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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・8■



「悪い、遅くなった」
ブラックコーヒーを手に、香奈が、どさり、と須于の脇の椅子へと腰掛ける。にこり、と須于は笑う。
「大丈夫よ、時間は充分にあるんだし」
待ち合わせ時間は、弥生のライブよりも随分と早い。それに、遅くなったといっても、約束から十分と経っていない。
時間より早いことを信条とする香奈にとっては、それでも遅いのだろうが。
「仕事?」
だいたい、ブラックコーヒーを手にしている時は、なにかイラつくことがあって、頭をすっきりさせたい時だから。
「まぁな、参謀部にも頭の固い連中は、けっこういるから」
コーヒーを口にしてから、付け加える。
「総司令官がそれしかないって言ったら、他はあり得ないってのに」
「今回のこと?」
「そ、君んとこの軍師も動いてないわけないんだしさ、ま、そうは言えないのがツライとこってのもあるけど」
須于が、軽く首を傾げてみせたのに、香奈は答える。
「総司令官は、遊撃隊は秘密裏のままに終わらせる気だからさ」
「そうね、突然だったんじゃないの?」
にやり、と香奈は微笑む。
「確かにね、でも、最初から言われてたことだから。必要となれば、すぐにでも解散するってのは」
そんな予告は、自分たちには無かった。やはり、最初から『第2遊撃隊』と『第3遊撃隊』のスタンスが違った、ということだろう。
「そっか」
「軍師殿、けっこう大変なんじゃないか?」
香奈が、にやり、と笑みを浮かべる。
「今回のガタガタ、カタつける準備でさ」
「そうね、大変そう」
正確には、『だった』だが。もう、あたれる情報にはあたりつくしている。自分の命が旦夕にせまっても、止めずに。
もちろん、再度、というのは、やっているのだろうが。
なんとなく、流すように言ったのを、香奈は別の意味で取ったらしい。
くすくすと笑う。
「さーすが、余裕だねぇ」
「え?」
「いやさ、まーったく焦ってないから」
香奈は今の口調が、あまり深刻そうではないから、そう判断したのだろうが。
確かに、これだけ『Aqua』が変調をきたしているのに、自分たちが一歩間違えば、星自体が消えてしまうはずなのに。
焦りは、不思議と無い。
言われてみるまで、考えてもみなかったけれど。
『Aqua』という星の命運が、億単位の人々の命が、自分たちの双肩にかかっているという自覚が、まだあまりないというのも、事実ではある。
でも、それ以上に、こうして落ち着いていられるのは。
「亮がやると決めたなら、私たちはやるだけだわ」
そして、亮の指示を、確実にこなすのは自分だけではない。
自然と、笑みが浮かぶ。
「ホントにやってのけるからなぁ」
香奈は、いくらか羨ましそうな顔つきになったのを、天井を見上げて誤魔化す。
「にしても、こうなってくると、不思議になってくるな」
須于は、軽く首を傾げる。
「だからさ、旧文明時代の『Aqua』ってどんなだったのかってこと。時限装置なんて、なんの為に組み込んだ?」
なるほど、ある程度事情に通じなくてはならない人々には、内包されている『地球』の影響を『時限装置』と説明しているわけだ。
確かに、ある程度『地球』のエネルギーを集積させては一定方向に放出するプログラムが走っているのは事実だし、総司令官が情報を曲げているわけではない。
遅かれ早かれ、誰かが、情報源にあたれるのは総司令官だけだという事実を、悪意をもって指摘するだろう。
プリラードでの『崩壊』を、映画のワンシーンのような印象にすり替えたのは、時間稼ぎに過ぎない。
須于からの返事がないので、香奈は視線を戻してくる。
「須于?」
呼ばれて、我に返る。
「……ちょっと考えてみたけど、思いつかないわね」
正確には別のことを考えていたわけだけど。
「考え込み過ぎだよ」
香奈は、苦笑を浮かべる。
「でも、気になることではあるわよね」
「まぁね」
それぞれにカップを手にして、外の景色へと目をやる。
急ぐ人、楽しそうに話しながら行く人、誰かを愛しそうに見やる人、幼い命を大事そうに抱きかかえる人……当たり前のように、行き交っている。
『崩壊』は、それをいとも簡単に奪っていってしまう。
いつか、内包した『地球』に限界が来ることは確かだっただろう。でも、その力の放出は、あまりにも計算され尽くされ過ぎている。
亮は、「全てを覚えているわけではない」と言った。
自分たちに過去のことを尋ねたのは、その穴を埋めたい、と思ったからだ。
あの時は、気付かなかったけれど。
どんな記憶を、探しているのだろう?
