがいきなりあの地方に決まった説明がつかない」
再度、健太郎は肩をすくめる。
「この点に関しては、さすがに俺も読み切れなかった、どうするかはまかせる」
「おやおや、長期休暇がいただけるかと思っていましたが」
そっくりの仕草で肩をすくめてみせる亮に、健太郎は苦笑を向ける。
「普通の遊びなんざ、すぐに飽きるだろ、お前らのことだから」
「失礼な言い草ですね」
にやり、と健太郎は笑みを大きくする。
「あきらめろ、六人揃ってる限り、事件体質なんだよ」
思わず忍も、くすり、と笑う。
「では、その事件体質を思い切り楽しむことにしますよ」
鮮やかな笑みが、浮かぶ。
健太郎は、少し眼を見開く。
くすり、と亮も笑う。
「体質改善が無理なら、楽しんだ方が得ですよね」
「そりゃ、前向きでイイことだ」
答えた健太郎は、どこか眩しげに眼を細める。

「不自然にならず、潜入するのは可能なのか?」
ジョーが、眉を軽く寄せつつ尋ねる。
にこり、と亮が微笑む。
「ジョーがプリラード行きを望むのなら、いくらでも方法は考えられます。アファルイオの北方地帯に行くよりも、ずっと簡単ですよ」
穏やかな笑みなのに、そこにいるのは、自信しかない軍師だ。
総司令部地下という場がそうさせるのだろうか。
相談したいことがあるから、と忍に呼び出されたジョーは、総司令部地下を指定した。
少しでも自分の記憶を呼び覚まそうとしているのは、考えなくてもわかったが、忍も亮も、あえて反対はしなかった。
いる場所は、過去に皆で話した場所でないことは、三人ともがわかっている。
忍が寄りかかっている壁の向こうに、その部屋というには大きすぎる場所は、存在する。
鮮やかに、とまではいかないが、忍にもジョーにも、その姿を思い浮かべることが出来る。
壁に眼をやりつつ、ジョーは続ける。
「おふくろは、あえて、その場所でのロケを設定したんだな?」
「元々予定にあったことかもしれません。女王が警告したにも関わらず、ロケは実行されます」
「したからこそ、だろうな」
忍が、訂正する。
プリラード女王は、『崩壊』現場に立ち会う気でいる。だが、もし、国民の誰かに危機が及んだ時、彼女が実際に動くことは許されない。
彼女を失うわけには、いかないのだから。
その気持ちが痛いほどわかるからこそ、キャロラインもその場に居合わせることに決めた。
マチルダの代わりに、自分が飛び出す覚悟で。
「プリラード女王は、モトン国王ほどの強権は発動できない」
ぼそり、とジョーは言う。
忍も頷く。
「ああ、半ば強制的な退去を敢行出来たモトン王国の方が、稀な例だろうな」
「かすり傷であろうが、怪我人をを出せば、それだけコトは大きくなります」
静かに、亮が締めくくる。
決断を下すのは、ジョーの役目だ。
「……行こう、モニターの前で唇噛み締めるハメになるよりは、ずっといい」
にこり、と忍と亮の顔にも、笑みが浮かぶ。
「じゃ、決まりだな」
軽く頷いてから、ジョーは壁を、軽く叩く。
それから、す、と眼を細める。
「シャフネ解放の時は、忍と俊が動いたはずだ」
「ああ、俊が警備兵を引きつけてる間に、俺が中枢管理機構を壊した」
忍も、壁を見上げるようにしながら、答える。
「俺たちが『崩壊』に取り込まれなかったのは、たまたま飛空距離のあるバイクに乗っていたからだ」
予定通りの、中枢破壊。
だが、次の瞬間に起ったのは、島の『崩壊』よりもずっと大規模な、一国の『崩壊』。
「いや、その前に……」
半ば、独り言のように、ジョーは呟く。
「紅い閃光が、シャフネを包みました」
亮が、静かに言う。
「知らない人間が見れば、強力な火器が発動した、と思ったでしょう」
「ああ、俺たちは自爆装置が作動したんだと……」
