□ 雨告鳥 □ chant-1 □
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後にリスティア警視庁内に伝えられたところによれば、その報告を受けた捜査一課長と捜査二課長は同時に悪態をついた、ということになっている。
前後はあるにせよ、それぞれの場所で悪態をついたことは厳然たる事実なので、それが「同時」であったのかどうかなどという些細なことは気にせずともいいだろう。
課長二人が悪態をつくほどの出来事とは、何だったのか。
一人の男の死、だ。
もちろん、ただの男ではない。一課と二課、それぞれが相応の理由で睨みをきかせていた、といういわく付きだ。
死因は、背部の刺傷による失血。
そんな場所に、自分でまっすぐに刃物を突き立てるなど逆立ちしても無理な話で、どこからどう見ても、立派な殺人事件。
この一報に、二人の課長は悪態をついたのだ。
更に頭の痛いことに、機動隊、一課、二課入り乱れての初動捜査の結果、犯人も動機も五里霧中。お蔵入りの臭いふんぷんときた。
これを最悪と言わずに、なにを言うのだろうという状況だ。
互いに機先を制されまいと必死な上、まさかの展開にイラついているというのに、追い討ちをかけるかの如く、総司令官兼警視総監の呼び出しと来たものだ。
リスティアの平和の象徴だかなんだか知らないが、史上初の文人出身総司令官は、理想主義的で扱いにくい。
二人揃って憂鬱な気分で警視総監室へと入ると、長谷川警視総監は微苦笑を浮かべる。
「困った事件が起きたようですね」
「どんな些細だろうが、事件というだけで誰かが困っています」
くだらないおしゃべりに付き合ってるヒマは無い、とばかりに捜査一課長である山内が口を開く。
「殺人事件であるからには、遠からず」
「山内さん」
やんわりと名を呼ばれ、山内の眉間に皺が刻まれる。が、長谷川は一向にお構いなく話をはじめる。
「捜査一課が殺人捜査のプロなのは当然です。一課という名かどうかはともかく、各国の警察は人の命を直接に奪うという凶事に対し、専門の捜査部門を設けているわけで、我が国、リスティアが特別なわけではありません。いいですか、リスティアは他国に対し、大きなアドバンテージを持っているということを、よく理解していただきたい。リスティアには戦争が無いことは、もうとうに各国ともわかっています。『Aqua』中枢のほとんどを網羅している国が、ただそれだけではならないのです」
お得意の長広舌が始まったことを知り、会話を山内に任せっぱなしにしていた捜査二課長、小松の眉も、ひっそりとひそめられる。
長谷川の言うことは、いちいちもっともではあるのだ。
地球の数倍の大きさを持つ人工惑星『Aqua』の中枢部のほとんどが、リスティア首都である、このアルシナドに集中している。
おかげで、『Aqua』なんてバカに大きいモノをあっさりと造り上げるほどの超科学文明が壊滅した191年前の崩壊戦争以来、何かと他国の標的にされてきた。
『Aqua』の中枢を握るということは、覇権を握るというのと同意だからだ。無論、一国に『Aqua』の生命線を握られているという恐怖もあったろう。移住直後に地球の行方はわからなくなり、人が生きる場はこの『Aqua』しかないのだから。
対するリスティアは、他国に侵入しない代わり、理不尽なカタチで入ってきた者たちには容赦はしなかった。きっちりと国境まで追い返し続けて何年を費やしたのか。
ついに、65年前に一歩抜きいん出た条件で各国と講和条約を結び、『Aqua』の覇権を奪いあう不毛な争いからイチ抜けすることに成功した。
それからの復興は目覚しいものがある。
大国中、唯一戦争が無いということもあり、人が集まったのだ。中でも戦争科学第一人者と誰もが任じていたルシュテットの科学者が、今までのなにもかもを捨て去ってリスティアに亡命した時には、誰もが目を見開いた。
