□ 露結び耳の歌 □ dewdrop-1 □
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うさぎの子 ぴょんと跳ねた
草の中 ぴょんと跳ねた
朝露飲んで また跳ねた
あの子の母さん 今頃どこで寝ているの
あの子の父さん 今頃どこで駆けてるの
あの子のいる間は お天道様よ
どうか 露を絶やさずに
うさぎの子 朝日の中で ぴょんと跳ねた


朝日というのに、なぜかそれが聴こえるのは、いつも夕方。
そして、あの子の母さんは、帰らない。
二度と、帰らない。
赤く、紅く、染まる雲の下。
響くのは、寂しい歌だけ。
いつまでも、いつまでも、それは止まらない。
あの子が歌うのを止めない限り。
だから、止めなくちゃ。
止めなくちゃ、この悪夢は終らない。
お願い、もう、その歌を歌うのを、やめて。





雲の色が、夕焼け色と夕闇色に入り混じる頃。
角を曲がった彼女の口元に、笑みが浮かぶ。
友達と早く別れた日は、いつもそうだ。玄関先に座りこんで、自分の帰りを待っている。
まだか、まだかと一生懸命に前を見つめて。
満面の笑顔で小さな手を伸ばされれば、会社であった嫌なことも、色々な愚痴も一度に吹き飛んでしまう。
そして、彼女の顔にも笑みが浮かぶのだ。
が、今日は、いつもと少しだけ違う。
彼女の足音が響いているはずなのに、小さな頭は門の柱に寄りかかったままだ。
そういえば、と彼女は思う。
今日は、いつもよりも少し遅くなってしまった。
きっと、待ちくたびれてしまったのだ。
それでも待っててくれたことが嬉しくて、彼女の足は少し速くなる。
目の前まで来ても、まだ眠ったままなのに、彼女の笑みは苦笑へと変わる。
覗き込んで、名を呼ぶ。
「ただいま」
と告げる。
「お待ちどうさま。今日も待っててくれて、ありがとう」
まだ、起きないらしい。
「ほら、こんなところで寝てると風邪を引くわよ」
肩に手をかけて、軽く揺さぶって。
彼女の笑みは怪訝な表情へと変わる。
この小さな身体にはあり得ない、体温の低さに。
柔らかく、ふんわりとしているはずの身体が、凍りついたかのように、かたり、と倒れたのに。
薄闇に染まる空の下。
それでも、まだ赤みのある光の下で。
小さな子の顔は、白く浮かぶ。
母親を待っている、柔らかな微笑のまま、時を止めて。
一度、二度、その子の名が呼ばれる。
その声は、回数を重ねる度に大きくなっていく。
それは、悲鳴とも絶叫ともつかない声になり、辺りに響き渡る。



悲鳴が響き渡ってからは、早かった。
だが、その速度など、最早、何の意味も成さない。泣き崩れる母親の手の中で冷たくなった子の瞼が開くことは、二度と無い。
号泣とも慟哭とも表現などしたくない悲しい光景に、誰もが唇を噛み締める。
そんな現場に降り立った木崎の目に宿る光は、暗い炎のようだ。彼が到着したことに気付き、一人がなんともいえない表情で近寄る。
「すまん、木崎。だが、これは……」
白い覆いをかけられて横たわる小さな骸へと彼は痛ましい視線をやる。
「俺たちが追っているのと、同一犯だ」
「間違いないんですね?」
班が違えば、同じ一課だとはいえ、ある意味ライバルだ。それが協カを求めてきた意味がわからぬわけが無い。
木崎も睨みつけるように、刑事たちに囲まれている子を見つめる。
「子供なんで、最初に連絡を受けたのが気ぃ回してくれてな。こんな殺り方をするのが複数存在するとは考えにくい。こうなれば、大規模な捜査本部を設置せざるを得んだろうが」
「二件連続?」
骸を見つめたまま、中条の眉間の皺がきつくなる。
「いや、戸田のとこのもほぼ同一だ。管轄で三件とみるのが妥当だろう。それにしちゃ、慣れた手だが」
「戸田は?」
「あちらさん担当ので出てる。連絡は入れたから、すぐ来るよ。木崎が来るのは承知してる」
なぜ、大規模な捜査本部を想定したのかを理解した木崎は、ただ頷く。
「ともかく、先に見てもらった方がいいと思ってな」
中条の言葉を背に、ざっと周囲を見まわす。すでに部下達が動き始めているのも確認してから、振り返る。
「もうヒトツ、応援を呼びたいんだが、いいですか?」
木崎の口から応援を呼びたい、などと聞くとは思わなかった中条は目を見開く。が、自分が木崎を呼んだのと同じだと思い直して頷く。
「ああ、木崎が必要と思うなら」
「絶対に必要です」
妙に強く告げ、木崎は歩き出す。



