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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・7■



忍たちは、プリラードでの『崩壊』の二日後に、順当にアルシナド行きのの飛行機のチケットを手に入れ、帰国した。
他にもリスティアからの観光客で、プリラードでの『崩壊』を目にした人は山といたし、とてつもない出来事に突如巻き込まれた一般人に分類されたことだけは確かだ。
キャロライン・カペスローズを救った謎のヒーローを目前に目にしたと自慢出来る立場ともいう。
実際のところは、演出したのは自分たちなわけだけど。
あの時、タイミングよく退避しろと叫んだのは、忍と麗花だ。ほとんど訛りがなかったから、皆、プリラード軍か秘密警察の誰かが指示したと思っているようだが。
ともかく、大国での大規模な災害だった割には、『Aqua』全般的に落ち着いた状況だ。
やはり、映画のワンシーンのような光景が、強烈な印象になっているからだろう。
次の崩壊場所は、ほとんど地名を知る人も無い場所。
だが、そこはLe ciel noirにとっては大事な拠点のヒトツなのだ、と亮は言う。もちろん、総司令官であり、Le ciel noir総裁、黒木圭吾の友人でもある健太郎は、とうに警告を発している。
手助けも、手出しも、彼らは望んでいない。
もちろん、『崩壊』が起こったことは世間に知られるだろう。
多くの人が退去せずに済んで、まだ良かった、という安堵と共に。
が、そのニュースが流れるのは、十日先のことだ。
少なくとも、『Aqua』全土が本格的な不安におちいるのは、その先の大国での『崩壊』になるだろう。
「さーてと、今日はっと」
朝食を前に、なにやら企んだ顔つきな麗花に、干し終えた洗濯カゴを下げた須于が片手で拝んでみせる。
「ごめんね、香奈から、弥生のライブに誘われてて」
「え?!」
目が、丸くなる。
「それって、チケットの枚数限定なチャリティライブ?」
「うん、そう」
モトン王国の島が消えたことで住む場所を失った人たちの為に、と企画されたそれは、プリラードの方と収益は二分されることになったようだが、問題はそこではない。
「当たったのか?!」
思わず、新聞に目を落としていた俊までが、顔を上げる。麗花が、目を丸くしたまま言う。
「だって、あれ、倍率数十倍って……」
「香奈、そういうののアタリが、すごくいいの」
どうやら、弥生のつてを使ったわけではなく、正々堂々と抽選に参加して入手したチケットらしい。
麗花が、不思議そうに亮へと視線をやる。
「『第2遊撃隊』は、ウチが解散してないって、知ってるの?」
「彼女は、ご存知でしょうね」
亮は、お茶のカップを出しながら、にこり、と微笑む。
「参謀部に出入りしてますから」
「解散してないのを知ってるのはいいんだけど……」
須于が、少々困惑気味の顔で首を傾げる。
「知っていることは、話してかまいませんよ」
相変わらず微笑んだまま、亮は言う。
「え?」
面食らった顔つきになったのは、須于だけではない。俊も、だ。
くすり、と麗花が笑う。
「まんま話したって、荒唐無稽って言われるのがオチだよね」
須于と俊は、どちらからともなく、顔を見合わせる。
「それは、そうね」
『Aqua』の中に『地球』が入っている、なんて。
亮という人間を知らなかったら、妄想癖があるのだと思ったに違いない。少なくとも、からかわれてると思うだろう。
友人を疑うというよりは、あまりにも冗談が過ぎているようにしか聞こえないというのが、本当だ。
「ま、普通はな」
須于が知っていること全てを告げたとしても、面白いこと言うね、で終わってしまうに違いない。
最後の最後で、思い当たることになるかもしれない、という可能性は別にするとして、だけど。
「いいなー、須于、うらやましい」
麗花が、ライブのことへと話題を戻す。俊が、にやり、と笑う。
「実は、ひっそり麗花も応募してたりしたんじゃないのか?」
「それどころか!この麗花サマともあろうものが、締め切りを見逃したのよ!」
握りこぶしつきで力説している。おかしそうに肩を竦める俊に、麗花は、じろり、と横目をくれる。
「そういう自分はどうなのよ?」
「さぁてねぇ、どうだろう」
「誤魔化すということは、外れたということですね」
なにげない口調で、亮が、さらり、と言う。麗花は無言でにんまり、として、須于が、慌てて洗濯カゴを持ち上げるが、可笑しそうに微笑んだ顔までは隠せない。