周囲の驚きをよそに、彼は言い切った。
「これで、やっと本当にやりたいことが出来る」
その言葉で、人々が戦争に飽いていることに、各国の首脳たちはやっと気付いたというわけだ。
ここ数十年で、急速に各国間の争いは収束しつつある。
もちろん、まだ完全ではないし、対外的に落ち着いた途端、国内での問題が勃発して相変わらずの抗争が続く国なども少なくはない。
だが、リスティアが各国と講和条約を結んだ65年前に比べれば、各段に世界は安定に向かっている。
だからといって、リスティアがあるべき姿は変わらない。
長谷川は、警視総監、いや、総司令官の方の風格を前面に、勿体をつけて言う。
「リスティアは、常に先頭に立っていなくてはならないのです。他国からの尊敬と畏怖、そしてそれは、けして恐怖であってはなりません」
他国から下に見られても、恐怖の対象となっても、また相手の侵入に対峙せねばならなくなるのは目に見えている。
だからこそ、講和後もリスティア軍の規模は変化していない。
戦争を最も早く止めたにも関わらず、『Aqua』で最強の軍隊を持ち続けている。
縮小されない、という事実でけん制しているのだ。
が、それだけでは他国への恐怖となりかねない。
無論、他国がなにか言い出す前に、リスティアは手を打った。
初代を除き、軍隊上がりで戦争のプロたる者が代々受け継いできた総司令官を、外交官出身の長谷川に任せたのだ。
初の文人総司令官は、各国を驚かせた。
このことに関しては、就任時の長谷川の演説に、リスティアとしての姿勢が凝縮されている。
「他国と容易ならざる事態に陥ったとしても、リスティアは最後の瞬間まで話し合いでの解決を目指します。この手に武器を取るのは、真の最後だと宣言させていただく」
外交官として出向いた会議では、一切武力をちらつかせること無くことを収めてきたことを身を持って知っているのは、むしろ他国の首脳たちだったのかもしれない。
ともかくも、その一言で納得してしまった。
外交官出身だけあり、そこらの駆け引きをさせれば確かに今までの総司令官にはない実力が、などと山内と小松の思考が飛びかかってきたところで、他ならぬ長谷川の声で現実に引き戻される。
「捜査一課と捜査二課が互いに己の検挙数に固執して、相争うようであってはならないということ、ご理解いただけますね?」
最も危惧していた本題に、山内も小松も、かろうじて表情だけを抑えて長谷川を見つめる。
奇妙な沈黙が、場を支配する。
どうやら長谷川は、山内と小松からの建設的意見を求めているらしいことに、数秒の間の後に二人ともが気付く。同時に、忙しく頭を回転させ出すが、捜査に邪魔にならぬようなものはそうそう簡単に思いつくはずも無い。
長谷川が欲しがっている、理想としか言いようの無い回答はわかっている。捜査の最小単位である二人一組を一課と二課で組ませればいいのだ。
が、そんなことをしようものなら捜査自体が瓦解しかねない。そう簡単にお手手繋いで仲良く出来るなら、とっくに実現している。
ただ、無理なら無理で、それに見合うとまではいかないにしろ、なんらかの代替案を出さねば、長谷川から混合捜査を言い出されて断れない、という最悪の事態になるのも目に見えている。
しばしの間の後、はっと眼を見開いたのは小松だ。勢い込んで話し始める。
「もうすでに、一課も二課も実働捜査が始まってしまっている状況ですから、今から捜査体制を大幅に変更することは、返って支障をきたしかねません。かといって、このままバラバラに捜査を進めるのも警視総監殿が危惧される通り、効率が悪いこともあるでしょう」
一気にここまで言ってから、ちろり、と山内を見やる。山内は、小松が何を言い出したのかといった顔つきだ。内容は察しもついてないらしい。
この提案が、山内にとって吉か凶か、そんなことは小松にとって知ったことではない。肝心なのは、小松にとって願っても無いことであり、ついでをいえば長谷川も気に入るであろうという点だ。
