07 □ All or Nothing side Friend
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戻ってきた彼が、どこか奇妙な表情をしているのに気付いたのは、同僚であり親友である男だけだ。
二人きりになったところを見計らい、気遣う言葉をかけた男に、彼は率直に告げる。
「選ばれたんだ」
この研究所にいる者なら、その一言で通じる。
いつからか、人は複雑な人工プロセスを通してしか子孫を残せなくなってしまった。
人口の容器に卵子と精子をそれぞれに保管して、プロセスに通せるようになるまで待つ。育つ可能性がある組み合わせを厳選する。
緻密な計算と、細心の育成環境が保たれて、やっと子供は生まれてくることが出来る。
しかも、今ではその施設は世界にたったヒトツだ。
かつて世界的な大災害が起こった、ということになっているが、誰もが知っている。人の愚かしい行為の結果なのだ、と。
ただ、幸いだったのはたった一つとはいえ、未来へと繋ぐ施設が残ったことだろう。
人々の未来を担う最も重要な施設に所属する研究者たる彼らには、一言でわかる。
遺伝子を残す価値ある者として選ばれたのだ、ということが。
そう、人はギリギリのところで未来を繋いでいる。
確かに、人の子を生み出す為の施設は残った。
だが、保存容器を生産する工場は、もう無い。
研究所に残っているだけの人数分しか、子孫を残すことは出来ない。
それゆえ、あらゆる項目が検証され、優秀と評価された遺伝子が選択されていることを、研究員だからこそ知っている。
「未来の為になるじゃないか。お前の子なら、きっと優秀な科学者になるぞ」
男の笑顔に、彼は余計に顔を曇らせる。
「何言ってるんだ、未来を考えるならお前の遺伝子だろ」
「とは言ってもな、最後のヒトツなんだからさ」
まだ公表されてはいないが、この事実も研究員であるからこそ知っている。いや、世界の頭脳を集めたと言って過言でない研究員たちの中でも、精鋭と呼ばれる一握りの者たちだけだ。
「だから、尚更じゃないか」
彼は不満そうに唇を尖らせる。
「そう言ったのに、上の連中ときたら」
「おいおい、無茶言うなよ。俺もお前が相応しいって思うよ。俺らがいる間に子供生まれるとイイなぁ。お前にそっくりの子を抱っこするの、楽しみなんだよ」
「俺の楽しみ取るなよ」
相変わらず、彼は不機嫌だ。
「俺だって、お前の子抱っこしてみたいんだぞ」
「そりゃ諦めるんだな」
男は、軽く彼の肩を叩く。
「お前が選ばれて俺は嬉しいんだから、お前ももう少し景気いい顔してくれよ」
「だから、俺の楽しみ取るなっての」
彼の機嫌は直りそうに無いと見て、男は苦笑する。
「少なくともあからさまな不機嫌は引っ込めたほうがいいぞ、足音してる」
「了解」
ため息混じりに言うと、彼は自分の頬を軽くはたく。
開いた扉へと振り返った彼は、いつも通りの怜悧な無表情だ。男も、いつも通りの人の良い笑みを向ける。