防音プロテクタを通して、リズム良く音が響く。
同時に、視線の先の的は、ほぼ一点が撃ち抜かれていく。
やがて、弾が切れるのと同時に、的も下ろされる。
見事としか言いようの無い腕を披露しているにも関わらず、透弥は不機嫌そうに空のマガジンを取り出し、入れ替えて構え直す。
動的な標的になっても、射撃の正確さに変化は無い。そうでなくては、走行中の車のブレーキを傷つけずにタイヤをバーストさせるなどという芸当は無理だろう。
そんなことを考えながら、的から透弥へと視線を戻した駿紀は、軽く目を見開いてしまう。
射撃中なのだから、的を見据えているのは当然のことだ。
でも、なぜか、的だけを見ているように見えない。その先に、まだ何かありそうな、そんな瞳に見える。
あの真っ直ぐな視線で、一体何を撃ち抜いているのだろう。不意に思い浮かんだ考えに、軽く首を横に振る。
マガジンに込められた全弾を撃ち終えたところで、透弥は防音プロテクタを首に落とす。
「それで、決まりか?」
駿紀も防音プロテクタを下ろして、尋ねる。
「ああ」
「スナッブノーズでいいのか?四インチの方が、威力あるだろ?」
と、透弥の手にしている小振りの銃を指す。この手のは、銃身の長さは威力に直結だ。精度に関しては、透弥が撃ってみせた通り、調整と腕のおかげで申し分無いだろうが。
「総重量1.5キロを持ち歩く趣味は無い」
返してから、透弥は軽く銃を振る。
「これなら、通常の三分の二の重量で威力は二割り増しだ」
「もしかして」
いくらか目を丸くした駿紀に、透弥は肩をすくめてみせる。
「何の為に強権発動させたと思ってるんだ」
駿紀たちが組んでから、何かと銃を上手く利用していると判断した長谷川警視総監は、特別捜査課に銃の常時携帯許可を出した。だが、駿紀たちにしてみれば、持ち歩けと言われたのと同じことだ。
体自体を使うことが多い駿紀が持ち歩けば、重量やら何やら、その存在自体が返って邪魔になる。ということは、必然的に射撃大会優勝経験のある透弥が持ち歩くことに決定、というわけだ。
許可が下りて、即日、小型の銃器保管庫が運び込まれたのは、警視総監が総司令官を兼任しているせいだけではあるまい。長谷川の立場は、それなりに強権を発動出来るという証左だ。
それならば、と長谷川に手を回してもらい、今日は総司令部に銃を選びに来ている。
で、透弥が選び取ったのは、軍隊でも特別許可が下りなくては手に出来ない旧文明産物、というわけだ。
「なるほどな、そういうことか」
「ヴェシェII型なら、マガジンも使いまわせるモノが数多く残っているから、運用上問題無い」
下調べの綿密さが、透弥らしい。感心して見ている駿紀に、透弥が軽く眉を寄せる。
「隆南は、いいのか?」
「俺はそんなにご大層なモノ持ってても持ち腐れるだけだからな。どんなんでも、結局動くと邪魔になる」
軽く腿を叩いてみせる。
「コレ勝負だから」
「なるほど」
小さく肩をすくめたところで、扉が開く。
開けた当人は、二人が同時に振り返ったのに、いくらか戸惑った表情になりながらも口を開く。
「隆南さんに、お電話が入っています」
軽く指差された方へと目をやると、隅の方にこじんまりと電話が備え付けられている。
基本的に防音プロテクタをしてる状態なのに、これは気付かないだろうと内心でツッコみつつ、駿紀は軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
受話器を取り上げながら、総司令部にいることを知っているのは自分達の他は警視総監くらいと思い当たって首をひねる。
「お待たせしました」
「隆南か」
遮るように聞こえてきた声に、駿紀は目を丸くする。
「木崎さん?」
「子供が三人連続でバラされた、来い」
どうしてここが、などという些細な疑問は消し飛ぶ内容と声の威圧感に、思わず姿勢を正す。が、喉元まで出かかった、はい、はかろうじて飲み込む。
ふ、と先日の勅使の言葉が蘇ったのだ。
二人でどこまで出来るのか楽しみにしているよ、という言葉が。
特別捜査課にいるのは、駿紀だけでは無い。二人で構成される部署だ。
いくらか大きめに呼吸をしてから、問い返す。
「それは、応援要請ですか?」
駿紀の問いに、一瞬木崎が詰まるのがわかる。が、すぐにいつもと変わらぬ声が返ってくる。
「ああ、そうだ。力を借りたい」
視線を上げると、透弥が軽く眉を上げる。送話側を手で押さえる。
「木崎さんから応援要請だ。子供相手の連続殺人、今までで三人」
早口に告げてから、返答するにはまだ足りない、と気付く。
「特別捜査課なりのやり方であたらせてもらえるんですね?」
「応援を頼んでるのはこちらだ、構わん」
先ほどの問いの時点で割り切ったのだろう、きっぱりと木崎は返してくる。
駿紀が指で作った丸の意味を、正確に取った透弥が頷く。すでに、選んだ銃はホルスターの中だ。
「了解です。どこに向かえばいいですか?」
木崎が告げる住所を駿紀が復唱するのを、透弥がメモする。
「わかりました、すぐに向かいます」
受話器を置いた時には、事件に向かう顔だ。
手早く銃器持ち出しの書類を片付け、連絡を入れるべき所に入れ、総司令部を後にする。

