□ 笹と短冊と □
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「あ」
なんとも間抜けな声と言葉だ、と駿紀は口にした瞬間に気付く。
案の定、振り返った透弥の眉が微かにだが寄っている。
それは当然の反応だ。つい今しがた、今回の件の後始末の分担をしたばかりで、話は終わったと確認してから透弥は腰を上げたのだから。
事件判定ぎりぎりで解決した件は、新たに判明した証拠によるものとして検事も納得してくれた。が、即刻の受理も拒否された。もう少し、誰もが納得出来る証拠を取り揃えて欲しい、という言い分はもっともではある。
犯人自体も実に協力的に証言してくれている状況ではあるけれど、課を構成しているのはたった二人で、科研を含めても四人という現状ではフル回転せざるを得ない。
となると、今日はもう、顔を合わせるかどうかもわからないわけで、今言うしか無い、などと思考回路内で言い訳していても仕方が無い。
「いや、ええと」
が、なんだか言いにくい状況であるのも確かだ。
透弥の眉は、今やはっきりと不審を表明している。
「なんだ、用件があるなら早く言え」
すでに会いに行くべき人にアポを取っている状態なのだから、これもまた当然の言い分だ。
駿紀は軽く息を吸う。
「前の件で、鳥のこと聞きに言ったのは事件の捜査の為だったって、婆ちゃんに言ってもいいか?もう、起訴確定したことだし」
透弥が口を開く前に、被せるように続ける。
「なんつうか、婆ちゃんに嘘ついてるのは苦手でさ」
これは、嘘ではない。年の功の上、彼女は育ての親でもある。
黙っていても、見透かされているようでいたたまれない。
「口の堅い人だし、事情を説明すれば田上さんには黙ってくれるから」
実のところ、こんなことを透弥に許可を取る必要性も無いことはわかっている。家庭内の会話など、黙っていればわかるはずはないのだから。
でも、それもまた、駿紀にとっては居心地が悪い。
駿紀なりの仁義だが、自己満足であることは重々承知だ。多少の毒舌は覚悟せねばなるまい。
「それは、夕方でも構わないのか」
透弥が何を言い出したのかわからず、駿紀は目を見開く。
「は?」
「必要であったとはいえ、嘘を吐いたのは俺もだ。隆南だけに頭を下げさせるわけにはいかないだろう」
きっぱりと言ってのけた顔は、すでに不機嫌なものでは無い。
「時間を決めてくれ。合わせて伺うから」
ぽかん、と開きかかった口を、駿紀は慌てて閉じてから、頷く。
「ああ、ええと、それじゃあ16時頃にこっちに戻ってくるようにするってのでどうだ?」
「わかった」
ごくあっさりと頷いて、透弥は今度こそ背を向ける。
扉が閉じてから、駿紀は二度ほど瞬きをする。
それから、軽く頬を叩く。
いつまで驚いている場合ではない。時間までに、こちらの分担を片付けねばならないのだから。
立ち上がり、駿紀も特別捜査課を後にする。

見事なくらいに時間きっかりに姿を現した透弥が隣に並ぶのに合わせて、駿紀も歩き出す。
込み合う商店街通りを、人波をぬいながら駿紀はやっと納得する。
「ああ、そうか。今日は七夕だ」
何を言い出したのか、という透弥の視線に、駿紀はちょっと先の小さな広場を指す。
「いやさ、なんかいつもより飾り付けてあるなぁって思ってたんだよ。ほら、けっこうでかいぜ、アレ」
指した先には、キレイに飾りつけられた笹だ。
買い物客に短冊を渡しているらしく、親子連れが楽しそうに飾っている。
なんの感慨もなさそうな透弥の視線に、駿紀は軽く口を尖らせる。
「少しはこう、情緒とかってのを感じないのかよ」
「個人の勝手だと思うが」
至極もっともではあるが、ミもフタも無い返答に、鼻白んだ駿紀の足元に何かの衝撃が加わる。
「っと、大丈夫か?」
「あ、うん。ごめんなさい」
素直にぶつかったことを謝った少年の手には、目にも鮮やかな短冊だ。
どうやら、飾ろうとして背を伸ばしすぎたあまりバランスを崩したらしい。
「ソレ、飾るの?」
「うん、高いところの方がお願い読んでもらえるかなぁって」
なるほど、星が叶えてくれるのだから、その発想はありだろう。子供らしい微笑ましさに駿紀は思わず笑みが浮かんでしまう。
「ああ、確かにな。それなら、コレでどうだ?」
不意に持ち上げられて、目を大きく見開いた少年は次の瞬間、歓声を上げる。
「届くか?」
「うん!」
明らかにはしゃいだ声に、駿紀の笑みも自然と大きくなる。
降ろしてやった後も、まだ興奮気味だ。
「お兄ちゃん、ありがとう!とっても高く出来たよ!これでお願い、叶えてもらえるね!」
「だと、いいな」
ぐりぐりと頭を撫でてやってると、隣に、別の少年がいつの間にやらやって来ている。見上げる視線は、何かを期待しているものだ。
当然のように、その手には先ほどの少年とは違う色の短冊がある。
やっちまった、と心で思うが、もう遅い。
別の子供たちも、きらきらと駿紀を見上げている。夕方の商店街にどれほどの子供がいるのかを見誤っていた。
こういうのは大好きなんだってことも。
「神宮司、すまんがちょっと時間くれ」
後で散々嫌味を言われそうだと思いつつ、微妙に引きつった声で告げる。少なくとも、駿紀には無邪気に期待している子供を無視することは出来ない。
「ええと、順番にな?」
言うと、集まってる子供たちの顔に一様に笑顔が浮かぶ。
こうなったら、とことん付き合ってやると覚悟を決めるしか無い。
代わる代わる子供たちを抱き上げてやっては、思い思いの場所に短冊を結びつけさせてやる。
キリが無いなぁ、と思いつつも、嬉しそうにきゃっきゃと騒いでる子供たちがかわいらしくて、止められないでいると。
「誰かと思ったら、駿ちゃんかぁ」
納得した大声に、今、降ろしてやった子供から視線を上げる。
商店街を仕切ってる八百屋のオヤジが、にやりと笑っている。
「なんか、広場が盛り上がってるってからよ、何かと思ってよ。やっぱ駿ちゃんだよ、いいことしてくれるねぇ」
「あ、いやぁ」
幼い頃からを知られている叔父さんのような存在の人に言われると、なんとなく照れてしまう。
「俺も、ここで短冊飾らせてもらってきたから」
「そうさな、ここで育った子は皆、この広場でお願いするってのが慣わしだもんな」
うんうん、と深く頷いてから、す、と顔を寄せてくる。
「ところで駿ちゃん、あの色男は友達かい?」
オヤジの視線を辿った先には、爽やか微笑み仕様の透弥がいる。小さな女の子たちに、両袖を皺になりそうな勢いで引っ張られているのに、眉を寄せる気配など微塵も無い。
腰を下ろし、視線を合わせ、一人一人の好みの場所を訊いては抱き上げてやっている。
いつの間に、と目を丸くする。
「ええと、まぁ、そんな感じかな」
仕事という単語は野暮な気がして、なんとなくあやふやな返答になる。
「そうか、やっぱり駿ちゃんの友達は違うねぇ」
なんと返答していいか困ったところで、待ちくたびれた少年が手を引く。
「お兄ちゃん、僕も」
「ああ、ごめんごめん」
頭を撫でてやってから、抱き上げる。
「ここでいいかな?」
「うん、だいじょうぶー!」
嬉しそうな声に、また、笑みが浮かぶ。

やっと、落ち着いたのは一時間ほどしてからだろうか。
見計らっていたらしい豆腐屋のおばちゃんからのお茶の差し入れをありがたくいただいてから、駿紀の自宅へと向かう。
ちら、と視線だけで横を見ると、透弥は先ほどまでの爽やかな笑みはどこへやら、すっかりいつもの無表情だ。
眉が寄ってないところをみると、不機嫌ではなさそうだが。
じろじろと見るつもりもなかったのだが、視線には気付いたらしい。透弥も視線を向けてくる。
「情緒深い思い出とやらがあるらしいな」
「え?」
まともに顔を向ける。透弥は前へと視線を戻しながら返してくる。
「小さい頃からあそこの笹に短冊を下げていたと、八百屋が言っていたようだったが」
「ああ、うん。家じゃ笹なんてとても買えなかったからさ。あそこのにいつも、願い事書きに行ってたよ」
答えながら、ああそうか、と思い当たる。
透弥も、少なくとも父親がいないはずだ。
いつ亡くなったかがわからないままに、七夕に情緒を求めたのは無神経だった。
でも、それはわざわざ口にするべきことではない。
「かけっこで一番になりたいとか、たわいもないこと書いてた」
くすり、と笑ったのに、透弥が軽く肩をすくめる。
「なるほど、叶う願いもあるらしいな」
今度こそ、駿紀は目を丸くする。
透弥はそれを知ってか知らずか、前を向いたままだ。
ややの間の後。
駿紀は、軽く頷く。
「だな。ってことは、しまった」
不審そうな視線に、駿紀は首を撫でながら返す。
「婆ちゃんが怒りませんようにって、書いてこりゃご利益あったかも」
「つまらんことを思いつくもんだな。情緒などと口するヒマがあったら、その無粋な思考をどうにかした方がいい」
心底呆れたという透弥の口調に、駿紀は唇を尖らせる。
「婆ちゃんを怒らせたこと無いからそういうことが言えるんだ」
「今回の件とガキの悪戯を一緒にするな」
たわいもない会話の後姿は、やがて角の向こうへと消える。


〜fin.

2007.07.15 LAZY POLICE 〜A banboo grass and paper strips〜

■ postscript

2nd.whisper-12とwhisper-13の間、『籠の中』の後の出来事です。

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