□ 祈りの価値 □
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基本的に、経済を担う者たちは季節のイベントに敏感なものだ。
稼ぐチャンスをみすみす見逃す手は無いし、季節に敏感なのは悪いコトではない。
だが今、吉祥寺は内心、盛大にため息を吐きたい心持だ。
なんの因果で、この年齢になって笹に飾る短冊なぞ書かねばならないのか。
こういったことは、子供に任せておくに限ると思うが。
一代で経済界にそれなりの影響を与えうる立場になった屋敷の主人はたいしたモノではあるが、いかんせん、少々デリカシーと奥ゆかしさに欠けている。その妻は、更に輪をかけているあたり、更にいただけない。
今日のディナーパーティーは七夕ということで、広間に大きな笹が飾られているまではいいと思う。が、そこに飾る短冊を書くことを強要するあたり、らしいのだがウンザリとする。
残念ながら、吉祥寺コンツェルン総裁という立場で無粋なことも出来ないので、当たり障りのないことを書いてお茶をにごしておくのが最も正しい対処だろう。
ほぼ同時刻に到着して、同じように短冊を手渡された天宮財閥総帥たる天宮紗耶香は、迷う様子も無く、さらさらと書きつけている。
頬に浮かんだ笑みは、楽しそうにさえ見えるあたり、さすが、と言うべきだろうと思いつつ吉祥寺も書き始める。
「お二人とも、なんと書かれたのかしら?」
野次馬的興味を隠そうともせず、手を差し出す女主人に、紗耶香も吉祥寺も大人しく短冊を手渡す。
「あら、お優しいのね。財閥に関わる方の健康を祈られるなんて」
紗耶香は、柔らかい笑みを返す。
心底それを祈ってる風で、かわいらしくさえみるのだから、たいしたモノだ。
女主人は、吉祥寺のも遠慮なく見る。
「あら、吉祥寺さんもコンツェルンにかかわる方の健康なのねぇ」
当たり障り無くてツマラナイ、というのが透けて見えるが、知ったことではない。義務は果たしたのだから、後は話して有意義な相手と繋ぎをつけて終了だ。
コンツェルンに関わる全ての人が健康であるように、と書いたモノを社員限定にしか解釈出来ない相手に用は無い。
ワンマンで強引に過ぎるこの家は、早晩、傾き出すだろう。よほど、大きく当人が変わらない限りは。
それよりは、今後伸びそうな相手と縁を作った方が得策というものだ。
そう、例えば隣で相変わらず柔らかく微笑んでいる、天宮紗耶香とか、だ。

屋敷の主人たちとは、距離をとった位置で、グラスを傾けつつ吉祥寺は苦笑を向ける。
「マスコミも入るようですから、明日にはどこかで記事になっているでしょうね」
短冊のことだというのは、紗耶香にもわかったようだ。
「そうですね」
返してから、くすり、と笑う。
「今日は、あまりご機嫌がよろしくないようですわね」
誰にも悟られるような表情はしなかったはずだが、彼女は特別に聡い。
なので、誤魔化す代わりに苦笑を返す。
「願い事を書かせるあたりもどうかとは思いますが、いちいち検分とはと思ったのですよ」
「それだけですか?」
いくらか悪戯っぽい笑みだ。共犯者的とも取れるソレに、乗っておくことにする。
「あの願い事を、社員限定と判断するあたりが残念だとも」
「先ずは顧客あってですものね」
ふわり、と柔らかく笑みが変化する。
世間では色々という人間がいるようだが、間違いなく天宮紗耶香は財閥経営がどうあるべきかを知っている。
表情も雰囲気も柔らかい中で、その瞳は強い意志を告げている。もっとも、彼女は必要とあらば、その瞳すら隠してしまうのだろう。
敵に回したくない、とはこういう相手の為にある言葉だ。
そして、繋がりをつけておくのに価値があるのは、まさに紗耶香のような人間であり、物語上の恋人たちなどでは無い。



ディナーパーティーが終わり、帰途の車が動き出してから。
「楽しそうですね?」
海音寺の言葉に、紗耶香は視線を上げる。
「子供だましで敵を増やすなんてことも出来るものなのかと思っただけよ」
「ああ、あまり面白くなく思っていらっしゃる方が多かったようで」
秘書同士でも、苦笑気味に話題に上ったくらいだ。それでなくとも忙しいトップたちは、それこそあからさまに不機嫌なのもいたろう。
にこやかにほほ笑みつつ、紗耶香はそういった情報を過不足無く集めてきたに違いない。
紗耶香は、小さく首を傾げる。
「吉祥寺のようなタイプには、特に逆効果ね。地に足がついたモノしか信用しないもの」
「奥様のご実家で毎年恒例の七夕催事があることを知ってながら、呼ばれた揚句という前置きもあるのでしょうけれど」
「あちらは風雅だものね、目立たないけど意外と楽しみにしている人は多いわ。事実上、中止にさせたという効果は計り知れないわね」
どの程度の禍根と影響を残すものか、計るように紗耶香は遠くへと視線を投げる。
「潰されますか」
「いちいち、そんな手を回す暇な人間はいないでしょう。放っておいても自滅するわ」
ある意味、最も残酷な言葉を投げてから、苦笑する。
「おじさま方には、子供の遊びと流すにはやり過ぎだったわね」
「実際のところ、総帥はいかがなんです?」
自分だけ余裕がありそうなことを言う紗耶香に、言葉遊び的に海音寺が返すと。
「あら、私は現実だろうが架空だろうが、イイ方にコトが進むのなら構わないわよ」
「なるほど、最も効率的ですね。悪くない」
くすり、と海音寺は笑う。
この、年齢より幼い外見の財閥総帥は必要となれば、本当に神だろうが悪魔だろうが己の思い通りに利用してみせるに違いない。
七夕の恋人同士など、いちいち目くじらを立てる存在にもならない。
実に、彼女らしく、だからこそついていきたい相手なのだ。
「さて、明日はまた、厄介なのが来ますね」
「ああ、そうね。家用にもらった方には、いい加減に大人しくなるように、とでも書いておこうかしら?」
二人は顔を見合わせて、くすり、と笑う。


〜fin.

2010.07.06 LAZY POLICE 〜Meaning of prayer〜

■ postscript

3rd.直前、『笹と短冊と』の夜、紗耶香の過ごした七夕です。

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