ジョーの言葉が、途切れる。
壁についていない方の手が、無意識にこめかみを押さえる。眉が、きつめに寄る。
気忙しげな顔つきになった亮が一歩近付いたのを、視線でとどめてから、瞼を閉じる。
「そうだ、あの時と似てる……廃工場が爆発した時と……」
予定にない、突如の爆発に呆然とした。
巻き込まれた二人の安否がわからずに、状況を食い入るように見つめた。
「麗花が、『どういうこと?!』と叫んで、須于が『忍と俊は』と言って……だが、亮は違うことに呆然としていた……」
視線を、まっすぐに上げる。
「そうだ、二人にすぐに連絡を取れ、と俺が言う前に、亮は『緋闇石』と、はっきり、そう言った」
「………」
亮は、ぽつり、と呟く。
「では、僕は、それを見ただけで『緋闇石』だと、わかったのですね」
その顔から表情が消え、ゆっくりと壁を見上げる。
「シャフネの精神制御は、一種の催眠波を中枢から発することで行っていました。だから、その装置さえ破壊してしまえば、精神制御からは一気に解放されます……忍から『中枢破壊』の連絡が入るまでは、予定通りでした……想定出来るイレギュラーの中に『緋闇石』は入っていなかった」
壁に手をあて、瞼を閉じる。
「なのに、あの閃光を見た瞬間、それが『緋闇石』なのだと、わかった……なぜ……」
どうしても、そこまで行くと、思考が途切れるらしい。
ぽん、と忍が、亮の肩を叩く。
「そこまでにしとけ」
亮は、どこか困惑した視線を、忍たちに向ける。
「ヒトツだけははっきりしてる、『緋闇石』も『地球』時代から存在したということだ」
「そうでなければ、亮が知ってる理由もないからな」
そこまで言ってから、忍はもう一度、亮をまっすぐに見つめながら言う。
「今日は、そこまでにしとけ」
「……はい」
納得はしていないようだが、忍たちに必要以上の心配はかけまい、と自分に言い聞かせたらしい。
大人しく頷く。
「戻ろう、プリラード行きの話したら、絶対大騒ぎだ」
にこり、と忍が、いつも通りの笑みを浮かべる。
ジョーが、苦笑する。
「麗花がはしゃぎそうだ」
「俊も、ロケが見られるって言ったら喜ぶんじゃないかな、あれでけっこう、ミーハーなとこあるから」
「自分はどうなんだ?」
にやり、と忍は笑みを大きくする。
「そりゃ、世界的名女優の演技を目前で見られて、嬉しくないわけがないだろう?」
忍とジョーの、足が止まる。
一人、ついてくるはずの足音がない。
振り返る。
「亮?!」
はっとした顔つきになるよりも早く、忍の足は亮の元へと向う。
ジョーも、すぐに追う。
亮は、片手で頭を抱え込むようにして、膝をついている。
必死で、くず折れまいと片手は床について。
「亮っ!」
肩を掴んで支えながら、忍が呼ぶ。
きつく閉じられていた瞼が、うっすらと開く。
焦点の合っていない瞳が、床を見つめる。
「………誰?…」
「え?」
忍が、首を傾げる。
「声が……」
「声?」
ジョーが、怪訝そうに訊き返す。
自分たちの声以外、誰の声もあるはずがない場所だ。周囲を見回すが、誰かが入ってきた形跡も無い。
誰の、と言ったのだから、亮には自分たち以外の声が聞こえたに違いないのだが。
亮が、無意識に、だが、はっきりと首を横に振る。
かなり、辛そうな顔つきになってるのを見て、忍は強く揺さぶる。
「亮!俺の声が聞こえるか?!」
「忍?」
夢から覚めたかのように、亮の瞳は、はっきりと焦点を結ぶ。
同時に、辛そうな表情も消えていた。
「大丈夫か?急に、随分と辛そうになったから……」
忍の心配そうな顔に、微笑んでみせる。
「もう、大丈夫ですから」
「確かに、楽になったみたいだが……」
ジョーも、気忙しげな顔つきだ。ここを待ち合わせ場所にしたのは自分なので、責任を感じているのだろう。
