05 □ First Impression side Friend
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グラスを空けてから、男は首を傾げる。
「ソイツが、人は出会った瞬間にに相手への好悪を決めると言うから、一目惚れみたいなものかって訊いたら、違うと返されたんだ」
どうにも納得出来ないらしく、無意識に唇を尖らせる。
「一目惚れと何が違うんだろうな?腹を割って話して理解し合うのと、逆ということだろう?」
もっとも、一目惚れの経験も無いから何か勘違いがあるのかもしれないが、と男は向かいの者を見やる。
「一目惚れは好意が前提。その方がおっしゃりたかったのは、好悪どちらも、ということでありましょう」
視線を受け返した者は、左目から頬に大きな傷があり、更に左腕が無い。
目立つようにはしていないが、隠そうともしていないので、一見すると左側がえぐられたかのようだ。
たいていの人間がどのような感情を抱くか、片目の者は身を持って知っている。
その外見を一向に気にしたことのない男は、ははあ、と半ば感心したような声を出す。
「一瞬で嫌いだって思うことがあるわけか。それは経験したくないな」
言って男は目前の者のグラスに注ぎ、己のにも注ぐ。
「好意の方なら、よろしいので?」
悪戯っぽく右目を煌かすのへと、男は大真自目に頷いてみせる。
「腹のうちを話す前にコイツならってわかるんだろ?さぞ爽快だろう。それに」
ふ、と口をつぐんでしまった男に、片目の者は意地悪く首を傾げる。
「それに、何です?」
「きっと、大きなことが出来る」
それは、先ほどまでの快活なものとは違う静けさゆえに真剣さが伺えて、片目の者も穏やかに頷く。



男と彼が出逢ったのは、それからほどなく、宮殿で王に引き合わされてのことだった。
後に片目の者が、なるほど対と呼ばれるわけですな、と感心したくらいに正反対なのに本人達も軽く目を見開く。
同じなのは、視線の高さだけだ。
例えば容姿なら、男は日に焼けているのもあって浅黒く、筋肉もしっかりとついているのが誰の目にもわかる武人肌で、鎧が平服とからかわれるくらいだ。ついでに目も声も大きい、などとも言われる。
対して彼は、色白の上に外見はほっそりと見え、目は切れ長で、声も通るが大きくは無い。
二人で同時に口を開くと、合唱でも始めるのかと思うほどに声の高さも違う。
そもそも、任されている要所もちょうど東西で正反対な位置だ。そのおかげで、互いに名は知っていても、顔を合わせる機会がついぞ無かったわけだが。
二人は視線が合った瞬間に、ある一点で一緒だとわかった。
このままでは、この国は駄目になる。大幅な改革が必要だが、それには痛みも伴う。
その痛みを覚悟の上で、動くつもりの人間なのだ、と。
互いに握った手の温度差も、また対を成していたけれど。
でも、秘めた温度は一緒だと確信した。



