□ 露結び耳の歌 □ dewdrop-2 □
[ Back | Index | Next ]

現場に到着した時には、さすがに遺体は搬送された後だった。が、くっきりと玄関先に描かれた小さな白い線が、そこに倒れていたのが子供だと如実に伝えていて痛々しい。
駿紀たちは、そちらへ軽く頭を下げてから、周囲を見回す。
木崎は軽く状況を説明したのみで、一課の班長たちの方へと呼ばれていった。殺人担当班長三人が揃っているのは、なかなかに壮観だが、それだけ凶悪な事件という証左に他ならない。
駿紀と透弥は、どちらからともなく手袋をはめる。
白くてぴったりとしたソレは、こちらに向かう際に林原に渡されたモノだ。
「余計な指紋つけない様にしないといけませんからねぇ。癖にして下さいね」
という言葉と共に。
指紋の証拠としての価値を十分に知っている二人に、否やは無い。
ちょうど人もいないので、駿紀は小さな枠線の近くで腰を低くする。座って待っていたのなら、視線の高さはこの程度だろう、と考えながら周囲をもう一度見回す。
今は、一課の刑事たちが山ほどいるせいで妙な人口密度にはなっているが。
「見通し、かなりいいな」
入り組んだ道路というより、区画整理され、むしろ道路を歩いていれば先までよく見える場所だ。
「でも、殺るだけの間、誰も来なかったし玄関先にも顔を出さなかったってことか」
「そういう場所とホシは知っているということだ」
透弥が、立ったまま返す。状況を把握するつもりなのだろう、子供のいたであろう位置を確認しつつ、やはり視線を巡らせている。
ふ、と横へと視線を走らせた駿紀は、思わず目を細める。
まだ、微かに残っていた日が、目に入ってきてしまったのだ。ここから夕日を見たら、さぞかしキレイだろう。
そう思うと、はっきりとした映像が浮かんでくる。
夕日を浴びながら、母親の帰りを待って玄関に座り込んでいる子供。時折はきっと、眩いくらいの夕焼けへも視線をやったろう。
そんな子の前に、黒い影が伸びてくる。正確を期すなら、横にだが。
眉をひそめたところで、林原たちが近付いてくる。
「こりゃ、てんでダメですねぇ」
大きく肩をすくめてみせる。
「元々、ほとんど証拠を残してないのは確かでしょうが、にしてもあまりにも、ねぇ」
いつもより音量を抑えた声で言い、ちら、とまだ話し込んでいる班長たちを見やる。周囲には、うようよという表現がぴったりの量の刑事たちだ。
「道路は舗装されちゃってるからともかくとして、ほら、そこね」
軽く、駿紀たちの背後を指差す。門を入ってすぐのあたりだ。
「足跡だらけでしょ?もし、背後から絞殺したりとかしてたら、そこに足跡残ってたかもしれないのにねぇ」
「まさか、それを踏み荒らすなんて」
駿紀が思わず目を見開いたのに、林原は、ひょいと大きく肩をすくめてみせる。
「例えばですよ。でも、そこに足跡が無いっていうのも、とても大事な証拠でしょう?」
言う通りなので、駿紀には返す言葉が無い。
「踏むなって言うんじゃないんですよ、ここらだって、探せば何か出てくるかもしれないですからねぇ。でも、その前に写真に収めとくなりするのとそうじゃないのと、大きな差ですよ」
声を抑えつつも力説して、林原はため息を吐く。
タイミングを図ったかのように、木崎が振り返る。
「隆南、今から戻って捜査会議だ」
「はい!」
この件の捜査に加わると決めた以上、参加は必須だ。大きく返事を返してから立ち上がる。
林原は、もう一度肩をすくめる。
「ここから得られる物も無さそうですし、こちらも引きますよ」
「近いうちに、他の二箇所も回る」
透弥の言葉に、林原は頷き返す。
「ここより見込みは無いだろうけど、万が一がある限りはね。じゃ、行きましょうか」
駿紀にも言い、林原は歩き出す。終始無言のままだった東も、後に続く。
駿紀と透弥は、どちらからともなく小さな白い枠線を見下ろす。まだ、あどけないという表現も相応しい年頃だろう。
ぐ、と奥歯を噛みしめてから、駿紀はまっすぐ前を見る。一瞬の間を置いて、透弥も歩き出す。



捜査会議が終わったのは夜半だ。三件分の状況説明と多人数への捜査方針の指示が完了して解散となる。
特別捜査課へと戻ってきてから、駿紀は小さく首をすくめる。
「もしかすると、タンカ切ったって扱いかな」
三件が同一犯によるものと見なされたということは、連続殺人だ。
