[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・30■



大晦日である三十一日早朝に告げられたニュースは、リスティアのみならず、『Aqua』全土を騒然とさせる。
ずっと沈黙を守り続けてきたリスティア軍総司令官、天宮健太郎の記者会見が、夜に行われる、という。
ざわめいているのはマスコミだけではない。
リスティア警視庁特別捜査課も、いつもとは違う雰囲気に包まれている。
「って、まさか、この期に及んで俺たちに護衛に加われってんじゃないでしょうね?」
一人が、不満丸出しで言う。
「虎の子の少人数部隊とやらにでも護衛させりゃいいじゃないですか」
これだけ大々的に予告すれば、いままでのことで面白くなく思っている連中や、ずっと前から虎視眈々と狙っているしょうもない連中が記者会見会場に、どうにかして潜り込んでくるに違いない。
散々、はぐらかしてきた為に、コトが大きくなり過ぎている。
それでいて、護衛が上手く行かなかったら、後ろ指を指されるのは自分たちなのだ。
面白いはずがない。
皆が口々に不満を言うのを、横目で聞いていた広人が、むっつりと口を開く。
「ま、そりゃごもっともな意見だよな」
広人にしては、珍しく剣呑な口調に、皆の視線が集まる。
「ただ、総司令官がバカの手にかかって死んだら、聞けることも聞けなく……」
ケンカ越しの台詞を手で制したのは、広人と同じく、黙ったまま課内の文句を聞いていた課長だ。
ぐるり、と見回して、軽く首を傾げる。
「なるほど、皆の言いたいことは良くわかった。今度は俺から、二つばかり質問をさせてくれ」
なまじ、それぞれに高い能力がある為に、なにかとぶつかりがちな課内をまとめてきただけあって、誰もが静かに次の言葉を待つ。
課長は、静かに口を開く。
「第一の質問だ、ここにいる高崎広人という人間を、信頼しているか」
言われて、ひどく驚いた顔つきになったのは、広人と組むことも多い佐山だ。
「当たり前じゃないですか、高崎を信頼できなかったら、誰も信頼できなくなっちまいますよ」
周囲も、当然だ、というように頷く。
ぶつかることと、信頼しているかどうかとは全く別問題だ。
言葉を荒げたとしても、通じると思うから、時にケンカ越しになるだけで。
むしろそれは、互いの信頼の現われと言った方がいいのだから。
表情を変えることなく、課長はさらに問う。
「第二の質問だ、お前らが信頼する高崎が信用している、という天宮健太郎という人間を、信頼するか」
「か……」
思わず、口を開きかかった広人へと、課長は笑みを向ける。
そのままの笑みを、課員へも向ける。
「どのような回答を総司令官としするにしろ、俺たちは少人数部隊の存在を知っている。それは、幾度と無く協力体制をしいて一緒に動いたからだろう?」
誰からとも無く、視線を見交わす。
「犯罪に関わっている、というのならば、どこまでも追求するのが俺たちの仕事だが、そうじゃない。軍隊の中のことは、俺たちがあずかり知る範囲でもない。総司令官が極秘裏のモノと決めるのなら、それに従おうじゃないか」
すっかり、毒気を抜かれた顔つきで、一人が言う。
「課長の言うとおりですね」
「それに、天宮健太郎氏だって、総司令官という立場なだけで一人のリスティア国民だ」
「どのような理由であれ、命を奪われるいわれは無い」
佐山が、笑顔を向ける。
「行こうぜ、高崎。総司令部に、会見会場の図と入場人数の確認、協力体制の打ち合わせとなると、かなり時間かかるぞ」
やると決めれば、リスティアどころか『Aqua』一の検挙率を誇る特別捜査課だ。行動は早い。
一気に、皆が動き始める。
広人は、課長へと頭を下げる。
自分も立ち上がりつつ、課長はにやり、と笑う。
「高崎、お前にわざわざ言うまでも無いと思うが、世間じゃタダほど高いモノは無いと言う」
言われて、困惑を一瞬浮かべた広人は、参ったのポーズをする。
「例の件は、これのケリがついてから、じっくりと話させてください」
「前向きになっただけ、良しとしてやる」
「恩に着ますよ」
それから、くるり、と背を向ける。
「佐山、待て!」

国立病院院長は、いつもと変わらぬ表情で仲文を見上げる。
「数人の医師から特別緊急体制を取った方がいいのではないか、という意見が出ている」
特別緊急体制、とは、国がなんらかの災害に見舞われそうな時に、一気にケガ人と他の小さい病院での看護が無理となった重病人が続出することを想定し、国立病院に一手に引き受ける為に備える特別配備体制のことだ。