宮殿に与えられた一室で、男はグラスを上げる。
「半年振りの再会を祝って」
彼は、笑みと共にグラスを軽く上げて応える。
グラスを軽くあおって、男は満面の笑みを返す。
「やはり、こうして会って話せるのはいいな」
出逢った時から旧知のような、と言われるほどに邂逅した二人だが、任されている地が遠いだけに、一年一以上顔を合わせないことも珍しくは無い。
しかし、代わりに、手紙は三日と空けずという頻繁さでやり取りしている。より速く届けるために、独自の配送システムを構築してしまった。任地の住人は、冗談に互いの街を最も近い場所と言っているくらいだ。
いくらか彼の笑みが大きくなる。
「なんだ、変なことを言ったか?もしかして、貴様はそうじゃなかったりするか?」
「いや、会えて嬉しいよ。だが、こうして口にするのはなかなか照れるんだよ」
嬉しいと言われて、自分の方が嬉しそうに笑み崩れながら男が首を傾げる。
「そういうモノか?やはり俺は粗野なんだなぁ、よくわからん」
「貴様が率直なんだよ。気持ちのいい気性なのだから、変える必要など無いさ」
まだ酒を軽く口にしたばかりなのに、男は実に機嫌が良さそうだ。彼は面白そうに首を傾げる。
「それにしても、いやに機嫌がいいじゃないか?再会を祝ってるだけには見えないが?」
「そりゃ、貴様と出会えて良かったって実感してるからだよ。そうでなければ、こんなに早く国を変えることなんて出来なかった。もちろん、まだまだするべきことは多いけどな」
またも聞く相手によっては面食らうような率直な好意を示しておきながら、男は大真面目に言い募る。
「ああ、議論すべき点もかなりあるが、それは明日以降に置いておこう」
さすがに前半に答える言葉は見つからず、彼が軽くグラスを上げるのに、男も頷く。
「おう、この酒は美味いな。今年の出来はまた一段といいようじゃないか」
「貴様のところで教えてもらった技法を、こちらなりに取り入れた結果だ。西の御大将の口にも合ったと伝えよう、醸造所の者が喜ぶ」
「ほう、使ってくれたのか。そりゃこっちのにも伝えるよ。こちらも紙の質が格段に上がってな、皆大喜びだ。礼を言う」
実のところ、これらの技術交換も彼らの進める改革のヒトツだ。意味あることだと彼らが示すことで全国へと広げる為に少々大げさなくらいにやっている。
が、やってみると彼らが想像していた以上の効果が上がっていることのヒトツだ。
互いに仕事の話に近くなってると気付き、顔を見合わせて苦笑する。
「ああ、そうそう、ウチの連中に訊いてこいって言われてることがあるんだ」
話題を変えようと首を傾げていた男が軽く手を打つのに、彼は軽く首を傾げる。
「俺にか?」
「そう、そもそもから話さないといけないんだが」
と、男はいつだったか片目の腹心と話した、人と出逢った瞬間に決まる好悪のことを説明する。
「で、貴様と逢ったのがその後すぐでな。ようは、俺はそういう経験をしたんだな」
「そういう?」
「出逢った瞬間に、貴様は絶対に俺と同じことしてのけるだけの力も気概もある、すっごい男だって思ったんだよ。しかも話が合うぞってな。どこらをどうとかと訊かれても、説明は出来ないんだが」
皆によく訊かれるのだろう、珍しく先回りをする。
「でな、貴様はどうなのかを訊いてこい、と」
「俺が初対面で貴様をどう思ったか、か」
男も興味があるのだろう、頷き返した大きな目が更に見開かれている。彼は、あっさりと言う。
「好い男だと思ったよ」
「それだけか?」
「出逢った瞬間だろう?そう多くは考えられないよ」
「そうか」
どことなく、しゅんとした男を横目に、彼はグラスを持ち上げながら言う。
「これは、言ったかどうか。俺は、絶対に一目では人を判断するまいと決めている」
話が見えず、視線を上げた男は、白々しく視線を窓の外へとやっている彼を瞬きをして見つめる。なんだか、らしくない姿勢に見えたのだ。
「それでも、最初の瞬間に好い男だと思ったよ」
意味を飲み込むまでの、いくばくかの間の後。
じわじわと男の顔に笑みが浮かんでいく。
「そうか、うん、そうなのか」
しきりに嬉しそうに頷く男に、視線を戻した彼は思わず笑ってしまってから、グラスをもう一度、軽く上げる。
「改めて乾杯といこうか?」
「何にだ?」
「もちろん、貴様と俺の出逢いに」
人が聞けば合唱かと思うほどに音程の違う声が和す。
「乾杯!」





2008.11.28 Sworn F 05 -First Impression side Friend-

■ postscript

ある意味、最強の邂逅。
異性なら、やはり一目惚れになるのではと男は言うかもしれない。

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