「……ご名答」
ぼそ、と素直に答えて、俊は新聞へと戻る。
麗花と須于は、顔を見合わせて、くすくすと笑う。がば、と俊が顔を上げる。
「そんなに笑わなくたっていいだろうが〜!」
「だって、語るに落ちるって感じなんだもーん、ねぇ」
「そうね」
むす、とした顔つきになりつつ、口を開くたびにオチをつけそうなので、俊は黙り込むことにしたらしい。
にこり、と麗花は須于に、笑顔を向ける。
「ライブ、楽しんできてねん」
「ありがと」
洗濯カゴを片付ける為に、居間を出て行く須于を見送ってから、麗花はもう一度、亮へと向き直る。
「そういえば、今日、忍は?」
「道場へ行く、と言っていましたけれど」
お茶のおかわりを注ぎつつ、亮は軽く首を傾げる。
「ジョーは?」
「龍泉寺に用事だとか」
「ほーほーうー」
言いながら振り返る前に、俊が言う。
「俺も、今日は用事あるからな」
「ええー?」
取ってつけたと疑ってるのが、声にも表情にもありありだ。俊は、新聞から顔を上げる。
「ウソじゃないって、亮と一緒に、親父んとこ」
「総司令部?」
「いえ、財閥の方に」
マグカップを手にしながら、麗花はつまらなそうに、ふぅん、と呟く。
「もし、お暇なようでしたら、お願いがありますが」
「なぁに?」
きらりん、と瞳が輝く。
「雪華さんに、連絡を取っておいていただけませんか?警告、はもう届いていますので」
「おーっけ、まかせといて」
にーっこりと微笑む。

ビルに入る前に、思わず大きめに息を吸ってしまう。
しかも、亮にそれに気付かれた、とわかって、俊は少々、間が悪そうに笑みを浮かべる。
「なんとなく、まだ慣れなくってさ」
総司令官室も、最初は充分に圧迫感と緊張感がある場所だったが、いまはもう、すっかり慣れている。ようは、財閥総帥室にも、似たような圧迫感と緊張感を感じているわけだ。
亮は、軽く首を傾げただけだ。
物心ついてから、という表現を当てはめたくなるほどに、幼い頃からどちらにもよく行っている亮にとっては、仕事をする場のヒトツでしかないのだろう。
確かに、天宮という家を背負おうと思ったら、こんなことでイチイチ深呼吸している場合ではないのだけど。
総帥室へと入ると、総司令官室にいる時よりもかなり目つきの鋭くなっている健太郎が、顔を上げる。
「ああ、これ、頼む」
と、メモリーカードをヒトツ指す。
「ったく、手を抜くんですから」
言いながら、亮はそれを手にして、勝手に端末に読み込みはじめる。
「うーわ、これって……」
思わず、俊が言葉半ばで口をつぐむ。思ったことを、まま口にしてはまずそうな気がしたのだ。
なぜなら、それは、通常ならば外部に漏れることなどないウェンレイホテルグループの収支と、ここ最近の予約、キャンセル状況の詳細データだったから。
亮ほどではないが、健太郎も相当のハッキング能力があることは知っているし、しかもヒマをみてはこの手の情報を覗いて遊んでいると知っている。
「言っとくが、それは正規に手に入れたデータだからな」
ぼそ、と向こうから声が入る。
くすり、と亮が笑う。
「なるほど、いままで二回でもかなりなダメージですね」
「そりゃ、モトンにプリラードに……」
言いかかった俊は、口をつぐむ。なぜ、健太郎が呼び出したのかが、わかったからだ。
「ま、これからますます、厳しくなるわな」
ぼそり、と呟く。
健太郎が、自分の書類を処理しつつ、また、ぼそり、と言う。
「天変地異までは、カテゴリに入ってないだろうな、天候不順はあったとしても」
立て続けに父、母、兄と家族を失った上に、後ろ盾であった叔父にまで裏切られたウェンレイホテルグループ総裁の瑳真惇は、まだミドル・スクールに入ったばかりだ。
それでも、受け継いだ事業を潰すまいと、必死でがんばっている。
だが、まだ完全に経営が身についたわけではないし、さすがに今回のことは許容量を越えているだろう。
「まぁ、時たまだが話もしているし、表立っての口出しでなければ大丈夫だろう」
ぼそ、と向こうから声が入る。
亮は、データに目を落としてはいるが、なにも口は差し挟まない。ただ、軽く首を傾げて俊を見やる。
「観光地ホテル事業の他で、収支採算に速効で効く方法ってのは、難しいな……」
健太郎からのコメントはない。
「必要以上に穴をあけないってのなら」
「今日中」
過不足ない事業計画までまとめて、惇の元に持っていけ、と言っているのだ。
「了解」
今回の件での経済的な被害も出来るだけ小さく、と健太郎が考えているのは察しがついている。
それだけではないことも。
「うちの対策の方は?」