「声がしたんです、記憶の中らしくて、はっきりとはしなかったんですが……『緋闇石』のことを考えていたら、急に」
思わず、忍が軽くため息をつく。
「……すみません」
無理矢理に思い出したりしなければ、体調に変調をきたすことは無い、と忍もジョーも知っている。
亮は考えるあまりに、誰かが意図的に封印したかもしれない記憶の片鱗を強引に引きずり出してきたのだ。
自分がなにをしたのかは、亮もわかっている。
無理をするな、と散々言われているのは自覚しているので、珍しく小さくなっている。
「考えるな、と言っても、無駄とはわかってるけど」
「持って生まれた性格でもあるんだろうが」
忍もジョーも、これを繰り返すことが、半ば無駄とは知っているのだろうが、言わずにはいられないらしい。
「頼む、無理はしすぎるな」
「自分が思い出すよりも、ずっと寿命が縮む」
「気をつけます」
小さくなったまま、こくり、と頷く。
それから、忍に手を引かれながら、立ち上がる。
「あの」
「わかってる、俺たちも無理はしないから」
「だから、亮もだ」
二人共に先回りをされて、ますます亮は小さくなる。
「はい……でも、ですよ?」
「でも?」
少々不機嫌な顔つきで、二人共が、同時に振り返る。
「この関係の記憶全部が、無理矢理だった時はどうします?」
忍とジョーは、顔を見合わせる。
言われるまで考えないようにしてはいたが、その可能性は充分にあることは、薄々感じていた。
ナタプファ潜入のことも、シャフネ解放と崩壊のことも、最後の『緋闇石』との対峙のことも。
あふれ出すかのように、次々と思い出していくのに、亮の過去のことは全くと言っていいほど記憶から抜け落ちている。
当の、亮までもが、だ。
『緋闇石』がなんなのか、全くの説明も無しに対峙したとは思えない。
説明をしようと思えば、過去に触れざるを得ないはずだ。
それに、『地球』時代のことを知っていたとなれば、その頃のことを聞いてみたい、というのは自然な興味だ。
今だって、もし聞けるものならば聞いてみたい。
モトン王国の島崩壊の日も、三人ともが思ったことだが、あまりにもキレイに記憶がない。
やはり、意図、としか、思えない。
「百歩譲るとして」
忍が言う。
「せめて、俺がいる時にしてくれ」
「出来る限りは、二人がいる時、だ」
ジョーが付け加える。
「亮の言葉をヒントに、思い出せる可能性もある」
「ま、俺らも同じルールにしよう」
「わかった」
ジョーが言い、亮も頷く。
「わかりました」
もう、すっかり顔色も戻っている。どうやら、一過性で済んだらしい。
ほっとした顔つきで、忍が微笑む。
「さ、気を取り直して、プリラード行きの計画を立てよう」
「そうですね、いくらか細工も必要ですし」
「細工?」
怪訝そうな顔つきのジョーに、亮は悪戯っぽい笑みを向ける。
「いまから急に予約を入れたのでは、怪しいでしょう?」
行ったすぐには思われないかもしれないが、『崩壊』が起れば、そういう細かいところに目をつける人間もいるかもしれない。
「まぁ、確かにな」
忍が、可笑しそうに笑う。
「少々仕掛けられる相手が可哀相な気もするけどな」
「運が悪かったと思って、諦めていただくことにしましょう」
キレイな笑顔で言うのを聞いて、思わず忍とジョーは顔を見合わせる。
「いま、俺、改めて思った」
「ああ」
不思議そうに、亮が首を傾げる。
「なにをです?」
しみじみと、忍が言ってのける。
「亮だけは、敵に回しちゃいけない」
それから、三人して大笑いになる。



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