犯人が野放しになっている限り、また犠牲者が出る可能性が高いということになる。早急の逮捕の為に綿密な聞き込みを、というのが大方針なのだが、駿紀たちに割り振りは来なかった。
上着を椅子へとかけながら、透弥が返す。
「確実にだ。自分達のやり方であたりたい、と言い切られたら、そう取らざるを得ない」
電話でのやり取りを思い出して、駿紀は軽く頬をかく。
「早いとこホシ挙げるってことに変わりは無いけどな」
言ってから、唇をとがらせる。
「このままは、かなりマズいだろ」
無言のまま、透弥はホワイトボードに、日付と小さな犠牲者たちの名と住所を書き込んでいく。
「一件目が4月17日、二件目が7月9日、三件目が8月18日」
駿紀が読み上げていくと、透弥が振り返る。
「83日から40日」
口にしたのが、事件間の日数だというのは考えずともわかる。だからこそ、マズいのだ。
「短縮ぶりが、早過ぎるって」
「すでにタガが外れてる可能性が高い」
「すでにって、どういう意味だよ」
連続殺人犯に、最初からタガなどあってたまるかという駿紀の口ぶりに、透弥は冷たい一瞥をくれる。
「全くと言っていいほどに無駄の無い殺り方は、同様の殺人の経験があると見て間違っていない。だが、今まで連続殺人として認識されていないということは、それだけの冷却期間があり、場所的な移動もあると見ていい」
後半の言葉に、駿紀は目を見開く。
長期の冷却期間があったろう、とは捜査本部でも示された見解だ。が、彼らはアルシナドで、と見ている。
なぜなら、今回の事件は場所的な知識が豊富な人間の手によるものとしか、思えないからだ。いくら慣れているからとはいえ、絞殺までにはそれなりの時間が必要だ。その間、人が来ないと犯人は確信していたとしか、考えられない。
実際、彼は誰にも目撃されること無く、してのけたのだ。殺人を犯した場所について、熟知していると見るべきだろう。
が、透弥は、犯人はずっとアルシナドにいるという見解に異を唱えたわけだ。
「なんで、移動があったと言える?」
「その方が連続殺人として発覚する可能性は格段に低くなる。そして、次の土地を熟知するまでの間が、そのまま冷却期間ともなる」
透弥は、捜査本部から配布された地図を広げながら続ける。
「過去の土地で行われた殺人は一箇所につき一件、多くとも二件だろう。数箇所の移動を経て、アルシナドに入ってきた」
「見てきたみたいに言うなよ」
「類推は充分に可能だ。プリラード、ルシュテットの統計とも見合う」
地図に視線を落としたままの言葉に、駿紀は更に目を丸くする。
「統計って、なんだそりゃ?だいたい、なんで今回の件とプリラードやらルシュテットやらが関係あるんだ?」
「リスティアには、そこまで系統立てて今までの犯罪を解析している人間が今のところいないだけだ」
「答えになってないっての」
言いながら、透弥が地図に書き込んでいるのが事件発生箇所と気付いて、駿紀も覗き込む。
「住所からいってそうだとは思ってたけど、そこそこ狭いな」
「車での移動圏内というところだろう」
その点は、反対する理由は全く無いのだが。
「で、その統計とやらは何なんだよ」
「プリラードではかなり早くから、ルシュテットでも最近、犯罪者と犯罪の種類などの情報をまとめ、解析する動きがある。その結果から、ある程度の傾向や類似事項の存在が認められることは確かだ。場所的な特色を考慮に入れた上ででも」
次に何を疑問に思うのか察して、先回りされてしまい、駿紀は言葉に詰まる。
「それから、ホシは、何らかの規則を持って殺している」
付け加えて、透弥は視線を上げる。
「でなければ、全ての犯罪が夕刻である必要は無い」
「絞殺ってのも、ヤツなりのこだわりだろうしな」
この点も、駿紀に否やは無い。
地図から視線を上げて、ホワイトボードを見やる。林和彦5歳、後藤由美子4歳、松田明美6歳。並べられた犠牲者たちの年齢は、あまりに痛々しい。
「悪戯目的じゃないってのも」
何の救いにもならないが、それもまた事実だ。
「かといって、子供に対して、恨みや憎しみを持ってるってのも、なんか考え難いような」
そこまで口にしてみて、透弥の言うことには一理ある、と駿紀は納得する。ヒトツ頷いて、透弥をまっすぐに見る。
「で、その統計とやらからいくと今回のホシに関して、どういうことがわかるんだ?」
「犠牲者と同等の年齢の頃に、何らか、ホシにとって印象深い出来事があった可能性が高い。冷却時間を置く余裕が無くなっているから、条件が揃えば近いうちに再犯する。後は隆南が言った以外のことはわからん。現状、サンプル数が少なすぎる」