一ヶ月ほど後、男は上司に一人呼び出された。
「君らの仲だ、知ってはいると思うが」
君ら、と言われて思いつくのは彼だけだ。上司が、もって回ったような言い方をするようなコトも思いつくのはヒトツしか無い。
男は、頷き返す。
「ええ、聞いてますよ」
「実は、まだ提出されていない。それとなく、様子を探ってはくれんか」
子孫を残す為の最後のヒトツ、しかも未来を託す研究者になりうる遺伝子が入るはずなのだ、上司たちも気が気でないのだろう。
「はあ、わかりました」
男は、頷く。
あれから二週間ほどは、男にしかわからない程度だったが、彼は不機嫌だった。が、その後はむしろ、機嫌がいいくらいだった。
彼なりに、己が選ばれたことを整理して飲み込んだのだと思っていたのだが、そうではなかったのだろうか。
男に心配させまいとしているのなら、彼は一人悩んでいることになる。
それとなくというのは苦手だし、そもそも性に合わない。
というわけで、戻ってきた男は彼の個別研究室にへと顔を出して、ストレートに尋ねる。
「なあ、まだ出してないんだって?」
彼は、ヒトツ瞬きをしてから、にこり、と笑う。
「ああ、ソレな。ちょうど、相談しようと思ってたところだよ。イイところに来てくれた」
親友たる男でも、滅多に目にしない鮮やかな笑顔だ。しかも、なにやら言ってることと釣り合わない。
実に不審そうな顔つきになった男へと、彼は付け加える。
「どうせ、某上司あたりが小心ぶりを発揮したんだろう?まだしばらくかかるって言っておけばいい」
「どういうことなんだ?」
「言葉通りだ。今すぐに出すのは無理」
あっさりと言ってのけ、彼は肩をすくめてみせる。おどけた仕草というのも、珍しい。
妙にハイな彼に、男は心配になってくる。
「本当は、提出できないくらい体調が悪かったりするんじゃ」
「健康そのものだよ、ぶっ倒れてるヒマなんて無いしな」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「そんなことより、お前に真剣に相談したいことがあるんだよ」
男は、瞬きする。
「相談?」
彼は、先ほどまでとは別種の笑みを浮かべる。
色白な上に日に焼けない体質で、細面で切れ長の彼が口の端だけを持ち上げると、悪企みをしているようにしか見えない。
実際、彼がこの笑みを浮かべる時には要注意なのだ。男は身構える。
「何だ?」
「共犯者になってくれないか?」
男はぽかん、とする。
「イタズラでも仕掛けるのか?」
「そんな生ヌルい話じゃ無い。結果次第じゃ、本当に犯罪なんだ」
他人だったら、冗談キツい、で済ませるところだ。が、彼はこういうタチの悪いコトを冗談で言う人間では無い。
犯罪スレスレの行動を取らねばならないほど彼が思いつめているのなら、全力でそうしなくていいよう努力するのみだ。男は身を乗り出して彼の肩に手を乗せる。
「行動する前に、何があってどうしなきゃならんのか、ちゃんと説明しろ。力になれることならいくらでもするよ。一緒に命張りゃいいならそうする、だから」
男の大きな目にまっすぐに見つめられて、彼は一瞬まぶしそうに目を細める。が、すぐに気まずそうに視線を逸らす。
「実は、もう手にかけた」
「え?!」
驚愕で、男の目はこれでもかというほどに見開かれる。
「ウソだよな?」
「嘘じゃない」
祈るような問いは、静かに、だがきっぱりと否定される。
彼は、白衣のポケットから何かを取り出して広げてみせる。
そこに乗っていたのは、刃物でも毒薬でも無く。
ソレは、彼の遺伝子を残すべく渡された最後の容器。
吸いつけられたように彼の掌を見つめていた男は、たっぷり一分は黙っていた後、やっと口を開く。
「やった、って、まさか」
さすがに声がかすれる。彼は、ごくあっさりと領く。
「充填されてたガス、抜いた」
もう、本来の目的には使えない。
男は大きく目を見開いたまま、言葉も無く、彼を見つめる。
彼は、男をまっすぐ見つめ返しながら、口を開く。
「もちろんガスは保管してある。もっと早く、こうするベきだったんだ」
設計図も何も無い情況で、外見だけを眺めて複製するなど、どんな天才でも無理だ、と彼は早口に言ってのける。
「徹底的に解析すれば、出来るはずだ。絶対にする為に、お前の力が必要なんだ」
が、男の顔に浮かんだのは難しい表情だ。
「少しだけ、時間をくれないか」
そう簡単に決意できることではないのは、彼もわかっている。
あっさりと頷くだけなのは、他人に報告するならすると男ならはっきり言うと知っているからだ。
彼の研究室を後にした男は、大股にどこかへと向かう。
迷いなど、全く無い足取りで。