外は、雲が夕闇色へとすっかり染め変わりつつある。
「子供が三人も……」
思わず呟いた駿紀へと、透弥は一瞬視線をやるが、また前へと向き直って無言で歩き続ける。
そんな透弥の横顔を見やって、駿紀は先ほどの試射を思い出す。
「神宮司は」
そこで止まってしまった言葉に、透弥は怪訝そうな視線を向ける。
駿紀は少し考えてから、もう一度、口を開く。
「どうしようもねぇのにあたっちまった時に」
そこまで言って、あいまいすぎる表現と気付く。が、他にあからさまでない言い方もわからず、眉を寄せる。
いるのだ、反省も後悔も無く、ただ保身を図ることにかけてだけは、妙に長けた犯人というのが。そういうのに限って、目を覆いたくなるような犯罪をしてのける。
言葉足らずだったが、透弥には通じたらしい。
「私刑の趣味は無いし、判断すべき立場でも無い」
さらり、と言ってから、無表情のまま付け加える。
「小細工など通用しないだけの証拠を取り揃えるだけだ」
駿紀は、いくらか目を見開いてから、笑みが浮かびそうになったのを、噛み殺す。
「ああ、そうだな。俺たちの仕事はソレだ」
感情的になりがちなのは、自分で百も承知だ。だが、それを制御出来れば悪いことばかりではない。
透弥と組んでいる限りは、上手く行きそうだと確信する。
待っている事件を思うと、それはとても大事なことだ、とも。
視線の先に、こちらに気付いて手を軽く振ってる人影が見えてくる。呼び出した林原と東が、すでに待ち合わせ場所に到着しているらしい。
「早いな」
駿紀が驚いて言うと、透弥はほんの小さく肩をすくめる。
「最近、一台、せしめたらしい」
なるほど、言われてみれば背後に止まっている大振りの車がある。先だっての事件での功績に、警視総監が応えた結果ということだろう。
「頼もしいな、いつでも出動可能ってことだ」
「おそらく、特別捜査課専属でもある」
透弥の言葉に、駿紀は一瞬、口をへの字に曲げる。が、すぐに笑みを浮かべる。
「勅使さんみたいな理解者もいるんだし、少しずつ認知されるよ」
少なくともそれは、確信している。いつかは、木崎にも。
特別捜査課という存在も、同じことだといい。
そんなことを思いながら、駿紀は林原たちへと軽く手を振り返す。

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