「何だよ、それじゃ役に立たねぇじゃん」
唇を尖らせる駿紀に、透弥は軽く肩をすくめてみせる。
「潜在的なサンプルはある」
「でも、犯行時刻と殺害方法だけじゃ、どれが同一犯のかなんてわからないぞ。全国にターゲットを広げるんなら、尚更だ」
未解決の事件は片手に余るほど、というわけにはいかない。
「だが、ホシの勝手な規則が読めない限りは逮捕はおろか、次を防ぐことも難しい」
「次を?そっか、上手くやりゃ、先回り出来るってことか」
人海戦術による聞き込みなら、一課の刑事達が必死でやっている。それは彼らにしか出来ないことだ。
特別捜査課として、全く異なるあたり方をするのは無駄ではないはずだ。
と、そこまで考えて首をひねる。
「って言っても、その潜在サンプルをどうやって見つけるんだ?」
リスティア国内の警察機構を統括するという立場上、警視庁には未解決の情報は集まってはいる。だが、闇雲にあたるには、数が多過ぎる。
「データベース化されていれば、このままの検索も可能だろうが、現在のファイリングの中から見つけるには、場所かおおよその日時は特定したい」
データベースとやらが何なのかはともかく、だ。駿紀は眉を寄せる。
「そりゃハードル高いな」
「ハードルは越える為のモノなのではないのか」
地図を見下ろしたままの透弥からの返事に、駿紀は目を見開く。が、次の瞬間には大きく頷く。
「走るしか、ないよな」
透弥は、軽く眉を寄せて地図を覗きこんだままだ。
「何か、あるのか?」
「メインの大通りから外れてはいるが」
三件の現場の共通点のことなのは、言われずとも駿紀にもわかる。
「それは住宅街なんだから、当然って言い方も出来る。でも、被害者の自宅近辺が犯行現場ってのも共通点だよな」
整理がてら、駿紀はホワイトボードに現状判明している共通点を並べてみる。
「被害者は子供で、年令は……ええと、スクール入るか入らないか」
「就学前後」
ぼそりと、だが、はっきりと口を挟まれて、駿紀は書きかかった「ス」の字を消して書き直す。
被害者 子供(就学前後)
殺害方法 絞殺(悪戯等無)
犯行現場 被害者自宅近辺、住宅街
犯行時刻 16時〜17時
書き終えて、一歩下がってみる。
「場所的な共通点は、今んとこ住宅街ってのしか無いな」
呟くように言って、駿紀は首をひねる。
「殺害方法が途中で変わってたとしても、ここ最近は同じはずだ、ってことはやっぱり、マエはアルシナドじゃ無い、か」
先の二件で未だ目撃者が出ないのは、最短で犯罪を終えて去っているという証左とも言える。ここ最近、警視庁管轄内で、子供の絞殺事件は無い。
口にはしなかったが、透弥はそこまで考えていたに違いない。ホワイトボードを一瞥しただけで地図に戻ったあたり、間違いないだろう。
にしても、地図と向き合っている時間が妙に長い。
「さっきから何やってんだ?」
「次に狙う可能性の高い範囲を絞っている」
駿紀も、もう一度地図を覗きこむ。
いくつか、大小の円が書き込まれている。一見、その中の最も大きいのを指す。
「これが?」
「今のところ」
車での移動を想定しているせいか、かなりの範囲を網羅している。
「広いな」
「この範囲内に、ホシの関わりが深い場所が存在するはずだ」
透弥の言葉に、駿紀は頷く。
「あれだけ熟知してるんだから、自宅なり職場なり、出入りの場所なりが近ってのは十分可能性があるよな」
それから、視線を上げる。
「この範囲をしらみ潰しに当たるのは、俺らだけじゃ何日あっても足りないぞ」
「現状では、探し出しても逮捕は無理だ。記念品を持ち帰る習性も無いから、状況証拠のみにしかならない」
駿紀は、唇を尖らせて黙りこむ。
確かに事件を起こす感覚は縮まっている。が、それ以外は、実に冷静と判断せざるを得ない。
そうでなければ、今日、いやもう日付変更線を越えているから昨日起こった事件以外で、もう少し情報があってもいいはずだ。
「一眠りして、それから前の現場ってのでどうだ?」
「ああ、構わん」
ごくあっさりと透弥が頷いたので、決まりだ。
勢いをつけて、駿紀は立ち上がる。
「んじゃ、今日のところってのも変だけど、解散ってことで」
犯人より先に、こちらが倒れては何の意味も無い。絶対に捕らえる為に、休息は最低限の必要事項だ。

[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □