[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・5■



麗花の瞳は、きらきらモノだ。
いつもよりも二十パーセント増量の見開き方と言っていい。
「見た?!今の視線」
押し殺してはいるのだが、通る声は周囲の五人にはよく聞こえている。
「まぁな、あれが演技なんだもんなぁ」
俊も感心した声で相槌をうつ。
下手に視線が合おうものなら、わかってはいてもドキリ、としそうだ。
そのくらい、キャロラインの視線は強くて切ない感情がこもっている。
台詞も無い。ほとんど、動きも無い。
でも、彼女が演じている役が、どんな感情を抱いているのかが、空気で伝わる。
「画面でしか見たこと無かったけど」
忍が、撮影現場から目を離さずに言う。
「上手く言えないけど、ぞくっとくるな」
「カメラとかあるはずなのに、目に入らなくなってくるのよね」
にこり、と須于が微笑む。
本当に、そこにそんな景色が広がっているような。
道理で、スタッフが静かに、などと呼びかけなくても、ギャラリーが静まり返っているわけだ。
もちろん、時折、感嘆の声が上がることはあるが、それらが入らないだけの距離はとられている。
「名優、と呼ぶのにふさわしいですね」
亮も、頷く。
「なんかこう、亮に認められるとホンモノって感じがするよね、本物なんだけどさ」
くすり、と麗花が笑う。忍も、笑みを浮かべる。
「お墨付きがついたって気がするのは確かだな」
俊が、ジョーへと視線をやる。
「こうやって目前にしてると、演じるのも悪くないって気分になってきたりしないか?血が騒ぐとかさ」
「別に、演じる場面は舞台や映画だけに限ったことじゃない」
薄い笑みが、ジョーの口元に浮かぶ。
「それに、俺は演じることよりも、やりたいと思うことがある」
にま、と麗花の笑みが大きくなる。
「須于を幸せにするとか」
「それは俳優やってても出来るだろ」
ツッコんだのは、俊だ。すぐに麗花が切り返す。
「でも、出会えなかったかもだよ?リスティアいなかったら」
「それはないな、絶対に出遭うよ」
忍が、さらり、と返す。
「それは、そうだね」
「確かに」
麗花も俊も、納得してしまう。
「そうですね、確実に」
当人たちが口を差し挟む暇も無く、亮にまで保証されてしまう。
ジョーと須于は、思わず顔を見合わせる。
どちらからともなく、笑みが浮かぶ。
四人の言う通りかもしれないし、そうではないかもしれない。
少なくとも、これだけは事実だ。
今、現在、二人は出遭っていて、そして、大事に想ってる。
「そろそろ終わりみたいだねぇ」
目をこらして見つめていた麗花が、少々がっかりしたように呟く。
「ま、今日中に撮影終わっとかないと、このシーンそのものがお蔵になっちまうからな」
ぼそ、と俊。
「さぁ、撮り終わっていてもお蔵かもしれないけどな」
低く、忍が応える。消えてしまう景色は、あまりに綺麗に映りすぎるから。
誰からとも無く、視線は撮影現場ではなく、静かに佇む山々へと移る。
「キレイだよね」
麗花が、言う。
「ああ」
ジョーが応える。
撮影隊の方は、俳優たちが引け、ギャラリーが引け、機材を片付けたスタッフも、足早に消えていく。
ここら自体が観光地なので、ロケが終わっても山を見上げていたところで、奇妙な光景ではない。
なんとなく、立ち去り難い気がして、そのまま夕焼けに染まっていく山を見つめていると。
「キレイじゃろうて」
背後から、声がかかる。
振り返ると、小さな老婆が、にっこりと目を細めている。
「本当に、キレイですね」
須于が、微笑んで頷く。麗花たちの顔にも、笑みが浮かぶ。
杖をついて、こちらを見上げて、また、言う。
「この山は、プリラードの自慢の光景じゃよ、私の家は先祖代々、この山を見て育ったんだ」
視線は、愛しそうに山へと移る。
「地球と同じ景色なんじゃそうな、本当に、キレイじゃて」
老婆の言う通り、目に映る景色は『地球』と同じものなのだろう。
人は、自分勝手に荒らしつくしても、『地球』しか模す景色を知らなかったのだろう。
もしくは、ここに『地球』は移ったのだと、自分の心に言い聞かせ、『地球』を食い荒らしたことを忘れようとしたのかもしれない。
緩やかに続く尾根。
泰然とそびえる山が消えるなど、誰が想像出来るだろう?