ここ最近、国家首脳と言われる人間が会見をする時には、必ず『崩壊』の予告であるという嫌な状態が続いている。
ましてや、今回は『Aqua』中枢をほとんど網羅しているリスティアなのだ。
しかも、マスコミが指摘する通り、政治経済とも、『Aqua』の命運を掴んでしまっているといっていい天宮健太郎の記者会見。
どんな衝撃的な発言が出ても、おかしくない気がする。
「はぁ、なるほど?」
仲文は、さして興味がなさそうに、首を傾げる。
で、なにが言いたいのか、と言わんばかりだ。
「安藤くんの意見が聞きたいね」
「私見でよろしいのでしたら、全く必要ないと申し上げます」
あっさりと、しかし、きっぱりと仲文は言い切る。
「全く、か、これはなかなか強い意見だな、根拠を訊いてもいいだろうか?」
にこり、と仲文は笑みを浮かべる。
「天宮健太郎が、それが必要だと言わない限りは、必要ないからです」
「なるほど、それはもっともな意見だ」
院長も、にこり、と笑う。
「では、医師たちには特別緊急体制は必要ないと伝えよう」
どこか皮肉な表情を浮かべたのは、仲文の方だ。
「おやおや、俺の個人的な意見でそんなことを決定していいんですか?」
「もちろんだよ」
院長は、笑みを大きくする。
「私は君のことを信頼しているからね」
言われて、仲文は困惑気味の表情を浮かべる。
それから、緩やかに微笑む。
「ありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げる。
そんな仲文を見つめながら、院長は軽く首を傾げる。
「そうそう、君にしか頼めない仕事をヒトツ、お願いしたいんだがね」
「俺に、ですか?」
仲文は、いくらか不思議そうに首を傾げる。
院長にしては、珍しい表現だったからだ。
相変わらず笑みを浮かべたまま、院長は言ってのける。
「総司令官記者会見の時間になったらね、現場に行って欲しい。もし、本当に特別緊急体制が必要になってもすぐ対応が取れるし、万が一のことが起きたとしても最高の医師がいれば最善の行動が取れるだろうからね」
思わず、仲文は眼を見開く。
「私は、ここに残っているから、必要になればいつでも連絡を入れるように、わかったね」
深く、頭を下げる。
「はい」
お礼を言うのは、筋違いと言われるとわかっている。だから、ただ、深々と頭を下げる。
「さて、私も安藤くんも、暇な躰ではないね」
「はい」
笑みを浮かべて、仲文も頷く。
総司令官記者会見までには、まだしばらく時間がある。
大晦日だろうが正月だろうが、病院は眠らない。

国立研究所所長が、あ、という顔つきで足を止める。
「九条くん、ちょっといいかな?」
「はい?」
手にしていたデータを持ったまま、仁未は振り返る。
所長は、軽く手招いて、空いている部屋へと入る。
「どうか、なさいましたか?」
「いやね、国立病院院長から連絡があって、あちらでは特別緊急体制は布かないそうなんだよ、だが、こちらで独自に布いた方がいいという意見もある。君の意見が訊いてみたくてね」
所長も、仁未が『Aqua』最高といわれる外科医であり、国立病院病理部長を務める安藤仲文と個人的に親しいことは知っている。
内々に、なにか情報を持っていないか、と問うているわけだ。
にこり、と仁未は微笑む。
「こちらも、特別緊急体制は必要ないと思います」
「ほう?」
はっきりと微笑まれたので、所長は、少々不可思議そうに首を傾げる。よほどの情報を持っている、と思ったらしい。
相変わらず微笑みながら、仁未は続ける。
「私は、安藤仲文と高崎広人という人間を知っています。二人が信じるというのならば、私も天宮健太郎という人間を信じます」
言い切られて、にこり、と所長の顔に、合点の行った笑みが浮かぶ。
「なるほど、それは明快でわかりやすく、望ましい理論だね」
頷いてみせてから、ヒトツ、国立研究所特別仕様の救急箱を取り出してみせる。
「九条くん、総司令官記者会見の時間になったら、コレを持って行きなさい、これさえあれば、どんな連中が来たとしても、安藤くんなら対応できるだろう」
その言葉で、何が入っているのかがわかる。
暗殺を狙う時、使うのは武器ばかりではない。
毒物、という厄介な相手が来た場合、対処できる解毒剤がなければ、それで命は終わってしまう。
