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邦人の
 の誓約

東の大陸に、王朝があった。
何代も続く王朝は、平安を民に与えた印ともいえた。
いま、国を治める王も、またとなき心優しき人として、民の尊敬を受けていた。
周囲にある国々も、みな、羨望と諦めの入った視線を向けた。
その繁栄をうらやみ、そして、攻め取ることは叶わぬ、と。
妃を失った王が、可愛らしき妾を娶った時も。
むしろ、人々は祝いの言葉を述べた。
複数の妻を持つことは、富裕の者であれば当然であったし、王が空閨をかこつよりは、子孫繁栄の方が望ましい、と。
が、国を、疫病が襲った。
賢き家臣たちと、献身的な医師たちの奔走で、被害は最小限に留められた。
周囲の国では、街が死に絶えたという話が絶えなかったのに、辺境の村でさえ、ほとんど死は与えられなかった。
だが、王の身近な人間が、一人、疫病で死を得た。
愛妾を失った王は、悲しみに打ちひしがれた。
枯れ尽くすほど泣き明かして、そして、変じた。
己の享楽の為に搾取し、甘言をなす側近のみ近づけるようになる。
欲を優先させることは、簡単だ。喜ぶ者が、すぐに周囲に群がる。
心ある者は皆、その心を痛めた。
もはや、家臣たちの言葉は、王には届かない。
心痛めている者の一人である皇太子は、側近へと告げる。
「私は、父へ諫言をなそうと思う」
変貌した王を知る側近たちは、口々に止める。
享楽を享受するのみの王は、長くはありますまい、と。
が、皇太子は首を横に振る。
「だが、その間に、何人が罪も無く命を落とすことか」
言われて、側近たちはさし俯く。
「私が父に殺されるようなことがあれば、以後、皆は諫言はしてはならぬ。諫言は必ず死へつながると明らかになった後にするは、愚かだ。ただ、父の寿命が尽きるのを待て。耐えて時を待て。殺す者は殺される、それを忘れてはならぬ」
皇太子の心は固く決まっていると知り、平伏する側近たちに、さらに告げる。
「よいか、出来る限りは、民を守り続けるのだよ」
民が、次の王も賢き人、と尊敬する皇太子は、柔らかに微笑む。

もはや、王の耳には、かつて己の右腕と頼りにした皇太子の声さえ、届かなくなっていた。
諫言なした皇太子を捕らえ、引き回すことを命じた時にさえ、王は笑っていた。
さらし者にせよ、とて、皇太子は裸馬に乗せられ、市中を引き回される。
だが、民の為に命をかけた皇太子に石投げる者はなく。
それを知った王は、猛り狂って、皇太子を乗せた裸馬を宮殿へと呼び戻す。
その帰り道、皇太子は青い鳥を見る。
己の足に、カゴをもつ奇妙な鳥を。
カゴも、奇妙だった。
形は鳥かごにそっくりだが、その柵の間隔はひどく広い。
小鳥だけではなく、たいがいの動物は逃げ出すことができるだろう。
なによりも奇妙なのは、朱塗りのそのカゴには、どうみても青い鳥は入らぬことであった。
翼を広げた姿は、空を覆うかと思うほどに大きい。
賢き皇太子は、悟る。
きっと鳥を睨めつける。
「お前が王を惑わしたものか」
「惑わしてなどおらぬ、王が望んだのだ。疫病から民を救いたい、と。我とて生けるモノ、食なくして生きられぬ」
だから、鳥は王が最も愛する妾の命を、喰らったのだと、皇太子は知る。
鳥は、目を細めて言葉を重ねる。
「働いて得た報酬を喰らうのが、悪しきことか?」
「お前を責めるのは私の勝手から出たること……すまぬ。取り乱した」
報酬がなんであるか。それを、鳥に尋ねなかったは、王の方なのだ。
かすかにさし俯いた皇太子は、唇を噛み締める。
優しさが先立った王は、鳥を疑うことをしなかったのだ。
そして、心乱された。
鳥は、目を細めたまま、静かに尋ねる。
「お前は何が望みだ?強き望みを持つ者だけが、我を見る。時であろうと心であろうと命であろうと、そなたの望むものを与えよう」
皇太子は、視線を上げる。まっすぐに鳥の青い瞳を見つめる。
「ならば、青き鳥よ、お前を望む。二度と、この国の者を惑わすことはさせまい」
「この私をか、面白い」
鳥の瞳が、ますます細まる。
その瞳から視線を反らすことなく、皇太子は問う。
「対価を言え、なにがお前の報酬か」
「我は望んだ者の持つ、最も美しいモノをヒトツいただく」
「私が持つ、最も美しいモノはなにか?」
瞳を細めたまま、鳥はしばし黙り込む。
皇太子は、とうに悟っている。
透き通るくらいに美しい青の妖鳥は、望みを叶える代わりに人を狂わせるモノを喰らうのだ、と。
そして、城に戻れば処刑待つ身の自分には、鳥が望むモノは持ち合わせていない、と。
問いを、重ねる。
「お前は、報酬を得て生き永らえているのであろう?教えよ、私の持つ美しいモノを」
「賢き公子よ、しばし、命を預かろう。この国の行く末見届けてから望んでも、遅くはあるまい」
薄い笑みが、皇太子の口元に浮かぶ。
「鳥よ、人は賢く、そして愚かだ。時が経てば、変わり行くもの。王の身勝手で、人の心には我が目覚めた。この国も、長くは持つまい。戦乱となる」
「それを知っていて、なぜ諫言をなした?そして、なぜ、我を望む?」
「それでも、この国を少しなりと乱すものを正したいと望む、私の身勝手だ」
しかし、それを悔いる色は皇太子の顔にはない。
むしろ、己の意思を通し貫いた誇りが、浮かんでいる。
「愚かと、思うなら思え」
鳥は、目を細めたまま、尋ねる。
「いまひとつ尋ねる。なぜ、殺してはならぬと命じたのだ?戦乱になるならば、殺さねば殺されるぞ」
「人の道を外した者には、それ相応の末路が待つものだ。王が道を外せば、国の者全てが苦しむこととなる……なぜ、父は気付かなんだか」
さすがに、王を諫止することの出来なかった悔しさと悲しさはひとしおだったのだろう。
皇太子は、昂ぶりかかった心を抑えるように、唇を噛み締める。
その、固く閉じた瞼から、一滴、光るものが落ちていく。
青い鳥の瞳が、見開かれる。
そして、嬉しそうに細まる。
空を覆うほどの翼が羽ばたき、風が起こる。
皇太子は、はっとその瞼を開く。
煌く透明な雫が、鳥のくちばしへと消えようとしたその瞬間。
「天藍」
皇太子の声に、慌てて鳥は雫を振り払おうとするが、返ってそれは、くちばしの中へと消えていく。
鳥は、皇太子から糧を得る代わり、支配下についた印である『名』を飲んだのだ。
「鳥よ、天藍の名を持つモノよ、お前は私のモノだ」
微かな笑みが、皇太子の口元に浮かぶ。
「もう二度と、この国の者に手出しすることは許さぬ」
「仕方あるまい、それが我に名をつけた者の望みであれば。公子よ、我は従おう」
脇にカゴを下げた鳥をつれた皇太子は、王城の門を潜り抜ける。
民も、門番たちも、側近たちも。
縄打たれた皇太子の姿に、涙にくれた。
だが、皇太子はまっすぐに玉座を見上げる。
その済んだ瞳は、返って王の狂気を刺激したらしい。
自ら剣をふるい、皇太子を切ろうとした瞬間。
皇太子の姿は、溶けるように掻き消える。
狂ったように皇太子を探し回る王を、悲しげな瞳で見つめながら、尋ねる。
「鳥よ、お前の報酬は賛成しかねるが、望みを叶えたことを責める気はない。ただ、お前の力は人には絶大すぎる。その力、正しく使える人間がおろうか」
「公子よ、人への信頼が揺らぐか。ならば、我と共に来るか?絶望への旅になるやもしれぬが」
皇太子の口元に、苦笑が浮かぶ。
「お前、すでに私を仲間へと引き込んでおろうが?命あらぬはずなのに、こうして全てが見通せる」
「我に名前をつけるほどの者が、このまま消えるは惜しいと思っただけだ」
悲しげな瞳は、決意したものへと変じる。
「刀の錆と消えるはずであったのが、こうしているのにも意味はあろう。わかった、お前と参ろう。人が己の持つ最も美しいモノと何を引き換え行くのか、見届けよう」
そして、苦笑は柔らかな笑みへと変じる。
「ただし、天藍よ。お前は私のモノとなったのだから、私の流儀に従ってもらうよ」
「承知した」

そして、鳥篭を手にした旅人と鳥は、共に旅立つ。


2003.02.23 A stranger with a cage 〜A blue bird pledge〜

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