なぜ『Aqua』を造り上げた者たちは、『破壊』などという時限装置をつけなくてはならかなったのだろう?
「本当に、キレイな山じゃて」
半ば独り言のように繰り返すと、老婆はまた、歩き出す。
その後姿を見送りながら。
誰からとも無く、思う。
明日、退去命令が出されたら。
あの老婆は、どんな顔をするのだろう?
顔を、軽く横に振ったのは麗花だ。
「ね、記念撮影しよ!せっかく来たんだからさ」
「いいね、六人入りそう?」
小型の三脚を手渡しつつ、忍が尋ねる。
「余裕余裕、山入れようと思ったら、私らなんて米粒よ」
「あはは、確かに」
俊が笑う。
「ちょうど夕焼けがすごくキレイだわ」
須于が言う通り、ちょうど青から薄い紫をへて、ピンクへと大地が染まっている。
「急げ、すぐに色が変わるぞ」
ジョーに言われて、麗花が口を尖らせる。
「急かさないでよう!」
「慌てなくても大丈夫ですよ」
亮が、静かに言う。
なぜか、その声だけで落ち着くのが不思議だ。
タイマーをセットして。
「ほらほら」
忍が、手招きをして、俊と二人で間を空ける。
ぱたぱた、と走りこんで、カメラを向いて、にっこり、と麗花も微笑んで。
ぱしゃり、と、シャッターが落ちる。
「どう、上手く撮れた?」
「ちょっと待ってー」
三脚から外したカメラを、麗花が真っ先に覗き込む。手早く三脚を折りたたみながら、忍が脇から覗き込む。
軽く、口笛を吹いてみせる。
須于と俊も、両脇から覗く。
「あ、キレイキレイ!」
「おおー、腕上げたじゃん」
「うん、いいかもー」
にまり、と、麗花も笑みを浮かべる。
くる、とカメラを回して、画面をジョーたちの方にも見せる。
ジョーも低く口笛を吹いたし、亮も、にこり、と微笑む。
「わーい、合格ー!」
夕焼けは、本当に一瞬しかシャッターチャンスがない。
もう、茜色も黒ずんできて、あたりは闇へと閉ざされようとしている。
「戻ろうか」
「だな、バス無くなる前に」
六人も、山を背にする。

ホテルの部屋に備え付けのテレビなので、画面はそう大きくは無い。
最初にコメントしたのは、やはり麗花だ。
「天地をひっくり返したような、ってのは、こういうことを言うんですかねぇ」
「プリラードでこれじゃ、アファルイオが思いやられるな」
真面目な顔つきで首を傾げたのは忍。
昨日までの穏やかな光景など、どこへやら、という画面の騒がしさだ。
どこのチャンネルをひねってみても、突如出されたプリラードの避暑観光地の山沿い一帯への避難勧告のことばかりだ。
離宮へと来ていた女王が、自ら、皆の安全確保が第一優先だ、と説いたおかげで、たいていの人は退去へと動き始めている。
統制がとれた軍隊と警察の指示もあり、退去を決めた人々の移動はスムーズに進んでいるようだ。
麗花が「天地をひっくり返したような」と評したのは、この地を離れるくらいなら運命を共にする、と頑なに言い張る一部の人々のこと。
理性で話したところで、どうにもならないくらいの勢いで、テレビカメラにまで食ってかかっている。
「で、彼らのところを女王とキャロライン・カペスローズが一人一人回ってるって?」
俊が、いかにも効果を疑う顔つきで、亮を見やる。
「まだ、しばし猶予がありますから」
亮の表情には、余裕が見える。ジョーが、ぼそり、と尋ねる。
「思ったいたよりも、ごねてる人間は少ない、か」
「ええ、二人がかりなら、充分に回りきれるでしょう」
顔を上げて、ジョーに答えてから、また画面へと視線を戻す。
「先祖代々の土地から離れ難いのと同じで、代々国を背負う立場の家に生まれてきている人間には、余人には持ち得ない力があります」
「それに、キャロライン・カペスローズは、誰もが認める名優だわ」
須于が、いくらか安心した顔つきで言う。
「そうですね、二人共、心からプリラードを思っていますし」
そこまで言った亮の顔から、先ほどまでの余裕が消える。
忍が、首を傾げる。
「亮?」
「一点、気になるとすれば……」
「気になるとすれば?」
俊が、先を促す。
「二人共、とても優しい、ということですね」
「なるほどね、『住み慣れた土地が消えてしまうなら、せめて目前で見届けたい』と言われたら、ほだされる、か」
すぐに察したのは麗花だ。
「そのあたりの判断は微妙だね、退去だけでも残酷な選択をさせているんだから、せめてその願いは、と考えたくはなるし」