研究所では、あらゆる毒物の研究、解毒についてのデータ蓄積だけでなく実際の解毒剤も取り揃えられている。
所長は、現状の状況から、最悪、あった方がいいと判断してくれたのだ。
それは、問う前から、仁未の周辺を信用してくれていた、という意味でもある。
「ありがとうござます」
仁未は、救急箱を受け取って深々と頭を下げる。
にやり、と所長は口の端に笑みを浮かべる。
「さて、そんなに素直に感謝していいかどうかは微妙だね、俺としては君という有用な人材を、失いたくないだけかもしれないよ?」
「はい?」
話が読めずに、仁未は首を傾げる。
「だから、君だけでなく、安藤くんにも恩を売っておけば、寿退社の確率が減るだろってこと」
「所長!」
思わず大声を上げてしまう。
楽しそうに、所長は笑いながら扉を開ける。
「ここ最近ね、国立病院院長と俺のイチバンの心配事はなにって、君たちが結婚して家第一になったら、リスティアのみならず『Aqua』医学会の壮大な損失だってことなんだよ」
まだ、正式なことは何も話していないのに、どうやら二人の間では実際、勝手に決められていることであるらしい。
「ですから、所長」
「ま、将来はともかく、先ずは今日だ。総司令官から緊急の発表があった時にも、すぐに連絡入れてくれたまえよ」
そのまま、所長の姿は消えていく。
肩をすくめてから、仁未も歩き出す。
まだ、記者会見の時間までは間がある。
今日の仕事が、終わったわけでもないのだから。

リスティア軍総司令部ビル百階、総司令官室で、軽く眉を寄せてモニターに見入っていた健太郎は、入室許可を求めているのが誰なのか確認してから、扉を開ける。
入ってきた彼女は、失礼の無い角度で、ぴたり、と頭を下げる。
「ご無沙汰しております、天宮総司令官」
苦笑が、健太郎の口元に浮かぶ。が、総司令官としての受け答えを返す。
「やぁ、久しぶりだね、用件はなにかな、奥村さん」
名を呼ばれた奥村綾乃は、他の人に見せるよりは親しい笑みを浮かべて、健太郎へと歩み寄る。
「お手数をおかけしてしまうのですが、草稿の最終確認をお願いしたいと思いまして」
「なるほど、それは賢明だ」
手を差し出す。
綾乃は、素直に手にしてきたメモリーを渡す。
「メールにせず、さらに君に託したという点は、評価するよ」
「ありがとうございます」
大げさでない礼は、本当によく身に付いたものだ。
訓練が行き届いてなければ、とても無理だろう。
「君は、相変わらず個人秘書を続けるのかな?」
草稿に眼を落としたまま、健太郎が問う。
「はい、そのつもりでおります。禁止事項ではないと判断いたしましたが」
「もう、知っていることだろうが、かなり自由度は広い、やりやすいのがイチバンだよ」
「伝えます」
言葉を発している間も、健太郎の眼と手が休んでいるわけではない。
数箇所、綾乃から渡された文書に直しを入れる。
「いくつか、この方がいいだろうという言い回しに変更しているが、単語の選択については君がよく検討してくれ」
「承知いたしました」
す、と完璧な角度で、礼をしてから、健太郎の手から修正済みのメモリーを受け取る。
それから、言葉を継ぐ。
「直接、会場に伺います」
「手続きの方は?」
「完了しておりますが、おやっさんの方には、ぎりぎりまで公にしないよう、話は通じています」
くすり、と笑われて、綾乃は、はた、と口元を押さえる。
「申し訳ございません、皆様にはおやっさん、の方が通りがよろしいので……」
「ああ、構わないよ、私にも誰かはわかってるからね、では、悪いが時間がないので」
会見終了宣言に、綾乃は素直に従う。
「はい、失礼いたします」
綾乃の姿が消えてから、健太郎は、再度、モニターを切り替える。
そして、画面を食い入るように見つめる。
が、状況には、全く変化もなければ動きも無い。
いや、実際には、かなり水面下での動きがあるはずなのだが、外部へのアウトプットが完全にシャットアウトされているのだ。
ワナがあるとすれば、『地球』上で作動する、と亮は予測していた。
この時間になっても、無事終了の報告が入らないということは、コトは亮の予測通りに運んでいる、ということになる。
健太郎が、成否を知ることが出来るのは、記者会見中、ということになるだろう。
ヒトツ、軽くため息をつく。
それから、胸元に入っている二つの煌きを、そっと抑える。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □