06 □ All or Nothing side Foe
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人が世界を歪ませた結果なのか、世界が人を拒絶しようとしているのか。
いつの頃からか、人は機械に頼らねば子を残すことが出来なくなった。
その方法は、気が遠くなるほどに煩雑だ。
先ず、特殊な容器に卵子と精子を保存する。長期にわたる変性期間を経て、緻密な計算結果に従い、組み合わせが決定される。慎重に事前テストが行われ、それから実際に受精が行われ、という具合だ。
だというのに、人は戦争という愚かしい手段で、特殊容器を製造する工場を破壊してしまった。
設計図も回路図も何もかもが失われ、再建することが出来たとしても遠い未来だという。
今を生きる人間たちは、残り数少ない容器に己の未来を託し、いつか生まれくる子達に人の未来を委ねるしか出来ない。
容器の数に限りが出来たということは、未来を託せ無い人間がいるということだ。
最初は一割だったのが、今では宝くじの方が、まだ確率がいいとすら言われるようになった。
ほとんどの人間は、自分の子孫は残らないと諦めている。
子孫を残すための施設で働く、世界でも選りすぐりの研究者たちも例外では無い。
そんな中で、男の得意気な笑い声が響く。
「選ばれたぞ」
得意そのものの言葉は、無論、皆の前では無い。
ただ一人、聞いた彼は無表情のまま、男を見やる。
視線が合ったこと自体が、彼の驚愕を現しているのを知っている男は、満足そうに口の端を持ち上げる。
「お前で無く、選ばれたのは俺だ」
入所以来、何かと引き比べられてきた二人だ。
当然、互いを意識した。
相手より、上の評価を得ようと足掻き続けてきた。
研究所に所属するからこそ、万民に子孫を残す平等な機会が与えられている、という言葉の嘘を知っている。
実際は、知力、体力、過去からの遺伝子履歴、あらゆる項目が検討され、残った容器に見合うだけの優秀さであると認められた者だけが選ばれるのだ。
そして、残る容器が、あとヒトツだけなのだということも。
「それはそれは」
実に平坦な口調で彼は言う。
たったそれだけの反応だったが、内心の驚愕と憎悪にも似た悔しさを充分に感じた男は、満足に背を向ける。



それから、三ヵ月後のこと。
研究所の保管室に、一人の人影が映る。
深夜だが、時折所員が見回りに来るのは当然のこととして、警備員たちも気にはかけない。
彼は、膨大な数の同じカタチ、同じ色の容器の中から、正確にヒトツを見つけ出す。
書かれたIDが誰の子孫を残すためのモノなのかを正確に告げている。この場のセキュリティを正確に知っている彼は、視線で確認するだけで取り出したりといった愚かしいことはしない。
だが、その視線には怪しい光が浮かんでいる。
伸びたのは、指ではなく、細い細い、一本の線。
どれほど高精細の監視カメラでも捉えることは出来ない細さだ。それは、正確に見つめていた容器へと貼り付く。
それを見届けた彼は、うっすらと笑みを浮かべて保管室を去る。



翌日、研究所を襲ったのは阿鼻叫喚だ。
最初は、たった一つの容器が勝手に崩壊しただけだった。それでも、主任研究員が真っ青どころか真っ白な顔色になって走っていった。
が、開いた扉の向こうへと行くことは適わなかった。
精密かつ緻密に保管されていた容器たちは、ほんの小さな振動にすら耐えられず、ヒトツ、またヒトツと崩壊していく。
同芯円を描くように広がりだした破滅の連鎖は、やがて大きな共振を引き起こす。
モニタのこちら側の者たちさえも、思わず耳をふさぐ不協和音の直後。
全ての容器は、ただの屑となりさった。





2008.11.28 Sworn F 06 -All or Nothing. side Foe-

■ postscript

手段も結末も選ばない。
たった一人の、子孫を残さぬために。

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