08 □ 悪戯以上 side Foe
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ついに、この時が来た。
男は、内心で暗く笑う。
今、目前で行われているのは社運、いや、今となっては国運をかけたプロジェクトのプレゼンだ。
もうすぐ、おエラ方のゴタクが終わり、社の代表として彼が立ち上がる。
あと、少しで。
男は、口元に浮かびかかった笑みを殺し、軽く周囲を見回す。
いつもなら、いくらかふんぞり返っているおエラ方も、さすがに今日は萎縮気味らしい。
もう少し堂々としてりゃいいものを、と男は人ごとのように考える。当社に任せれば大丈夫くらいな雰囲気を一人で作り出さねばならない彼はご苦労様なことだ。
もっとも彼にとっては、その程度、どうってことないだろう。
男から見ても、彼はとても優秀だ。
今も、実に堂々と視線を上げている。会社側の人間で他に萎縮していないのは、男くらいのようだ。
今回の企画のコンペで彼に破れた時には、絶望という表現でも生ぬるい思いを味わったが。
待っていたチャンスと気付いた瞬間から、男は着々と準備を進めてきた。
もしかしたら、コンペの準備より力が入っていたかもしれない、と内心苦笑する。
いつから、と問われたら、最初から、としか答えようが無い。
何が間違いだったのか、と問われたら、出逢ってしまったこと自体が、としか答えようが無い。
正面切った勝負がつかないのなら、これしかない。
自分から仕掛けるか、あちらから仕掛けるか、もう時間の問題だったのだ。
きっと、この企画の為のコンペに勝ったのが男なら、彼がなんらか仕掛けたに違いない。
あえて一緒にいたいと思わないどころか、離れる為の努力をしてきたというのに、フタを開けてみるとどうしてか男と彼は近くにいた。
動いた距離を考えれば、彼も同じ努力をしてきたはずだ。
もう、限界だ。
決定的なカタチで終らせるしかない。
そのチャンスは、今しかない。
相手の何かが気に入らないのではない。
あえて言葉にするのなら、お前が存在するのをやめろ、という人としてどうかと思う言葉しか浮かばない。
どうしようもない。
その事だけは、彼も理解するはずだ。
やっとのことでおエラ方のゴタクが終わる。
名を呼ばれた彼が、すっと立ち上がる。
多少、イラつき始めていたように見えた相手方は、彼がプレゼンターであると知ると、姿勢を正す。
そう、彼は視線だけで相手をコチラへと引き寄せてくる。
一言、声を発すれば、もう勝ったも同然だ。
彼の能力の最大限を発揮するといい、と男は思う。
完全にコチラのモノになったと、誰もが思った瞬間。
それが、全ての終わりだ。
プレゼン資料は一瞬にして、相手を侮辱する内容へと変貌する。
タチの悪い悪戯という言葉では済まされないソレで、彼の全てもお仕舞いだ。
もちろん、男の仕業とすぐにわかるだろう。
そんなことが出来るのは、男しかいいないのだから。
やっと、全ては終る。
彼も、男も。
この国も。
そして、この世界さえも。
バカ共は、まだ気付いていないが、この国が駄目になるのは引き金に過ぎない。
それでも、これでいい。
男は、もう一度暗く笑う。
彼が、その笑みに気付いた時には、もう遅い。





2008.12.07 Sworn F 08 -Espieglerie side Foe-

■ postscript

その存在すら許せないから、だから仕掛ける。
やめろ、という台詞すら許さない。

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