言わないものを、無理に吐き出せと言うつもりはないが、心に留めておいて損はない。
須于は、そっと、思う。
それから、時計に目を落とす。
「そろそろ、行こっか」
「だな」
頷いてから、香奈は、まっすぐに須于を見やる。
「始末つけるまでに、会えるかどうかわからないから、言っとく」
「え?」
立ち上がりかかっていた須于は、すとん、とまた、椅子に戻る。
「総司令官は、対策出来るまでは時間がかかるだろう、と言った。遅くなればなるほど、苦しくなるのは総司令官と『第3遊撃隊』だ」
このまま『崩壊』が続けば世論がどうなるか、香奈も正確に予測しているのだ。
こくり、と須于は頷く。
「そうね」
「いいか、少なくとも、私と弥生は信じてる」
それだけで、なにが言いたいのかは充分にわかる。
「ええ」
にこり、と頷く。
「忘れないわ」
「ああ」
自分で、らしくもないことを言った、と思ったのだろう、香奈は視線をはずして立ち上がる。
須于も、それ以上はなにも言わずに、一緒に立つ。
「にしても、こういう時は、弥生がイチバン速いな」
チャリティライブのことだ。モトン王国での『崩壊』の直後にホールを押さえ、日程を決め、抽選まで行った。チケット発送までの日数も必要だから、ほぼ一週間でしてのけているのだ。
決断と行動が、そうとう素早くなくては出来ない。
どちらかというと、おっとりしたイメージを抱かれている弥生の今回の素早さは、世間でも驚かれたようだ。
「突然、日常が壊れちゃう哀しさは、良く知ってるから」
須于が、ぽつり、と言う。
香奈も頷く。
目前で、突然両親を奪われたあの日のことを、忘れることはけして出来ない。
それは、弥生も。
だから、同じように突然、日常が壊された人に、なにかせずにはいられない。そして、自分が出来ることなら出来る限りはする。
弥生は、そういう点では大胆だし素早いと、二人とも知っている。
ほんの少しでいいから、助けになるように。そんなあたりは強気なのに、いざとなると、本当にこれで良かったのかな、なんて、弱音を言い出すことも。
確かに、香奈はその気になった時の引き運が強いのだが、滅多なことではやらない。今回だって、参謀部に出入りしてかなり忙しいに違いないのに、わざわざ応募したのは弥生の為だろう。
まっすぐ前を向いて、ステージに立てるように。
二人がいてくれたから、こうして『第3遊撃隊』に出会うことが出来て、『第3遊撃隊』があったから、三人に戻ることが出来て。
いまも、こうして信じてる、と言ってくれる。
ものすごい倍率のチケットで行く相手に、自然に須于を選んでくれたことが、なんだか無償に嬉しくなって笑う。
「さ、行こう」
「そうだな」
香奈も、にこり、と笑う。
一緒に、歩き出す。

帰ってきたのなら、と龍泉寺のお堂の掃除を一通り終えて、育ての親である海真和尚と自分の分のコーヒーを入れ、腰を下ろす。
和尚が、ぽつり、と言う。
「血は、争えんのう」
ジョーは、片眉を上げる。
「プリラードでの、あれはお前じゃろう」
さすが、テレビ画面だけだろうに、キャロラインを守ったヒーローが誰なのかお見通しだ。
「ああ」
和尚に隠しても仕方ないし、他人に言うはずなどないことも知っている。
しみじみとした口調で和尚が言う。
「本当に、よう似ておったよ」
実の父である、力ール・シルペニアスに。
「あれだけ映画見てれば、嫌でも覚える」
ジョーという存在を知らない人が総じてカールだと思ったのは、背格好だけのせいではない。動きがカール・シルペニアスそのものだったからだ。
「覚えているだけでは、ああは出来んよ」
和尚の言う通り、血としか言いようのないモノがあったとは思う。
「でも、俺は和尚に育ててもらって良かった」
過去の絡みがあるし、父親が健在で両親の元で育ったとしても、『第3遊撃隊』の一員だったろう。
亮が必要と判断したのなら、そのくらいは簡単にやってのけるに違いないから。
でも、きっと、今ほどには出来ない。
和尚に教えられた言葉に何度救われたことか。
面と向かって言われて、さすがの和尚も少々驚いたらしい。軽く眼を見開いた後、ゆっくりと微笑む。
「そうか」
「ああ」
ぼそり、と答えて、いつも通りの沈黙が落ちる。
けして居心地が悪いわけではない静寂。
もうすぐ、丁寧に淹れたコーヒーも飲み終わる、という頃。
和尚が、また、ぽつり、と言う。
「己を賭けてまで、何をするつもりじゃ」
「全てを守る」
『Aqua』を壊さないということは、端的に言えばそういうことだ。
「出来るか」
和尚は、まっすぐにジョーを見る。
はっきりと認識出来る笑みが、ジョーの顔に浮かぶ。
「俺一人でやるわけじゃない」
一瞬、虚を突かれた顔つきになった和尚は、次の瞬間に破顔する。それでは済まず、初めて聞くような大声で哄笑しはじめる。
ひとしきり、笑い終えてから。
「儂は高見の見物と洒落こませてもらうかの」
和尚は、それだけを言う。
ジョーも、いつもの無愛想な顔つきで、ただ頷く。
それだけで、充分だから。

総司令部地下の、廊下奥まで来た忍は、苦笑を浮かべる。
「なんだ、いたのか」
「まぁな」
ジョーも、苦笑を浮かべる。
お互い、どうやら同じコトを考えたらしい。
亮が少しでも楽に、苦しまずに記憶を取り戻す為には、いくらかでも自分たちが思い出せばいい。
「そう簡単には、いきそうにないが」
ジョーは、忍が来るしばらく前からいたようだが、成果は無いらしい。
どちらからともなく、壁を見上げる。
この向こうに、旧文明時代の総指令室があるのは、わかっている。もちろん、あの頃、その部屋にそんな名は無かったけれど。
ここを開けて、景色を見たのならば、少しでも思い出すのだろうか。
「……あれは、何日くらいだったんだ?」
ぼそり、と尋ねたのはジョーだ。
忍は、首を傾げる。
「さぁな、正確には……長くて、三ヶ月くらいじゃないのか?亮なら知ってるかもしれないけどな」
薄い笑みが、ジョーの口元に浮かぶ。
「結局、勝負はつけなかったな」
「つけるヒマが無くなったのもあったけど」
にやり、と忍が笑う。
「なぜ、俺が『解放』に動くと思った?」
ジョーの問いに、忍の笑みが大きくなる。
「俺と手を合わせることになった時、明らかに楽しんでいたから」
「なぜ、俺が楽しんでいると思った?」
「実力が伯仲していたとしても、勝負は不確定要素が入るから、いつかは必ず決まる。でも、ジョーはあえて勝負を着けようとしなかった」
ジョーの笑みも大きくなる。
「それは、忍もだ」
「否定はしないね」
すら、と予告も無しに手にしていた龍牙を抜きはらう。同時にジョーもカリエ777のトリガーを下ろしている。
「ほら、それが出来るヤツは他にいないから」
忍は龍牙を鞘に戻す。
「狙った人間は皆切り捨てられるなんてつまらない世界には、興味は持てない」
「賛成だな」
力リ工も元通りに収められている。
珍しく、イタズラっぽい笑みがジョーの顔に浮かぶ。
「最初にナタプファに潜入成功していたのが俺だったら、どうなってたかな」
にやり、と忍の笑みも大きくなる。
「そりゃ、旧文明時代にケリがついてたな」
どちらからともなく、おかしくてたまらないという笑みが溢れ出す。
「勝負してみるか?」
「前と違って、お互いクセも知ってるし?」
言ったなり、忍は龍牙を抜き払って鞘を後ろにはらう。ジョーもカリエのトリガーを同時に下ろしている。
気持ちのいいくらいに、高い音が響く。
互いに本気で踏み込んだ音。
「ルールは、壊さないこと」
「それと、トドメは刺さないこと、だな」
「それやったら、亮に殺されるよ」
可笑しそうに笑いながら、忍はジョーが発射した弾を軽く切り捨てる。
次の瞬間、ジョーの喉元にあるはずだった切っ先は、さらり、と避けられる。
距離をとっての数度の応酬の後。
「喉元掻っ切られるのはどちらかってのは、興味あるな」
珍しく減らず口を叩きながら、ジョーの方から踏み込む。
忍の笑みも大きくなる。
「残念ながら、接近戦では俺の方が有利だね」
「どうかな」
音がするよりも早く、ジョーの袖口からナイフが飛び出す。が、それは勾玉を結わいていた紐で、見事に絡めとられている。
しかも、片側は口元で操りながら。
に、と忍の笑みが大きくなる。
瞬間に、ジョーは舌打ちと共に、大きく下がる。
それだけではない、体勢を崩しながら、どうにか投げつけられた長剣の切っ先から避ける。
「まだまだ」
ジョーが立ち上がりきる前に、二本の切っ先が狙う。
片側をナイフで、もう片側を銃であしらって、体勢を取り戻す。
「記憶、あったのか」
「思い出した、ってのが正確」
いつもどおりの笑みを、忍が浮かべる。手には、双剣。龍牙が二本に分かれている。
クロスしている鍔は、完璧に合わさっている二本を素早く切り離すための工夫。本気で使えば、自然と動きはついてくる。
ジョーの接近戦用のナイフとて同じコトだ。もちろん、訓練はしているが、『第3遊撃隊』としての実戦で使ったことはない。
「他には?」
ナイフを収めながら、ジョーが首を傾げる。
忍も龍牙を元通りの長剣に戻して鞘に収めながら、肩を竦める。
「『緋闇石』関係は、全く」
「俺もだ」
そう簡単に、欲しい記憶は戻ってはくれないらしい。
だが、少しずつ、過去に近付いていることは、確かだ。
「焦り過ぎも禁物、だろうな」
「ああ」
もう一度、壁を見上げる。その先にある、部屋を思い浮かべながら。
「行くか」
「そうだな」
どちらからともなく、背を向ける。
多分、あの壁の先を、眼にすることになるのだろう、と思いながら。



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