03 □ 視線は合わさない side Friend
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参謀部の人間が地図に初期配置を示した時点で、前線を預かる将校の口の端に笑みが浮かぶ。
この国に侵入されるか否かのギリギリのラインでの攻防が続いている現況を打破するには、思い切った作戦が必要なのは誰もが理解していることだ。
無言のまま作戦の概要一通りを聞いた将校は、ヒトツ、頷く。
「かなりリスキーだな」
「おたくの二人がいれば、可能と判断した」
「ああ、そちらのことじゃない」
あっさりと首を横に振る将校に、参謀部は瞬きをする。
提示した作戦は、通常の人間が聞けばイチかバチかの賭けだと思うに違いないモノだ。提示出来たのは、名を言わずとも通じるくらいに有名な、将校の下にいる二人がるからこそだ。
彼らのことは、部下も心酔しているという。この危険な作戦も、彼らがあればこそなのだ。
とはいえ、さすがに前線に立つ将校は難色を示すかもしれない、とは思っていた。
が、リスキーという評価は彼らの危険に対してではない、と言われてしまった。
「では、どのことだ」
「二つの部隊の距離が近過ぎる。これでは、激戦区を過ぎても追いつかれる可能性が高い。突破可能なのは何割かに落ちてしまう」
「それは覚悟済みのことだ」
残酷だが、それでも、その犠牲は最小限となるだろう。参謀部の飲み込んだ言葉は、あっさりと通じたようだ。
「悲壮過ぎる。このままで了承は出来ない」
言い切ると、将校は配置の二箇所を指差す。
「この距離を、もっと大きく取るべきだ」
参謀部は、思わず目を見開く。
将校が指したのは、ラインの突破口を開く為の二人の配置だ。参謀本部での会議中、最も議論がつくされたことでもある。
これでは彼らを見殺しにしてしまう、だが最低源必要な距離を割り出すとこうなる。
彼らなら、どうにか出来るかどうか。
それを将校に確認してくるのが、参謀部の人間に任された仕事だ。なのに、将校はもっと距離を取るべきだ、という。
「だが、それでは」
「あいつらなら、問題ない」
きっぱりと将校は言い切る。
「顔どころか、姿が見えないところであろうが、息を合わせるさ」
「いや、信頼しているのはわかるが」
軽く手をあげて静止のカタチになった参謀部へと、将校は肩をすくめてみせる。
「本人たちなら、もっと距離を置いても問題ないと言うだろう」
「わかった、そこまで言うなら持ち帰るよ」
頷き返して、将校は立ち上がる。
「あのラインをギリギリで守っているだけでは、本当の幸運とはいえない」
背を見送ってから、参謀部は苦笑する。
強気にもほどがある発言だが、守勢のままではいつかは突破されるというのは共通の見解だ。現状打破の為の作戦に確実を期すば、将校の進言は持ち帰り検討すべきなのも確かだ。
それにしても、あの将校にここまで言わせるほどの二人とは、どういった人間なのか。個人的な興味をはらみつつ、参謀部の人間も立ち上がる。



距離は取れるだけ、と告げられた将校は、無表情にあっさりと頷く。
「承知した。ただちに準備にかかる」
確認事項は、と尋ねる前に言われてしまい、またも参謀部の人間はいくらか戸惑う。
その表情を見て取った将校は、口の端を持ち上げてみせる。
「大丈夫だ、この作戦は必ず成功する」
断言までされてしまったら、参謀部も笑みを返すしかない。



あまりの距離に、敵方は両面作戦だと気付く前にライン突破を許した。
というより、間を通りたいが為の陽動だということ自体が、理解出来なかったのだろう。
おかげで、参謀本部が想定していた以上の戦果を上げたどころか、あの一戦で状況が逆転した。
守勢に回ったのは敵方、攻勢になったのは味方。
大軍にモノを言わせていた敵軍だが、寄せ集めでもあったが為に、崩れ出すと早かった。
こちらが多いに優位な停戦条約が結ばれるまで、そうはかからなかった。
戦勝会の席で、参謀部の人間は視線を巡らせる。
先ほどまで人に囲まれてしまっていた将校は、上手い具合に逃げ出したらしいのだが。
「久しぶりだな」
聞き慣れた声に、驚いて振り返る。
「いつの間に、そこにいた?」
「影がちょうど良かったものだから」
に、と笑ってみせるものだから、参謀部もそれ以上は言えずに苦笑を返す。
それはそうとして、だ。参謀部は、ところで、と話題を変える。
「あの二人も?」
「いや、実は見事に逃げられた」
屈託無い笑みは、ついぞ戦場では見られなかったものだ。
ああ、終わったのだ、と、ふいに実感する。ここから先は、作戦を預かる者と遂行する者でなくてもいいのではないだろうか。
とは思うものの、なかなか言い出せるものでも無い。
「そうか、それは残念だな」
会話を継ぐと、将校は笑みを浮かべたまま首を傾げる。
「個人的なモノなら、引っ張り出せると思うが?」
言われた意味を飲み込むのに、一瞬の間をかけてしまう。が、理解してしまえば、浮かぶのは笑みだ。
「ああ、ぜひ」
ラインを突破されれば一気にこちらの劣勢が決定的になる、というギリギリのところでやってこれたのは、一重に将校を中心とした部隊が踏ん張ってくれていたからだ。
将校がやってのけられたのは、確かに二人がいたからかもしれない。実際、状況を覆した一戦の彼らの戦功は、はかりしれない。
が、自分が前線と参謀本部をひっきりなしに行き来することにためらいを覚えなかったのは。
「もちろん二人にも会ってみたいよ。だが、その前に君とサシで飲んでみたいんだが」
素直に出た言葉に、将校も笑みを大きくする。
「嬉しいね、俺も言おうと思ってた」
どちらからともなく、グラスを上げる。
「新しい日々に」





2008.11.20 Sworn F 03 -Back to Back side Friend-

■ postscript

遠く見えなくとも、互いの動きを信じてる。
だから、自分も本分を尽くす。

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