「この四半期が収入無でも、社員全員に通常通りの給料とボーナスを支払い、新規の投資をするだけの底力はありますよ」
財閥総帥秘書を務める、梶原がさらりと言ってのけて入ってくる。
「こんにちは、お珍しいですね。二人ともがお揃いとは」
ここ最近、俊もいくらか出入りしていることは、彼も良く知っている。だが、俊も亮も二人揃って、というのは、確かに珍しい。
「こんにちは、それなら安心ですね」
「総帥が総司令官を兼任している限りは、政治的要素は外せませんからね、当然の経営体制というものです」
にこり、と亮が笑みを大きくする。
おそらく、そのあたりの算段は、亮も一緒に考えたのに違いない。
もちろん、用もないのに梶原が姿を現すわけはない。俊と亮は、挨拶のみで出ようとしたのが。
「そんな、私から逃げることもないでしょう?」
にっこりと笑顔で言われてしまうと、すぐには立ち去れなくなる。
「お前、面白がってるな」
健太郎が、書類から顔を上げて、軽く眉を寄せる。
梶原は、気にした様子も無く、笑みを向ける。
「そりゃそうですよ、子供に囲まれてる総帥なんて、そうそうは見られません」
言いながら、胸元から携帯を取り出してくる。デジカメを起動させつつ、二人に健太郎の両脇を指してみせる。
「せっかくだから、記念撮影くらいはしておきましょう」
「なにしに来たんだ、お前」
「もちろん仕事ですよ、秘書は総帥の健康も考慮に入れた管理を求められているものです」
笑みを大きくする。
「子供と一緒に記念撮影、精神衛生上、かなり良好な効果が得られると思いますね、特に総帥の場合は」
俊と亮は、顔を見合わせる。
確かに、幼い頃一緒に住んでいた時には、健太郎と佳代の仲が冷え切っていたのと、亮の躰がともかく弱かったのとで、皆で写真、などという余裕もなかった。
「確かに、珍しいかもな」
「そうですね」
こくり、と頷き合う。
「な、なんだ?」
健太郎は、奇妙なモノでも見るような視線で、頷き合っている二人を見やる。
「さすが、子供さんの方が飲みこみが早い」
梶原は、相変わらずにこにこと微笑んでいる。
「さ、やっぱり、両側からね」
「だな」
亮は、両脇から、というのは良くわからなかったようだが、俊が頷いたのでそういうものか、と判断したらしい。こくり、と頷くと、俊と反対側に回る。
「本気で撮る気か?」
「ここまできてウソだった方が、私は驚きますが」
減らず口を叩きながら、梶原はカメラを構える。
「はーい、笑ってー」
ピロリロリン、などという、気抜けしそうな音がして、どうやらシャッターが降りたらしい。
「うまく撮れましたー?」
俊がさっそく、覗きこむ。
「けっこうこれで撮ってますからね、自信はありますよ」
言いながら、梶原は再生してみせる。
「おおー、良く撮れてる撮れてる」
「キレイですね、ありがとうございます」
亮も、にこり、とする。俊が、にやり、と笑う。
「なんか、親父だけ緊張気味だなぁ」
「なに?」
にゅ、と手が伸びてくる。見せろ、ということらしい。
梶原から差し出されたのを、受け取り、まじまじと見つめる。右脇で、にっかりと笑っている俊は、らしい笑顔だと思う。
そして、自分の左側。穏やかだが、でも、はっきりと。
「ホントだ、亮も笑ってるじゃないか」
くすり、と亮が笑う。
「楽しい写真を撮る時は、笑うものでしょう?」
言われて、健太郎は面食らった顔つきになる。亮の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったのだろう。
俊が、軽く首を傾げる。
「親父、リベンジする?」
「いいよ、別に」
返事をしながら、また写真へと視線が落ちる。梶原が、笑顔で言う。
「後で、プリントアウトしておきましょう」
「あ、データも下さい」
「いいですよ」
これ以上は、仕事を中断しているわけにもいかない。俊と亮は、扉を開ける。
「じゃ、失礼します」
「ああ」
「お疲れさまです」
二人の姿が消えてから、梶原は健太郎へと向き直る。
「総帥」
「ん?」
「写真立ても用意しておきましょうか?」
携帯兼カメラを梶原に返しつつ、健太郎は思いきり眉を寄せる。
「バカか」
「では、普通サイズでシンプルなのを」
言ってから、笑みを浮かべたまま、さらり、と言う。
「ランチミーティングまでには、この書類は全部目を通しておいてください」
「わかった」
健太郎も、仕事仕様の顔になると、机上の書類へと視線を戻す。



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