「国民に対する求心って点でも、処置的には正しいよな。これからの生活不安を考えても、そこらは譲っときたいところだろうし」
俊が腕を組む。
「一度は退去を承知していても、目前で崩れ行く故郷を見て、耐え切れるかどうか、か」
首の後ろを、忍は軽くなでる。
「そりゃ、難しいところだな」
「あれだけ思い入れのある場所なんですものね」
須于も、首を傾げる。
ジョーが、ぼそり、と尋ねる。
「『崩壊』の時に、現場まで行けるな?」
「プリラード軍が決めた場所までは近付けます。マスコミもいるでしょうし、野次馬も大量に押しかけているはずですから、その中で最前線まで行くのは、そうは難しくないでしょう」
「でも、相当な安全距離をみてるはずだよね?」
麗花の問いに、微妙な笑みが亮の口元に浮かぶ。
「せっかく退避させたのに、怪我人が出ては意味がありませんから」
「万が一の時に、どうやってそこまで走るか、か」
忍が、珍しく困惑気味にテレビへと視線をやる。
画面には、いっぱいに、昨日見たばかりの美しい山々が映っている。
まだ、実際にそこにあるはずなのに、物語の中だけのような気がしてくる。一度、モトン王国の島の『崩壊』をモニターを通してとはいえ、目にしているからだろう。
須于が首を傾げる。
「プリラード軍にだって、特殊部隊はいるでしょう?」
「Pだっているはずだし」
俊も頷く。
Pというのは、プリラード秘密警察のことだ。諜報関連を担う彼らは表舞台には出てこないが、今回の件でも、動いていることは確実だろう。
「国土崩壊への対処、なんて、カテゴリに入ってないだろうけどな」
「だから、余計に厄介なんだろ?」
忍が、軽く肩をすくめる。
「彼らは、イレギュラーな動きをした人間は、確実に情報としてとらえるでしょうね」
テレビへと視線をやったまま、亮は淡淡とした口調で言う。
「じゃ、もしも、万が一が起ったらどうする気だ?」
ここまで来ておいて、手をこまねいているなど、絶対に出来ない。
最悪、『第3遊撃隊』が動いたと言われるのだとしても。
「後半戦に入ってから、あれは『第3遊撃隊』だったのではないかと言われる分には、問題ありません」
キツめになった俊の口調で、何が言いたいのかは充分に察しがついたのだろう。
亮は、軍師な笑みを浮かべて五人へと向き直る。
自信しかない、笑み。
「なにか、考えがあるのね?」
須于が、尋ねる。
「もちろんです。僕も、ここまで来て手をこまねいているつもりは、ありませんよ」
ここでただの傍観者では、観光客の退去地域からぎりぎり外れた場所に宿をとった意味がない。しかも、退去地域の観光客を優先する為に、地域外の客たちは数日滞在を伸ばしてくれるよう、プリラード当局が呼びかけているのだ。
『崩壊』当日まで、堂々とプリラードに滞在出来る立場にいるわけで。
にやり、と麗花と俊の顔にも笑みが浮かぶ。
「よっしゃ」
「そう来なくちゃね」
亮は、笑みを浮かべたまま、さらりと言ってのける。
「条件は、Pのみならず、『Aqua』のマスコミ始め衆目にさらされても怪しまれないこと、です」
「そんなことって、出来るの?」
須于が、目を丸くする。
苦笑を浮かべたのは、忍だ。
「ジョーはご苦労さんなこった」
「仕方ないだろうな」
どうやら、二人には、だいたいの予測がついたらしい。
「なにをする気?」
須于が、尋ねる。麗花も俊も、興味深々の顔つきだ。
亮の笑みが大きくなる。
「幽霊が出ればいいんですよ」
「幽霊ぃ?!」
思わず俊が言い、それから、麗花と二人、顔を見合わせる。
須于は、口をぽかんと開けてから、手をやる。
そして、笑みを大きくする。
「わかったわ、そういうことね」
「えええ?!どういうこと、わかんないよ!」
麗花が身を乗り出す。俊も、一緒になって乗り出す。
「幽霊って?!」
「さて、当日のお楽しみ、にさせていただきましょうか」
「うわー、悔しい、わかってないの私と俊ってのが!」
「そっちか?!」
髪をかきむしる麗花に、俊がすかさず言い返す。
忍が噴き出し、つられて須于も笑い出す。
ジョーと亮も顔を見合わせてから、声を立てて笑い始める。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □