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邦人の
 の奇蹟

通り過ぎざまに視線があった青年は、軽く会釈をしてみせた。
旅人も、やわらかな笑みを浮かべて挨拶を返す。
数歩、行ってから。
青年は、やはり気になったのだろう。
立ち止まり、振り返る。
意を決したように、少し息を吸う。
「そのカゴの中には」
旅人は、足を止めて、ゆっくりと振り返る。
先ほどと同じ、やわからな笑みが浮かんでいる。
「なんでしょう?」
青年は、もう一度、息を吸う。
「そのカゴの中には、なにが入るんだ?」
視線は、旅人の左手にあるカゴを吸いつけられるように見つめている。
形は鳥かごそっくりだが、その柵の間隔がひどく広い。
小鳥だけではなく、たいがいの動物は逃げることが出来るであろうくらいに。
旅人の笑みが、少し大きくなる。
「君の望むモノを、なんでも」
「俺の望むモノを?」
青年は、怪訝そうに問い返す。
旅人は、高くも低くもない、それでいて音楽のような響きの声で言う。
「例えば、届かぬ相手の想い、やり直したい時の流れ、君にそういうモノがあるかい?」
「本当に、何でもなのか?」
青年の眉が、軽く寄る。
「そう、それが僕の仕事だから」
眉を寄せたまま、青年は確認する。
「じゃ、その中には俺が望んだモノが捕えられる、ということなんだな?」
「そうだよ」
「で、捕えられたモノはどうなる?」
旅人は、笑みを浮かべたまま答える。
「消し去るも、君の手に渡すも、君の望むままに」
「…………」
なぜか、青年の口元は堅く引き結ばれる。どこか、苦悩のような表情が浮かぶ。
さらり、と吹いた風は冷たささえ感じるのに、彼の額からは汗が一筋、落ちていく。
掠れた声が、問いを発する。
「なにを、引き換えに?」
くすり、と旅人は笑ってから、答えを返す。
「君の持つ、イチバン綺麗なモノをヒトツ」
それから、今度は旅人の方から尋ねる。
「捕えて欲しいモノが、あるのかい?」
ふ、と青年は視線を外す。
それから、首を横に振る。
「……ない。他人の力で捕えて欲しいモノは、ない」
「そう、じゃ、僕は行くよ」
旅人は、青年に背を向ける。
「幸運を祈るよ」
さらり、と風のような声を残して、旅人の姿は消える。
青年は、驚いて瞬きをする。背の低い草しかない草原を、見渡す。
だが、先ほどまでいたはずの旅人は、どこにもいない。
軽く首を振ってから。
青年は、家のある方へと歩き出す。
反対の方向へと歩きいく旅人の肩の上へ、ふわり、と空に熔けそうなくらい青い鳥が舞い降りる。
その羽といい、翼といい、美しいという表現が相応しいが、その足にある爪は細くはあるが鋭い。
鋭利な刃物のように。
旅人は、にこり、と笑む。
「ふられちゃった」
「カゴが見えたのだから、相当な願いがあるはずだろう?」
「想っても想っても、届かぬ純粋な想い」
鳥は、軽く嘴を鳴らす。
「それは、美味しそうだね」
「目もあったんだけどね」
「目があったのに、断ったのか?」
驚いてバランスを崩したらしい。爪先に力を入れて、かろうじて踏みとどまる。
「それは……」
「奇蹟、かもしれないね」
どちらからともなく、振り返る。
「想っても想っても」
歌うように、鳥が言う。
旅人が、後を引き取る。
「想い続ければ」
ふ、と鳥の瞳に笑みが浮かぶ。
「奇蹟も起こる、か」
「そういうこと」
旅人は、くすり、と笑って空を見上げる。
「おりしも、そういう季節ですし?」
ちらり、と空から白いモノが舞い落ちてくる。
「おや、冷えると思ったよ」
「いいじゃない、美味しい薫りがしてるよ」
「味が薄いんだよ」
「贅沢というんだよ、それは」
旅人の言葉を無視して、鳥は翼を大きく広げる。
「次は、どんな依頼人がくるやら」
鳥は羽ばたき、また、旅人は歩き出す。


2002.12.01 A stranger with a cage 〜White snow milacle〜

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