山内から異議が挟まれ無さそうなことを確認し、続ける。
「一組、捜査一課の者と捜査二課の者を組ませることにしてはいかがでしょうか。現場の者同士での情報交換が可能になります。幸い、この件に当たっているのはわが課きってのと評していただいております勅使班です。神宮司の名はお聞き及びかと思いますが」
一課と二課の者を組ませるというあたりから眼を見開いていた山内は、最後まで聞き終えた今、歯を食いしばっている。
どうやら、この負けず嫌いは神宮司の名に反応したようだ。
それはそうだろう。
勅使率いる詐欺担当班に所属する神宮司透弥は、若干二十代にしてすでに警視となっているリスティア警視庁始まって以来と称されるキャリアだ。国家公務員を五指に入る成績でクリアしてのけたことは、庁内でもかなり知られている。
もっとも、小松が神宮司の名を上げたのは、二課の誇る優秀な人材を提供しようなどという殊勝なモノではなく、優秀過ぎるが故に己の地位を脅かしそうな存在を少しでも遠ざけたいという、なんとも個人的かつせせこまい理由だ。
が、そんなことは長谷川も山内も、気付くはずも無い。
「ふむ、なるほど。特別捜査班というわけですね」
深めに頷いてから、長谷川は山内を見やる。
「どう思いますか?」
山内とて、馬鹿ではない。小松の提案は長谷川の思惑と自分たちの言い分のぎりぎりの妥協点だし、長谷川も気に入ったのだということくらい理解している。
問題は一点だ。
小松が上げたのが神宮司だということ。
キャリアであるかどうかなどどうでもいいことだが、庁内でも飛び抜けた検挙率を誇る詐欺担当班長、勅使の信頼が篤い。かなり出来ると見ていい。
下手な人間を上げれば、特別捜査班とやらの主導権を奪われて捜査一課の恥になる。
忙しく頭を働かせながら、重々しく頷く。
「こちらも否やはありません。こちらは木崎らがあたっておりますから、隆南ではいかがでしょうか」
長谷川は、どうか、という視線を小松へと向ける。
隆南駿紀と言えば、あの鬼の異名をとる木崎がどうしても己の下に欲しいと、半ば強引に移動させたというウワサで有名な叩上げだ。
移動してからの活躍ぶりは小松の耳にも頻繁に入っている。木崎の秘蔵っ子の名に恥じないと言っていい。
一課と二課のコンビとはいえ、結果が殺人事件とじうことで、統率するのは木崎になると山内も小松も思っている。
それならば、この人選で問題はない。
小松が頷くのを見て、長谷川も笑みを浮かべる。
「では、そういうことに決めましょう。せっかくですから、私からも一つ、特別捜査班に対し提案をさせていただきたい」
ひとまず長谷川の直球は避けられたと踏んでいた二人は、いくらか気楽に尋ね返す。
「なんでしょうか?」
「特別捜査班は、警視総監直下という扱いにしようと思います」
長谷川は、さらりと言ってのける。
聞いた山内の顎が外れかかる。
「それは一体、どういう……」
さすがに、小松もいくらか驚いた顔つきだ。
「一課の麾下でも二課の麾下でも、それぞれの捜査方針に沿うことになるわけでしょう?そうではなく、どちらにも縛られない捜査をしてもらいたいのですよ。私の耳にも入るほどに優秀な刑事が揃うのですから、一課と二課それぞれの長所が生かせるのではないでしょうか」
潰しあうということは思考にないのかと思うが、鶴の一声である。
小松にしてみれば、己の地位を脅かしそうな存在が少しでも遠のけばそれで構わないのだ。
「わかりました」
さっさと了解してしまう。
ここにいる三人のうち、二人がその気であれば、山内にも異論の挟みようが無い。優秀な刑事を一人奪い去られていくこととなって、少々魂を抜かれたような顔つきになりつつ、頷いてみせる。
「では、そういうことに」
その場で人事特令が発せられ、話は決まり、だ。

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