□ 万籟より速く □ FASSCE-14 □
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アルマン公爵が驚いていたのは、一瞬らしい。すぐに、苦笑が浮かぶ。
「やあ、どうも私は信用が無いな」
大人しく腕を上げたまま、透弥の誘導に従い、バーサロン車に入ってくる。扉が閉ざされたのを音で確認して、もう一度口を開く。
「頼むから、その物騒なモノを降ろしてもらえないですか?こちらは何も持ってないですから。身体検査をしていただいても構わない」
言葉は殊勝なモノだが、額面通り信じていいのかは微妙だ。
「なぜ、立ち聞きなど?」
「必要以上の興味だと言われてしまえばそれまでですが、やはり国で言われたことが気になるのですよ。アルシナド到着時に、何かトラブルが想定されているのでしょう?だとしたら、私もお役に立ちたい」
今までに無い、真剣な口調だ。
まっすぐに、駿紀を見つめてくる。
真実だ、と訴えかけるかのように。
シャヤント急行に乗車している限り、アルマン公爵の裏を取ることは出来ない。それだけの情報を収集する手段が無いからだ。
だとすれば、彼を信頼するかしないか、それは勘に頼らざるを得ない。
駿紀たちが、測っていると踏んだのだろう、公爵は言葉を重ねる。
「ルシュテットのように『約』する習慣こそ無いが、プリラードの人間は常に紳士であることを信条としています。私も常にそうしてきたし、そうありたいと望んでいる。プリラードの代表を務めている身上で、何かを企むなどということは絶対にしません。アルシナドに到着したのなら、私のことについて徹底的に調査していただいて構わない」
透弥は銃を微動だにさせずに、駿紀へと視線を向けてくる。
駿紀も、まっすぐに見返す。
信用に値するか、しないか。
どちらからともなく、小さく頷く。
つ、と透弥の銃が降りるのと、駿紀がアルマン公爵へと頷くのは同時だ。
「そこまでおっしゃるのならば」



楓が読み上げる速度を聞きながら、透弥が駿紀へと汽笛を鳴らすタイミングを指示する。
勅使班独特の情報伝達手段だというソレは、移動しながらを想定していないせいで、間合いが実に微妙だ。少しでも間違ったら違う言語になる、というのはけして大げさでは無い。
本来なら三人しか入らないはずの運転席は狭くるしいことこの上ないが、そんなことは正直気にしていられない。
駿紀は透弥の腕の合図を頼りに、ひたすらに警笛を鳴らし続ける。
少しずつ、減速しているのがわかる。
アルシナドが近いのだ。
透弥が、おそらく聞く側からすれば一定の間隔を空いた警笛を、三回鳴らすように合図をしてくる。
ヒトツ、息を吐くのが聞こえる。
「終わりだ」
言ってから、再度時計に目を落とす。
「後、八分でアルシナド駅だ」
勅使がホームにいれば、八分あれば十分に間に合う。
だが、いなければ。
視線を、運転士が見つめ続けている前へとやる。
景色は、もうすでに、本当に見慣れたものだ。
リスティア首都、アルシナド。
高層ビルがそこここにある、旧文明産物を最も多く抱えた街。
ビルの合間を縫い、ほぼ中心近い場所へとシャヤント急行は減速しながら進んでいく。
伝わったのか、間に合ったのか。
透弥も、無言のまま前を見つめている。
もう一度、大きく警笛が鳴る。今度は、運転士補助の瀬戸が、プラットホームに入る瞬間に鳴らしたのだ。
到着の合図の中、ホームの人々がわっと歓声を上げた様子で口を開くのが見えてくる。警備を含めた、たくさんの人、人、人。
どの顔も、入線してきた豪華列車へと釘付けだ。
運転席からあまり目立たないよう身を縮めながらも、駿紀は必死で視線を巡らせる。
到着したなり、合図の場所へ走らねばならないか、どうか。
それを判断しなくては、終わらない。
「あ!」
「いる」
その声は、同時だ。
駿紀と透弥は、どちらからともなく、顔を見合わせる。
に、と口の端を持ち上がり、ふ、と口元に笑みが浮かぶ。
「勅使さん、いたな」
「ああ」
会話は、最後のブレーキにいくらかかき消される。
10月1日14時。
シャヤント急行開通号は、プリラード首都フィサユから七泊八日の旅を経てリスティア首都アルシナドに到着。
降りてきたそうそうたるゲストたちに、歓迎の声が上がる。迎えるのは、長谷川総司令官だ。
すでに完全に到着のイベントが始まってしまっていて、自分たちの客室から下車するのは難しそうだ。楓に荷物を警視庁にまわしてくれるよう頼み、運転席から降りる。
皆が国賓級のゲストに注目する中、一人、こちらへと手を振る人物がいる。
「勅使さん!」