十分としないうちに研究室に戻ってきた男に、彼は小さく首を傾げてみせる。
「少しと言っただろ」
鼻を鳴らさんばかりに男が返すのに、彼は苦笑する。
「文字通りってわけか」
「おう。ま、案ずるより生むが易しってヤツだったのが本当のところだが」
にんまり、と笑って手を出してやる。
握ってきたモノを見て、彼はヒトツ瞬きしてから、男へと視線を戻す。
ソレが何かわからない訳は無い。彼の手にしているのと対をなすモノ、女性の遺伝子を保存する為の容器だ。
彼の遺伝子に最も合う遺伝子を探すため、まだ対象人物も確定していないままに、一握りの研究者しか知らぬ場所に保管されていた。
もちろん、精鋭と呼ばれる研究者とて、勝手に持ち出したりすれば。
「両方作らなきゃ意味無いだろ」
当然、彼が考えていない訳の無いことを言って、男は満面の笑みを浮かべる。
「これで、俺も同等の共犯だ」
彼は、もう一度容器を見やり、そして男を見る。
なぜ彼が保存容器に手を出す前に相談しなかったのかなんて、男には、わかってる。
男が反対すると思ったのではない。万が一の時、罪を負うのは彼一人にする為だ。
「ダメだった時も一連託生だからな」
男は真剣な瞳で、きっぱりと告げる。
「罪を負う時だけ一人だなんて、承知出来るわけ無いだろ」
なぜ、男が難しい顔つきになったのか、彼はやっと理解したらしい。
困ったような、だけど、目前の友人がまばゆいような、笑みを浮かべる。
「あんな一瞬で、決めていいのか」
「一瞬じゃない。あらゆる可能性は、もうお前が充分に考えてくれてるんだから」
彼の二週間の不機嫌は、そういうことだと男にも今はわかる。
「お前がイケると判断したなら、そうなんだ」
「俺だって、間違うことはあるぞ」
いくらかからかうような口調で彼が返すと、男は、に、と笑う。
「俺の直感が、お前は間違ってないって言ってる」
「なんだ、やっぱり一瞬じゃないか」
「ありとあらゆる可能性を熟考して決断するのがお前、直感で決断するのが俺、いつも通りじゃないか」
しれっと返して男は、彼の肩をしっかりと掴む。
「ともかく、一緒にやるんだよ。成功だろうが失敗だろうが、責任は一緒だ」
彼は軽く両手を上げる。
「了解、兆が一失敗した時も一緒に頭下げに行こう」
にこり、と笑みを浮かべる。
「いや、その可能性は限りなくゼロに近いな。お前がいるんだから」
「違う、俺たちが一緒だからだ」
男が力強く返し、笑みを浮かべる。



時が過ぎて。
着慣れない礼服の衿を窮屈そうに直しながら男が言う。
「いやぁ、本当にお前の息子とウチの娘が結婚するとはなあ」
「なんだ、今更惜しくなったか?」
同じく礼服をだが、着こなして見える彼がからかうように返す。
「まさか、お前の息子なら文句無しだよ」
白皙で細身長身という彼にそっくりの外見の息子は、頭脳も同じように持ち合わせて今では男たちと同じく研究所で働く研究者だ。
「上司としても、幼い頃から見てきた叔父としても、これほどイイ男は望めないって思ってるよ」
率直な言葉に、彼は苦笑を飲み込む。なんせ、この父の娘なのだ。
小柄なところ以外は父そっくりの娘は、同じく研究者として彼の息子と共に仕事をしているのだが、日々この父と同じような言動を取るらしい。
「俺、毎日告白されてるみたいで、心臓が持つかな」
とは、のろけ半分の息子の心配事だ。
長年聞いてりゃ、それなりに耐性が出来るよ、とあてにならないアドバイスをした父たる彼は、表面上はしれっと男へと返す。
「それはそれは、何よりの誉め言葉だ」
それから、青く澄んだ空を見上げる。
「いい日和だな」
「ああ、ホントに」
男も眩しげに目を細める。
天気にも祝福されて、男の娘と彼の息子は幸せになるに違いない。





2008.12.04 Sworn F 07 -All or Nothing. side Friend-

■ postscript

かつて作られた「最後のひとつ」。
二人が造り出したのは、これからの「最初のヒトツ」(だけでなく、量産まで)。

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