「二人とも、おかえり。俺がいるってことを思い出してくれて嬉しいよ」
にっこりと勅使らしい笑みを浮かべて頷きかけてくれる。
「三人とも抑えたよ。物騒なのだとは誰も気付いていない」
「ありがとうございます」
二人して頭を下げるのに、勅使は笑って手を横に振る。
「いや、二人の方こそ、よく速度が変わる電車から、あの合図を送れたな」
「そりゃ、神宮司が綿密に計算したから」
「隆南がタイミングを間違えずに警笛を鳴らしたから」
声が重なったのに、思わず顔を見合わせる。勅使がおかしそうに笑う。
「ようは、二人だったからこそってところだな。これだけじゃなかったんだろ?今日は土産話でも聞かせて……」
言いかかった言葉が、途切れる。
駿紀の視線が、ゲストたちの方へと移ったからだ。
透弥も、鋭い視線を向ける。
「いない」
「ああ」
ゲストたちの中に、アルマン公爵がいない。あれほど自分を信じろと言ったにも関わらず、この騒ぎの中姿を消した。
「誰がいないんだ?」
勅使も、刑事の顔になって眉を寄せる。
誰が、と駿紀が口にしようとした、まさにその時。
「ツカサ!」
リスティア系とは明らかに異なるイントネーションに、勅使の顔に笑顔が浮かぶ。
「ダグラス!」
人ごみをかき分けて来たのは、目立たない背広に変わっているし、帽子も色付き眼鏡も無いが、金茶の髪と薄青の目の持ち主は見間違いようが無い。アルマン公爵だ。
「え?」
「勅使さん、その方がお知り合いですか」
駿紀の目が丸くなり、透弥の顔が不信そうになるのに、勅使が不思議そうに目を瞬かせる。
「ああ、フィサユに捜査留学している時に組んでいた……」
言いかかった言葉を途中で区切り、ダグラスと呼んだアルマン公爵へと細めた目を向ける。
「ダグラス、やったな」
「やむを得なかったんだ、絶対に正体をバラすなって言われててさ。俺だってそっちの立場じゃしがない部下だし」
「ったく。二人とも、改めて紹介しよう。アシュリー・ダグラス・ウィンストン・ステューダー、アルマン公爵であると同時にクレースランドヤードの刑事だ。刑事としては、ダグラス・ウィンストンで通している」
「だますような真似をして申し訳ない」
アルマン公爵ことウィンストンは頭を下げる。
「世間を知る為にと普通に学校に通ったりしているうちに完全に二重生活になってしまって。おかげで、アルマン公爵は人前に出ない人物にならざるを得ないんだ。秘密にしておいてくれるね?」
あごが外れるか、と思うほどに駿紀は口をあんぐりと開けてしまい、透弥は珍しく目を見開いてしまう。
「って、あー!わかった、どっかでと思ったら、クレースランドヤードで何階からか俺ら見てた人だ!」
「そういうことは、早く思い出してくれ」
微妙に頭痛がしてきたような顔つきで透弥が眉を寄せる。駿紀は唇を尖らせる。
「仕方ないだろ、あの距離じゃさすがに顔までは覚えられない」
「私が見てたことに気付いてた?それは凄いな。にしても、ツカサの知り合いだったとわかっていたら、とっとと正体しゃべっておくんだったよ」
苦笑気味に肩をすくめて勅使を見やる。
「天宮財閥総帥殿がクレースランドヤードはいらないって言い切ったもので、長官ときたら、知られたら減俸って脅すんだよ。しかし、いい部下を持っているね」
「俺の部下じゃないよ。二人は文字通り、特別なんだ」
「勅使さん」
駿紀の困惑顔に、勅使は口の端を持ち上げる。
「今回だって、万難排して来たんじゃないのか?」
「それはもう、ゲストたちにはほとんど感付かれずにね、俺も情報が得られなくて困ったよ」
ウィンストンが先に答えて、にこりと笑う。
「おかげで、色々足掻いてしまって、不審人物の筆頭になったよ」
「ああ、その、色々とすみません」
アルマン公爵に対しても、クレースランドヤードの刑事に対しても、ある意味失礼極まりないことをしてのけている。
「いや、こちらこそ。余計な手数をかけさせてしまいました」
苦笑気味に、ウィンストンももう一度頭を下げる。
「気配を消しているつもりだったのに、探ってるのを全部察しられているとはね、本当に参りましたよ」
「お互い様ってことで、隆南くんたちも見逃してやってもらえるとありがたいな。ダグラスが俺の大事な友人ということに免じて」
「ツカサ」
ウィンストンに、勅使はただ笑みを向ける。
「勅使さんにそう言われると弱いですね。今日も多大に協力していただきましたし」
駿紀が苦笑する。
「ああ、それだけど、ヒトツ謝らないといけないな。話が面倒で、俺も特別捜査課ってことにしてしまったから」
「むしろ、勅使さんのご迷惑にならないといいですが」
透弥の言葉に、勅使は笑う。
「特別捜査課の一員の気分は悪くなかったよ」
あっさりと言ってのけてから、勅使はウィンストンへと向き直る。
「ダグラス、今日は積もる話の前に、シャヤント急行で何があったのか、どんなモノを見て来たのかを聞きたいね。なんせ、今日のアルシナドはその話で持ちきりだ。飛び切りのを頼むよ」
「各国の歓迎に関しては色々と話せるけどね、ツカサ。何があったのかっていうのは、こちらの二人でないと。正直なところを言ってしまえば、俺も詳細を聞きたいところなんだ」
「ああ、それはそうだな。隆南くん、神宮司、どこかリスティア系の酒と料理が楽しめるいい店知らないか?俺は赤ちょうちんに毛が生えたくらいのしか知らなくてね」
いきなり飲み屋の話をふられて、駿紀たちは顔を見合わせる。
「いつものところで、いいかな?」
「隆南が構わないなら、店としてはいい。だが」
「うん、そうだよな」
と、どちらからともなく、ウィンストンを見やる。
「このままばっくれて大丈夫ですか?」
「ああ、サヤカサンには正直に打ち明けたよ。リスティアを楽しむなら、ウィンストンの方がいいというのもわかってくれたから大丈夫。アルマン公爵は適当に国に帰ったことになるさ」
どうやら、ぬかり無いらしい。
思わず笑ってしまった駿紀に、ウィンストンは笑顔で付け加える。
「シャヤント急行が狙われているという情報は、俺にとっては実にありがたいモノだったよ。やっと大事な友人に会いに来る理由が出来たからね。それに、ツカサにずっと自慢半分に聞かされていたリスティアという国を、ずっとこの目で見てみたかったんだ」
「自慢はしなかったろう」
「ああ、でも素晴らしいところだとあんまり言うからね、時にそう聞こえたのさ。でも、少なくとも景色はけして大げさではなかったね。色々と見て回るのが楽しみだ」
勅使とウィンストンは、楽しそうにやり取りしている。
「どうした?」
駿紀が妙ににこにこしてるのを、透弥が気味悪そうに見やる。
「いやさ、トラブル全部回避出来て良かったって実感したんだ。こんな距離離れてた友人と無事会えるって、なんか凄いよな」
きっと、最初に口にした親を説得したという話は、嘘ではない。それをどこかでわかっていたから、ずっと疑いきれずにいたんだな、と駿紀は納得する。
透弥は、ほんの小さく肩をすくめる。
「人が良過ぎる」
「悪いか」
「いや」
ほんの微かに笑みが浮かんでいるように見えるのは、駿紀の気のせいではないだろう。
上げた視線の先で、紗耶香と目が合う。一瞬ではあったけれど、彼女もまた花のような笑みを浮かべる。
小さく、口元が動く。
「本当に、ありがとう」
すぐに、紗耶香は天宮財閥総帥の顔に戻ってゲストたちへと向き直っていく。
その仕事仕様の表情を見て、思い出す。
「ああ、畑中の護送手続きしないと」
「こちらで得た情報の申し送りもだ」
微妙にうんざりとするが、仕方ない。
勅使が笑顔で二人の肩を叩く。
「急いで済ませて来いよ、今日は二人にもたっぷり話を聞くんだからな」
「お手柔らかに頼みますよ」
刑事の顔に戻った駿紀と透弥は、人ごみの中へと消えていく。
その後姿を見送り、ウィンストンは笑みを勅使へと向ける。
「いいコンビだね」
「だろう?俺はあの二人にはとても期待してるんだよ」
勅使も、笑みを返す。
「期待?」
「ああ、何もかもを変えてしまうような、そんなパワーがあるような気がしてね」
二人の姿の消えた方向へと視線を戻した勅使の目を、ウィンストンはややしばし、見つめてから。
「ツカサがそれほどに期待してるのか、ますます興味深いね」
「期待というより、希望かもしれないが」
ぽつり、とした声は半ば、喧騒にかき消される。
ウィンストンが、何か問い返そうとして口をつぐむ。遠くから、駿紀が妙に伸び上がって手を振っているのに気付いたのだ。
「勅使さん!」
軽く勅使が手を振り返すと、駿紀の手が捕らえる相手を知らせた音と同じ言葉を伝える。
「神宮司が、いつものところでと言ってる、か」
勅使は呟くと、手を上げて数回動かし返す。
「それは、どういう意味だい?」
「了解ってことさ」
まだ手を下げようとしない駿紀を見ながら、勅使が返す。ウィンストンも同じ方へと視線をやり、小さく首を傾げる。
「タカナサン、まだ何か言ってるね?」
「ああ、お待たせするかもしれませんが、とさ」
律儀な言葉に、くすり、と勅使とウィンストンは笑顔を見交わし、それから、手を振り返す。



〜fin〜


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